課題名

B-12 海面上昇の総合的影響評価と適応策に関する研究

課題代表者名

中島 秀敏 (国土交通省国土地理院地理調査部環境地理課)

研究期間

平成12−14年度

合計予算額

76,071千円 (うち14年度 24,338千円)

研究体制

(1)沿岸自然環境と生態系への影響評価と適応策に関する研究

  ̄茣濕然環境への影響評価と適応策に関する研究

(独立行政法人産業技術総合研究所、名古屋大学、新潟大学、東京大学、専修大学)

 沿岸生態系への影響評価と適応策に関する研究

(国土交通省国土技術政策総合研究所、独立行政法人港湾空港技術研究所、琉球大学、九州大学)

(2)沿岸域における都市への影響評価と適応策に関する研究

(国土交通省国土技術政策総合研究所、(社)建築研究振興協会)

(3)脆弱性評価指標と脆弱性マップに関する研究

 \伴綫評価のための指標開発に関する研究

(独立行政法人国立環境研究所)

 GISによる脆弱性マップの作成に関する研究

(国土交通省国土地理院、茨城大学、名城大学)

研究概要

1.序(研究背景等)

 地球温暖化により、2100年までに9-88cm程度の海面上昇が生じる可能性があるといわれている。海面上昇が起きた場合、沿岸域の水没、高潮の危険性の増大、河川の水位上昇、河川への塩分進入、地下水位上昇などの様々な直接的な物理的影響が現れる。さらに、これらの物理的影響は、沿岸域の自然・社会・経済などの様々な環境システムに間接的影響を与えることが指摘されている。

 そのために、まず、海面上昇が沿岸自然環境にどのような影響を及ぼし、どのような適応策が必要であるかを明らかにすることが必要である。一方、人間活動によるプレッシャーを受け、急速に失われつつある汀線付近に存在する生態系(干潟・マングローブ林・湿地帯)における保全・再生・創造の技術の確立も求められている。さらに、海面上昇が沿岸域の都市活動・社会基盤施設・建築物に及ぼす悪影響を予測・評価し、それに対する適応策が求められていることから、各分野でそれらについて研究を行うことが急務となっている。

 また、これらの研究成果から、地域の脆弱性として視覚化するために、これらを客観的に評価する各種指標を開発すると共にGIS(地理情報システム)を利用して地図化することによって、より地域状況の把握を深める手法を検討する必要がある。

 

2.研究目的

 本研究は、アジア・太平洋地域における海面上昇に対する総合的な脆弱性の評価と個別要素がとるべき適応策について検討するものである。このため、海面上昇に対する脆弱な国や地域の特定を試みるとともに、地域に適した適応策を提案し、今後の温暖化対策の推進に資するものである。

 本研究の推進においては、研究構成を階層化し異なるスケールの、各専門分野の方法論を統合することとした。域内の個別地域における個別分野の研究では、地形学的手法による長期間の自然の変動システム、マングローブ生態系、都市環境への脆弱性と影響評価について地域性及び対象とする系の特性の明確化を試みると共に、適応策の提案、脆弱性マップの作成を行うことを目的としている。アジア・太平洋地域全体については、地域ごとの総合的な脆弱性を評価すると共に、GISを用いた脆弱性マップの作成を行い、その妥当性を検証する。

 

3.研究の内容・成果

(1)沿岸自然環境と生態系への影響評価と適応策に関する研究

  ̄茣濕然環境への影響評価と適応策に関する研究

 現在懸念されている地球温暖化による海面上昇によって、デルタや沿岸湖沼がどのように応答し、影響を受けるのか、またそれらへの適応策を検討するため、タイ・ベトナム沿岸域を対象に、過去に起こった現象の解明からの自然の応答把握とハザードマップ・適応策の研究を行った。

 ベトナム北部の紅河デルタ、南部のメコンデルタ及びタイのチャオプラヤデルタは、完新世の海水準変動に対応して広大なデルタ平野が形成されてきた。これらの平野から採取したボーリング試料や表層柱状堆積物試料の解析から、完新世の環境変遷、沖積層の層厚分布、模式層序を明らかにした。また過去2-3千年間においてはおおよそ10-20km/千年(10-20m/年)の速度でデルタが前進拡大してきたことが明らかとなった。現在顕在化している海岸侵食を評価する場合には、自然状態でのデルタの変動様式を考慮して評価する必要性があることが示された。

