2.PRTRパイロット事業の概要
(1)目 的
本検討会では、パイロット事業の設計に際し、PRTRの目的を以下の通り整理した。
・ |
規制対象物質のみならず、潜在的に有害な可能性のある多数の化学物質を含め、 |
・ |
環境への排出等の状況を排出事業者が簡易な方法で適正に推計・把握し、 |
・ |
排出事業者の自主的管理を促進するとともに、 |
・ |
その他の発生源からの化学物質の排出状況の推計と合わせた化学物質の排出・移動に係る情報を関係各主体に提供することにより、 |
・ |
我が国における化学物質の環境リスク対策の推進を図る。 |
本パイロット事業は、このように、PRTRを、規制対象物質のみならず潜在的に有害な多数の化学物質も対象とし、これらの環境リスクの包括的な管理を行う枠組みとして受け止めた上で、試験的に実施し、我が国におけるPRTRシステムの導入に当たっての技術的な問題点等を検証するとともに、PRTRに関する関係各主体の共通認識の形成を図るものである。
(2)対象地域
{1}神奈川県地域(別図1)
川崎市、藤沢市、茅ヶ崎市、寒川町の地域。
{2}愛知県地域(別図2)
豊田市、岡崎市等の西三河地域。
(3)対象化学物質(別表1)
{1}対象化学物質は、毒性及び暴露可能性の両者の観点から選定した結果、191物質とした(一事業所当たりの報告対象化学物質は、5物質程度となることと予想される)。
・毒性
発がん性、変異原性、生殖毒性、慢性毒性等種々の毒性について、幅広く検討した。
・暴露可能性
一般環境中における検出実績を重視するとともに、一般環境中での測定実績のない化学物質については、取扱量(生産量+輸入量)により選定した。
{2}なお、環境規制の対象物質及びこれに準ずる物質も対象とする(ただし、排出量が別途環境庁に報告されている物質は、作業の重複等を避けるため、今回は対象化学物質としない。)。
{3}また、対象化学物質のうち、特に取扱量の多い物質等136物質を重点取組物質とし、事業者においても重点的に取り組んでいただくこととした。
表1 対象化学物質数(別表参照)
物質の区分 |
対象化学物質数 |
うち重点取組物質数 |
法規制等 |
65 |
64 |
発がん性 |
41 |
28 |
変異原性 |
6 |
3 |
吸入・経口慢性毒性 |
22 |
16 |
作業環境慢性毒性 |
47 |
20 |
生殖毒性 |
2 |
0 |
生態毒性 |
8 |
5 |
合 計 |
191 |
136 |
{4}混合物の取扱い
対象化学物質を成分として含む混合物については、その含有量が1%を超えるものについては、当該成分についても報告の対象とすることとした。
なお、対象化学物質については、(社)日本化学工業協会及び石油連盟の全面的協力の下に、商品に含まれる対象化学物質の含有率に係る情報を対象事業者に提供する体制がパイロット事業と同時に構築されることとなった。
(4)報告の対象とする取扱量
対象物質を極少量使用する場合(研究施設における試薬としての使用等)は、報告の対象としないこととし、対象化学物質を事業所内で年間0.1t(有害性のランクが低いものについては10t)以上製造(副生成物の生成も含む。)又は受け入れる場合に報告対象とすることとした。
なお、これによっても、対象化学物質の取扱量のほぼ100%が捕捉できると考えられる。
(5)対象事業所
対象事業所は、次のとおりとした。
表2 対象事業所
対 象 業 種 |
従業員規模 |
食料品製造業、飲料・飼料・たばこ産業、木材・木製品製造業、パルプ・紙・紙加工品製造業、出版・印刷・同関連産業、化学工業、石油製品・石炭製品製造業、ゴム製品製造業、なめし革・同製品・毛皮製造業、鉄鋼業、非鉄金属製造業、一般機械器具製造業、輸送用機械器具製造業、精密機械器具製造業、武器製造業、その他製造業、鉱業、電気・ガス・熱供給・水道業、鉄道業、教育、学術研究機関 |
100人 |
