生物の多様性に関する条約 第1回報告書
 
 
1997年
日本国政府
 
 
第1章 はじめに
 
1.1 報告書の要旨
 人類を取り巻く地球環境の現状を直視すれば、様々な地球規模の環境問題が横たわっており、人類の現在及び将来のためにも、その解決に向けた一層の取り組みが求められている。
 このような中、世界の多くの国々の参加の下、1992年6月の国連環境開発会議(地球サミット)において、生物の多様性に関する条約(以下「生物多様性条約」という。)が157ヶ国によって署名され、生物多様性に関する大きな流れが形成された。
 生物多様性はとりもなおさず、生物の一員として地球環境を共有している我々人類の生存基盤であり、また、人類に様々な恵みを与える価値を生み出すもととなるものである。その保全と持続可能な利用を図ることは緊急の課題であり、真摯に取り組まねばならない。 今回の我が国の報告書は、生物多様性条約第26条に基づく第1回目の報告として、第2回締約国会議における決定[2]/17の附属書を踏まえつつ、我が国の国家戦略の内容及び実施体制等を中心に取りまとめ、報告するものである。
 報告書は、7つの項目から構成されており、それぞれについて簡潔に述べると次の通りである。
 第1に、生物多様性の意義と価値についての我が国の認識を示すとともに、生物多様性条約への対応について記載した。第2に、生物多様性に関する施策の背景となる我が国の生物多様性の現状について、生物多様性の3つのレベルに沿って概観した。最初に、自然環境保全基礎調査の結果をもとに、森林、草原、湿原、河川・湖沼、沿岸海域の各生態系の多様性の現状について、次にレッドデータブックなど各種調査の結果を基に種の多様性の現状について、さらに、まだ十分な知見が得られていない分野であるが、種内の多様性の現状について記載した。第3に、我が国における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用のための施策の基盤となる主な法律や指針等、条約実施のための組織的枠組み、並びに我が国の国家戦略について、策定の目的、その性格と対象及び策定の経緯を記載した。第4に、国家戦略推進のための基本方針として、その目標及び考慮すべき事項を記載した。第5に、国家戦略実施のための指針や各種計画との連携等、国家戦略の目標や各分野毎の施策の基本的方向を具体化するための取組について記載した。第6に、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進について、各分野における施策の基本的な考え方とそれに基づく主な施策について記載した。最後に、国家戦略の実施体制と戦略の点検・見直しについて記載した。
 我が国としては、条約前文にあるとおり、現在及び将来の世代のため生物の多様性を保全し及び持続可能であるように利用することが必要不可欠であることを強く認識しており、そのための施策の基本的な枠組みである国家戦略を着実に推進していくものである。

1.2 我が国における生物多様性の意義と価値
 我が国は地形や気象条件の変化に恵まれ、多様な生息・生育環境に対応した豊かな生物相を有している。生物は人類の生存基盤である生態系の不可欠の構成要素であり、多様な生物相の存在は、国民の生活の場である我が国の自然環境を健全に保っていく上で大きな役割を果たしている。また、豊かな動植物や自然景観とのふれあいは、国民生活にうるおいややすらぎをもたらすものであり、生物多様性は、教育、文化、レクリエーション、芸術等の観点からも重要な意義を有している。
 また、我が国は二千数百年にわたる水田農業等を通じて、持続的に生物資源を利用する伝統を有しているが、今日では、農林水産業をはじめ、バイオテクノロジーによる生物の産業利用などさまざまな形で、生物やその生息・生育する環境の利用が行われている。
 さまざまな利用を通じ人類に多くの恵みをもたらす資源として、生物やその生息・生育環境はかけがえのない価値を有しており、特にバイオテクノロジーの進展により、生物種の遺伝資源としての潜在的な価値は一層高まっている。
 一方、我が国においては、特に戦後の経済の高度成長期を中心に、開発による自然環境の改変が進行し、全国的に自然林や干潟等が減少した。また都市化等に伴う汚染や汚濁等生物の生息環境の悪化、あるいは希少な植物等では乱獲等も進んだ。さらに里山等でのその利用の減少も、これらの環境に依存する生物の生息・生育を圧迫している。
 これらの結果、我が国では、現在、多くの種が存続を脅かされるに至っており、また、国際的にも、熱帯林の減少等による急速な種の減少が地球規模で進行している。
 それぞれの地域の生態系は相互に関係しつつ、全体として地球の生態系を形成しており、生物多様性の保全も地域レベルから地球レベルまでの全体のつながりの中で進めていく必要がある。
 このような観点を踏まえると、生物多様性条約に基づき生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を促進していくことは、我が国にとって、将来の世代の可能性を守るためにも極めて重要な課題であり、また、我が国が果たすべき重要な国際的責務である。

1.3 我が国の生物多様性条約への対応
 我が国は、生物多様性条約の策定段階から積極的に条約の作成に向け、各国とともに検討を行ってきた。条約は、1992年6月の国連環境開発会議(地球サミット)において我が国を含む157カ国により署名され、1993年12月に発効した。我が国は1993年5月に受諾し、18番目の締約国となった。
 このような動きと並行して、我が国は1993年に、環境保全施策の基本的事項を定めた「環境基本法」を制定し、環境保全施策の策定及び実施に係る指針の一つとして「生物多様性の確保」を位置づけ、さらに、同法に基づき1994年12月に策定された環境基本計画において、生物多様性条約に基づく国家戦略を策定する旨を定めている。
 1993年12月の生物多様性条約の発効を受けて、我が国は、条約に基づく各種の取組の推進に関係する省庁の連絡協議機関である生物の多様性に関する条約関係省庁連絡会議(以下「関係省庁連絡会議」という。)を設置し、政府全体で生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進に取り組む体制を整えた。
 そして、関係省庁連絡会議は、生物多様性国家戦略の策定作業を担当し、1995年10月に地球環境保全に関する関係閣僚会議において国家戦略が決定された。
 現在、生物多様性国家戦略に基づく各種の施策が、関係省庁を中心として、様々な主体とともに進められているところである。


第2章 生物多様性に関する施策の背景−我が国の生物多様性の現状−
 
2.1 自然環境の特性
 日本の国土はユーラシア大陸の東端に位置し、南北約3,000km、標高3,000m 級の山岳を含む弧状列島から成り、国土の約4分の3は起伏に富んだ山地に占められている。
気候帯としては亜熱帯から亜寒帯にわたり、気候は湿潤で、季節風の影響により四季の変化がはっきりしている。起伏に富み急峻な地形は我が国の気候を一層変化に富んだものとしており、本州では脊梁山脈を境に気候は大きく異なっている。
 また、我が国は4つの主要な島と3,000以上の属島から構成されており、また、周囲を海で囲まれるなど生物相の面からは島嶼的性格が強いといる。中には非常に特異な生物相を有する島嶼もある。
 このような複雑な日本列島の気候や地形条件、また、その形成過程において繰り返された大陸との連続と分断の歴史は、我が国の生物多様性の成立に大きな影響を与えている。

2.2 生態系の多様性の現状
 我が国においては、国土の自然環境の現状を全国規模で把握する自然環境保全基礎調査を継続的に実施しており、その一環として全国土を覆う5万分の1レベルの現存植生図を整備している。
 第4回の調査結果(1988〜1992)によれば、我が国の国土は、67.0%が森林、22.8%が農耕地、4.4%が草原、4.2%が市街地・造成地となっている。また、人為による影響から見た我が国の植生は、自然性の高い植生(自然林等)、人為の影響を受けた植生(二次林、二次草原)、植林地、及び農耕地と市街地・造成地が、それぞれほぼ4分の1ずつを占めている。

−森林−
 森林は国土の67.0%を占め、生物の生育・生息の場として重要な役割を果たしている。我が国の森林は、その内訳をみると、自然林が26.9%、里山などの二次林が35.9%、残りの37.2%がスギ、ヒノキ等の植林地となっている。
 我が国の自然林には、亜寒帯性・高山性の針葉樹林、針広混交林から、温帯性の落葉広葉樹林、暖帯から亜熱帯の照葉樹林まで多様なタイプが含まれるが、大面積の自然林が残存しているのは北海道のみであり、全国の自然林の59.5%が北海道に分布している。その他東北及び中部地方の山岳部及び南西諸島にもある程度のまとまりで残されているが、それ以外の地方では山岳、離島等に小面積かつ断片的に分布しているに過ぎない。
 二次林は、人里近くに位置し薪炭材の生産や落葉等の採取に利用されてきたが、同時にこれらの環境に依存する多様な動植物の生息・生育の場としての役割も果たしてきた。
 このような我が国の森林の近年の推移は、森林面積全体では微減にとどまっているが、内訳をみると二次林及び自然林が減少し、植林地がわずかながら増加している。
 また、二次林の中には、人為的作用の減少に伴って植生遷移が進行し、燃料の採取等人々の営みを通じて維持されてきた多様な環境が失なわれつつあるものもある。
 
−草原−
 我が国の植生に占める草原の割合は、4.4%と大きくないが、採草・放牧地等として各地の山地に点在しており、大陸系遺存種等草原特有の生物の生息環境として重要である。
 しかし、近年は定期的な火入れなど草原の維持に必要な人手の確保が困難になるなど草原の利用の衰退とともに遷移が進行し、これらの種の急激な減少が懸念されている。

−湿原−
 我が国の植生に占める湿原の割合はごく僅かであるが、生物の生息・生育環境として重要な生態系である。我が国の湿原は、基本的には降水のみによって涵養されるミズゴケ類を中心とする湿原とヨシ等を中心とする河川の中下流域に分布する湿原の二つのタイプに区分される。これらの湿原は、北海道から沖縄まで広い範囲に分布しているが、特に後者のタイプの湿原は、人の生活領域に近接しており開発等による影響を強く受けてきている。