1. メコンデルタの地形区分図と過去4干年間の前進の様子

 

2. タイチャオプラヤ河ロにおける過去2干年間のデルタの前進速度

同河口部では1970-1990年間に地下水のくみ上げ

によって700mにも及ぶ沿岸侵食が生じている。

 

3. 紅河デルタ海岸部南部の海岸侵食に対する500mメッシュマップ

 

 海面上昇や温暖化に伴う気候変動による洪水の激化・高頻度化が、どのような地域に影響を与えるかを明らかにすることは、適応策を検討する上で、地域対策上、最初に求められるデータである。これらに対処すめるため、ベトナム紅河デルタ沿岸域において、過去数年から数十年の時間スケールでの海岸侵食、土壌塩分データを基にハザードマップを作成した。またベトナム中部の沿岸湖沼が発達する地域(タンギアン〜カウハイ地域)において地形区分とその発達要因、影響と適応策を取りまとめた。

 沿岸生態系への影響評価と適応策に関する研究

 本研究では、マングローブ生態系の地球温暖化に対する「脆弱性の特性の解明」と、「影響評価方法の確立」さらには、「適応策の検討」を目的とした。

 脆弱性の特性の解明は、マングローブ林のもつ脆弱性を様々な角度から検証し、なにが支配的な現象であるのか検討するとともに、それぞれに対して、可能な限りモデル化を進めることとした。マングローブ林における影響伝播は、潮汐の干満により浸水・干出を繰り返す海水の流動に強く支配されていると考えられる。そうした流動現象は、マングローブの根による波・流れの減衰や、深くて曲線的なクリークと満潮時に浸水する平坦なスォンプなど複雑な地形条件に支配されており、一般的な解が得られていないため、現地観測による支配現象の抽出、パラメータの同定やモデルの校正などが必要となる。そこで、本研究では、タイ国のラノン地方ガオ川流域(全長約7km、面積約2,000ヘクタール)および、西表島ナダラ川流域(全長400m、面積約6ヘクタール)において現地観測を行い、地形、水理、生物、物質循環に関する測定を行った。

 影響評価は、脆弱性マップの取りまとめおよび、脆弱性の特性を考慮した適応策の評価システムの提案に分けて実施することとした。脆弱性マップは、空間的な配置が判るように収集した地形図、航空写真、GPS測量成果、縦断・横断測量成果、植生踏査結果などを元に、平面地形図、縦断面、横断面図、植生図、写真を組み合わせたものとした(図4)。脆弱性の特性を考慮した適応策の評価システムは、抽出された脆弱性の特性を参考に影響伝播のシナリオを作成し、汀線変化対策、浸食対策、淡水供給対策の3つの側面について提案を行った。

 適応策の検討については、エビ池に転用されたマングローブ林の再生について検討することとした。ラノンにおいて、過去に行われた再生実験事例を研究するとともに、追加の現地観測を行い、地形条件、植生の長期的な変化、水質・土壌の条件などを取りまとめ、再生の実行可能性について検討した。

 

4. マングローブ林における脆弱性マップの作成例

 

(2)沿岸域における都市への影響評価と適応策に関する研究

 まず、海面上昇に発生する諸問題を予測すると共に、様々な都市を類型的に扱うために、6都市を対象に問題発見型の調査を行った(平成12年度)。その結果、地盤沈下等の影響により、高潮被害の頻発や、それに伴う沿岸住宅地の廃墟化が既に生じる(スマラン市)一方、土地の不足から海中に柱を建てたような住宅地拡大も生じている(マカッサル市)ことが判明した。密度の高い沿岸の非計画的住宅地は、地域の伝統的形式を反映しており、土間式住宅、地上高床式住宅、水上高床式住宅に大きく分けられる。水害に強い地上高床式住宅の一部は、人口密度増加に伴い、床下部分の居室化が行われ、浸水に脆弱化しつつある。

 次に、原単位を把握するために、ジャカルタ、スマラン、スラバヤ、デンパサール、マタラム、マカッサル、バンジャルマシンの7都市84棟の住宅・家財道具等の実測調査を行うと共に、過去の高潮被害による損害内容の実態を把握した。これに基づき、市街地類型別に全損の場合における棟当りの損失資源量(材木、煉瓦、セメント等、及び投入労働力)と建築密度から、市街地類型別のヘクタール当たり原単位を算出した(平成13年度)。

