環境省地球環境・国際環境協力

加藤登紀子UNEP親善大使 ボルネオ訪問記

 歌手の加藤登紀子さんが、 UNEP親善大使として平成18年8月17日から25日までボルネオ(マレーシア・サバ州)を訪問し、現地の自然環境の現況や我が国の協力による自然環境保全活動、現地の人々の暮らしなどを視察し、関係者を激励しました。


 現地では、我が国がサバ州政府などと協力して幅広い自然環境保全活動を行っているボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム(BBEC)や、オランウータンの保護を行っているセピロック・オランウータンリハビリセンター、国立公園などを視察しました。また住民による森林保全の取組みを行っているダガット村にホームステイし、現地の方々と交流しました。
 また、8月23日には、コタキナバルのサバ大学中央講堂で環境をテーマにしたコンサートを開催し、地元の人々など約1000人が詰めかけ満員となりました。

 加藤登紀子さんが今回の旅で感じたことをエッセイにまとめました。

 この地球上に生命が発生して以来、一度も氷河期を経験していなかったために、20億年余りの間、多様な生物が生きつづけて来たといわれるアジア熱帯雨林。その最大の島、ボルネオ島をこの夏訪問した。

 フィリピンの南、世界で三番目に大きな島、赤道直下のこの島は思いがけないほどの活気につつまれていた。
 私が訪ねたのは北ボルネオと言われるサバ州、マレーシア連邦に属している。
 熱帯にあって四千メートル以上の美しい高山、キナバル山のかたわらにある都市、コタキナバルは今、建設ラッシュ。マレー半島や中国や台湾からの投資マネーが入り、バブリーな興奮につつまれている。
 中国やインドをはじめとして今やアジアは、沸騰する火山のごとく、誰にも手のつけられない開発病にかかっているようにみえる。
 このボルネオ島がバブル景気をむかえている理由の1つは、石油からバイオエネルギーへ、化学物質から植物油脂へ、その大きな時代のうねりである。コタキナバルから飛行機に乗ってみればその現実が目にとびこんでくる。

拡大する油ヤシのプランテーション

 眼下の風景はどこまでもどこまでも油ヤシのプランテーション。
 サンダカンに着いて、高速船で3時間、私は東部の湿地帯セガマ河に入りそこでダカット村に滞在した。
 その村の上をヘリコプターで飛んでみた。ここで、さらにありありと油ヤシが森を侵食している姿を目撃する。
 かつて95%が森であったボルネオ島、今は50%近くに落ちている。さらにサバ州では年間に9万ヘクタール(東京23区の1.5倍)がプランテーション転換されている。象の住む森との境界線には電気柵が張られインドネシアやフィリピンからの労働者が過酷な条件で働かされている。

 「地球にやさしい」とのうたい文句で私たちの暮らしの中に持ち込まれる食物油脂製品がボルネオ島の生物多様な熱帯雨林の自然をズタズタに引き裂いていることを知らずにいたことに大きなショックを受けた。
 石油資源からの脱出、化学物質依存からの脱出、これは私たちがこれから向き合っていかなければならない大きな課題。それが果たせれば地球資源を守り、環境を改善していける、と考えている人は少なくはないだろう。
 けれど実際には、油ヤシのプランテーションの拡大によって森林が激減し、象をはじめ、オランウータンなどの生息地はおびやかされている。その上にプランテーションで使われる農薬や化学肥料の流出による河川の汚染が深刻だ。

 多雨の地域であるため、散布した肥料の90%は流出してしまうために、油ヤシ栽培の大きなコストにもなっている。

油ヤシのプランテーションにて

 さらには森の生物多様性のバランスが崩れることによって例えば、ネズミの大量発生によって油ヤシが大きな被害を受けることなども大きな問題となっている。
 しかし、自然とのバランスを考慮し、森林を保護し持続可能な開発を目ざさなければ、プランテーション自体が行き詰るであろうという危機感を持つ人々も出てきている。

 今回私は、熱帯雨林の生物多様性を守り、ボルネオ象の生き続ける森を獲得しようと試みているボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム(BBEC)の活動を視察する事が出来た。
 BBECが取り組んでいるタビン野生生物保護区に近いセガマ河沿いにある15軒の住む小さな村、ダカット村で2日間、民泊し、自給自足に近い昔ながらの暮らしの中で過ごした。
 油ヤシプランテーションに土地を売ってしまおうとする動きを必死で食い止め、ここをエコツーリズムの拠点として、森を守っている村。川での投げ網漁で、エビや魚を獲り、自然栽培の野草や野菜を採集して暮らしをたてながら、若者たちを中心に私たちのような外からのゲストを受け入れるチームを組んでいる。

ダガット村の人々の歓迎

 高速船で着いた私たちは、村人からの盛大な歓迎を受けた。村長以下長老たちの民族楽器の演奏で迎えられ、船から桟橋に上がる時、美しい民族衣裳の女性たちがサフランで染めた黄色いお米をふりまいてくれる。これは私たち旅人の安全を守るためと、村に災いが持ち込まれないためだそうだ。早速、お茶(ミルクの入った甘い紅茶)とお菓子(ココナッツのういろや黒米のもち菓子など)で歓迎会だ。

