鳥獣管理・狩猟制度検討会報告書


     鳥獣管理・狩猟制度検討会報告書


         平成10年5月

はじめに

 野生鳥獣については、その保護に対する国民の要請が高まっている一方で、シカなどによる農林作物の被害問題が深刻化しているところである。このような被害問題に対して、環境基本計画の理念である「自然と人間との共生」を踏まえて、野生鳥獣を適正に保護管理することが求められている。また、これまでの地方分権に係る検討の中で、我が国に生息する野生鳥獣を適切に保護管理していくためには、それぞれの鳥獣の生息状況等に応じて、国と都道府県が適切に分担と連携を図ることが必要と考えられている。
 これらの課題を検討するため、鳥獣保護・管理、狩猟、地方行政、法律等各分野の専門家をもって本検討会が組織され、これからの鳥獣管理・狩猟制度はどうあるべきか、それに向けてどのような事項について今後検討して行くべきかについて、議論を重ねてきた。こうして、平成9年6月以降、7回の検討会を経てまとめられたのが、この報告書である。委員の方々には、それぞれの業務の多忙な中をお集まりいただき、熱心に議論を重ね、検討していただいた。ここに厚く御礼申し上げたい。
 今後の制度のあり方の検討に、この報告書と検討会における議論が大きく寄与することを期待している。

                             平成10年5月14日

                              座長 飯村 武

※鳥獣管理・狩猟制度検討会検討員名簿
                                                          ◎印:座長
◎飯村 武  (財)日本鳥類保護連盟監事
 大津清司  鹿児島県指宿農業改良普及所技術指導課長
        (前鹿児島県農林水産部農政課中山間対策係長)
 小熊 實  (社)大日本猟友会専務理事
 北村喜宣  横浜国立大学助教授
 塚本洋三  (財)日本野鳥の会副会長
 藤巻裕蔵  帯広畜産大学教授
 三浦慎悟  森林総合研究所東北支所保護部長(前森林総合研究所森林動物科長)
 湯浅純孝  富山県生活環境部自然保護課長




※鳥獣管理・狩猟制度検討会の検討経緯

第1回検討会 平成9年6月30日  鳥獣管理・狩猟制度に係る現在の問題点の整理                   と論点の絞り込み
第2回検討会 平成9年7月29日  鳥獣管理のための計画のあり方等
第3回検討会 平成9年9月 4日  鳥獣管理のための計画のあり方等
第4回検討会 平成9年10月23日 地方分権への対応等
第5回検討会 平成9年12月10日 報告書骨子案の検討(1)
第6回検討会 平成10年2月 9日 報告書骨子案の検討(2)
第7回検討会 平成10年4月20日 報告書案の検討




             鳥獣管理・狩猟制度検討会報告書

1 野生鳥獣をめぐる状況の変化と計画的保護管理の必要性
 (1) 野生鳥獣をめぐる状況
 野生鳥獣は自然環境を構成する重要な要素の一つであり、広く国民がその恵沢を享受するとともに、永く後世に伝えていくべき国民共有の財産である。
 一方で、稠密な国土利用が行われている我が国においては、人間活動と鳥獣の生活域は重複しており、人と野生鳥獣の共存を図っていく必要がある。このような観点から、従来から鳥獣保護区の設定、捕獲規制や有害鳥獣駆除等が行われてきた。

 しかしながら、近年以下のような状況の変化が生じている。
{1} 一部の野生鳥獣の地域的な増加に伴う様々な問題の顕在化
・ 中山間地域を中心とする農林業被害の拡大
・ 一部地域での生態系の攪乱
{2} 減少する種及びその個体群の維持の必要性の増大
{3} 中山間地域における人間活動の低下
・ 人間の活動域の縮小に伴う中山間地域への野生鳥獣の分布の拡大
{4} 狩猟圧の低下
・ 狩猟者の減少、狩猟等捕獲行為に対する意識の変化

