報道発表資料本文


報告書の概要

1.本報告書の位置づけ

 近年、北東アジア地域において、交通や人の健康などへの被害が急激に拡大している黄砂は、日本、韓国、中国及びモンゴルの共通の関心事項となっており、黄砂問題への対応は喫緊の課題である。また、従来黄砂は、砂漠等から発生する自然現象であると理解されていたが、近年の黄砂の大規模化は中国大陸内陸部における過放牧や耕地の拡大等の人為的要因によるとの指摘もある。
 このため、環境省では、黄砂問題に係る科学的知見の整理・収集を行うとともに、日本としての黄砂問題に対する今後の取組(現象の解明、モニタリング、対策等)の基本的戦略について、専門家等による議論を行う場として2002年12月に「黄砂問題検討会」(座長:金沢大学岩坂教授)を社団法人海外環境協力センター(OECC)に設置した。
 本報告書は、計9回開催された検討会において議論され、まとめられたものである。

2.黄砂問題に対する取組みと課題

(1)黄砂問題の背景と現状

 中国大陸内陸部のタクラマカン砂漠、ゴビ砂漠や黄土高原などの乾燥、半乾燥地域で、風によって巻き上げられた鉱物・土壌粒子は偏西風によって運ばれ、しばしば日本にまで飛来する。黄砂と一般に呼ばれる現象は、このような鉱物・土壌粒子が大気中に多量に巻き上げられ、徐々に下降する現象を指す。また、そのような鉱物・土壌粒子そのものを黄砂と呼ぶこともある。日本においては、黄砂は一般的に3月〜4月に多く観られ、11月にも観測される場合がある。

 日本全国の108地点の気象観測点(気象台、測候所)における黄砂観測ののべ日数は、1980年代後半までは年間のべ300日を超えることは少なかったが、1988年以降は頻繁に300日を超えており、2000年から2002年の3年間は約700〜1200日と特に多くなっている。
 中国及び韓国でも同様の傾向が報告されている。中国華北地域では、1950年代から1990年代まで黄砂の原因となる砂塵嵐の発生総数は減少する傾向にあったが、非常に強い砂塵嵐は逆に多くなっており、2000年以降は観測日数が急に増加した。韓国においても、1980年代以降、年間黄砂観測日数は増加傾向にあり、1980年代は平均して年間3.9日であったものが、1990年代には7.7日、2001年には27日を記録した。

 中国において記録に残る大きな砂塵嵐の被害は1949年から2000年までの52年間の内、33年で報告されており、被災地域は約140ヵ所に及んでいる。人畜被害の最大のものは1993年5月に中国北西部で発生したものであり、発生地域3省で、死者85名、負傷者264名を数えた。また、37万ヘクタールの農作物が被害を受け、12万頭の家畜が死亡・行方不明となった。そのほか、インフラ施設や工業製品等への被害もあり、直接経済損失は約73億円と見積もられている。韓国でも、2002年3月に、黄砂を原因として幼稚園、小中学校及び高等学校計4949校に休校令が出され、また、病院では、呼吸器科、皮膚科及び眼科に通院する患者が急増した。
 日本では、浮遊粒子状物質による大気汚染、視程障害、洗濯物や車両の汚れに加え、農業関係でも被害が懸念されている。また、黄砂は酸性雨を中和する可能性がある一方で、大気汚染物質を吸着、輸送しているとの指摘もある。

(2)黄砂現象の科学的解明

 黄砂の発生・輸送は、地域の気象、地勢・地質、土地利用などの複合的な要因によるものであり、その発生メカニズムや輸送プロセスに関する研究が進められている。しかし、個々の黄砂現象の発生源地域を正確に特定することは、現状では種々の困難がある。また、粒子の舞い上がりを規定するといわれる、土壌中の水分、風速等舞い上がりを規定するパラメータなどのデータも未だ不足しており、黄砂発生の年変動や長期的な傾向について、評価・予測できるだけのデータが蓄積されていない。このような状況から、黄砂現象の科学的解明のためには、まず、黄砂発生源地域及び黄砂輸送ルートにおける、大気・地表・植生・人間活動などに関するモニタリングデータ等の科学的知見の蓄積が必要である。
 黄砂の環境影響は、規模の拡大や社会の進展とともに多様化しており、また、科学の発展に伴って最近注目されるようになったものもある。例えば、人の健康への影響等は、かつてはほとんど関心を集めなかったものであるが、黄砂規模が拡大し、人口の多い都市域にも到達するようになって問題が表面化した。このような現状を考えると、黄砂の物理的性状(粒径分布、粒子の形状、表面構造等)や化学的性状(化学組成、鉱物組成、吸着・付着した酸性物質や農薬等大気汚染物質等)のモニタリングを行い、データを収集する必要がある。