−河川・湖沼− 
 河川・湖沼では、水域及び河岸・湖岸が一体となった生態系が形成され、魚類等の水生生物のみならず、河畔に特有の植生やこれらに依存する小動物、水鳥類等の生息環境として重要な役割を果たしている。
 一方で高密度の土地利用が行われている我が国においては、多くの河川が人間活動に伴う環境の改変を受けている。一級河川の幹川等113河川(総延長11,412km)を対象にした第3回基礎調査(1985)による河口から幹川の上流の上端までの水際線の改変状況調査では、水際線の人工構造物化は21.4%であった。また、全国の主要な二級河川の幹川及び一級河川の支川等のうち良好な自然域を通過する河川等153河川(総延長6,249km)を対象にした第4回基礎調査(1992)による改変状況調査では、水際線の人工構造物化は26.6%であった。魚類の遡上状況をみると、74の幹川においては27河川が調査対象の最上流区間まで遡上可能、37河川は総区間の80%以上が遡上可能区間となっている。また、79の支川のうち、遡上が確認された50河川については、7河川が幹川河口から最上流区間まで遡上可能、また、22河川は幹川河口から80%以上の区間まで遡上可能な河川であった。
 同様に平野部の小川や水路においても、せき等の設置による本流との分断、あるいは構造物の設置などの水路の人工化による水生生物の生息・生育域の消滅や断片化がみられる。

−沿岸海域−
 潮間帯が自然のまま維持されている自然海岸は、生物の生産及び生息・生育の場として重要であるが、我が国においては高度経済成長期を中心に海岸線の人工的改変が進められた。1993年度の調査の結果によると、我が国の本土部分の海岸線19,134kmの38.0%が潮間帯に護岸等の工作物が設置されている人工海岸となっている。また、自然海岸の減少傾向も続いている。

 干潟は沿岸海域の中でも特に底生生物が豊かな環境であり、多様な沿岸性の魚類やシギ・チドリ類等の渡り鳥にとって重要な生息環境となっている。我が国では、干潟の多くは人口が集中し経済活動の盛んな内海や内湾に分布しており、埋立等による消滅が進行している。1989年から91年にかけて行われた調査の結果によると、我が国に現存する干潟は51,443haであり、1978年以降3,857haの干潟が失われた。

 我が国の南西諸島では、裾礁を主体とするサンゴ礁が発達している。我が国のサンゴ礁は、世界のサンゴ礁の分布の北限に当たっているが、黒潮の恵みにより造礁サンゴ類は高い多様性を有している。
 しかし、南西諸島の海域では、オニヒトデの食害や赤土の流入によりサンゴ類の生息状況が悪化し、一部を除き回復は進んでいない。1989年度から3カ年で実施されたサンゴ礁調査の結果によると、南西諸島海域のサンゴ礁の礁池内では、本来サンゴ類が生息可能な環境のうち良好な生息が見られたのは約8%にとどまっている。
 
 
2.3 種の多様性の現状
 我が国には、哺乳類が188種(亜種も含む。以下同じ。)、鳥類が665種、爬虫類が97種、両生類が64種、また維管束植物が7,087種等、多くの動植物が分布しており、国土面積の割には豊かな生物相を有している。さらに、例えば裸子植物及び被子植物の約35%が固有種であるように、その動植物相には多くの固有種が含まれている。
 このような我が国の生物相は、変化に富んだ地形や気象条件、また日本列島の形成過程で繰り返された大陸との連続と分断の歴史によってもたらされたものであり、近代に至るまでの長い歴史を通じて、その豊かさは維持されてきた。しかし、近代以降、特に戦後の経済の高度成長に伴って開発による生物の生息・生育地の消滅や分断、汚染等による生息・生育環境の悪化が進行し、国土の自然環境は急激に変化した。また、希少な動植物の乱獲なども要因となって、現在、我が国においては、多くの種がその存続を脅かされるに至っている。
 我が国では、1991年に動物のレッドデータブックが環境庁から刊行された。その後、分類群毎に見直しを行っており、1997年8月には、両生類及び爬虫類のレッドリスト(レッドデータブックの基礎となる種のリスト)の見直しを終了している。また、植物については、1997年8月、環境庁においてレッドリストをとりまとめている。これらによれば、我が国に生息する哺乳類の約7%、鳥類の約8%、爬虫類の約19%、両生類の約22%、汽水・淡水魚類の11%が種の存続を脅かされており、また、維管束植物の約20%が同様の状況にあるとされている。
 なお、我が国の種の多様性については、例えば昆虫類については、全種数が7万から10万種と推定されているのに対し、これまでに記載されている種は約3万種に留まっているなど未だその全体像が明らかになっていない分野も少なくない。また、それぞれの種に関しても国土全域の分布を知るためには、情報の空白域が数多く残されており、生物多様性の現状を把握するための基礎的情報の整備が急務となっている。

2.4 種内の多様性の現状
 すべての種は種内に遺伝的多様性を保持しており、生物多様性を保全する上で遺伝子レベルの多様性の保全は重要な課題である。種内の遺伝的多様性を保全するためには、同一種内の島嶼、水系など地理的に隔離された集団である地域個体群についても、その保全を図っていくことが重要である。
 環境庁が作成したレッドデータブック(1991)によれば、現在、我が国では哺乳類、両生類、淡水魚類、貝類などの分類群で32の地域個体群が絶滅のおそれが高いとされている。
 また、個体の人為的な移動・移入による地域個体群の遺伝子の攪乱も広がっており、それぞれの地域に保たれてきた遺伝的多様性の消失も懸念されている。
 我が国では、野生生物の遺伝的多様性の構造やその攪乱の現状はまだ十分把握されていないが、一方で、多くの地域個体群が消滅しつつあり、現状の正確な把握と問題点の抽出が急務となっている。


第3章 保全及び持続可能な利用のための施策の基盤
 
3.1 関連する主な法律・指針等
 生物多様性国家戦略の策定目的の一つは、関連施策の推進と相互の有機的な連携を促すことである。我が国には生物多様性の保全及び持続可能な利用に関連する現行法制度が多数あり、これに基づき様々な施策が実施されている。例えば、環境の総合的・計画的推進に関する環境基本法、自然環境保全の総合的推進に関する自然環境保全法、自然公園の保護と利用に関する自然公園法、野生動植物の保護と狩猟の適正化に関する絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律や鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律、天然記念物の指定と保護管理に関する文化財保護法、森林の保全と利用に関する森林法や林業基本法、水生生物の保護と利用に関する漁業法や水産資源保護法、都市における緑地の保全と創出に関する都市緑地保全法や都市公園等の設置と管理に関する都市公園法などがある。
 また、これらの法律に基づいて、環境基本計画、自然環境保全基本方針、希少野生動植物種保存基本方針、森林資源に関する基本計画等が策定されており、いずれも生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用に密接に関連する国の基本方針や計画となっている。

3.2 施策推進のための組織的枠組み
 生物多様性条約の実施促進を目的として1994年1月に関係省庁連絡会議が設置され
た。この連絡会議は生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用に特に関係の
深い主な省庁の局長クラスで構成され、議長は環境庁自然保護局長が務めている。
 1997年7月現在の構成省庁は環境庁、外務省、内閣内政審議室、科学技術庁、大蔵省、
文部省、厚生省、農林水産省、通商産業省、運輸省、建設省、国土庁の12省庁となっ
ている。生物多様性国家戦略の原案作成や国民からの意見聴取はこの連絡会議が主体
となって行った。今後は国家戦略に基づく各種施策の実施状況の点検等を実施してい
くこととしている。

3.3 国家戦略の策定
3.3.1 国家戦略策定の目的
 地球上には300万から3,000万種又はそれ以上といわれる多くの生物が生息・生育し、人類の生存基盤である多様な生態系を形づくっており、それは人間生活にさまざまな恵みをもたらすかけがえのない存在である。現在、世界的に人間活動による生物多様性の著しい減少が懸念されており、その保全は地球環境を守るために各国が協調して取り組むべき緊急の課題となっている。
 上述の通り、我が国は変化に富んだ自然環境に恵まれ、そこに生息・生育する野生生物も多様であるが、一方では開発の進行等による野生生物の生息・生育地の減少や消滅が進んでおり、多くの種がその存続を脅かされている。我が国の豊かな生物多様性を確実に将来に伝えて行くことは、我が国が生物多様性条約において果たすべき責務であり、同時に世界の生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用への貢献にもつながる。
 我が国は、1993年に生物多様性条約を受諾し、この条約に基づく生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を促進するための取組を進めることとなった。
我が国においては、生物多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用に関係する施策は、政府の幅広い機関に及んでおり、また、国のみならず地方公共団体、事業者、民間団体など幅広い主体が関係する取組を行っている。
 従って、我が国において生物多様性条約に基づく各種の取組を効果的に推進するためには、国の各機関が相互の連携を図りつつ、総合的かつ計画的に取組を進めることがまず必要であり、また、国のみならず、地方公共団体、事業者、国民が、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進のために、共通の認識の下に互いに協力して行動することも重要である。
 そのためには、政府としてこの問題に取り組むにあたっての基本方針とそれぞれの分野における施策展開の基本方向を明らかにすることが不可欠であり、このため、生物多様性条約第6条を受けた生物多様性国家戦略を策定した。これに基づき、政府の各省庁の関連施策の推進と相互の有機的連携を促すとともに、併せて、生物多様性の保全への国民の関心と理解を深め、地方公共団体、事業者、民間団体等国以外の主体の取組を促すこととしたものである。

3.3.2 国家戦略の性格及び対象
 国家戦略は、生物多様性条約に基づき、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用という観点から、各種の関連する施策を体系的に取りまとめたもので、我が国としてこの問題に取り組むに当たっての基本方針と各分野における今後の施策展開の基本的方向を示すもので、関係省庁が連携を図りつつ総合的計画的に生物多様性条約に基づく取組を進めるための政策の基本的枠組みとなるものである。
 国家戦略は、基本的には、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用に関連する政府の施策を対象としたものであるが、併せて地方公共団体、民間団体等各主体との連携や支援の方向についても明らかにし、これらの主体による取組の促進も図ることとしている。

3.3.3 国家戦略の策定経緯
 国家戦略の策定は、生物多様性条約関係省庁連絡会議を母体として進められた。
 関係省庁連絡会議では、1995年2月から原案作成作業を開始、関係省庁での調整を経て7月末に原案が取りまとめられた。原案は8月に公表され、国民の意見が聴取された。
 提出された230件の意見の検討を経て、原案の修正を行い、最終案が作成され、同年10月31日に開催された地球環境保全に関する関係閣僚会議において決定された。
 