(2) 計画的保護管理の必要性
 (1)に述べたような状況の変化に適切に対処するため、以下に述べるように野生鳥獣を計画的に保護管理する必要性が高まっている。
{1} 科学的合理性の確保
 野生鳥獣の個体数又は生息分布域の変動のふれ幅及びふれの期間を縮小するため、科学的な知見に基づいた計画的な保護管理が必要とされている。

{2} 目標の明示と合意形成
 野生鳥獣に関する社会的な要請が多種多様であるため、適切な情報公開の下に合意形成を図りつつ適正な目標及び手法の設定を行うことができるしくみを備えた計画的な保護管理が必要とされている。

{3} 多様な主体の連携・多様な手段の総合化・体系化
 野生鳥獣の個体数変動の原因及びそれによる影響発生のメカニズムは複雑であり、これへの対処の方法及びその主体も様々なものである。また、野生鳥獣が惹起する問題はすぐれて地域性の高いものである一方、移動性が高く分布域・行動圏域も広いことから保護管理には一地域にとどまらない広域的な視点も必要である。
 このため、多様な主体の適切な役割分担・連携の下で、各種の保護管理手段を総合的・体系的に実施する計画的な保護管理が必要とされている。

2 計画的保護管理の基本的考え方
 種又は個体群の置かれている状況(生息状況等)や当該種又は個体群が農林業や生態系に及ぼす影響の程度等に応じて保護管理のあり方に異なる面があるが、「計画的保護管理」の基本的考え方のポイントは、次のとおりである。
{1} 目標の設定
ア 目標設定の前提として、個別の種又は個体群について、その生息状況を把握
イ アに基づき、保護と被害防止の両立を図る観点から、その種又は個体群の望ましいと考えられる状態(個体数、生息域等)を提示
{2} 手段の総合的・体系的実施(有機的連携)
 目標の達成のため、捕獲水準の設定による個体数の管理という量的管理だけでなく、鳥獣保護区の設定、生息に好適な環境の創出、被害防除対策の実施等による生息環境管理など各種手段を体系的に組み合わせ総合的に実施すること

3 現行制度の課題
 「計画的保護管理」の観点から現行制度を見た場合、以下に掲げる点が課題と考えられる。
(1) 適切な目標の設定
 あるべき姿(望ましい個体群の状態)を科学的な知見に基づき保護管理対策の実施の指標となるよう実効的な形で示すようにしていくべきである。
・ 個々の種又は個体群ごとに保護管理の目標を設定する仕組みを設けていくべきではないか。
・ 森林鳥獣生息地に係る鳥獣保護区等一定の面積確保という観点に基づいて設定されている鳥獣保護区については、鳥獣の生息環境の確保及びその環境管理という観点をより重視していくべきではないか。
・ 有害鳥獣駆除は、被害が発生した際、あるいは、発生が予察される際に行われることとなっており、いわば対症療法的に行われているが、今後は、個体群の維持を図りつつ、被害の未然防止・軽減に資するよう、原因となっている種又は個体群の動向を把握し、保護管理の目標を明確にした上で、被害防除、駆除及びモニタリング等の一連の措置を計画的に実施していくべきではないか。

(2) 手段の総合化
 戦後の鳥獣保護施策においては、減少傾向にある野生鳥獣の繁殖を促す観点からの捕獲規制に関する仕組みに重点が置かれていたが、野生鳥獣の生息状況や被害の拡大等の状況の変化を踏まえ、今後は、生息数が増加し被害が拡大している種については、適正な個体数レベルを維持する観点から、防除対策、捕獲の制限、生息地の保全管理のための手段を総合的に実施していくべきである。
・ 狩猟と有害鳥獣駆除による捕獲管理を合目的的に組み合わせていくべきではないか。
・ 特定種の捕獲の調整と生息地管理を組み合わせた施策(例えば一定の地域での調整数目標の設定/実施と生息地の確保等を統合した計画策定等)を展開していくべきではないか。

(3) 適切な分担・連携
 計画的保護管理を実施するために国、地方公共団体、研究機関等の適切な役割分担・連携を図っていくべきである。
・ 地域の特性等に応じた狩猟制限の設定等が可能となるようにすべきではないか。
・ 研究所等における鳥獣の生息状況等に関する研究の充実を期すとともに、行政と研究部門の連携を図るべきではないか。また、保護管理を行う技術者を養成すべきではないか。

