生物多様性条約国別報告書(原案)

1. はじめに
(1) 国別報告書の要旨

 人類を取り巻く地球環境の現状を直視すれば、様々な地球規模の環境問題が横たわっており、人類の現在及び将来のためにも、その解決に向けた一層の取り組みが求められている。
 このような中、世界の多くの国々の参加の下、1992年6月の国連環境開発会議(地球サミット)において、生物の多様性に関する条約(以下「生物多様性条約」という。)が157ヶ国によって署名され、生物多様性に関する大きな流れが形成された。
 生物多様性はとりもなおさず、生物の一員として地球環境を共有している我々人類の生存基盤であり、また、人類に様々な恵みを与える価値を生み出すもととなるものである。その保全と利用を図ることは緊急の課題であり、真摯に取り組まねばならない。
 今回の我が国の国別報告書は、生物多様性条約第26条に基づく第1回目の報告として、第2回締約国会議における決定[2]/17の附属書を踏まえつつ、我が国の国家戦略の内容及び実施体制等を中心に報告を行うものである。
 報告書は、7つの項目から構成されており、それぞれについて簡潔に述べると次の通りである。

 第1に、生物多様性の意義と価値についての我が国の認識を示すとともに、生物多様性条約への対応について記載した。
 第2に、生物多様性に関する施策の背景となる我が国の生物多様性の現状について、生物多様性の3つのレベルに沿って概観した。最初に、自然環境保全基礎調査の結果をもとに、森林、草原、湿原、河川・湖沼、沿岸海域の各生態系の多様性の現状について、次にレッドデータブックなど各種調査の結果を基に種の多様性の現状について、さらに、まだ十分な知見が得られていない分野であるが、種内の多様性の現状について記載した。
 第3に、我が国における生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用のための施策の基盤となる主な法律や指針等、条約実施のための組織的枠組み、並びに我が国の国家戦略について、策定の目的、国家戦略の性格とその対象及び策定経緯を記載した。
 第4に、国家戦略推進のための基本方針として、国家戦略の目標及び生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用にあたって考慮すべき事項を記載した。
 第5に、国家戦略実施のための指針や各種計画との連携等、国家戦略の目標や各分野毎の施策の基本的方向を具体化するための取組について記載した。
 第6に、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進の具体的な内容として、各分野における施策の基本的な考え方とそれに基づく主な施策について記載した。最後に、国家戦略の実施体制と戦略の点検・見直しについて記載した。
 我が国としては、条約前文にあるとおり、現在及び将来の世代のため生物の多様性を保全し及び持続可能であるように利用することが必要不可欠であることを強く認識しており、そのための施策の基本的な枠組みとなる国家戦略を着実に推進していくものである。


(2) 我が国における生物多様性の意義と価値

 我が国は地形や気象条件の変化に恵まれ、多様な生息・生育環境に対応した豊かな生物相を有している。生物は人類の生存基盤である生態系の不可欠の構成要素であり、多様な生物相の存在は、国民の生活の場である我が国の自然環境を健全に保っていく上で大きな役割を果たしている。また、豊かな動植物や自然景観とのふれあいは、国民生活にうるおいややすらぎをもたらすものであり、生物多様性は、教育、文化、レクリエーション、芸術等の観点からも重要な意義を有している。
 また、我が国は二千数百年にわたる水田農業等を通じて、持続的に生物資源を利用する伝統を有しているが、今日では、農林水産業をはじめ、バイオテクノロジーによる生物の産業利用などさまざまな形で、生物やその生息・生育する環境の利用が行われている。
 さまざまな利用を通じ人類に多くの恵みをもたらす資源として、生物やその生息・生育環境はかけがえのない価値を有しており、特にバイオテクノロジーの進展により、生物種の遺伝資源としての潜在的な価値は一層高まっている。
 一方、我が国においては、特に戦後の経済の高度成長期を中心に、開発による自然環境の改変が進行し、全国的に自然林や干潟等が減少した。また都市化等に伴う汚染や汚濁等生物の生息環境の悪化、あるいは希少な植物等では乱獲等も進んだ。さらに里山等の利用の減少も、これらの環境に依存する生物の生息・生育を圧迫している。
 これらの結果、我が国では、現在、多くの種が存続を脅かされるに至っており、また、国際的にも、熱帯林の減少等による急速な種の減少が地球規模で進行している。それぞれの地域の生態系は相互に関係しつつ、全体として地球の生態系を形成しており、生物多様性の保全も地域レベルから全地球レベルまで全体のつながりの中で進めていく必要がある。
 このような観点を踏まえると、生物多様性条約に基づき生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を促進していくことは、我が国にとって、将来の世代の可能性を守るためにも極めて重要な課題であり、また、我が国が果たすべき重要な国際的責務である。


(3) 我が国の生物多様性条約への対応

 我が国は、生物多様性条約の策定段階から積極的に条約の作成に向け、各国とともに検討を行ってきたところである。条約は、1992年6月の国連環境開発会議(地球サミット)において我が国を含む157カ国により署名され、1993年12月に発効した。我が国は1993年5月に受諾し、18番目の締約国となった。
 このような動きと並行して、我が国は1993年に、環境保全施策の基本的事項を定めた「環境基本法」を制定し、環境保全施策の策定及び実施に係る指針の一つとして「生物多様性の確保」を位置づけ、さらに、同法に基づき1994年12月に策定された環境基本計画において、生物多様性条約に基づく国家戦略を策定する旨を定めている。
 1993年12月の生物多様性条約の発効を受けて、我が国は、条約に基づく各種の取組の推進に関係する各省庁の連絡協議機関である生物の多様性に関する条約関係省庁連絡会議(以下「関係省庁連絡会議」という。)を設置し、政府全体で生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用の推進に取り組む体制を整えた。
 そして、関係省庁連絡会議は、生物多様性国家戦略の策定作業を担当し、1995年10月に地球環境保全に関する関係閣僚会議において国家戦略が決定された。
 現在、生物多様性国家戦略に基づく各種の施策が、関係省庁を中心として、進められているところである。