 一方、衛星画像の解析から、ジャカルタ、スマラン(以上IKONOS)、マカッサル(LANDSAT7)、バンジャルマシン(SPOT)の市街地類型別・標高別の面積を算出し、GISに入力した。これを組み合わせ、海面上昇による都市全体での損失を概算した(平成13年度−平成14年度)。

 最後に、地盤沈下による高潮被害の大きいスマラン、及び洪水対策が成果を上げでいるマカッサル2都市を対象として、堤防+排水機、埋立て、移転等の、従来行われている各種事業に関する資料を収集した。これに基づいて、将来の適応策に関する現地ワークショップを実施し、学識経験者、中央・地方の行政担当者を招いて、適切な適応策の選択に関する検討を行った。

(3)脆弱性評価指標と脆弱性マップに関する研究

 \伴綫評価のための指標開発に関する研究

 地球温暖化による長期的、平均的な海面上昇に加えて、台風などの異常気象が複合すると、その被害は甚大なものとなる可能性がある。複合現象は温暖化進行の過程で生じる可能性もあり、現段階で過去の異常気象の発生状況とその影響の程度、取られた対応策などについて情報を広範に収集し、整理しておくとともに、海面上昇及び台風などの異常気象が複合して発生した場合に、被害が深刻化する地域や潜在的に脆弱な地域を特定することが、今後適応策を進める上で不可欠である。

 本研究は、過去の気象データから極端な気象現象とその影響についての知見を収集・整理し、それをもとに温暖化がもたらす長期的な海面上昇と短期的に繰り返し発生する極端な気象現象との複合的な影響の範囲を特定する。そして沿岸低地の標高や人口などの地形、社会・経済データや対応策の検討を行ない、これらのデータより沿岸地域の脆弱性を表す指標を開発するとともに、この指標を用いて、現在及び将来にわたり脆弱な地域を特定することを目的としている。

 初年度は、アジア地域における極端な気象現象の発生とその影響についての知見の収集と解析を行い、特にアジア地域の沿岸部を対象として、台風の発生状況と影響リスク算定の基礎となる確率を算定し、地理情報システムを利用して地図化を行った。

 次年度は、アジア地域を中心に過去の異常気象の発生状況と影響について検討するとともに、初年度に引き続き脆弱性指標化について検討を加え、人口を考慮した脆弱性指標について、バングラデシュを対象に試算を行った。

 最終年度は、脆弱性評価指標をアジア沿岸地域全域に適用することにより、沿岸地域において脆弱な地域の特定を行った。

 GISによる脆弱性マップの作成に関する研究

 海面上昇による沿岸域の脆弱性マップをGISを用いて作成するため、標高、潮汐などの地理情報、社会経済系の要素として人ロ、道路、鉄道、航空施設および送電線、電話線などのユーティリティ施設データ、サンゴ礁・マングローブの自然環境データを収集・統合し、アジア・太平洋地域の地理情報データベースを構築した。これらのデータに基づき海面上昇が社会経済系および自然環境にどのような影響を及ぼすか把握を試みた。

 まず、既往の台風データベースを用いてアジア・太平洋沿岸域における最大高潮偏差を算出することができた。その結果と、潮汐偏差(満潮時)、将来予測される海面上昇量を足し合わせたものと、アジア・太平洋地域の標高データを比較し、潜在的な浸水被害の算定を行うとともに、アジア・太平洋地域の脆弱性マップを作成して脆弱な地域(一次影響域)を抽出・特定することができた。

 この結果、カンベイ湾(インド)、ガンジス川河口(バングラデシュ)、ヤンゴン、チャオプラヤ川河口(タイ)、メコン川河口、マレー半島南部(シンガポール)、スマトラ島東海岸、ボルネオ島、ニューギニア島イリアンジャ南部、カーペンタリア湾(オーストラリア)、長江河口、日本では伊勢湾北部、東京湾北部などで大規模な水没が発生する可能性があることがわかった。また、表1及び表2から判るように、アジア・太平洋地域は、世界全体の影響割合と比較しても脆弱な(被害を受けやすい)地域であることが明確になった。

 

1. アジア・太平洋地域の水没面積

(海面上昇+潮汐)

海面上昇[m

面積[km2

割合[%]

0

241,672

0.97

0.09

263,936

1.06

0.5

348,305

1.52

0.88

419,137

1.69

1

421,762

1.70

 

