環 境 省 見 解

 

「諫早湾干拓事業環境影響評価レビュー報告書」に対する環境省の見解について
 
 はじめに
   環境省(当時、環境庁)は、諫早湾干拓事業の公有水面埋立法にもとづく承認に際して環境保全の観点から昭和63年3月8日付で意見を示している。この中で「今回行われた環境影響評価の予測結果に関してレビューを行い、必要に応じて対策を講じること。」という意見を述べた。
 この意見は、事業が長期におよぶものであること等に鑑み、事業の途中段階において、継続的に実施される環境監視等の結果を踏まえて、環境影響評価における予測の前提条件を再検討するとともに適宜予測手法を改善した上で、より確実な予測を行い、必要に応じ対策を講じることを目的としている。
 農林水産省九州農政局は、これまで継続的に環境監視等を実施するとともに、それらを用いて当時の環境影響評価の予測結果に検証を加え、「諫早湾干拓事業環境影響評価レビュー報告書(以下、「レビュー報告書」と言う)」をとりまとめ、平成13年8月9日に公表を行った。
 このレビュー報告書では、「環境監視等の結果が当時の環境影響評価の予測結果と比較してほぼ同様な傾向を示しているかどうか」という観点から、潮位・潮流、水質、水生生物等の変化について検証しているものの、このような変化が相互にどのように関連しているかは十分に解明されていない。環境省としては、こうした点や水質及び鳥類の保全が重要であることから、環境監視の充実や見直しを行うとともに、予測方法の精査・改良、関係機関とも連携した環境保全対策の実施を行うべきとの見解を以下に示すものである。
 
 調整池内の水質
   調整池内の水質は現状では環境保全目標を超過して推移しており、早急に適切な水質保全対策を講じることが重要となっている。今回のレビュー報告書では、事業完了予定年次が変更されたことから、水質予測が再実施され、さらに水質保全対策の検討が行われた。当初予測時点では調整池が存在しなかったため諸条件の設定に既存の文献値等を用いていたのに対して、再予測にあたっては、環境監視結果や調査にもとづく実測値を活用するとともに、新たに底泥の巻き上げ等の影響を加えて予測モデルの改良を行っており、生活排水系の水質保全対策を見込んだところ環境保全目標を達成できると予測している。
 しかし、全窒素及び全りんの水質予測値は、環境保全目標をわずかに下回るレベルであるため、対策を早急にかつ確実に実施することが必要である。また、レビュー報告書において想定されている流域を含めた汚濁負荷削減等の調整池内の水質保全対策はもちろんのこと、それ以外の実施可能な対策を含め、早急にかつ確実に実施する必要がある。
 具体的には、以下の項目について実施することが必要である。
 
  (1)  水質保全対策の強力な実施
     早急にかつ確実に環境保全目標を達成するよう、関係機関と協力し、現在見込まれる実行可能な水質保全対策の着実な実施と強化を行うこと。 
    [1] 栄養塩類の除去対策の強化
       全窒素、全りんの環境保全目標の達成が非常に厳しいことから、公共機関を中心とした高度処理型合併処理浄化槽の普及、排水施設の維持管理の徹底等により、栄養塩類の除去対策を一層強化すること。
    [2] 諫早湾干拓調整池水質保全計画の改定等
       今回のレビュー報告書において、水質保全対策の見直しが行われたことから、上記[1]を含め、平成10年2月に策定された諫早湾干拓調整池水質保全計画の改定を進めるとともに、その計画を着実に推進するよう、関係機関と十分に協力を図ること。
 
  (2)  新たな水質保全対策の検討
     レビュー報告書においても検討することになっている「環境保全型農業の推進」、「工場・事業場の排水対策(窒素、りんの排水規制)」及び「調整池・流入河川等の浄化対策」等の対策については、その実現に向けて早急に検討を行い、当該対策の実施に努めること。さらに、調整池の底泥の巻き上げによる水質への影響が懸念されることから、底泥の巻き上げを抑制するための検討を行い、対策の実施に努めること。
 
  (3)  水質予測の見直し
     水質保全対策の実施状況、環境監視等の結果を用い、環境保全目標の達成状況を検証すること。流域からの負荷量、底泥からの溶出・巻き上げ等の水質予測に用いられるパラメータについては、現時点では妥当であると考えられるが、今後の新たな知見をもとに精査を行うこと。これらの結果から水質予測が必要な場合には、水質予測を見直し、それを踏まえた水質保全対策を検討すること。
 
 諫早湾等の潮位・潮流及び海域水質
   レビュー報告書によると、潮位については、「潮受堤防締切以前から年々上昇する傾向にあり、堤防締切後も上昇する傾向にあるが、同様の傾向は有明海以外でも見られ、諫早湾周辺に限った現象ではないと考えられる。」とされている。しかし、このような潮位の上昇傾向が続いていることから、引き続き、潮位に関する環境監視を行う必要がある。
  潮流については、「潮受堤防締切後、堤防前面海域では流速が約30cm/秒減少するものの、諫早湾湾口部に向かって減少幅は徐々に小さくなっており、当初の予測結果に沿った変化が見られている。」とされている。こうした流速の減少による環境影響の程度について検証が可能となるよう引き続き環境監視を行うとともに、その環境影響について検討する必要がある。
  諫早湾内の海域水質については、「塩化物イオン、COD(化学的酸素要求量)ともに変動はあるものの、潮受堤防締切前後に明確な変化はなく、経年的にほぼ横這いで推移している。」とされている。しかし、一部において底質が悪化する傾向にあること、上記の潮位・潮流の変化による長期的な環境影響の懸念があること等から、海域における環境影響を把握する必要がある。
  具体的には、以下の項目について実施することが必要である。
  (1)  諫早湾等の環境監視等
    [1] 環境監視等の継続実施
       諫早湾及び周辺海域における潮位・潮流の変化等について、今後も対照海域との比較に留意しつつ、環境影響を的確に把握すること。
    [2] 監視項目の追加
       平成13年度より諫早湾内における環境監視項目となっている底層の溶存酸素については、社団法人 日本水産資源保護協会が定めた水産用水基準にも留意しつつ、その監視の充実を図ること。
  また、引き続きプランクトン及び底生生物の環境監視を行い、底質及び底層の溶存酸素との関係に特段の注意を払い、必要に応じて対策を実施すること。
  これらの環境監視等の実施にあたっては、諫早湾及びその周辺海域において、多量の降水があった後に環境が悪化していることに十分留意すること。
    [3] 予測手法の改良と環境影響の把握
       潮位・潮流及び底層を含めた水質についての予測手法の改良を行い、海域における環境影響をより正確に把握すること。この結果を踏まえ、必要に応じ、環境監視地点の追加等を行うこと。
 