(3)対策と評価

 黄砂対策には、発生源地域及び影響地域における直接の被害を緩和するための予報・警報等の短期的な対策と、発生源地域での砂塵の舞い上がりを抑制する植生保全や土地利用の変更等の長期的対策があり、それぞれの対策について、優先度を踏まえて判断し、計画的・段階的に進める必要がある。
 現在、日本、中国及び韓国において各国の気象部門が黄砂予報・警報等を行っている。しかし的確な予報・早期警報のためには、日本に飛来が予想される黄砂を発生直後から監視し、その移動を予測するシステムの確立が重要である。
 発生源地域で重要視されている対策は、防護林や草方格等による砂の移動の管理や、自然保護区の設定による植生回復等対策であるが、保護区の選定に当たっては、当該土地の歴史的、社会的、生態的諸条件について配慮が必要である。また、発生源地域とその周辺に見られる過放牧・過耕作の防止のために行う現地住民の生産活動の制限に当たっては、その地区の社会経済に対する影響を慎重に検討する必要がある。
 黄砂対策を講じるに当たっては、事前に期待される効果の予測を行い、現地の社会・経済生活の配慮、費用対効果の視点も踏まえて、対策手法を選択しなければならない。また、対策が所期の効果をもたらしたか否かの評価を行うことが特に重要である。

(4)国際連携による黄砂問題への取組み

 黄砂問題は、日本、韓国、中国及びモンゴル4か国の共通の関心事項であり、また、国際機関もその対策に注目しているところであり、日本も国際的に協力してその対応を推進する必要がある。
 日本、中国及び韓国の環境大臣会合の場でも、これまで黄砂問題が議論されてきており、今後もこうした政策対話の場を活用し、国際連携を深めていく必要がある。また、2003年1月から、アジア開発銀行(ADB)と地球環境ファシリティ(GEF)の支援により、日本、韓国、中国及びモンゴル4か国及び国連環境計画(UNEP)などの国際機関による国際共同プロジェクトが実施された。2005年3月には、このプロジェクトの成果として、「北東アジアにおける黄砂の防止と抑制に関する地域協力のためのマスタープラン」が取りまとめられており、今後はマスタープランに盛り込まれた内容の具現化が必要となる。

3.黄砂問題への取組みに向けた計画案

 黄砂対策は、長期間にわたって取り組むべき問題であり、そのためには確実な実施体制の構築と必要な資金を確保するメカニズムが大切である。したがって、短期・中期・長期的な視点からの段階的な取組・達成目標を設定する必要がある。また、中国、韓国、モンゴル等の関係各国、国際機関、あるいは関係国以外の二国間援助機関、さらには研究機関・民間団体など、黄砂問題に取り組んでいる(あるいは将来的に取り組むであろう)組織は数多く存在する。それらの取組の全体を把握し、重複を避け、利用可能な資源を有効に活用し、費用対効果の大きな対策を行うことが求められる。その中で、日本が行うべき黄砂対策について精査し、国際分業・共同作業などの可能性も視野に入れつつ、今後の計画について提案する。
 黄砂問題の解決のためには、科学的知見の蓄積や施策の実施状況を踏まえ、モニタリング、早期警報及び黄砂発生源対策のあり方について検討し、中国、韓国、モンゴルや関係国際機関と協力して実施していく必要がある。これらの対策は、それぞれが単独で行うのではなく、相互に有機的に結合し、対策効果の最大化に配慮しなければならない。

(1)黄砂対策のための国内外の体制及び基盤整備

 国内について、黄砂関係の国内省庁間の連絡調整に関しては、2005年2月に黄砂対策に関する関係省庁連絡会議が設置され、各種施策の連携や一貫性を図る場としての機能が期待されている。この連絡会議を中心として、国内外の情報を集約し、各省庁が実施する施策に活かすよう、機能を充実させていくことが重要である。
 黄砂対策を進めるためには調査研究の役割が非常に重要であるため、行政と研究機関との間の意見交換を促進し、研究資金のサポートも含めた緊密な連携が望まれる。そのためには、両者が黄砂問題について定期的に話し合うことのできる意見交換の場を設定することも一策である。
 国際的な取組に関しては、日本と関係各国との関係は、当面はADB-GEF黄砂対策プロジェクトとそのフォローアップの中で人的ネットワークを活用した情報交換・合意形成を維持することが適当である。今後は、このネットワーク自身をより活性化させ、日本を始めとして関係各国がそれぞれの国内向けに最新情報を発信する機能を充実させることが望まれる。
 なお、黄砂問題は、日中韓三か国環境大臣会合や日中韓モンゴル四か国環境大臣会合、第5回アジア太平洋環境と開発に関する閣僚会合(ESCAP/MCED5)で既に重要課題として取り上げられているが、それ以外にも様々な既設の枠組みを利用し、黄砂問題を取り上げていくような働きかけを行うことが求められる。