2. 世界全体の水没面積

(海面上昇十潮汐)

海面上昇[m

面積[km2

割合[%]

0

636,922

0.46

0.09

666,560

0.50

0.5

954,436

0.71

0.88

1,218,683

0.91

1

1,256,416

0.94

 

 次に、この一次影響域について、人口や社会インフラ情報を用いてGISで解析し、現段階の潜在的被害を把握した。その結果、将来的に危険人口比がさらに増大していくことも明らかになった。

 次に、これらのうちチャオプラヤ川河口において5万分1地形図を元に標高データを作成し、GTOPO30(約1kmメッシュ精度)と比較したところ、今回整備したモデルでは、GTOPO30では読みとることが困難な3-5mの微高地が確認できた。低平地の脆弱性を高精度で評価するためには5万分1地形図から作成する標高データが有効であることがわかった。

 さらに、海面上昇によって水没する用途別土地利用分布図と産業別生産額分布図を作成するとともに、用途別土地資産損失額と産業別生産損失額を試算した。また、海面上昇による環境被害額を海岸からの距離の関数で計測する環境経済評価モデルを構築し、国内において実施したアンケート調査に基づき分析を行い、沿岸域の環境価値を評価した。その結果、環境被害額における随意価値・代位価値が距離に応じて逓増し、利用価値・存在価値は逓減することがわかった。

 

5. アジア太平洋地域の脆弱性マップ(水没と氾濫)

 

6. 5万分1地形図から作成した標高データ

 

7. GTOPO30の標高データ

 

3. 各国の水没と氾濫の面積

 

国・地域名

総面積

km2

現在

2100年(1.0m海面上昇時)

海面

満潮+高潮

海面

満潮+高潮

水没面積

比率[%]

氾濫面積

比率[%]

水没面積

比率[%]

氾濫面積

比率[%]

中国

9,396,870

0.1

0.9

0.9

1.1

朝鮮民主主義人民共和国

120,801

1.2

2.0

2.3

2.9

大韓民国

100,020

2.3

3.8

3.0

4.4

日本

372,568

0.4

1.9

2.1

2.6

台湾

37,166

1.3

5.1

2.8

5.8

フィリピン

300,408

0.1

3.3

3.0

3.8

ベトナム

350,301

8.1

13.2

11.5

13.6

カンボジア

175,979

0.1

3.3

0.9

3.6

マレーシア

344,366

3.5

6.0

6.3

6.8

インドネシア ※1

1,910,220

8.2

9.2

11.8

12.1

ブルネイ

5,389

0.0

20.4

18.8

22.2

タイ

519,400

0.2

2.3

0.6

2.6

ミャンマー(ビルマ)

647,736

0.4

1.4

0.9

1.8

バングラディシュ

129,506

9.7

24.5

12.7

35.6

インド

3,119,901

0.3

0.9

0.6

1.2

パキスタン

863,271

0.2

0.2

0.2

0.7

スリランカ

66,649

0.0

3.6

3.7

4.8

イラン

1,673,348

0.1

0.1

0.1

0.2

イラク

435,161

0.0

0.0

0.0

0.1

クウェート

16,474

0.0

0.9

0.7

1.4

サウジアラビア

1,921,226

0.0

0.1

0.1

0.2

オーストラリア

7,691,934

0.7

1.3

1.1

1.5

ニュージーランド

270,250

0.6

1.4

1.6

2.0

フィジー ※2

19,109

0.0

9.7

11.3

12.0

パプアニューギニア

488,927

3.1

4.4

6.3

6.9

サモア ※3

2,238

0.0

10.9

22.6

23.2

グアム

1,428

0.0

32.8

34.7

38.1

ニューカレドニア

18,899

0.0

3.8

7.2

7.5

バヌアツ

13,439

0.0

9.5

12.2

12.8

1 東ティモールを含む

2 ツパル、バヌアツ、ナウル、ソロモン諸島、キリパスの一部、ミクロネシア、マーシャルを含む

3 トンガ、キリバスを含む

 