繊維工業、衣服・その他の繊維製品製造業、家具・装備品製造業、プラスチック製品製造業、窯業・土石製品製造業、金属製品製造業、電気機械器具製造業、総合工事業、道路貨物運送業、洗濯業、保健衛生、廃棄物処理、倉庫業 |
30人 |
{1}対象化学物質についての情報を十分に持たない“ユ−ザ−企業”や十分な管理が必ずしも期待できない中小事業所も含め、対象化学物質を取り扱う事業所をできるだけ幅広く対象とする必要がある。
ただし、
・事業所による排出情報把握・処理のコスト及び能力
・諸外国においては従業員数を考慮していること
・事業所による報告を通じ対象化学物質の取扱量の相当部分が捕捉される必要があることを勘案し、一定の規模以上の事業所を対象とすることとした。
{2}したがって、
・対象化学物質を環境中に排出する可能性のある業種として、製造業の全て及びサービス業等を加えたものを対象とする。
・業種により従業員数100人または30人以上の事業所を対象とする(表2)。
{3}これにより、
・対象地域の対象化学物質の取扱量の75%程度は捕捉されるものと推定され、
・神奈川地域で約700事業所、愛知地域で約1000事業所が対象となる。
{4}なお、洗濯業等の従業員規模の小さい事業所であっても、地域における化学物質管理の観点から対象化学物質の排出状況の把握が特に必要と考えられるものについては、各県の判断でパイロット事業の対象に加えることができることとした。
(6)報告の対象とする排出・移動
パイロット事業の対象となる排出・移動は、以下の通りとすることとした。
・ |
対象事業所から大気への対象化学物質の排出(漏出も含む。以下同じ。) |
・ |
対象事業所から公共用水域及び公共下水道への対象化学物質の排出(対象事業者が自ら廃棄物を海洋投入処分する場合も対象とする。) |
・ |
事業所敷地内等での地下への対象化学物質の浸透(土壌への排出に分類する。) |
・ |
対象事業者が自ら行う土壌への対象化学物質を含む廃棄物の埋立 |
・ |
対象事業者が対象化学物質を含む廃棄物の処分を他人に委託する場合は、その対象事業所からの搬出を移動報告の対象とし、処分を委託した者が報告する。
リサイクル業者への移動は、廃棄物処理業者への移動とは分けて報告する。 |
{1}PRTRの目的からすると、対象化学物質の環境への排出及び廃棄物としての移動を可
能な限り重複すること無く把握することが必要である。
{2}廃棄物については、廃棄物の処理を委託された業者において廃棄物の中に含まれる全て
の対象化学物質を把握することは困難であることなどから、廃棄物を発生させる事業者が
廃棄物処理業者に処理を委託するために事業所から搬出する廃棄物に含まれる対象化学物
質を移動報告の対象とすることとした。ただし、廃棄物の処理に伴い新たに添加され、ま
たは、発生する化学物質については、廃棄物処理業者の排出報告の対象とすることとし
た。
{3}これらを図示すると、
a、b、dの環境への直接排出 及び
e、fの廃棄物の移動については、事業所毎の個別報告で把握することとなる。
{4}また、消費者の段階で環境中に放出されるもの(例えば家庭用ペンキに含まれる溶剤)
等については、環境庁において可能な限り排出量の推計を行うこととした(c、g)。
廃棄物の移動
┌――――――┬――――――┬―――――――┐
|e |f | ↓
┌―――┐ ┌―――┐ ┌―――┐ ┌―――┐
| | | | | | |廃棄物|
|生産1|―→|生産2|―→|消 費|――→|処理事|
| | | | | | g |業所 |
└―――┘ └―――┘ └―――┘ └―――┘
|a |b |c |d
↓ ↓ ↓ ↓
┌―――――――――――――――――――――――――┐
| 大気、水域、土壌 |
└―――――――――――――――――――――――――┘
(7)報告概要
報告者、対象年度等については以下の通りとした。
{1}報告者
対象となる事業所の管理責任者(事業所の長等)とする。
{2}報告対象年度
平成7年度又は8年度のいずれかのうち、各県の指定する1年度とする。