 2日間の滞在中の食事やこのお菓子類は、何から何まですべて手づくりでとてもおいしかった。甘いものが苦手な私が病みつきになってしまうほど、次から次とバリエーションのある菓子類が出された。それというのも、ここでは完全禁酒。一滴のアルコールも存在しない。このため、お茶を飲む時間がとても大切にされている。
 雨水をためた水桶から、水を汲んで沐浴をし、さっぱりとした後サロン(長方形の布)を腰に巻いて、その夜は、夕食後村長のお話を聞いた。
 彼らは昔、ワニの捕獲を得意としたというティドン族の末裔で、ワニ漁が制限されてから、80年代にこの場所に移り半農半漁業の自然型生活をして来た。ココナッツから料理用と灯りのための油をとり、ニッパヤシの繊維でかごや、器や、ほうき等何でもつくり、マングローブの林から大シジミを獲り、手間をかければ何でも手に入る暮らしを築いて来たという。
 「私の目の黒いうちは土地を売ることは誰にもさせないし、この村を決して捨てることはない。」と話してくれた。

歌と踊りで交歓

 お話の後、若者の操る木舟で蛍を見に行った。
 まっ黒な空に、降るほどの星が光っている。特に細かい星くずをふりまいたように見える天の川が美しい。以前、天体に詳しい人がここへ来た時「星がたくさん見えすぎるので星座がわからない」と言ったという。

 その星が数十メートルもある河岸の木の間からもキラキラ、キラキラと瞬くようにこぼれてみえる。
 と、思ったら、実はそれが蛍だったのだ。大きな木いっぱいに、星と同じような白い光が点滅している。ジャングルのクリスマスツリーといえばいいだろうか。
 この深い森にポツンと、不思議に蛍が集まる木があるというのだ。暗闇の中でよく見ると、川岸の大きい木のこずえにテングザルが眠っているのが見える。
 その夜は蚊帳をつったふとんの上に横になり、興奮のうちに眠りについた。ヤモリのなく「ケ、ケ、ケ」という声を聞きながら東京の「熱帯夜」とは程遠い、ひんやりとした森の霊気を感じる夜であった。  

 次の朝、朝日のさしこむ台所では村長さんの奥さんがもう朝食の準備をしていた。ご飯となすの炒め物、それにとびきりおいしいドーナツなど。

ヤシ細工をしながらおしゃべり

 午前中は川べりのテラスでニッパヤシの手細工を教えてもらった。女の人たちの屈託のない笑い声の中、せっせと複雑な作品が生まれてくる。


セガマ川の大シジミ

 午後はシジミとり。
 マングローブの林の中に分け入って、ぬかるみの中でどろどろになりながらシジミを獲る。何と大ハマグリよりも、もっと大きいシジミだ。
 その夜のバーベキュー大会の時、そのシジミを焼いて食べたが、その時は、シジミが湯がいて小さくなってしまったものが串にさされて出て来たのがちょっと残念だった。生のまま火で焼くことは、ここでは許されていないという。

 バーベキューの会場では、若者の弾くギターに合わせて歌いだす人が出て来て大にぎわい。その後、村長の家に場所を変えて 村長が中心となった長老たちの歌と踊りの披露があり、それはそれは多彩な芸を見せてくれた。
宴たけなわになって、参加している人が即興で踊る遊びがはじまり、私たちももちろん参加した。
 たった15軒の村、その男性のほとんどが歌い手であり、踊り手であり、楽器奏者である。昔ながらの暮らしというものはこんなにも美しく、楽しく、豊かなものかと改めて感じ入った夜。たった2日とは思えない充実した自然体験をして、私たちは再び高速船に乗り、村の人に別れをつげた。
 村のすぐ裏まで迫っているプランテーションがところどころ川岸まで来ている、かと思えば数時間前に歩いたと思われる象の足跡が、川のふちに見える。森が生きていることをありありと感じる時間だった。
 船を降りた後、飛行場のある街、ラハダトゥまでプランテーションの中の道を車で走った。約5時間、見渡す限りのプランテーションが続く。

収穫した油ヤシの実

  15年くらいのヤシ林ではヤシの実を集める労働者たちに出逢った。一人ではとても持ち上がらない重さ40kgくらいもある赤い実を、斧で突き刺し一輪車に乗せる過酷な労働だ。この実は48時間以内に工場に運び加熱処理されるという。

 油ヤシは15年から20年が限度で古くなった林は切り払われていく。こうして見渡す限りのヤシ林が枯れ野となり、また別の土地に若い木を植える土地が開発されていく。工場が24時間操業するためには、一定量の油ヤシが補給されなくてはならないから、必ず新しい土地を拓いていかなければならないという仕組みになってしまう。
 最近は、食用植物油脂のためのヤシ林だけでなくバイオディーゼルのための大コンビナートも建設されているという。


熱帯雨林保全の取組みについて JICA石田弘明専門家にお話をうかがう

 かつて熱帯雨林におおわれていたボルネオ島、人口密度が少なく自然が豊富にあったために、あっという間に開発されてしまった恐るべき現実。
 今もまだ、自然の中で暮らす人々が存在しているそのすぐかたわらで、とどまることの出来ない森林破壊がすすんでいる現実を見た。

 動物たちの生息に必要な森を保護林として獲得していくために国際協力機構(JICA)の実施するボルネオ生物多様性・生態系保全プログラムの努力が、これからも続けられていくことを祈らずにはいられない。
 そして私たちの生活の中では、植物油脂やバイオエネルギーといえども、無駄な消費はしないよう、呼びかけていかねばならない。

加藤登紀子

加藤登紀子UNEP親善大使のボルネオ訪問の模様がテレビ放映されました。

※放映日時:9月22日(金)午後10時30分〜11時
  再放送:10月22日(日)午後0時30分〜1時
※放映局:BS-i(衛星デジタルハイビジョン)
※番組名:加藤登紀子 地球を唄う! 大自然・ボルネオのいのち