4.考察

(1)沿岸自然環境と生態系への影響評価と適応策に関する研究

  ̄茣濕然環境への影響評価と適応策に関する研究

 本研究を通じて、タイのチャオプラヤデルタ、ベトナムのメコンデルタ、紅河(ホン河)デルタにおける沖積層の基礎地質・地形データ、完新世におけるデルタの環境変遷が、高時間分解能で初めて明らかにされた。特にデルタの形成には完新世の海面変動が大きく影響していることが明らかとなった。デルタの形成され始めた時期は、メコンデルタと紅河で約8千年前(暦年)で、約4千年前頃に始まる海面の低下を受けて、急速にデルタは前進した(紅河、チャオプラヤ河)。現在とほぼ同じような環境になったのは2-4千年前である。現在のデルタ環境は、地盤沈下やマングローブ伐採などの土地利用の変化、また流域の人間活動であるダム建設や河床の土砂採取、これらの結果として海岸・沿岸侵食が大きな問題となっている。「デルタ」とは、河川によって供給された土砂が沿岸域に堆積することによって形成された地形・堆積物で、海岸線が海側へ移動することが本質的なシステムである。今回の調査の結果、約2-4千年前に現在とほぼ同じような沿岸環境のシステムとなったことが明らかにされたことから、これらのデルタの自然状態での変化を考慮する場合には、この間の変動をみればよい。デルタの前進速度はおおよそ10-20km/千年であり、人間活動の影響が無ければ、これらの速度で成長発達しているはずである。チャオプラヤデルタや紅河デルタでは、沿岸侵食が顕著で、総合的な対策を必要としている。海面上昇によって、海岸・沿岸侵食の問題は更に加速される可能性が大きく、マングローブの保護や植林による海岸線の保護が必要である。前進するべきシステムが、海岸侵食によって後退するシステムとなっていることは大きな問題であり、海岸線の維持ではなく、将来的にはいかに前進するシステムに戻すかを検討する必要があり、数十年から数百年の自然のシステムをより詳細に把握することが重要である。

 海面上昇の沿岸域への影響を防ぎ、また適応策を検討するためには、どの地域でどのような現象が起こるかを示した、ハザードマップの作成が必要である。本研究では、ベトナム北部の紅河デルタの海岸沿岸域とベトナム中部の小規模デルタとラグーンが分布する地域(タンギアン〜カウハイ地域)において、ハザードマップの作成を試みた。ベトナム中部では、地形区分とその発達要因、洪水や海岸侵食等への対応策を明らかにした。今回のハザードマップでは過去10年程度の情報をもとに解析を行ったが、今後100年問の環境変動の影響とその適応策を検討するためには、過去についても少なくとも100年程度の情報をもとに解析を行う必要がある。

 沿岸生態系への影響評価と適応策に関する研究

 沿岸生態系として、海面上昇の影響を受けやすいと考えられる干潟、マングローブ林を対象として、脆弱性の特性および適応策の評価方法についての検討を行った結果、脆弱性は、地形的脆弱性、外力変化に対する脆弱性、生物的脆弱性、生態学的脆弱性、社会経済学的脆弱性などに整理され、それぞれ、代表的な状況についてモデル化された。抽出された脆弱性をもとに、大規模なマングローブ林と干潟域が存在するタイ国のラノン地域ガオ川流域を対象として、具体的に脆弱性マップの取りまとめを行うとともに、適応策を評価するための評価システムの提案を行った。マングローブ林では、海面上昇の影響を待たずに、エビ池への転用による林の消失が問題となっている。今後、マングローブ林における海面上昇時の適応策のひとつとして有望な、エビ池のマングローブ林への再生を、過去に行われた再生実験事例のフォローアップ調査を今回行うことで、詳細に検討することができた。その結果、海面上昇への適応策として、エビ池のマングローブ林への再生が有望であることが示された。

(2)沿岸域における都市への影響評価と適応策に関する研究

 高解像度衛星画像(IKONOS:解像度1m)を用いることにより、建物の棟数の識別が可能であり、詳細な現況分析が可能であることが確認された。また、これをベースとして、具体的な適応策の検討とその評価も可能となる。

 都市は、人口、富と被害が高密度に集積している。地球規模のGISデータのメッシュの中に、特異点として埋め込むための工夫が必要になると考えられる。

 従来、経済分析においては、生産量の損失の観点からは住宅地は低い位置付けであるが、人間居住を、準生態学的存在として定量的に評価する必要がある。このためには、本研究で分析したような、失われる資源と人の時間という尺度が、一つの方法になると考えられる。

