別紙

1 要約

 この報告は、ドローニングモードランド(Dronning Maud Land、以下、DMLとする)で行われるEPICA(南極におけるヨーロッパ合同氷床コア掘削計画)による深層氷床コア(注1)掘削計画に関する設営・輸送活動及び科学的活動が、南極環境に与える影響を評価するものである。本報告書は環境保護に関する南極条約議定書に従った環境影響評価の形式をとっている。本プロジェクト及び計画している活動に関する説明には、最終決定の根拠となる理由を含め、代替案についても示している。最終決定は、南極環境に与える影響の評価に従って行っている。
 本計画は、「南極におけるヨーロッパ合同氷床コア掘削計画(EPICA)」と名付けられた氷床コアプロジェクトの一環として、南極の内陸氷から深層コアを採取するものであるが、全体のプロジェクトは、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、スイス及び英国が共同で行っている。科学的な目的は、国際的な気候研究への貢献と、複数の氷期−間氷期サイクルにわたる気候及び大気の状態に関する非常に正確な記録を得ることである。EPICAは二段階で構成されている。a)フランスとイタリアにより実施される、ドームコンコーディアでのコア採取で、複数の氷期−間氷期サイクルにわたる主要な気候の変化を明らかにする。b)DMLでのコア採取では、最終氷期に起こった急激な気候変動を明らかにする。この研究に関する計画及び実施の責任機関は、ドイツのブレーメルハーフェンにあるアルフレッドウェーゲーナー極地及び海洋研究財団である。
 コア採取に最適な場所を選ぶため、本研究では事前調査を4年間にわたり行った。この間、氷厚、堆積速度、安定同位体及び微量元素の分布や、氷の流動速度を測定した。これらの結果を基に、深層コア採取の最適な地点を南緯75°、東経0°とした。この場所の氷は、一様な成層、平らな岩床、氷厚2,750±50mといった氷床の分析に適した性質を示していた。
 調査地点は、垂直方向の氷床流動が支配的で、水平方向の氷床流動は少ないという特徴を有したフィルン(注2)−氷遷移帯の背後にある内陸部の氷床の平坦部(Amundsenisen)に位置している。多孔質なフィルンと圧密され通気性を失った氷の間にある遷移帯は、深度約80mに位置している。また、海洋から約560kmの距離にある。ユトレヒト大学は、自動気象計測基地を調査地点に配置し、1998年から気象観測データを収集している。風速は一般的に小さく、年平均気温は約−46℃である。1年中、溶融水は生じない。Amundsenisen氷床の内陸部には鳥類や他の動植物は確認されていない。
 深層氷床コア採取計画で計画している活動には、掘削と氷床コア作業のためのトレンチ(掘削及び科学的トレンチ)を含んだ、一時的な掘削キャンプの設置を伴っている。必要な全ての材料(全量約650トン)は海洋から運び、ドイツの越冬基地であるノイマイヤ基地近傍の氷棚の端に下ろし、そこから掘削地点まで内陸氷の上を陸路でトラバース(横断)する。補充や緊急時の貯蔵場所は、コタス山地(Heimefrontfjella)に位置している。関係者の移動や採取した氷床コアの氷棚の端までの輸送手段は、主に航空機により行う。掘削キャンプでの作業は、各シーズンの夏季3カ月(12月から2月)とする。実際のコア採取に3シーズン、設営等と追加調査にそれぞれ1シーズンを要する(合計5年間計画)。この期間、ノイマイヤ基地を後方支援のベースとする。
 掘削キャンプには、氷床コア計画の実施や支援に関係する約20人の科学者や技術者が参加する予定である。掘削キャンプは、夏季キャンプに限定して使用し、掘削終了後に解体し、陸路で船舶まで輸送し、すべてドイツに持ち帰る。キャンプは20フィート(約6m)コンテナユニットから成り、鉄製の支柱上のプラットフォーム上に建設する。 プラットフォームに加えキャンプには、宿泊や貯蔵タンク、補充品のためのコンテナが設置される。代替案としては、ソリ上の一時的な掘削キャンプが考えられる。
 電力は、発電機により供給され、その廃熱はで水(雪解け水)の供給に利用する。代替案としては、風力タービンや太陽エネルギー発電機器を配列することが考えられる。
 様々な車両や発電機を稼働させるために、発電機及びトラバース用車両には軽油を、航空機には灯油を、スノーモービルには少量のガソリンを使用する。これらの燃料の燃焼による影響は、全使用量をもとに計算した排出量で表される。廃棄物は収集し、南極から持ち帰る。雑排水は排水ピットを経由し氷床に排水する。排水処理方法に関する代替案としては、ガス焼却、濾過または持ち帰りが考えられる。キャンプは冬季の間、閉鎖する。氷床コアが採取された後、掘削機械を解体し、持ち帰る。部品の一部(鉄、木、ケーブル類)は氷床に残される。代替案としては、広い範囲にわたってそれらの部品を掘り出すことが考えられる。