 
第4章 国家戦略における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用のための基本方針
 
4.1 国家戦略の目標と達成時期
 国家戦略第2部の基本方針においては、長期的な目標として以下の2点を掲げている。また、これらの長期的目標の達成時期は21世紀の半ばとしている。
{1}  日本全体として及び代表的な生物地理区分ごとに、それぞれ多様な生態系及び動植物が保全され、持続可能な利用が図られていること。
  都道府県及び市町村のレベルにおいて、それぞれの地域の自然的、社会経済的特性に応じた保全と持続可能な利用が図られていること。
{2}  将来の変化の可能性も含めて生物間の多様な相互関係が保全されるとともに、将来の進化の可能性を含めて生物の再生産、繁殖の過程が保全されるように、まとまりのある比較的大面積の地域が保護地域等として適切に管理され、相互に有機的な連携が図られていること。
 さらに、長期的な目標の達成に向けた当面の政策目標として、次の3点を掲げている。
{1}  我が国に生息・生育する動植物に絶滅のおそれが生じないこと。
{2}  生物多様性の保全上重要な地域が適切に保全されていること。
{3}  生物多様性の構成要素の利用が持続可能な方法で行われていること。
 なお、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用は、地球規模で取り組むべき課題であることから、これらの目標に向けた取組を進めるに当たっては、国内における取組にとどまらず、各国との国際的協調の下に我が国の能力を活かした国際的取組を積極的に推進することとしている。

4.2 考慮すべき事項
 国家戦略第2部の基本方針においては、次のような事項を考慮すべき事項としている。
[生物多様性の保全]
生物多様性の保全にあたっては、自然性の高い地域、二次的自然が中心の地域、また自然が大きく改変されている地域など、それぞれの地域の自然環境の違いに応じて、人為の排除、人為による働きかけの維持、あるいは生物の生息空間の積極的な再生・創出など異なった対応が必要であり、地域の自然環境の特性に適合した取組を進める必要があること。
生物多様性の保全のための取組を進めるにあたって、不足している科学的知見や情報の充実を図ること。
[生物多様性の構成要素の持続可能な利用]
生物多様性の構成要素の持続可能な利用を進める際には、利用圧(利用の度合)が自然の再生産能力の許容範囲内にあるかどうかを的確に把握する必要があり、そのための科学的知見の充実に努めること。また、不明の部分がある場合には、十分な余裕を持って対応すべきこと。
伝統的な利用形態を適正に評価するとともに、バイオテクノロジーなどの新たな技術については環境上適正な活用を図ること。
[共通的事項]
生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用は、地域の自然的特性及び社会的特性を踏まえて、きめ細かく実施される必要があり、このためには、地域レベルの計画の策定等も検討する必要があること。
生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用に関連する各種の施策は、相互に密接に関連するものであるため、相互の有機的連携を図る等により総合的かつ計画的取組が必要なこと。
生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用は、国民の社会経済生活全般に関わるものであり、各主体の積極的自発的な関与が必要であること。
我が国の経済活動が世界の生物多様性に大きな影響を及ぼしうることに留意し、悪影響を及ぼさないよう努めるとともに、世界の生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用のための国際協力を進めることが必要であること。
 
第5章 国家戦略実施のための指針、指標等の整備、国家戦略の実施に関連する各種計画との連携及び地域レベルの取組への支援と連携
 

 国家戦略に基づく各種施策を推進するためには、国家戦略に掲げられた目標や各分野ごとの施策の基本的方向をさらに具体化した指針又は指標の整備が必要となる。
 長期目標で示されている代表的な生物地理区分ごとの多様な生態系及び動植物の保全と持続可能な利用を実現していくためには、まず我が国の国土の生物地理区分を確立するとともに、それぞれの区分ごとに代表的な生態系を特定し、その保全の指針を明らかにしていくことが必要であり、現在、このような観点からの検討作業を進めている。
 また、生息地や生態系の保全に取り組んでいく際には、具体的な地域について生物多様性の評価が求められる。このため、地域における生物多様性の現状に関する評価方法を確立するための研究を進めている。
 国家戦略に基づく生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の取組を進めていくためには、これらに関連する国の各種の計画についても、国家戦略の基本的方向と調和したものとなり、これらの計画と国家戦略が相互に連携していくことが重要である。
 このような観点から、全国の国土利用の基本方針を定める国土利用計画、我が国の森林資源の長期的な整備の方向を示す森林資源に関する基本計画、或いは海岸事業5カ年計画等において、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の観点が反映されている。
 さらに、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を進めるためには、地域レベルでの具体的な取組の促進が重要であり、このため、地域レベルでの生物多様性保全計画を推進するガイドラインの策定を進めている。


第6章 施策実施の指針
 

 国家戦略第3部においては、今後政府の各機関が生物多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用に関連する施策を実施していくに当たっての基本的な方向を主な施策分野別に記述している。
 これに基づく、我が国の生物多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用に関連する施策の方向及び関連する取組の概況は以下のとおりである。

6.1 保護地域の設置及び管理
 生物多様性保全の基本は、生物を自然の生息・生育地において保全する生息域内保全である。そのための最も基本的な施策は、保護地域の設置によって生物の生息・生育環境を保全することである。我が国においては、自然環境保全に関連する各種の法律等に基づき、様々な観点から、以下に示すような各種の保護地域が指定されており、開発行為等の規制が行われている。
 これらの保護地域については、生物多様性保全の観点も踏まえて適切に管理するとともに、野生動物の生息域の連続性など保護地域間の連携も考慮して生物多様性の保全が図られるよう努めることとしている。
 なお、我が国の保護地域には必ずしも生態系保全の観点から十分な面積を有していないものがあり、更には、湿原等保護対象の生態系の周囲(湿原では主に上流部)の広大な地域の開発行為が大きな影響を及ぼす場合があることから、特に周辺地域の開発行為が保護地域に影響を及ぼすおそれのある地域については、関係者の理解と協力の下に、保護地域の周辺地域の開発が適切に行われるように努めることとしている。
 主な保護地域制度の現状とこれらに関する今後の施策の方向は以下のとおりである。
 
自然環境保全法に基づく原生自然環境保全地域、自然環境保全地域等
 原生的な自然、高山植生、すぐれた天然林などすぐれた自然環境を有する地域を指定するもので、指定地域では工作物の新築、木竹の伐採等が規制される。このうち国による指定は、原生自然環境保全地域5ヶ所及び自然環境保全地域10ヶ所で、合計 約2万7,200haである。また、都道府県においては条例に基づく都道府県自然環境保全地域の指定が行われており、517ヶ所、約7万3,500haが指定されている。(1997.3現在)
 自然環境保全地域等については、今後とも我が国総体としての生態系の多様性を確保する観点から検討を加え、指定に向けた取組を進めることとしている。
自然公園法に基づく国立公園、国定公園等
 すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図るため、我が国を代表する傑出した自然の風景地やこれに準ずる地域を指定するもので、指定地域では、そこに生息・生育する野生動植物やそれらの生息・生育環境を自然景観の構成要素として位置付け、その保護を図るため、工作物の新築、木竹の伐採等の各種行為規制が行われている。現在、28の国立公園と55の国定公園が指定されており、面積は合計約339万haである。また、都道府県立自然公園は、都道府県が条例により指定するもので、304ヶ所約195万haが指定されている。(1997.3現在)
 国立・国定公園及び都道府県立自然公園からなる自然公園は、亜寒帯から亜熱帯、高山帯からマングローブ林やサンゴ礁までその生態系は多様であり、国土面積の14.1%を占めている。
 国立・国定公園においては、今後とも公園区域及び公園計画の定期的な見直し、自然とのふれあいのための施設や情報の整備、適正な利用の推進等を通じて生物多様性の保全を図って行くこととしている。
絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律に基づく生息地等保護区
 我が国において絶滅のおそれのある野生動植物として国が指定する種について、その生息地又は生育地を保護するために国が指定するもので、指定地域においては工作物の新築、木竹の伐採等が規制される。4種の生息・生育地として合計5地区、約260haが指定されている(1997.3現在)。
 生息地等保護区については、絶滅のおそれのある種の存続を確保するために、農林水産業との共存に十分留意するとともに、種の重要性についての普及啓発を推進しつつ、今後とも積極的に指定の推進を図ることとしている。
鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律に基づく鳥獣保護区の設定
 我が国に生息する鳥類及び哺乳類(一部を除く)の保護を図るために、その生息環境として重要な森林や集団渡来地、集団繁殖地等を鳥獣保護区として指定している。鳥獣保護区においては鳥獣の捕獲が禁止されるが、そのうち特別保護地区においては、工作物の設置、木竹の伐採等の行為も規制される。国によって指定されている国設鳥獣保護区の総面積は約48万4,000haであり、このうち特別保護地区の面積は約11万2,000haである。また、都道府県が設定している鳥獣保護区の総面積は292万3,000ha、そのうち特別保護地区の面積は14万5,000haである。(1997.3現在)
 鳥獣保護区については、渡り鳥等の移動性を踏まえた適切な配置や多様な鳥獣の生息環境の確保に留意しつつ、今後とも積極的に設定を推進することとしている。
文化財保護法に基づく天然記念物の指定
 多様性に富み固有の文化の形成にも与っている自然を記念し、学術的に貴重な自然を天然記念物として指定し、その保存を図ることとしている。その指定件数は959件であり、そのうち地域指定の面積は総計約37万haである(1997.9現在)。
 天然記念物については、保護管理のための生息・生育環境の整備などが実施されており、我が国の生物種の体系的な保護にも配慮しつつ、今後とも系統的な指定及び適切な保護管理を図ることとしている。
国有林における森林の機能類型区分に基づく自然維持林
 森林面積の約3割を占める国有林においては、国土保全林、自然維持林、森林空間利用林及び木材生産林の4つのタイプに森林を類型化し、それぞれの機能の発揮のためにふさわしい経営を行うこととしており、そのうち自然維持林については、原則として人為を加えず、自然の推移に委ねた保護管理を行うこととしている。国有林の約19%に当たる約141万haが自然維持林として区分されている(1997.4現在)。
保護林の設定
 前述の自然維持林のうち、自然環境保全上特に重要な森林については、国有林野経営規程及び保護林設定要領に基づき保護林に指定し、その保全を図っている。保護林は、その保護対象や目的に応じて森林生態系保護地域や森林生物遺伝資源保存林等の7種類に区分され、合計約49万haが指定されている(1997.4現在)。保護林については、今後も新たな指定が予定されている。
水産資源保護法に基づく保護水面の指定
 水産動物の産卵、稚魚の生育等に適した水面を、国が指定するもので、全国で合わせて河川延長2,200km 湖沼240ha 海面3,000haが指定されている(1994.4現在)。
 今後とも水産動植物の保護培養を図る必要のある水面は積極的に保護水面として指定することとしている。
国際条約等に基づき登録又は認定されている保護地域
 これらの地域における生物の生息・生育環境の保全は、自然環境保全地域、国立公園、国設鳥獣保護区、保護林、天然記念物等の各種保護地域制度によって図られている。
 世界遺産(自然遺産)
 白神山地及び屋久島が世界遺産一覧表に記載されており、合計面積は約2万8,000haである(1997.4現在)。
 ラムサール条約登録湿地
 釧路湿原、伊豆沼、琵琶湖等10地域が登録されており、合計面積は約8万3,500haである(1997.4現在)。
 ユネスコ生物圏保存地域
  _  屋久島、大台ケ原・大峰山、白山及び志賀高原の4地域が認定を受けており、合計面積は約11万6,000haである(1997.4現在)。
 