(3)脆弱性評価指標と脆弱性マップに関する研究

 \伴綫評価のための指標開発に関する研究

 ・脆弱性評価のフレームワークと脆弱性指標の作成

 温暖化に対する沿岸地域への影響の評価プロセスを海面上昇の影響と台風・高潮の影響の双方を考慮して作成した。また、脆弱性指標算定のフレームワークを表4に示した。本プロジェクトにおいて各サブグループの成果も考慮して脆弱性指標のもつべき特性、およびその指標としての算定プロセスを示したものである。

 当初、指標算定の地域として、沿岸域の特性から、海岸線から一定距離を抽出して、その地域における脆弱性指標を算定したが(H13年度報告書を参照)、その後、高潮の影響範囲が、かならずしも海岸線から一定距離に限らないこと、とくに大河川の河口域については、その傾向が強いことから、潮汐、高潮(既往最大)、及び海面上昇(1m)を考慮した、潜在的な影響範囲(一次影響地域を抽出して、その地域における脆弱性をさらに指標によって検討することとした。

 抽出された一次影響地域を対象に、影響人口および影響をうける土地面積を算定した。影響人口については、LANDSCANデータ及び土地利用については、GLCCのデータを用いた。

 

4. 脆弱性指標算定のフレームワーク(対象地域:アジアの沿岸地域)

 

 

 

”弦

海岸線

人口

ぢ翩

ス眥/span>

ε效詫用

Д泪鵐哀蹇璽屐珊瑚礁

備考

脆弱な地域の抽出

データ(空間分解)

/span>TOPO30

(30”=1kw)

n球地図

/span>DCW

/span>(NOAA)

Landscan

(1)

/span>(1946-2000)西太平洋、インド洋(緯度経度1)

/span>

r/span>(既往最大)

GLCC
(
農地、都市面積)(1km)

 

 

対象地域(一次影響地域)の抽出

 

 

 

 

 

 

 

分析対象地域

々欝彭水没地域

W高

 

 

 

/span>+
 SLR1m

 

 

オーバーレイ

一時的水没地域

W高

 

 

 

/span>+
 SLR1m+
高潮

 

 

オーバーレイ

B翩通過頻度を考慮した地域(DFを利用)

W高

 

 

苺嵐p度考慮(確率)

/span>+
 SLR1m+
高潮

 

 

 

 

被害関数
 (DF)

W高のDF

 

 

苺嵐/span>DF

高潮のDF

 

Rの堤防的役割(リスク軽減効果)については今回対象外とした

 

指標算定

 

 

基準値の値を予め算定

 

 

 

/span>index1

 

 

/span>index2

/span>index3

 

 

 

重み付け

Vl=w1×index1+w2×index2+w3×index3

 

 ↓◆↓の基準による脆弱な地域を対象に以下の影響(二次影響、社会・経済影響)

脆弱な地域の二次影響

影響人ロ

 

 

 

 

 

 

 

 

Vl別影響人口(95年、(将来人ロ))

 

 

纈n城人口、国別人ロ

 

 

 

 

 

影響面積

 

 

 

 

 

 

 

 

’醒鰐明

 

 

 

 

 

_地面積

 

 

都市面積

 

 

 

 

 

s市面積

 

 

生態系影響

 

 

 

 

 

 

}ングローブ面積

 

経済的な影響及び対策費用(今後の課題)

今後の課題とした。

 

 ・アジア地域沿岸への適用と脆弱な地域の抽出

 表4のフレームにしたがって、アジア地域の沿岸域に適用した。基本となるデータを以下に示す。

 ”弦皀如璽拭標高の関数を用いて、リスクに変換した値を図5a)に示した。

 台風通過数:台風の通過数の関数も用いて、リスクに変換した値を図5b)に示した。

 9眥などの影響:図5c)に高潮などの影響範囲を示した。この範囲に入る地域については、リスク値=1として扱っている。

 ぅ螢好の算定値:図5d)に総合的なリスク値を示した。ここでは上記3つのリスクを等しい重みで足しあわせている。空間的な解像度の関係もあり、ベトナムのみ値を抽出して示している。

 ベトナムの計算結果をみると、北部及び南部にリスクの高い地域があり、また、中部の沿岸域でもリスク値の高い地点がみられる。北部及び南部の地域は、高潮などの既往最大高潮の規模も大きく河川の河口付近の低地であることから、海面上昇及び台風などによる高潮の影響が今後とも深刻化する地域であり、気候変化に対してたいへん脆弱な地域であることがわかる。

