「地球温暖化の日本への影響2001」
 
報告書の意義,作業過程と今後の課題



 人間活動から排出される温室効果ガスによる温暖化(気候変動)で,日本列島にどのような変動が予測され,われわれの生活がどのように変わるのであろうか。また,変化する気候にわれわれはどう対応すればよいのだろうか。本報告書は,この疑問について現在までに得られている研究成果を,60人以上の広い分野にわたる専門家が評価し,とりまとめたものである。
 1997年12月気候変動枠組み条約締約国会合で京都議定書が採択され,先進国の温室効果ガス5%削減にむけて世界が合意した。これまでの世界の経済社会の運営を大きくかえ,痛みをともなう合意が成立したのも,気候変動からくる人間生存への影響が長期には経済の成長そのものを阻害するとする見通しのゆえである。それでは日本では,どこにどのような形であらわれ,どれほどの影響をわれわれにもたらすのか。足元についての正確な知識の集約が必要であり,本報告書はそれに応えるものである。
 世界的には,「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が,気候変動に関する知識の集約評価をおこなっている。2001年の第3次評価報告書は,「このところの50年間に観測された温暖化の大半が人間活動に起因している,という新たなより強い証拠がある」と述べている。また,この25年程の全球規模の急激な温暖化の影響が,すでに種々の生態系に現れていることも指摘している。気候システムは大きな慣性をもっており,京都議定書で決めた削減ではとても温暖化の進展は止められない。枠組み条約の論議でも,今後温暖化することを前提として,その変化に各国各主体がどう適応していくのがの論議に入りつつある。日本での適応策は十分だろうか。我々は今何を準備しておかねばならないのだろうか。
 1988年環境庁に設置された「地球温暖化問題検討委員会(北野康委員長)」は,気候変動全般についての科学の現状を把握する活動をおこなっている。委員会は1992年に影響評価分科会を設置し,1994年に日本への気候変動影響報告をとりまとめた。これは,1994年気候変動枠組み条約事務局へ提出された第一回日本国報告書の参考資料となった。さらに,1995年影響評価ワーキンググループを設置して,第2回の報告書「温暖化の日本への影響1996」をまとめ,「地球温暖化と日本」(古今書院),「Global Warming:Potential Impacts on Japan」(Springer)として和英で出版された。これも,1997年の日本国報告書やIPCC等へのインプットとなった。
 本報告書は,これらについで第3回目のとりまとめになる。前回まとめからの5年の間に,全球・地域の気候シナリオ研究,影響評価手法が進歩をとげ,また日本での影響研究事例がふえた。さらには温暖化の方向が確実になってきて,適応策の必要性が増してきた。こうした変化を踏まえ,今回は各章に適応策についても折り込むこととし,さらに経済評価,影響の検出,適応策に関する章をもうけた最新研究の集約とした。十分ではないが,日本に関係の深いアジア地域にも研究集約の範囲を拡げている。
 日本のみならず,米国では「U.S. National Assessment: The Potential Consequences of Climate Variability and Change (2000)」,欧州では「Assessment of Potential Effects and Adaptations for Climate Change in Europe (2000)」などの作業で,それぞれの地域での気候変動への脆弱性評価を進めており,本報告書もそれらと対比されるものである。
 報告書の作成にあたっては,各分野(章)ごとに責任編集者を定め,そのもとで3-10人の執筆者が日本やアジアへの影響評価研究論文を収集評価して報告をまとめている。2000年8月には,全執筆者による2日間のワークショップを葉山で開催し,全体の調整と討論を行っている。原案は,地球温暖化問題検討委員会メンバーおよび各分野の外部専門家による査読をへており,今後のIPCC作業など科学的評価に耐えうるものとなっている。
 気候変動影響は環境・経済活動の全分野におよぶ。この報告書作業では,日本中の各分野の省庁・大学からひろく横断的な研究者の参加がえられたことは特筆されるべきことであろう。異分野の研究を丹念にまとめあげた執筆者の苦労は大変なものと察するところである。報告書作成の指揮と編集の総まとめは原沢英夫委員がおこない,パシフィックコンサルタンツ(株)と(財)地球・人間環境フォーラムがその作業を担当した。環境省地球環境局研究調査室には全般にわたる支援を頂いている。皆様にはこころからお礼を申し上げたい。
 今回作業は,研究集約のカバレッジという面,研究評価の面では十分の成果をあげたといえよう。しかし,今回の作業をとおして日本の研究の現状をみると,統一した地域気候シナリオと影響評価方法論のもとでのシステマティックな研究という面では米国等の研究に遅れを取っている。また地球温暖化問題検討委員会では,干ばつ水害等の局地的現象に対する評価研究,土壌等の分野の研究が十分でない点も指摘された。現象面での影響評価研究に比して,社会経済面からの影響・適応策評価方法については今後研究の余地が多く残されている。さらに,一体こうした研究集約評価結果を,政策決定にむけてどう判断評価するのか,日本にとって気候変動影響は大変なことなのか否かの判断をだれがするのか,という指摘もされた。これには,温暖化対応の政策決定プロセス全体からの考察を必要としよう。
 本報告書が,日本の温暖化政策論議の科学的ベースとして国民各層にひろく用いられればまことに幸いである。
環境省地球温暖化問題検討委員会
温暖化影響評価ワーキンググループ  座長 西岡秀三