6.2 国土空間の特性に応じた生物多様性の保全
 生物多様性保全の観点からは、国土全域を通じてできるだけ多くの生態系や自然生息地が保全されることが望まれる。このためには、保護地域制度の対象とならない生態系及び自然生息地に対しても、必要に応じその特性に応じた適切な保全方策を講じることが重要である。
 このような観点からは、各種開発事業の計画・実施や各種の産業活動に際して、生物多様性保全の配慮を徹底する必要がある。
 さらに、生物多様性保全の観点から各種生態系、自然生息地の評価を行い、公表することにより、生態系及び自然生息地における生物多様性の保全が適切に図られるよう努めている。
 国土の自然環境の中でも、人と自然の長期にわたるかかわりの中で形成されてきた二次林や農耕地等の二次的自然環境は、全国の植生の約75%を占めており、我が国の自然を特徴づける構成要素となっている。これらの二次的自然環境は、水田、用水路、雑木林、ため池など多様な生物の生息空間を有しており、このような環境を唯一の拠り所とする多くの動植物を育む等、我が国の生物相を多様なものにする上で重要な役割を果たしてきた。
 しかし、これらの二次的自然環境は市街地周辺ではゴルフ場や宅地開発等による減少が進んでおり、また、雑木林等は営農形態の変化等により十分な利用がなされなくなり、多様な環境が失なわれつつある。その結果、タガメ、オキナグサ等かつて普通に見られたにもかかわらず全国的に急減し、希少となった種も数多く存在している。
 我が国の生物多様性の保全を進めるにあたっては、これらの二次的自然環境を地域の自然的社会的特性に応じ的確に保全していくことが重要な課題となっている。
 また、我が国の国民の大多数は都市地域に居住しており、日常生活の場である都市地域における生物多様性の保全は重要な課題となっている。都市地域においては、樹林地や水辺等の生物の生息空間の減少と断片化が進んでおり、残された自然を保全するとともに積極的に生物の生息・生育できる空間を創出し、また、これらの有機的な連携を確保することが必要となっている。
 以上のような認識に基づき、国土の主要な生態系等について次のとおり、その保護・保全を図ることとしている。

[森林]
 森林は、それ自体が陸上における生物の生息・生育上重要な生態系であり、また、沿岸の水生生物の保全と生産においても養分の供給をするなど重要な役割を有している。
 近年の環境財としての森林に対する多様な国民の要請に応えるためにも、生態系にも十分配慮した多様で豊かな森林の保全整備を推進することが重要となっている。
 このため、我が国では保全上重要な森林については、各種の保護制度の下で保全を図っており、また、これ以外の森林についても、森林法に基づく地域森林計画等において、貴重な動植物の保護のために必要な林分を指定し、動植物の保護に配慮した施業方法等を定め実施されている。特に公益性の高い森林については、保安林制度に基づき、森林全体の約3分の1が保安林に指定され、公益的機能の維持増進を図るため、各種規制を行っており、さらに保安林以外の森林については、林地開発許可制度に基づき、無秩序な開発がなされないように努めている。
 国有林においても自然環境の維持・形成に配慮した適切な森林施業を推進するとともに、現場職員による巡回などによる森林の状況把握により、生態系や野生生物の自然生息・生育地の保護に努めている。
 また、我が国の人工林や、特に自然の復元力によって形成された、構成樹種の変化に富み、複雑な生態系を有している二次林についても、森林の状況に応じ、多様な森林の造成・整備を推進し、森林の保全を図ることとしている。

[湿地]
 湖沼、湿原、干潟等の湿地は、多様な動植物が生息・生育する独特の生態系を形成し、特に水鳥類の生息の場としてきわめて重要である。一方、これらの湿地は人の生活の場の近くに位置するものも多く、人間活動による影響を受けやすいため、その保全は、我が国において生物多様性を維持管理していく上での重要な課題となっている。
 このため湿地生態系を維持するための保護地域の設定を推進する施策の展開を図る。 また、国際的に重要な湿地については、ラムサール条約に基づく登録湿地としての登録を進めるとともに、その適正な管理に努める。

[河川]
 河川は多様な水生生物の生息環境であるとともに、ヨシ、ヤナギ等多様な植生やこれらに依存する昆虫等の小動物の生息・生育の場となっており、地域の生物相を豊かなものとしている。
 このため、河川等においては、生物の生息・生育環境等に配慮する観点から、動植物の生息・生育状況の定期的・統一的な調査の実施、貴重な自然のゾーニング等河川環境の保全、整備、管理のための基本計画の策定、また、瀬と淵の保全・再生など自然の川の持つ構造的な多様性を尊重し、本来河川が有する多様な環境の保全を図る多自然型川づくり等の取組を進めている。
 また、ダム湖においても生物の良好な生息環境を保持するためにビオトープ、魚道の設置などの事業を行うとともに、荒廃渓流における生態系の回復、魚類の良好な生息環境を維持・創出するための産卵場等の造成、魚道の整備などの生態系に配慮した事業等を推進することとしている。
 なお、河川法(1997年6月改正)の目的に、「河川環境の整備と保全」が位置付けられ、今後とも環境と調和した河川事業の推進を図ることとしている。

[沿岸海域]
 海浜や浅海域は沿岸海域の中でも特に物質生産が盛んな環境であり、中でも干潟、藻場、サンゴ礁には底生生物や魚類をはじめ多様な動植物が生息・生育する。また、干潟や海岸はシギ、チドリ類の大切な生息地であるとともに、水質浄化の面でも重要な機能を有している。
 我が国の海岸においては、埋立等による人工改変が進んでおり、干潟や海岸などの生態系や自然生息地が適切に保全されるよう努めることとしている。また、すでに人工化が進み環境が悪化している海域においては、多様な生物が生息・生育できる環境の再生を進めることも重要である。
 このため、漁港・港湾の整備に際しては、海水の交換・浄化機能や海洋生物の生息・生育地としての機能の確保、周辺における藻場、干潟等の保全・再生等、沿岸生態系の保全に資する様々な取組を推進し、また、港湾においては、港湾環境計画の策定、ヘドロの浚渫、覆砂、人工海浜の整備等良好な海域環境の創造のための施策を進めることとしている。

[農村の二次的自然環境]
 我が国の伝統的農村は、農地を中心として屋敷林、生け垣、用水路、ため池等多様な環境を有し、これらに適応した様々な生物の生息・生育の場を提供している。特に水田は、渡り鳥の渡来地、水生生物の生息地としての側面も有している。
 このような認識を踏まえて、農業用施設の整備や維持管理に際しての、生態系や希少な野生動植物の生息環境の保全への配慮や、ため池等の生物の生息・生育空間(ビオトープ)の保全に資する事業等を進める。また、化学肥料、農薬等の使用の節減等を進める環境保全型農業の推進を図ることとしている。

[都市地域]
 自然が減少している都市地域においては、残された自然環境の保全を進めるとともに積極的に生物の生息・生育空間(ビオトープ)を創出し、また、これらの有機的な連携を確保することにより、生物多様性の保全と回復を図ることが必要である。
 このため、都市地域において良好な自然環境を形成している緑地については、都市緑地保全法等に基づく緑地保全地区又は近郊緑地特別保全地区に指定し、現状凍結的に保全することとしており、全国で約3,900haが指定されている(1997.3現在)。また、都市における永続的な緑の拠点となる都市公園について、都市内の樹林地の保護を目的とする都市林、多様な生物の生息・生育地の確保や環境学習等の場となる環境ふれあい公園の整備を推進するとともに、都市内の河川や水路、公園、緑地等を一体的に整備し、ネットワーク化を推進している。
 また、以上のような取組を総合的に推進するため、全国の市町村において緑地の保全及び緑化の推進に関する基本計画の策定を進めている。
 
 
6.3 野生動植物の保護管理
 日本列島はアジア大陸の東縁にあり、第四紀において幾度も大陸との連続と分断を繰り返したこと、地形や気象等の変化に富んでいることなどから、狭い国土にもかかわらず多様な野生動植物種を有している。
 しかし、特に戦後の全国的な開発の進行等に伴い、生息・生育環境の消滅・悪化、或いは乱獲等が進行し、多くの種が存続を脅かされるに至っており、野生動植物の種の絶滅の防止は緊急の課題となっている。
 また、我が国の生物多様性を総体として維持していくためには、絶滅のおそれのある種や希少な種だけでなく、それぞれの地域ごとに、そこに生息・生育している多様な動植物相を普通種も含めて全体として保全していくことが必要である。
 我が国は、このような基本認識の下、野生動植物の保護に関して次のような施策を進めている。
 
 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関しては、種の保存法に基づき、イリオモテヤマネコ、トキ、アホウドリ、ミヤコタナゴ、ベッコウトンボ、レブンアツモリソウ等53種を国内希少野生動植物種として指定(1997.9現在)し、その個体の捕獲、譲渡し等を規制しており、またその生息・生育地については、生息地等保護区として指定し生息・生育環境の保全を図っている。
 さらに、これらの種については、その生息状況に応じ保護増殖事業計画を策定し、生息・生育環境の維持・改善、個体の繁殖等を推進することとしている。これまでにイリオモテヤマネコ、トキ、タンチョウ、アホウドリ、シマフクロウ等について計画を策定し、給餌、巣箱の設置、新たな営巣地への誘導、飼育下での繁殖等の事業を実施している。
 今後も存続に支障を来す程度に生息状況が悪化している種などについて、順次種の保存法に基づく国内希少野生動植物種に指定することとしている。
 