  (2)  調整池からの排出水の把握
     上記2(3)及び3(1)[3]に述べたような調整池及び諫早湾の水質予測等を行うにあたっては、調整池からの排出水の水質等について把握することが重要であることから、以下について実施すること。
    [1] 調整池からの排出水に伴う負荷量等に関する調査
       今後、当該汚濁負荷量(水質、排出量等)について調査を実施すること。
 当該水質を的確に把握するにあたっては、現在の監視地点の配置が適切であるかも含め、監視地点の追加の検討を行うこと。
    [2] 調整池からの排出水の拡散に関する調査
       洪水時及び通常時の調整池からの排出水の拡散について、調査を行うこと。調査にあたっては諫早湾及び周辺海域における排出水の挙動を的確に把握できるよう適切な観測範囲及び期間等を検討すること。
 
 鳥類
   レビュー報告書によると、渡り鳥については「秋期のシギ・チドリ類や冬季のズグロカモメ、ダイシャクシギなどの干潟性鳥類の渡来数が諫早湾区域で減少する一方、有明海の他の干潟で個体数の増加が観測された種もある。これは、その時期から見て諫早湾区域に渡来していた鳥類が近隣の他の干潟域に分散した可能性を示唆するものとなっている。これらの結果は概ね当初予測に沿ったものとなっているが、今後ともモニタリングを通じてその推移を十分監視していく必要がある。」とされ「当初予測に沿ったものとなっている」と結論づけられているが、レビュー報告書に示されている調査結果からは、例えば、ダイシャクシギなど大型のシギ類については、有明海全域で見ても減少傾向が確認できるなど、影響が懸念される。
 このように、鳥類の予測・評価結果については現時点ではこれまでの環境監視結果では明確な傾向が把握されていないことから、さらに継続して広域調査を実施するとともに、必要に応じ鳥類の保全について検討を実施し、渡り鳥の保護の観点から適切に対応すること。
 
 水生生物等
   レビュー報告書によると、「プランクトン、魚卵・稚仔魚及び底生生物については、潮受堤防締切り後、湾奥部では変化が見られるものの、湾口部においては、潮受堤防の締切り前後を通じて、出現種類数、細胞数、個体数などに特に大きな変化は見られていない。また、魚介類や漁業に影響を及ぼす要因と考えられていた水質、潮位・潮流、海底地形、底質等の環境監視の結果は、潮受堤防の締切り前後での変化は、当初の予測どおり諫早湾の湾奥部で見られるものの、湾口部では変化はわずかに止まっている。」とされている。しかし、漁獲対象となっている水生生物等を含め、海域生態系は、様々な要因により支配されていること、底層の水質等環境監視が十分とはいえない部分があること等から海域の特性等に応じた環境監視等の方法を検討し、環境監視を継続することにより、水生生物等への影響について精査を行う必要がある。
 具体的には、以下の項目について実施することが必要である。
  (1)  水生生物等への影響の把握
     水生生物等への影響に関しては、生息環境の変化と関連づけて評価できる環境監視等の方法を検討し、その実施を行うこと。また、それらを踏まえ、必要に応じ対策を検討すること。
 
  (2)  有明海におけるノリ不作等問題
     有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会では、ノリ不作等対策について検討が行われている。当該委員会では、「有明海がどのように変わってきていて現状はどのようなものであり、どちらの方向に向かっているかをまず明らかにしたい。」としており、当該委員会と十分な連携を図ること。さらに、当該委員会の検討状況や結論を踏まえ、適切な対応を実施すること。
 
 干潟の保全
   昭和63年の環境庁長官意見において「潮受堤防前面部において、干潟の再生状況に関する調査を行い、干潟の再生促進のための適切な対策を講じること」としており、潮受堤防前面部の干潟再生状況について明らかにすること。
 レビュー報告書では、干潟生物については、特有種に着目した検証は必ずしも十分でないことから、特有種への影響も検証できるよう環境監視等の方法について検討を行う必要がある。また、それらの結果も踏まえ、干潟生態系の保全について検討を行い、必要に応じて適切な対策を講じること。さらに、潮受堤防前面及び干拓事業対象地周辺の干潟生態系の保全について検討を実施し、必要に応じ適切な対策を講じること。
 
 レビューのフォローアップ
   今後の新たな知見、環境監視等の結果を用い、必要に応じて再予測を実施することも含め、上記2〜6に述べた課題については、事業完了予定年の2〜3年前を目途に、レビューのフォローアップを行うこと。それを踏まえ、必要に応じ対策を講じること。
 
 専門家の意見聴取、公表等
   上記2〜7については、調査等の方法、環境保全対策等の検討・実施にあたり、専門家の意見を聴取しながら検討するとともに、それらの調査データ、検討状況及び実施結果等についても随時公表することに引き続き努めること。