 ノイマイヤ基地から掘削地点までの陸上輸送ルートのほとんどは、氷棚や内陸氷を横切ることになる。内陸氷床高原への上り坂はコタス山地(Heimefrontfjella)の東部につくるが、これより短いルートの代替案はない。輸送はソリにより行う。1回のトラバースは約25日間かかるため、キャンプへの補充は、1シーズンに2回のトラバースを行う。運転用資材のほとんどはタンク・コンテナで輸送する。代替案としてはドラム缶による輸送が考えられる。人や材料の輸送に1シーズン10〜15回の飛行を計画している。
 氷床コア掘削は、浸透性があるフィルンへの事前ボーリングから開始する。掘削液の漏出を防ぐため、この時点でケーシングパイプを挿入する。電気機械式掘削装置により深層コア自体を採取する。掘削孔は最深度2,750±50mで直径130mmとなる予定である。周囲の氷の静水圧や掘削孔の塑性変形を防ぐためには、掘削液を使用する必要がある。予定されるコア深度では、掘削液を使用した掘削に関する代替案はない。掘削液は、蒸発、掘削によって生じた氷片からの掘削液の不完全な回収、ケーシング内の漏れによって失われる。掘削液はExxol D40(100%石油)に、掘削液を必要な密度に調整するために密度調整剤を加える。密度調整剤としては、HCFC 123またはHCFC 141bを使用する予定である。掘削液の代替案としては、アルコール、エチルグリコール、シリコン油、n−ブチルアセテートを、密度調整剤としてパークロロエチレンまたはトリクロロエチレンを加える方法がある。掘削孔に残った掘削液を回収する代替案はない。氷床コア採取の際、予想外の遅れが生じる恐れがある。その場合は、氷床コアの採取が確実に行われるよう適切な方法をとる。将来的には、掘削孔は氷床の水平流動によって移動し消滅すると考えられる。
 本計画の氷床コア採取計画による南極環境への影響を評価するため、影響がある地域の環境条件に関するデータ、使用材料の性状を考慮するとともに、関係する参考文献の調査を行った。環境保護に関する南極条約議定書及びその施行法令それぞれに示されている保護すべき環境資源への影響の程度について調査し、可能性のある影響を示し、当該環境資源に対する直接的な影響のタイプ、範囲、期間、頻度を評価するために基準を適用している。これらの影響はマトリックス形式で示している。
 氷河環境に対する影響は、雪やフィルンの構造の変化や雪の堆積状況の変化、燃料の燃焼による粒子状降下物、取り残される材料によるものが考えられるが、これらの影響は、キャンプ活動、トラバースや掘削作業により生じると考えられる。周囲の大気質は、燃料の消費及び掘削液の蒸発により生じるガス状排出物により影響を受けると考えられるが、これらの影響は、キャンプでのトラバースや掘削作業中により生じると考えられる。気候や天候のパターンは、天候に影響を与えるガスやオゾン分解ガスの排出により影響を受けるが、本計画の実行によるこれらの影響は、燃料の消費の結果として生じるかまたは、環境影響を引き起こす性質のある密度調整剤の使用の結果として生じることが考えられる。水質、水環境及び海洋環境は、氷棚の端で行われる荷物の積み下ろしによる影響を受けると考えられるが、この直接的な影響としては、汚染物質の放出を伴う事故が考えられる。動植物に対する影響としては、騒音や汚染物質による負荷が考えられるが、汚染物質の放出がない場合、計画により氷棚の端に生息するペンギン類やその他の鳥類に対して影響を与える可能性はない。
 本計画により南極への輸送量及びノイマイヤ基地から生じる活動レベルの増加が考えられる(間接的影響)。事前調査及び本計画が行われている期間は、トラバースや掘削地点の周囲にガスの排出や粒子状降下物により繰り返し影響を受ける(累積的影響)。
 キャンプは、過去に行った方法に従って、輸送及び設置する。環境影響を最小限にするため、材料の在庫量、使用量及び廃棄物の持ち帰り量についてモニタリングする。また、考えられる事故(特に燃料の漏洩)に備え、予防策及び安全策を適切に行う。鳥類の休息地があった場合は、十分な距離を保つよう様々な手段をとる。現在の燃料消費量をもとに、実際の排出ガス濃度や粒子状降下物により影響を受ける雪層の深さを評価するため、浅層コアを利用することは可能である。
 本計画により避けることができない影響としては、掘削孔に残った掘削液、燃料や他の運転用資材の消費、キャンプの設置やアクセスする車両による雪氷面の一時的な変化が含まれる。氷床コア掘削が行われない場合(計画を行わない代替案)、DMLは現在と同じ状態であると予想される。氷床コア掘削が成功した場合、国際的な気候研究者は、南極の大西洋部分における古気候状況の非常に正確な記録を手に入れることができるであろう。環境影響評価の実施の際に考えられる不確実性としては、予想外の氷床の性質、輸送に必要な条件やスケジュールの変更及び、実際の掘削作業中の予想外の変更によって生じる。
 上記にあげた全ての要素を考慮し、申請者は、EPICA深層氷床コア採取計画によりDMLに与える避けられない負荷が南極環境に与える影響は、全体として最小限の範囲にとどめることができるという結論に達した。

注1コア:氷床内部の氷
注2フィルン:氷より低い密度を持った雪。雪氷学的には、密度が0.8〜0.85g/cm3になると通気性が無くなり、この状態を氷と定義しているため、これよりも密度の低いものを言う。