 我が国に生息する哺乳類及び鳥類については、哺乳類の一部を除き、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律によって保護の対象とされており、狩猟ができる種は47種類に限定されている。狩猟については、さらに期間(狩猟期間)、場所(鳥獣保護区及び禁猟区の指定等による狩猟の禁止)、資格(狩猟免許)等の制限が定められており、これらの捕獲規制によって鳥獣の保護を図っている。
 また、鳥獣保護区の指定地域のうち、特に鳥獣の生息環境として重要な地域については、開発行為等が規制される特別保護地区に指定することにより鳥獣の生息環境の保全を図っている。これらの鳥獣保護区については、今後とも、渡り鳥等の移動性等を踏まえた適切な配置や多様な鳥獣の確保に留意しつつ、また多様な生物群集のタイプが含まれるよう努めながら、積極的に設定を進めることとしている。
 一方、我が国の農山村地域においては、シカ、サル等の野生鳥獣による農林業への被害が拡大している。このため、人と野生鳥獣の共存を図るための野生鳥獣の管理が重要な課題となっており、生息状況の調査、被害防除対策、生息環境の整備、捕獲による個体数調整等を総合的に推進することとしている。
 
 我が国固有の種など学術的価値の高い野生生物については、文化財保護法に基づき天然記念物の指定が行われている。指定対象には、動物、様々なタイプの植生及び生態系が含まれ、捕獲や生息・生育地の改変等の現状変更が規制されている。
 また、貴重な動植物やその生息・生育環境を保全するため、環境整備、普及啓発や保護増殖事業計画に基づく保護増殖等の事業、指定地の公有化等の保護対策を実施しており、今後とも適切な保護管理を推進することとしている。
 
 国有林においても、自然維持林や保護林の適切な管理を通じて野生動植物の保護増殖を図っており、特に種の保存法による国内希少野生動植物種等希少な野生動植物については、個体の保護のための巡視や生息・生育環境の維持・整備等の事業を実施している。
 
 野生水生生物については、漁業法及び水産資源保護法に基づき、その保護・管理を行い、持続可能な水産資源の利用を図っている。
 また、野生水生生物について各種の調査結果に基づき減少が著しい種や存続が脅かされている種を特定してデータブックにとりまとめられており、この資料を参考に、資源状況が著しく悪化している水産動植物については、国及び地方自治体においてその生息・生育する水面を保護水面に指定し、行為規制等を通じて保護培養を図っているほか、資源悪化の状態に応じ、採捕、所持、販売等の制限・禁止等の措置を講じている。
 
移入種による影響対策
   国外あるいは国内の他の地域からの動植物の種の移入は、生態系の攪乱、在来種の捕食や生息地の占奪等による生態系の攪乱、在来種との交雑等により、生物の多様性を圧迫する要因となっており、我が国においても、移入淡水魚による湖沼の魚類相の攪乱、交雑による純系の圧迫等の問題が広がっている。特に、固有種を数多く産する島嶼部においては、
 移入された小型哺乳類が地上性の小動物を圧迫し、希少な固有種の保護上大きな脅威となっている。
 このため、固有種を多く含む奄美大島を対象に、移入されたマングースの駆除・制御方策を検討する事業を進めており、また、国内希少野生動植物種のミヤコタナゴを圧迫しているオオクチバス等の捕獲駆除を保護増殖事業の一環として実施している。
 また、外来魚の移入について、県によっては内水面漁業調整規則に基づき移入規制措置を行っている。特に、ブラックバス(オオクチバス、コクチバス等を含む。)の密放流防止については、遊漁者等の啓発を図るとともに、密放流の広域化に対処するため、取締体制の強化に努めている。
 

6.4 社会資本整備に伴う生物多様性の保全と回復の取組
 37万Km2の国土に約1億2千5百万の国民が暮す我が国では、高密度の土地利用が行われている。このため、国土の保全と災害の防止、交通運輸体系の整備、農業基盤整備、生活環境の整備等様々な観点からの社会資本整備が国土全域で行われている。
 これら社会資本整備のための事業はいずれも何らかの自然改変を伴うものであり、その実施に際しては生物多様性に不可逆的な影響を与えないようにするため、事業の特性や具体性の程度に応じ、事前に十分に調査・検討を行い、悪影響を回避し又は最小化するなど適切な配慮を行うことが重要である。
 特に、規模が大きく環境に著しい影響を与えるおそれがある事業の実施に当たっては、従来から環境影響評価実施要綱(閣議決定)及び個別法等に基づき的確な環境影響評価の推進に努めており、今後とも、その適正な運用に一層努める。また、1997年6月に制定された環境影響評価法(1999年6月までに施行)に基づく環境影響評価手続きが実施されることとなっており、生物多様性の保全も考慮した適切な運用が行われるよう努めることとしている。
 また、それぞれの社会資本整備の実施機関においても、生物多様性の保全又は回復のための配慮を促進するための指針等を示すことにより、事業の実施による生物多様性に対する悪影響を最小とするための取組を進めている。
 具体的には、道路整備に当たって、できる限り自然と共生しうるルート選定、地形、植生の大きな改変を避ける道路構造の採用、動物の移動路の確保、代替環境の整備等を行うエコロード整備、河川整備に当たって、瀬と淵の保全、魚道の設置、水生生物の生息に適した水際環境の保全と創出等を進める多自然型川づくり、港湾整備に当たって、浅場、干潟等の保全、潮流・水質に影響の少ない形状や構造の選択、汚泥の除去、海浜の造成等を進める環境共生港湾(エコポート)の整備、漁港整備に当たっては、水産動植物の生息、繁殖が可能な護岸等の整備や海浜の整備等を行う自然調和型漁港づくり推進事業等の取組が、それぞれの機関によって進められており、今後ともこれらの取組を積極的に推進することとしている。

6.5 農林水産業における生物多様性の構成要素の持続可能な利用
 農林水産業は、基本的には多様な生態系の下で生物資源を利用することによって営まれる産業であり、生物多様性とは密接かつ不可分の関係にある。すなわち、農林水産業が利用する生物資源は、生態系の下で、他の生物と相互に様々なかかわりを持って生物多様性を構成している。このため、生物資源の利用に当たっては、生態系を含む生物多様性の維持に十分配慮しつつ、持続可能な農林水産業を推進することが必要である。
[林業]
 林業においては、森林が果たしている多様な役割・機能を維持しつつ、その構成要素の将来にわる持続可能な利用を行っていくことが重要である。このためには、原生的な森林の保全とともに、人間が利用している森林についても、利用しながらその多様性を維持していくための努力が重要である。そのためには、森林の状況に応じた適切な森林整備が必要であり、また、森林の利用を支えてきた林業生産活動の振興及びその基盤である山村地域の振興が不可欠である。
 さらに近年、我が国経済社会が生活の質や精神的価値をより一層重視する社会へ移行する中で、環境財としての森林に対する要請など森林に対しての多様な国民的要請が高まっている。このため、持続可能な森林経営等により、長期的な視点に立って、森林の状態を的確に把握し、森林の有する多面的機能を総合的かつ高度に発揮させるため、森林の持つ多様な生態的特性を踏まえた適切な森林整備を推進する。
 以上のような認識を踏まえ、生物多様性の保全に配慮しつつ、以下のような持続可能な森林の利用のための取組を重点的に実施していくこととしている。
 
森林の多様な役割と機能の維持
 我が国の森林資源の長期的な整備の方向を示す「森林資源に関する基本計画」をはじめとする森林計画制度、公益性の高い森林の保全とその機能の発揮を図る保安林制度、及び保安林以外の民有林の無秩序な開発を防ぐ林地開発許可制度などの適正な運用に努める。また、林業生産活動の担い手の育成、森林・林業、木材産業に関する試験研究の推進と技術や知識の普及、さらに、体験林業や森林教室の開催等の森林・林業教育の充実を図る。
森林の保全、整備の推進
 林木遺伝資源の確保と品種改良などの技術開発、地域の状況に応じた森林整備事業や治山事業などによる森林の整備等及び病害虫や酸性雨などによる森林被害への保全対策等を推進する。
森林資源の活用の推進
 森林資源を活用し、山村の活性化等に資するため、木材供給体制の整備、木材の有効利用の促進、特用林産物生産の促進、また、森林保全に配慮した森林浴活動や都市と山村の交流の場としての利用等の森林の総合利用を推進する。
国有林における取組
   国有林においてはその経営にあたって、森林の機能類型に基づき、それぞれの機能の発揮のためにふさわしい森林施業を実行することとしており、また、森林に対する多様なニーズに応えるため、天然林施業の推進、人工林施業の適切な実施と複層林施業や長伐期施業の推進並びに広葉樹林の積極的な造成を図ることとしている。また、保安林の整備や森林被害の防止などにより森林生態系の健全性の維持と公益的機能の発揮を図るとともに、森林とのふれあいの場の提供等を進めることとしている。
 
[農業]
 農業は自然の物質循環を活用した産業であり、国民生活に欠かせない食料の安定供給に加え、国土環境保全等の多面的機能を有している。我が国の農業の大きな特徴は、降水量の多い温帯モンスーン気候、急峻な地形等の条件の下で二千数百年にわたり水田農業を伝統文化とともに営々と継承してきたことである。水田農業は連作障害や塩類集積、土壌浸食がない極めて持続的な生産システムであり、また、水田の周辺には、用水路、ため池など多様な生物の生息・生育環境を形成し、人為的な維持管理の下、生態系の維持に貢献している。
 しかしながら、近年、生産性、経済性を重視するあまり、畑地における過度の連作、不適切な農薬・肥料の投与、家畜ふん尿の不適切な処理等生態系への配慮が十分とはいえない例もみられる。また、農地、雑木林等の二次的自然環境は継続的な管理が必要であるが、農村では過疎化、高齢化により農地等の有する環境保全能力の維持が困難な地域が発生している。
 今後は、これらのことを踏まえ、適切な農業の活動を通じて環境保全能力の適切な維持が図られるように、以下の取組を推進する。
 