{3}報告項目
1 |
報告者の氏名 |
2 |
事業所の名称及び所在地 |
3 |
事業の種類 |
4 |
対象化学物質毎の環境媒体別年間排出量 |
5 |
対象化学物質毎の年間移動量 |
6 |
その他必要な事項 |
{4}報告先
各事業所から県又は政令指定都市が定めるPRTRパイロット事業担当に報告する。
{5}報告期限
報告様式等の配布に当たり、報告期限を各県において定める。
(8)情報提供
{1}諸外国のPRTR制度には、
・情報公開の観点から個別事業所情報を基本的には公表する米国タイプ
・PRTR制度としての行政からの情報提供は集計情報である欧州タイプ(別途情
報公開制度の規定に基づき個別に請求すれば個別事業所情報が提供される)
がある。
{2}現在、国の情報公開制度が検討中であることから、欧州タイプのPRTR制度を念頭に置いて、PRTRパイロット事業では、対象物質別の集計、業種別物質別集計、地域別物質別集計、その他化学物質の環境リスク対策の推進を図る上で効果のあると思われる集計を行い、行政において推計を行った非点源からの排出量推計値と併せて適切な情報として整備し、これらの集計情報の提供を行うこととした。
また、情報提供に当たっては、排出量デ−タのみを見ても適切な判断ができないのではないかと思われること及び初めてのPRTRパイロット事業であることを考慮し、対象化学物質に関する毒性等の関連情報やデ−タの性格、信頼性等必要な解説を添付して提供する等必要な配慮を行うこととするとともに、具体的な情報提供内容については報告デ−タを整理の上で本検討会で更に検討することとした。
(9)事業者における排出量の推計作業の支援
上述したような事業者による排出量の推計作業を支援するため、
・排出量推計マニュアルを配布するとともに、
・説明会、技術指導会を開催することとした。
3.PRTRパイロット事業の実施体制
(1)地域推進委員会の設置
対象地域である神奈川及び愛知の各県に、地元の関係団体から構成される地域推進委員会を設置し、各地域におけるパイロット事業の円滑な推進を支援するとともに必要な助言等を行う。
(2)化学物質成分に係る情報提供のための支援体制
(社)日本化学工業協会等において、混合物の成分物質に関する情報提供に係る支援体制を整備する(2(3){4}参照)。
(3)課題の把握
対象事業者の一部を対象に、PRTRシステムの構築に向けた改善点等についてのアンケート調査を実施し、その結果については、平成10年度に評価する。
(4)国民への情報提供
環境庁環境安全課において、インタ−ネットホ−ムペ−ジを設け、PRTRに関して、国民に情報提供するとともに、国民からの質問・意見を受け付ける。
4.今後の予定
・今後、各地域で準備作業を行い、本夏にもパイロット事業を開始予定。
・7月1日(火)にPRTRに関する国際シンポジウムを開催(於:神奈川県民ホ−ル)。
(参考)
- 検討員名簿
座 長 近藤次郎 東京大学名誉教授
浅野直人 福岡大学法学部教授
飯塚康雄 (社)日本電機工業会((株)東芝)
稲垣隆司 愛知県環境部自然環境保全室主幹
岩井哲朗 (社)日本自動車工業会(トヨタ自動車(株))
浦野紘平 横浜国立大学工学部教授
大島輝夫 化学品安全管理研究所所長
久保田康詩 川崎市環境保全局公害部大気課長
近藤雅臣 大阪大学名誉教授
三宮克弘 石油連盟(日本石油精製(株))
田中 勝 国立公衆衛生院廃棄物工学部長
中杉修身 国立環境研究所化学環境部長
永田勝也 早稲田大学理工学部教授
中西準子 横浜国立大学環境科学研究センター教授
中野邦夫 日本生活協同組合連合会環境事業推進室室長
野間紀之 神奈川県環境部技監
原科幸彦 東京工業大学工学部教授
菱田一雄 菱田環境計画事務所所長
福永忠恒 (社)日本化学工業協会(住友化学工業(株))
和田 攻 埼玉医科大学教授
- PRTR(Pollutant Release and Transfer Register)とは?