 

a)リスク1(標高)

b)リスク2(台風通過)

 

c)リスク3(高潮など)

d)総合リスク

5. リスクの計算結果の例

 

 一方、中部地域も、台風の経路にあたっており、台風の接近や上陸などの可能性が高いことを示している。中部沿岸地域は北部、南部地域に比べるとその影響度は相対的に低いが、台風などはいったん上陸すると大きな被害をもたらすことから、対応策、適応策の検討が必要となる。

 ・二次影響の計算例

 ベトナムを対象に影響人ロ、影響土地利用面積を算定した。1997年の人口は7654.8万人である。

 ・影響人口(1995年)

 々欝彭な水没地

影響人口

483万人

 一時的な水没地

影響人ロ

667万人

 リスクを重み付けした影響人ロ

 

 当該メッシュについて算定されたリスク(01)と人口をかけ算して、ベトナム全域、および一時的な水没地について算定した結果は以下に示す。

 ベトナム全域

影響人口(重み付き)

2003万人

 

 一時的な水没地

影響人口(重み付き)

403万人

 

 GISによる脆弱性マップの作成に関する研究

 本研究から、アジア・太平洋地域は世界的にみても海面上昇に対して脆弱な地域であることが明確になった。またその中でも特に脆弱な地域が広範囲に分布していることも明らかになった。

 来るべき将来の海面上昇に備えて、生活の快適さを維持するための社会基盤、国土を守るための社会基盤を移動あるいは保護していく必要がある。そこに、道路や鉄道などの社会基盤データの海面上昇による影響を評価する意義があり、これはそのまま沿岸域に集中するこれらインフラ施設等の資産価値の影響を把握することに繋がると考えられる。

 本研究で使用した社会基盤データは現代のものであり、予測年次2100年の推定値ではない。つまり今回は、現存する施設が将来的に危機に瀕する可能性について明確にし、対応策やより詳しい評価に繋がるために評価を行った。今後はこれらの成果を元に、ここで脆弱な地域とされた箇所において、各地域が来るべき海面上昇への計画的な適応を行うために、より詳細な評価を行う必要がある。

 また今回、脆弱な地域を抽出するにあたり海水が陸域に対して海面と平行に進入すると仮定して解析を行っている。現実には、高潮といった一時的な氾濫においては、水は傾斜をもって陸域に進入するため、特に内陸部において過大に計算されていると考えられる。一方、河川付近においては排水不良により今回計算された範囲より上流においても氾濫が生じると考えられる。今後、各地域ごとの詳細な解析を行う際には、水の進入傾斜を考慮した解析を行う必要があるが、そのためにはより詳細な標高などの地理情報が必要である。

 アジア・太平洋地域や全世界といった広域単位において海面上昇の脆弱性地域を抽出するには、GTOPO30が有効と考えられる。しかし、海面上昇の影響を評価する際に重要となるデルタ・海岸平野域の地形情報は、GTOPO30では不十分であった。今回、5万分1地形図から新たに取得した地理情報データを元に作成した標高データでは、バンコク市街南部に広がっている3-5mの微高地が確認でき、デルタなど低平な地形の分布する場所の脆弱性を高精度で評価するためには5万分1地形図などの中縮尺以上の地形図より作成した数値標高モデルが有効であることが明確になった。しかし、今回作成したモデルでもタイランド湾最深部にある沿岸域では海岸線付近に延びる砂州(砂堆)の特徴が表現されたものとはなっていなかった。今後、海岸線付近の地形の形状を考慮した数値標高モデル作成の手法開発が必要と考えられる。

 社会経済的な評価としては、伊勢湾地域を取り上げ、海面上昇によって水没する用途別土地資産損失額と産業別生産損失額を試算するとともに、海面上昇による環境被害額を海岸からの距離の関数で計測する環境経済評価モデルを構築した。これらにより、海面上昇対策に対する地域間の費用負担問題が議論できるようになると期待される。しかし、ここでは「ある日突然に海面が上昇する」との仮定で計算している。実際には土地利用や産業構造は海面の上昇に対応して徐々に変化すると考えられ、社会的にも計画的な適応が求められている。今後は、時系列変化と各地域の特性をも考慮した、動的な土地利用モデルや社会経済モデルを開発し分析することが必要である。

 

5.研究者略歴

課題代表者:中島秀敏

1961年生まれ、東北大学理学部卒業、国土地理院地理調査技術開発室、国土交通大学校測量新技術研修官、現在国土地理院地理調査部環境地理課長

主要論文:

1. Nakajima, H., Nemoto, T., Sugihara, Y.,Sato, T. and Honjyo, Y. The Development and Precent Stage of Automatic Compilation of Middle Scale Topographic Maps.