環境保全型農業の推進
 環境保全型農業は、農業の有する物質循環機能などを活かし、生産性との調和などに留意しつつ、環境への負荷の軽減に配慮した持続可能な農業をいう。具体的には、農薬使用の判断基準の見直し・化学肥料の適正使用、土づくり等を基礎とした農法の推進、家畜ふん尿の適切な処理と有効利用等のリサイクルの促進などを実施することとしている。
 また、これらに関連して、省農薬管理技術の開発をはじめ各種の技術開発や研究も進めている。
環境に配慮した農業農村の整備
 農村が本来有する環境保全機能の保全・復元を図るため、環境に配慮した農業農村の整備を進めており、具体的には、用水路等の整備に際しての自然生態系の保全や景観への配慮、農業用ため池等の周辺で動植物の育成に必要な施設等の整備によるビオトープ(生物生息・生育空間)ネットワークづくりの推進等を行う。
農村の環境の保全と利用
 農村の美しい景観、伝統的な文化等を活用し、都市住民が農村にふれあうため、滞在型の余暇活動であるグリーン・ツーリズムの推進を図る。
商業的に繁殖可能な希少野生動植物の保護
   商業的に繁殖可能な種の場合、生息地の保護と併せて、その繁殖栽培技術の確立を図ることは、種の保存のために有効な手段であり、繁殖生産技術の確立に向けた取組を進めることとしている。
 
[漁業]
 四方を海に囲まれた我が国は、その周辺に寒流、暖流が交錯する生物多様性に富む生産力豊かな漁場を有している。我が国はこのような好条件に支えられ、豊富な経験と高度な技術を培い、漁場環境の保全に注意を払いながら、産業としての漁業を発展させてきた。
 動物性蛋白質の約 4割を水産物から得ている我が国としては、今後も水産資源を有効に利用していくことが重要であり、そのためにも、今後とも様々な国際的及び国内的な取組を行っていくこととしている。
 水産資源は、膨大な自然の再生産力を有しており、これを適切かつ有効に利用すれば持続的にその恩恵に浴することができる。また、漁場環境を保全することは、同時に海洋環境を保全し、海洋の生物多様性を保全すると考えられることから、今後とも漁場環境の保全に留意した健全な漁業の発展を図ることとする。
 以上を踏まえて、持続可能な利用のため、以下のような取組を行うこととする。
 
国際的な海洋生物資源の持続可能な利用及び保全
 漁業関係国際機関及び国際条約等の国際的な枠組みを通じて、科学的根拠に基づいた資源管理措置が実施されており、このような基本的な考え方への理解を求め、より適切な漁業資源管理が行なわれるよう努める。また、海洋生物資源に関する資源調査等の科学的研究の推進、各種取り締まりや資源管理のための各種規制等の実施等を行う。さらに、国際連合食糧農業機関(FAO)をはじめとする国際機関を通じて、またワシントン条約などの関連する条約等の適切な運用により、海洋生態系の構成要素の保全と利用を図る。漁獲非対象生物については、その捕獲を最小化するための技術の開発、実用化を図っており、海洋生物資源の保全に努める。鯨類資源についても科学的な調査研究によって蓄積された科学的根拠に基づく鯨類資源の適切な保存と持続可能な利用の原則が国際的に確立されるように努める。
国内の海洋生物資源等の持続可能な利用及び保全
 「漁業法」、「水産資源保護法」の適正な運用により、野生水生生物の保護管理を推進することとし、資源管理のための各種規制等の実施を行う。また、水産資源の維持・増大と合理的利用を図る「資源管理型漁業」の推進、生物多様性に配慮しつつ、栽培漁業、養殖漁業等を推進する。併せて漁場の造成と改良による生産力の向上や希少水生生物の保護・管理の推進を図る。
海洋環境等の保全
   沿岸域の各種開発に際しての環境影響評価の実施、事業の実施に当たっての環境保全修復のための方策などにより、海洋環境を保全し、良好な漁場の確保に努める。また、海浜等の整備など自然環境に調和した漁港づくりを推進し、汚泥やヘドロの除去等を行うことにより漁港周辺水域の水質保全対策を強化する。さらに、廃棄物等による海岸の環境悪化について、その環境美化活動に対し普及啓発及びその活動への支援を行う。
 
6.6 野外レクリエーション及び観光
 多様な自然に恵まれた我が国においては、暮らしの中での密接な自然社会との関わりを通じて、伝統的に自然を愛好する国民性が形成されてきた。また、今日では経済社会の成熟と国民意識の多様化を背景に、国民の自然への関心が一層高まっている。
 このような中で、我が国ではすぐれた自然から身近な自然に至るまで、各種の野外レクリエーションや観光活動が活発に行われており、これらは我が国における生物多様性の構成要素の利用形態の大きな部分を占めている。
 環境に与える影響が少なく、国民の自然とのふれあいを促進するような持続可能な野外レクリエーションや観光は、生物多様性への国民の理解を深める契機として重要な意義を有している。
 一方、野外レクリエーションや観光活動は、その態様によっては大規模な開発を伴ったり、不適切な利用や過剰利用によって生物多様性を減少させる原因となるおそれも有している。
 以上のような認識を踏まえ、我が国においては以下のような考え方に基づき、野外レクリエーション及び観光における生物多様性の構成要素の持続可能な利用を進めることとしている。
 
自然公園等における自然とのふれあいのための施策
 自然公園は、すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図り、国民の保健、休養及び教化に資することを目的としており、年間延べ9億7,000万人の国民が訪れている。
 このうち国立・国定公園においては、自然に親しむための基盤的施設である歩道、野営場、園地等の整備を進める他、湿原の踏み荒らしなどによる荒廃を防止するための木道の整備や荒廃した植生の復元等の事業を実施している。
 また、自然公園等の管理においても、指定地域へのオフロード車両等の乗り入れ規制やマイカー規制等により、利用に伴う自然の荒廃の防止や快適な利用の確保を図っている。さらにビジターセンターでの展示解説、野外での自然解説等を通じて、訪れる利用者に動植物等自然への関心を高め、生物多様性の重要性への理解を深めるための取組を進めている。また、これらの活動を推進する人的基盤の拡充強化を図るため、自然公園指導員の委嘱、パークボランティアの育成及び活動の支援にも取り組んでいる。
 なお、特にすぐれた自然景観を有し国立・国定公園の核心となる地域においては、自然の保全や復元のための整備を一層強化するとともに、きめ細かい自然解説や利用指導を実施し、質の高い自然学習や自然探勝の場を整備する緑のダイヤモンド計画、また、国立・国定公園の主要な利用拠点においては、子供たちが生きものとふれあい自然を学ぶことができる滞在型のふれあい自然塾やエコミュージアム等の整備事業を進めている。
 また、国立・国定公園以外の里山や水辺等身近な自然においては、生き物とのふれあい等のための環境づくりや施設の整備を進めており、また、歩くことを通じて国民が手軽に自然に親しむ長距離自然歩道のネットワーク整備を全国的な規模で進めている。
農山村地域及び森林における施策
 農山村地域においては、都市住民が地域の自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型余暇活動であるグリーン・ツーリズムを積極的に推進している。また、森林においては、保健、文化、教育的な面も併せた森林空間の総合利用を図るため、森林・林業体験を通じた都市と山村の交流活動を推進するための交流の場や拠点整備等を推進している。さらに、森林インストラクター制度を設け、森林・林業に関する知識の提供、森林の案内や野外活動指導を全国で展開している。
都市地域における施策
 都市地域においては、主として都市公園が身近な野外レクリエーション活動の場としての役割を果たしており、多様な生物の生息・生育地の確保や環境学習等の場となる環境ふれあい公園や土とふれあうことのできる市民農園の整備等を推進している。
河川における施策
 河川においては、河川環境管理計画に基づき、利用の要請が高い区域などをゾーニングし、自然環境の保全、レクリエーションの場としての利用のあり方、整備の方針などを明らかにしており、これに基づき多様な生物が生息する水辺の形成を図り、地域住民の自然とのふれあいを図るふるさとの川整備事業等を推進している。渓流及び荒廃斜面においても自然環境・景観の保全創造と渓流の利用に配慮しつつ砂防事業を進めることとしている。
 また、ダム湖においては、ダム湖空間の有効活用のため、親水護岸や遊歩道の整備等を進めている。
沿岸海域における施策
 海岸は海水浴、釣り、潮干狩りなど国民の身近なレクリエーションの場となっているため、砂浜の侵食の防止のための海岸保全施設の整備と併せ砂浜を保全・復元することにより、海浜利用や生態系、景観などに配慮した海岸環境の整備を推進することとしている。
 また、漁港や港湾の整備に際しても魚釣り公園、緑地、マリーナ等の整備を推進し、自然とのふれあいの場の提供を図ることとしている。
 一方、釣り場に放置された釣り糸や釣り針による野鳥への被害、プレジャーボートからのゴミの投棄等の問題も生じており、マナーの向上を図るための普及・啓発活動を推進している。
 このほか観光政策の立場からも、恵まれた自然の中での家族キャンプ村の整備等観光基盤施設の整備を進め、人と自然とのふれあいの場の確保を図っている。
 
  
6.7 遺伝資源の保存と利用
[遺伝資源の保存]
 生物は人類にとってかけがえのない資源でもあり、食料はもとより衣料、紙、薬剤その他さまざまな形で利用されている。特に近年のバイオテクノロジーの進歩により、資源としての生物利用の可能性は大きく拡大しているが、一方で熱帯林の減少等により地球的規模の種の絶滅が進行しており、地球の生物多様性を保全し、また遺伝資源を保全することが重要な課題となっている。
このような要請に対応するため、我が国では次のような機関が遺伝資源の保存のための取組を進めている。
 1985年に設置された農林水産ジーンバンクは、植物、動物、微生物、林木等の遺伝資源の収集、特性評価、保存などを行っており、同バンクに保存されている遺伝資源は、作物新品種の育成等にも活用されている。植物についてはこれまで21万点を保全しており、西暦2000年には25万点を保全することを目指している。このほか、国税庁醸造研究所では酵母、糸状菌など酒類醸造関係微生物の収集・保存を、また理化学研究所では動植物細胞材料及び遺伝子材料の収集・保存・分譲等を行うジーンバンク事業及び微生物の収集・同定・分譲等を行う微生物系統保存事業を実施している。