事業者が、対象となる化学物質毎に工場・事業場から環境への排出量や廃棄物としての移動量を自ら把握してその結果を行政に報告し、行政がそれを何らかの形で公表するもの。 |
- PRTRのメリット
(1) |
事業者にとっては、化学物質の排出等の把握により、化学物質の自己管理が促進されるとともに、このような自主的取組に対する適正な評価が促進される。 |
(2) |
事業者、国民、行政の関係各主体間では、どのような化学物質がどの程度環境中に排出されているかについての情報の共有により、化学物質の環境リスクに関するコミュニケーション及び各主体毎の環境リスク低減に向けた取組が促進される。 |
|
{1} |
国民にとっても、化学物質の環境リスクの低減に向けた自主的取組が促進される。 |
|
{2} |
行政にとっても、環境リスク対策の進捗状況や効果の把握が可能となり、より効果的な対策を講じることが可能となる。 |
(3) |
これらを通じ、化学物質の環境リスクの総体としての低減が可能となる。 |
- 欧米諸国の取組状況
PRTR制度の本格的な展開は、米国のTRI(Toxic Release Inventory)制度に端を発する。現在では、米国の他、カナダ、オランダ、英国等いくつかの国で導入されており、更に多くの国で導入の検討が行われている。主な実施例を以下の表に示す。
制度の内容は国によって異なる。対象とする有害化学物質の数は米国の約650物質、英国の約500物質、オランダの約900物質といったところであり、数百種類の広範な有害化学物質を対象とするのが既存の各国の制度では一般的である。対象となる事業者は、工場・事業場が中心となっており、米国の場合は従業員数10人以上の小さな事業所から対象となっている。また、オランダのように、農業部門、輸送部門のような非点源からの排出についても政府が予測し、PRTRの一環として公表しているところもある。いずれのケ−スでも報告・公表は毎年行われるが、公表の内容については米国のように原則として全て公表するところと、物質別排出量のような形で集計したもののみ公表するところに大別できる。制度の位置づけについては、米国のように情報公開の法規に基づくもの、英国のように環境法規に基づくもの、カナダのように情報取得に係る一般的法規定を根拠にしつつも、制度の詳細は関係者の合意に基づき実施しているものがある。
[ 表:各国のPRTR制度 ]
国 |
制 度 |
実施根拠 |
対象物質 |
対象施設 |
公 表 |
米国 |
TRI
(有害化学物質放出目録) |
緊急対処計画及び地域の知る権利法 |
約650 |
製造業
(従業員数、化学物質の年間取扱量で裾切り) |
原則公表 |
カナダ |
NPRI
(全国汚染物質要覧) |
産業界と政府の合意により実施
(カナダ環境保全法) |
約180 |
製造業
(従業員数、化学物質の年間取扱量で裾切り) |
原則公表 |
英国 |
CRI
(化学物質放出要覧) |
環境保全法 |
約500 |
製造業等
(業種を列挙) |
集計データ公表
個別デ−タは請求に応じ提供 |
オランダ |
IEI
(個別排出調査システム) |
個別規制法で情報収集
(近い将来にはPRTR制度を制定) |
約900 |
製造業
(ライセンス対象事業所)
非点源は行政で排出量を推定 |
60物質の集計データを公表
工場総量を請求に応じ提供 |
ドイツ |
大気汚染物質排出インベントリー |
個別規制法で情報収集
(近い将来にはPRTR制度を制定) |
工場で使用する全ての環境汚染物質 |
製造業等 |
統計処理し公表 |
オ−ストラリア |
NPI |
パイロット事業 |
約70物質 |
製造業等 |
原則公表 |