 Bulletin of the Geographical Survey Institute, 1991, Vo1.36, pp45-52

2.中島秀敏、沿岸域管理の今後のあり方、HEDORO, 1993, No.59, pp8-11

3. Masaharu, H., Nakajima, H., Taguchi, M., Sekiguchi, T. and Odagiri, S. Preperation of Active Fault Maps in urban area. Proceedings of the 29th Joint Meeting of U.S.-Japan Panel on Wind and Seismic Effects, UJNR, 1997, pp143-148

 

主要参画研究者

(1) Ш愼J元

1958年生まれ、京都大学理学部卒業、通商産業省工業技術院地質調査所主任研究員、

現在独立行政法人産業技術総合研究所海洋資源環境研究部門沿岸環境保全研究グループ長、理学博士(九州大学)

主要論文:

1. Saito, Y., Yang, Z., Hori , K., 2001. The Huanghe (Yellow Riv r) and Changjiang (Yangtze River) deltas: a review on their characteristics, evolution and sediment discharge during the Holocene. Geomorphology, vol. 41, 219-231.

2. Saito, Y., Wei, H., Zhou, Y., Nishimura, A., Sato, Y., and Yokota, S., 2000, Delta progradation and chenier formation in the Huanghe (Yellow River) Delta, China. Journal of Asian Earth Sciences, vol. 18, p. 489-497.

3. Saito, Y., Katayama, K., Ikehara, K., Kato, Y., Matsumoto, E., Oguri, K., Oda, M., and Yumoto, M., 1998, Transgressive and highstand systems tract and post-glacial transgression, the East China Sea. Sedimentary Geology, vol. 122, p. 217-232

◆Ц点邨誕

1963年生まれ、早稲田大学理工学部卒業、同大学院修了、旧運輸省港湾技術研究所、

現在国土交通省国土技術政策総合研究所沿岸海洋研究部海洋環境研究室長

主要論文:

1. K.Furukawa, E. Wolanski: Currents and sediment transport in mangrove forests, Estuarine, Coastal Shelf Science, 44: 301-310, 1997

2. S. Massel, K. Furukawa, R. Brinkman: Surface wave propagation in mangrove forests, Fluid Dynamics Research, 24: 219-249, 1999

3. E. Wolanski(ed.): Water circulation in mangroves, and its implication s for biodiversity, in Oceanographic Processes of Coral Reefs: 53-76, CRC Press, 2000

 

(2): 小林英之

1953生まれ、東京大学工学部卒業、

現在国土交通省国土技術政策総合研究所高度情報化研究センター住宅情報システム研究官

主要論文:

1. 小林英之、インドネシアにおける都市住宅問題の地方性、第26回日本都市計画学会学術研究論文集、pp.763-768 (1991)

2. Kobayashi H. Urban Simulation Technologies for Planning - from synchronic to diachronic -, The Proceedings of International Symposium on City Planning 1999, I IB-2-1~10 (1999. 9. 19)

3. 小林英之、インドネシアにおける海面上昇の都市への影響評価

−現地調査によるミクロ分析と衛星画像によるマクロ分析−

土木学会 第11回地球環境シンポジウム (2003. 7)

 

(3) Ц饗英夫

1954年生まれ、東京大学工学部都市工学科卒業、国立公害研究所に入所、

現在独立行政法人国立環境研究所社会環境システム研究領域環境計画研究室長

主要論文:

1. 原沢英夫、第2章地球環境変化と都市の持続可能な発展、田中啓一編都市環境整備、14-26、有斐閣(2001)

2. Lal, M., H. Harasawa, and D. Murdiyarso, Chapter 11 Asia, Climate Change 2001 Impacts, Adaptation, and Vulnerability, Contribution of Working Group II to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, 533-590, Cambridge University Press (2001)

3. Lal, M., H. Harasawa, and K. Takahashi, 2002: Future Climate Change and Its Impacts Over Small Island States, Climate Research, 19, 179-192.

◆中島秀敏

同上