[バイオテクノロジーを用いた遺伝資源の利用]
 バイオテクノロジーを用いた遺伝資源の利用は、一般にわずかな量の野生の遺伝資源から大きな可能性を引き出すことができるものであり、生物多様性の構成要素の持続可能な利用の一形態であるといえる。我が国では、遺伝資源の利用に際して、野生の遺伝資源に悪影響を及ぼさないよう配慮することとしている。
 また、現在、土壌・地下水の汚染等に微生物の分解・浄化能力を活用するバイオレメディエーションの健全な利用のための技術開発や環境影響の評価のための検討、生体内微量物質等組換えDNA技術を応用した医薬品の開発、農林業における病害虫の抵抗性の遺伝解析や新品種の育成、酒類醸造に関連する酵母等の遺伝子操作実験等を関連する各機関が進めており、今後も以上のような点を踏まえつつ遺伝資源の持続可能な利用を進めることとしている。

[遺伝子操作生物の安全性の確保]
 バイオテクノロジーの利用にあたっての遺伝子操作生物の安全性確保については、我が国では、これまで関係する各省庁によって次のとおり実験段階及び産業利用段階の指針が整備されている。
 実験段階における安全性の確保については、1978年に「大学等の研究機関等における組換えDNA実験指針」が、また1979年には「組換えDNA実験指針」が策定され、その後見直しを重ねてきている。本指針の下で行われる研究は年々増加する傾向にあるが、今後とも安全性を確保しつつ科学的知見の蓄積に応じ指針の見直しを図っていくこととしている。
 また、産業利用段階における安全性の確保については、1986年に公表された「組換え体の利用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は、現在存在しない」とする経済協力開発機構(OECD)理事会勧告及び「組換えDNAの安全性の考察」に基づき、以下の通りそれぞれの分野で指針の策定等を通じて組換え体の適正な利用等を図っている。
 組換えDNA技術を用いた食品の製造や農林水産分野における遺伝子組換え体の利用に関しては、1989年に策定した「農林水産分野等における組換え体の利用のための指針」により、その適切な利用とその利用に係る安全の確保を図っている。また、組換え体の開放系利用における生態系への影響評価手法や組換え体の管理手法の開発等の調査研究を実施している。
 鉱工業分野においては、1986年に事業者が組み換えDNA技術を工業プロセスで利用する際の安全性確保のための基本的要件を示した「組換えDNA技術工業化指針」を策定し、これに基づき317件の個別の組換えDNA技術工業化計画について指針に適合している旨の確認(1997.9現在)を行っている。
 環境保全分野では、生物を用いた環境修復技術(バイオレメディエーション)を適用する際の環境影響評価手法や安全性の評価手法についての検討を行っている。
 なお、今後は環境浄化技術への応用も含め遺伝子操作生物の開放系での利用が増加することが予想されるため、環境中に遺伝子操作生物を意図的に放出する場合の環境影響評価手法の確立、安全性の評価のための指針や基準の策定、環境中でのモニタリングや制御手法の確立、国民のコンセンサスを得るための方策等についても、引き続き検討を進めることとしている。
 また、現在、生物多様性条約のバイオセイフティに関するワーキンググループにおいてモダン・バイオテクノロジーによって改変された生物を対象に進められている生物多様性条約第19条3に規定されたバイオセイフティ議定書の検討に際し、我が国として科学的根拠に基づいた合理的な結論が導かれるよう努力している。


6.8 教育及び普及啓発
 生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を図るには、国民の理解と協力が不可欠であり、教育及び普及啓発の役割は極めて重要である。特に、生物多様性の保全に対する国民の理解を深めていく上では、豊かな自然や身近な自然とのふれあいを通じて、具体的に自然の仕組みや大切さ、また自然と人間との関わりについての認識を深めていくことが重要である。
 我が国では現在、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の促進に関連する教育及び普及啓発活動として、以下のような取組が実施されている。
 小・中・高等学校の学校教育においては、学習指導要領に基づき、主に理科を中心に動植物の生活や生物のつながり等生物多様性やその保全に関連する指導が行われており、特に小中学校では身近な動植物の観察や実験、豊かな自然での体験学習等を通じて生物のしくみや多様性などについての理解を深める取組が行われている。
 学校教育以外の場では、天然記念物活用施設の活用等による天然記念物を通じた自然環境とその保護についての普及啓発の機会の提供や、また、優れた自然を有する自然公園等において、ビジターセンターや自然観察路等のフィールドを活用した自然観察会や自然解説等がボランティアの協力も得つつ実施されており、自然とのふれあいを通じて自然環境や生物多様性の重要性への国民の理解を深める役割を果たしている。
 一方、身近な環境においても、自治体や民間団体によって各地で水辺や里山の自然観察会、探鳥会、体験学習、自然学習講座等さまざまな取組が行われている。また、ボランティアの協力によって全国規模でセミやツバメ等の分布を調べる身近な生きもの調査、子供たちが地域の環境学習や環境保全活動に取り組むこどもエコクラブ活動への支援等の取組も実施されており、これらは身近な環境における生物多様性保全の普及啓発活動として重要な役割を担っている。
 また、森林に関しては、青少年が森林に親しみ緑化への理解を深める緑の少年団活動への助成、森林インストラクターによる野外指導、森林空間を利用して行われる森林浴や林業体験等を推進している。河川においては、水辺を環境教育の場として活用するための整備と地域の方々と協力しながら子供達の水辺の遊びを支える仕組みの構築を、さらに、海岸においては渚の浄化等の普及啓発を推進している。
 このほかバイオテクノロジーの有用性と安全性についての理解を促進するためのセミナーや展示等にも取り組んでおり、これらを通じて生物多様性の保全と持続可能な利用への理解を深めていくこととしている。
 このほか、我が国ではみどりの日(4月29日)、バードウィーク(5月第1週)、環境の日(6月5日)等生物多様性に関連する祝日等が定められており、これらの日や週間には自然観察会やシンポジウム等各種の行事が集中的に実施され、生物多様性の保全と持続可能な利用の普及啓発に寄与している。
 以上のような取組を踏まえ、学校教育やその他の場における各種の普及啓発活動においては、今後とも生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の重要性、生物多様性に及ぼす人為の影響や課題等を積極的に取り上げていくよう努めることとしている。
 
6.9 生物多様性の現状把握と調査研究
 生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を確実なものとするためには、まず生物多様性の現状の的確な把握が必要である。

[自然環境保全法に基づく基礎的調査の実施状況]
 我が国においては、1973年以来、自然環境保全法に基づき国土の自然環境の現況及びその経年変化を把握する自然環境保全基礎調査を継続的に実施している。その成果として、これまで5万分の1スケールで全国をカバーする現存植生図をはじめ、保全上の重要性の高い植物群落や藻場、干潟、サンゴ礁の分布、河川や海岸線の改変状況等に関するデータが整備されている。
 また、純海産のものを除く脊椎動物の全種並びに主要な無脊椎動物の種を対象に、その全国の分布を把握する生物多様性調査を進めている。

[各分野における各種調査の実施状況]
 各分野における各種調査としては、全国の河川、ダム湖及びその周辺区域において、生物の生息・生育環境に配慮した川づくりを進めるため、動植物に関する基礎情報の収集のための調査を継続的に実施している。
 これまで一部の有用魚種を除き体系的な把握がなされていなかった沿岸等に生息、生育する水生生物についても、減少が著しい種や存続が脅かされている種の分布等の調査を進めており、その結果は水生生物のデータブックとして取りまとめられる予定である。

[生物多様性に関する情報基盤の整備]
 自然環境保全基礎調査等における動植物の分布状況等の情報収集は、全国各地の研究者や専門家の協力によって実施しており、これらの調査を通じて生物多様性に関する基礎的な情報を充実していくためには、今後とも各地の専門家等との連携を強化していく必要がある。また、収集された情報をさまざまな施策に活用していくためには、これらの情報への容易なアクセスが確保される必要がある。
 このため、生物多様性に関する情報を一元的に収集、整備・提供するための生物多様性情報システムの整備を進めており、その一環として自然環境保全基礎調査の成果を活用した地理情報システム(GIS)の整備も進めている。同システムは、1998年から本格運用され、生物多様性条約におけるクリアリング・ハウス・メカニズムに寄与していく予定である。
 また、地球環境問題の観点から生物多様性の保全に取り組むための情報基盤として、環境変化を予測する支援ツール等としての活躍が期待されている地球地図の整備も進めている。
[生物多様性に関する研究の推進]
 生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を進めていくためには、生物多様性の存立や維持のメカニズム等に関する基礎的な研究の充実を図っていくことも必要である。
 このため、現在、我が国においては、生物多様性の評価手法、野生生物の種・群集及びその生息・生育環境の保護管理、開発行為が生物多様性に及ぼす影響の解明等に関する研究が国立研究機関等によって進められている。また、地球環境保全に関する調査研究の一環として生物多様性の変動等に関する国際共同研究をアジア太平洋地域において推進している。
 また、農林水産業に関連する分野では、地球環境変動が農業生態系に与える影響の予測手法の開発、農業生態系及び森林生態系の仕組みの解明、自然災害や人間活動によるインパクトが森林生態系に及ぼす影響の予測手法の開発、遺伝資源の評価と利用技術の開発、セディメンテーション等の環境悪化がサンゴの生育に及ぼす影響、環境の酸性化が淡水魚類に与える影響等に関する研究など、各研究機関によって進められている。
 河川に関する分野では、世界最大規模の現地実験河川を有する自然共生研究施設を整備しており、今後、河川空間における良好な生物の生息・生育環境の整備・保全に関する研究を行うこととしている。
 さらに、バイオテクノロジーに関連する研究についても、ヒト・ゲノム解析研究の推進、超好熱菌の全DNA解析、イネ・ゲノム解析等のDNA情報の解析、組換えDNA研究及び蛋白質の構造・機能解析を進めている。

6.10 国際協力
 生物多様性の保全を含む地球環境の保全は、一国のみでは解決できない人類共通の課題である。また、豊かな生物多様性を有する環境の多くは開発途上国に存在しており、開発途上国における生物多様性の保全と持続可能な利用の推進は、地球全体の生物多様性の保全に不可欠である。
 こうした基本認識に基づき、我が国は、国際的な枠組の下で行われる生物多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用のための取組に、積極的に参加・協力するとともに、開発途上地域あるいは世界遺産地域等の国際的に高い価値が認められる環境における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進にも積極的に協力していくこととしている。