(2)人的交流、能力向上(黄砂問題担当者・専門家の能力向上、黄砂研究の推進を含む)

 黄砂問題の分野により、あるいは国情により、黄砂関係の人的資源は質・量ともに国によって大きく異なっている。そのため、相互に能力向上を図り、また新たな調査・研究に取り組んでいくために、ワークショップ、セミナー、シンポジウムなどを活用することが望まれる。特に、黄砂発生源地域の住民や地方公共団体の技術者などを対象に、黄砂問題に関する基礎的な知識の習得・普及を図ることが、その後の対策を効果的に進めるためにも重要である。

(3)調査・研究の推進とアカウンタビリティの確保(情報公開、広報を含む)

 黄砂現象は、いまだに科学的に未解明な部分も多く、まず、調査・研究を推進することが必要である。さらに、黄砂対策の直接・間接的効果を定量的に把握できていないことが多い中で、黄砂対策に対して投じる資金に対するアカウンタビリティを確保することが必要となる。そのためには、黄砂問題およびその対策・施策に対する情報の発信・公開を進め、広く理解を得ることが必要である。
 特に、ADB-GEF黄砂対策プロジェクトにおいて提唱された黄砂モニタリングについては、今後の対策の立案の基礎を提供するものであり、まず第一に取り組むべき対策の一つである。このため、国内でのモニタリングの実施、ODA等の活用による北東アジアにおけるモニタリング機材の整備、これらによって得られるデータの共有等に係る取組を更に進める必要がある。また、黄砂発生源地域における黄砂発生の抑制に係る対策も重要であり、まず、グッドプラクティスを整理し、ADB-GEF黄砂対策プロジェクト等を通じて広く北東アジアの国々で共有することも検討すべきである。
 黄砂モニタリングネットワークの費用対効果を高めるためには、モニタリング結果を有効に活用し、黄砂による被害の緩和など様々な方面での利用を推進することが望まれる。例えば、黄砂の飛来状況に関する情報のホームページ上での提供、黄砂に付随して飛来する汚染物質に関する情報の収集・提供、大陸での黄砂の発生輸送状況に関する情報の気象部門への提供など、活用方法を積極的に検討する必要がある。

(4)関連取組みとの連携(国内・国外の連携・協力体制の構築)

 黄砂対策と関連する取組・枠組みとしては東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)、UNEP/ABCプロジェクト、地球観測サミットによる地球観測ネットワーク、砂漠化対処条約によるテーマ別プログラムネットワーク(TPN)等がある。また、黄砂発生源地域の住民の生活・生計の改善に関しては、貧困の改善等の国連ミレニアム開発目標に基づくイニシアティブ等が関連する。このように、相互に関連する可能性のある取組とは、重複を避けた形で、それぞれが効果的に事業を進めていけるような連携を図るため、情報交換を緊密に行うことが望まれる。

(5)黄砂と社会経済との関係についての考察

 短期的・中期的には、発生源地域及び影響地域での一次的な影響とその対策に関心が寄せられる傾向が強いが、一次的な影響がどのような二次的影響を惹起するかについても関心を持つべきである。例えば、砂塵嵐に見舞われた一帯の農業が大きな被害を受けた場合、農業を元の状態に復旧させるのに多大の資本が必要となり、その国の経済に負担を強いることになる。一方で、これまで流通していた農作物が市場に出回らなくなるために、その不足を補うようにして他の地域あるいは他の国の市場から農産物が流れ込んでくる。このようにして、物流や資本の流れを通して黄砂の影響が広がることが考えられる。今後、北東アジアの生産活動が格段に増大し、黄砂と社会・経済の関係が現在よりはるかに大きなものになってくると予想される。このような分野では、経済活動や生産活動の予測を組み合わせつつ、黄砂の影響の評価が必要になる。既に韓国の学識経験者が中心となって、研究等が進められようとしており、我が国としては、今後、これらの研究イニシアティブの動向を把握する必要がある。



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