【参考】


※1 発がんリスクの定量的な評価の検討対象となり得る疫学研究には、肺がんに関する米国鉄道従事者を対象とした疫学研究と米国トラック運転手を対象とした疫学研究の二つがある。これら二つの疫学研究を取り上げる理由は、調査対象者と同一の職業集団に関するDEの個人曝露濃度測定が行われているためである。
 しかしながら、いずれの研究の曝露測定も、研究が終了した後の調査対象者以外に対して行われた測定であること、曝露測定対象者がそれぞれの職種をどれだけ代表しているか不明なことなどから、研究調査対象者の観察期間全体の曝露量をどの程度反映したものであるかの検証は困難である。
 このため、この二つの研究において示されている曝露量のデータをもって、肺がんリスクの定量的評価を行うには、あまりに不確実性が大きく、現時点では疫学データを用いてDEまたはDEPの発がんリスクを定量的に評価することは困難であると判断された。

※2 ユニットリスクとは、発がん性を有する物質を1μg/m3含む大気を生涯を通じて吸入し続けた場合のがんの発生確率の増加分を表すものである。人のデータに基づくユニットリスクの推計手法として、平均相対リスクモデルがWHO欧州事務局から提唱されており、以下の式により表される。わが国においても本法を用いて、ベンゼンの大気環境基準設定のための指針が提案された。


      UR ユニットリスク
      P がんの生涯リスクのバックグラウンド値
      R 相対リスク。曝露集団中の観察された発がん数と期待値の比
      X 生涯平均曝露(μg/m3
 

※3 ※2の平均相対リスクモデルによる推計手法を用いた場合、ユニットリスクが10-5オーダーより小さいとするには、鉄道従事者やトラック運転手などの職種の労働環境中のDEPへの曝露濃度は数千μg/m3という高濃度である必要があり、その可能性は低いものと考えられる。
 一方、どのくらいの大きさのリスクまで予想されるかについて見積もることは、さらに不確実な点が多い。これまで試みられた疫学データを用いた定量的評価では、最大で米国calEPAが報告した2.4×10-3となっており、これを超えることはないと判断された。
 
 ただし、この見積もりは統計的推論という観点での信頼区間を与えるものではないことに注意すべきである。統計的推論では、真実の値が通常95%の確率で存在する範囲を信頼区間として、代表値(通常は平均値)±αなどと表す。ここで示したユニットリスクの範囲は、この信頼区間を表すものではなく、代表値の範囲を表したものである。従って、統計学的議論に従えば、この範囲の上限、下限ともに信頼区間を伴って幅を持っていることとなる。
 なお、この見積もりに当たって参考とした数値は、※2の式中、P:0.06(米国白人男性の肺がんの死亡確率。日本人の場合やや低い数値となる。)、R:1.2~1.5(既存の疫学研究から得られる相対危険度の範囲)である。

※4 ラットでのDEの吸入実験等により、肺腫瘍の発生の増加が認められているが、マウス、ハムスターでは、このような現象は認められていない。これらの実験における病理組織学的所見によると、ラットの肺では、曝露量に依存して粉じんを貪食したマクロファージの末梢部への蓄積が認められるが、マウスやハムスターではこのような変化はない。従ってラットにおける肺腫瘍発生は、吸入粒子クリアランスの低下を生じた過剰負荷(over load exposure)によるラット特有の現象ではないかと考えられている。

※5 通常、動物実験データを人に外挿する場合、対象物質の負荷量が同じであれば、生体の反応は同じという仮定を置いている。しかし、DEPの場合、肺での負荷量が同じであっても、同種のマウスでさえ系統による影響の差は非常に大きいため、このような仮定は成り立たないと考えられる。

※6 DEPの大気中濃度を直接測定することは不可能なため、CMB(Chemical Mass Balance)法によって推計を行う。これは、大気中から捕集した粒子状物質の化学成分の分析を行い、その特性から粒子状物質のDEPの寄与率を推計する方法である。
 DEPの主成分である炭素成分は元素状炭素と有機性炭素からなり、DEPを特徴づける重要な成分が元素状炭素である。今回の炭素成分分析には米国EPAで採用されている方法が初めて適用され、相互の比較が可能となった。従来のわが国における元素状炭素の分析方法では、有機性炭素の一部を元素状炭素として算定していたため、過大評価となっていた。