6.10.1 国際的な枠組みを通じた協力
[地球環境ファシリティ(GEF)への貢献]
 我が国は生物多様性条約の暫定資金メカニズムとして指定されているGEFに、パイロットフェーズの段階から積極的に参加、貢献しており、現在、GEF1の総額の約20%にあたる約457億円(415百万米ドル)を拠出している。我が国は、従来よりGEFが生物多様性条約の恒久的な資金メカニズムとなるべきと考えており、この立場から必要な協力を行っていくこととしている。

[生物多様性に関する情報交換に関する協力]
 我が国は、生物多様性条約に基づく情報交換システムであるクリアリング・ハウス・メカニズムに対応するため、国内における生物多様性情報システムの整備を進めている。
本システムでは、これまでの国の自然環境保全基礎調査等を通じて蓄積された植生や動植物の分布などのデータをデータベース化するとともに、 国内各地の自然環境保全に関わる調査研究機関や専門家等とのネットワークを構築し、インターネットを通じて、我が国の生物多様性に関する情報を提供することとしている。
 
[野生生物の保護及び生態系の保全のための協力]
渡り鳥保護のための国際協力
 我が国は、米国、ロシア、中国、オーストラリアとそれぞれ渡り鳥等の保護のための二国間の条約又は協定を結んでおり、これらに基づき渡り鳥の渡りのルートや生息状況等に関する共同の調査研究を実施してきている。また、韓国とも日韓環境保護協力協定に基づく渡り鳥保護協力プロジェクトを進めている。
 我が国は、10ヵ国24の湿地が参加している「東アジア〜オーストラリア地域におけるシギ・チドリ類生息地ネットワーク」の構築に協力しており、我が国では谷津干潟及び吉野川河口干潟がこれに参加している。
 また、5ヵ国16地域が参加している「北東アジア地域におけるツル類生息地ネットワーク」の推進にも協力しており、我が国からは、釧路湿原、厚岸湖・別寒辺牛湿原、八代及び荒崎等が参加している。
国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)に基づくサンゴ礁保全協力
 我が国は日米コモンアジェンダでサンゴ礁保全を取り上げるとともに、「国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)」に基づく活動を推進しており、1995年のICRI第1回会合(於フィリピン)及び1996年の第1回東アジア海地域会合(於インドネシア)を支援したほか、1997年には、第2回同会合(於沖縄)を主催した。今後とも我が国は、サンゴ礁保全協力に積極的に取組んでいくこととしている。
 
[農林漁業分野における多国間の枠組に基づく協力]
国際農業研究協議グループ(CGIAR)への協力
 我が国は、開発途上地域の農林水産業に係る研究を行う国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の各機関に対し、世界銀行に次ぐ額の拠出を行っているのをはじめ、研究者の派遣、共同研究の実施等積極的な協力を展開している。
持続可能な森林経営の推進のための協力
 我が国は、1995年の国連持続可能な開発委員会(CSD)第3回会合において設置された「森林に関する政府間パネル(IPF)」の運営に必要な資金を拠出するとともに、1996年にIPF会期間会合の1つと位置付けられる高知ワークショップを共催する等積極的に参加し支援を行っている。
 さらに、熱帯林の保全と利用の両立を目的とする国際熱帯木材機関(ITTO)に対しては、毎年加盟国中最大の任意拠出を行っており、1997年1月に発効した国際熱帯木材協定(1994年協定)についても、バリ・パートナーシップ基金への拠出を表明する等積極的に貢献している。
国際捕鯨委員会(IWC)の下での協力
 鯨の資源状況を解明するため、国際捕鯨委員会(IWC)が実施する国際鯨類調査計画(IDCR)に対し、我が国は1978年から継続的に財政、技術の両面から支援するとともに、このIWCが実施してきたIDCRと1994年から我が国が行ってきたシロナガス鯨調査が、1996年からIWCが実施する南太平洋鯨類生態系調査(SOWER)となったが、我が国はこれについても全面的に支援している。また、鯨の増減傾向、資源構造、生態系などを解明すること等を目的として、目視調査等では得ることのできない科学的情報の集積のため、我が国は、国際捕鯨取締条約(ICRW)に従い、南氷洋及び北太平洋においてミンク鯨を対象とした捕獲調査を実施しており、同調査結果はIWC科学委員会でも評価されている。
 
[経済協力開発機構(OECD)におけるバイオテクノロジーの安全性等に関する検討への協力]
 我が国は、OECDにおけるバイオテクノロジーの安全性の確保のための対策に関する活動に対し、1991年からOECD科学技術政策委員会に、1997年からOECD環境政策委員会に資金拠出を行ってきており、今後ともバイオテクノロジーの環境保全分野への活用等について積極的な貢献を行うこととしている。

[国際共同研究計画への参加と協力]
地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)
 地球を支配する物理的、化学的、生物学的諸過程とその相互作用を究明し、地球規模の環境変動の機構を明らかにする地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)については、我が国では、大学などの学術研究機関が中心となって実施しており、前期計画(1992年度から1996年度)に引き続き、1997年度より5カ年の後期計画を推進している。
南極地域観測
 我が国は1956年から継続して南極地域観測事業を実施し、生物相の観測等を通じて地球規模の生物多様性の変動の監視に貢献している。
海洋の生物多様性保全のための基礎的研究
 海洋における生物多様性保全の基盤を整備するため、我が国は、世界海洋循環実験(WOCE)の一環として、北太平洋における海洋の高精度観測を関係国と共同で実施している。また、栄養塩の海洋環境への影響を明らかにするため、縁辺海における物質循環機構の解明に資する国際共同研究を実施している。
ユネスコ人間と生物圏(MAB)計画
   MAB計画に基づき認定されている各国の生物圏保存地域のネットワーク化を促進し、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用に関する共同研究を推進しており、我が国においても積極的に貢献している。
 

6.10.2 開発途上国との協力
[政府開発援助(ODA)の効果的活用]
 我が国は政府開発援助大綱の基本理念として、環境分野を重点領域と位置付けるとともに、1997年6月の国連環境開発特別総会においても発表された、我が国のODAを中心として環境政策を包括的にとりまとめた「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」において、生物多様性を重点分野の1つとしている。
 生物多様性の分野では、生物多様性保全のための制度・組織の整備、人材の育成、生物多様性に関する基礎的情報の整備等を支援するため、施設等の整備の支援及び関連する技術・ノウハウの移転を進めている。
 また、民間団体によるきめの細かい活動が、これまで開発途上国における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進に大きな役割を果たしてきたことを踏まえ、民間団体による取組への支援を進めることとしている。
 さらに、我が国が実施している政府開発援助の実施に際しても、各機関における「環境配慮に関するガイドライン」の的確な運用を通じて、生物多様性の保全への適切な配慮が講じられるよう対処することとしている。

[野生生物保護及び保護地域の管理への協力]
 我が国は、現在、インドネシアにおいて、日、米、インドネシア三ヵ国の協力による生物多様性保全のための総合的なプロジェクトを進めている。我が国は、ODAのスキームであるプロジェクト方式技術協力により、動植物標本の収蔵や生物多様性情報の拠点機能を有する生物多様性センターの整備、及び貴重な生物種が生息するグヌン・ハリムン国立公園の保全管理のための施設整備や技術移転を進めている。
 また、中国のトキの保護増殖、インドネシアにおける世界遺産地域の保護管理、フィリピンにおけるサンゴ礁の保全管理計画策定、途上国担当者へのサンゴ礁保全研修などの協力を実施しており、今後ともこうした協力に積極的に取組んでいくこととしている。

[農林水産業分野での協力]
 近年、開発途上地域においては、開発や農業の近代化に伴い、在来種や近縁の野生種など有用な遺伝資源の消失の危険性が増加している。
 このため、我が国としてFAO食料・農業遺伝資源委員会等への参加や開発途上地域における遺伝資源の保全・活用に関する共同調査・研究等を実施しており、今後ともこのような協力を積極的に推進することとしている。
 林業分野においては、二国間協力として、植生遷移に着目した森林施業方法、野生生物の生息地の保全のための森林管理手法等に関する調査あるいはインドネシア、ブラジル等における熱帯林に関する研究を実施しており、今後も代表的な生態系を有する森林等の管理、天然林施業技術の体系化等のための協力を推進することとしている。
 我が国は、従来から開発途上国の海洋生物資源の開発を支援するための協力を実施してきたが、今後、海洋生物資源の持続可能な利用の観点から、生物多様性の保全への配慮も視野に入れつつバランスのとれた協力のあり方を目指していくこととしている。

[熱帯等における生物資源の保全等のための協力]
 我が国は、1993年から熱帯林等に生息する生物種の保全及びバイオテクノロジーを利用した遺伝資源の持続可能な利用のための共同研究を、タイ、インドネシア及びマレーシアの3ヵ国で進めており、現地で容易に適用できる生物の同定技術や持続可能な生物利用技術の開発等を通じて、開発途上国における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進に協力することとしている。


第7章 国家戦略の実施体制と実施状況の点検・見直し
 
7.1 国家戦略の実施体制
 生物多様性国家戦略は、基本的には政府の施策の方向を示すものであり、その実施も政府が主体となって行うこととしている。具体的な取組は、生物多様性条約関係省庁連絡会議の構成省庁を中心として、各省庁が相互の連携を図りつつ、条約の実施及び国家戦略の展開に向け、各種施策を総合的かつ計画的に実施することとしている。
 また、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用は、国民の社会経済生活の全般にかかわるため、政府のみならず、地方公共団体、事業者、国民、民間団体がそれぞれの責務を踏まえ、国家戦略に示された方向に沿って、共通の認識の下に、互いに協力して行動することが大切である。
 このため、国の施策の実施に当たっては、これらの各主体との連携を図るとともに、各主体が行う活動への支援等により、国家戦略の長期的な目標の達成に向け努力することとしている。

7.2 国家戦略の実施状況の点検・見直し
 国家戦略に基づく施策の円滑な推進を図るため、生物多様性条約関係省庁連絡会議は、毎年、その実施状況を点検し、その結果を公表することとし、また、点検結果は、条約の規定に基づく締約国会議への報告にも反映することとしている。
 また、国家戦略そのものについては、5年後程度を目途とし、国民各界各層の意見を十分に聴取した上で、見直しを行うこととしている。
第1回目の点検については、国家戦略策定後から1997年3月までに行われた生物多様性に関する新たな施策等についてその進捗状況を取りまとめ、今後の課題と併せてその結果を1997年5月に公表した。また、当該点検結果について国民意見を求め、1997年8月に公表した。今後の施策の参考とすることとしている。