4 検討すべき方向
  以上を踏まえ、今後以下の項目について検討を進めていくべきである。
(1) 鳥獣保護事業計画の拡充
{1} 都道府県が策定する鳥獣保護事業計画の拡充
 鳥獣保護事業計画の中で一定の種及び個体群に関する計画的保護管理の基本方針等につき記述することについて検討すべきである。
{2} 鳥獣保護事業計画に関する国の基準の拡充
 {1}の計画的保護管理の基本的考え方、国設の鳥獣保護区の管理方針を含め、現行の鳥獣保護事業計画に関する基準を拡充することを検討すべきである。

(2) 個体群管理のための仕組みの創設
{1} 特定の種又は個体群に着目した保護管理のための計画制度の創設
 鳥獣保護事業計画の下位計画として、都道府県による特定の種又は個体群に着目した保護管理のための計画制度の創設について検討すべきである。
{2} 計画を実行するための仕組みの創設
 {1}の計画を実行するために必要な手段として、都道府県が主体となって当該鳥獣の捕獲の制限の内容等を定めることができる仕組みについて検討すべきである。
{3} モニタリングの実施
 以上のような仕組みに基づく個体群管理を行うに当たっては、モニタリングを実施し、計画にフィードバックする必要がある。

(3) 国と地方の役割分担の見直し
 野生鳥獣の保護管理に、基本的に都道府県が主体性を持って取り組めるようにするという観点から、地方分権推進委員会による勧告を踏まえながら、役割分担を整理すべきである。
{1} 許可権限に関する国と都道府県の関係の見直し
 国設鳥獣保護区内において鳥獣を捕獲する場合等国が責任を負うべき場合を除き、鳥獣の捕獲の許可は原則として都道府県が行うことを基本として、国と地方公共団体の許可権限等を整理していくべきである。
{2} 特定の種の個体数の急減等の場合の国による指示等広域的視点からの国の役割について検討すべきである。
{3} 機関委任事務から自治事務への移行に伴い、都道府県間等広域調整の仕組みの必 要性について検討すべきである。

(4) その他
   このほか、以下の事項についても検討していくべきである。
{1} 調査研究の推進及び情報収集体制の整備
{2} 保護管理技術の振興
  効果的・効率的な被害防除手段、保護管理のための計画の作成技術
{3} 保護管理の担い手の育成
  計画的な保護管理を行いうる技術者の育成及び基盤の整備
{4} 人と野生鳥獣との共存基盤の整備
 野生鳥獣の生息状況等に応じた保護区域のあり方、鳥獣被害に対する損失対応の検討
{5} 保護管理に関する意識啓発
  人と鳥獣との共存教育の推進
参考資料一覧


1.鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律に係る地方分権推進委員会の勧告の概要について

2.主な鳥獣の捕獲数及び農林業被害の年次変化について

3.エゾシカ(北海道)の捕獲数及び農林業被害の年次変化について

4.エゾシカ(北海道)のCPUEの年次変化について





1.鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律に係る地方分権推進委員会の勧告の概要について


(1)第一次勧告(平成8年12月)

○ 現行の都道府県知事による鳥獣保護区の設定及び鳥獣の捕獲許可等の事務は、都道府 県の自治事務とする。
  なお、鳥獣の捕獲許可等の事務について、渡り鳥の急減などの緊急時には、国は必要 な指示を行うことができることとする。
  また、国設鳥獣保護区の設定及び国設鳥獣保護区内における鳥獣の捕獲許可等の管理 については、国が行う。

○ 猟区の設定に当たっての国の認可は、都道府県に委譲する(自治事務)。



(2)第四次勧告(平成9年10月)

○ 現在、都道府県が処理している鳥獣の捕獲許可、飼養許可証の発行及びヤマドリの販 売許可(鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律第12条、13条、13条の2)については、市町村へ 委譲する。この場合、委譲する事務の範囲等については、都道府県の条例で定めるもの とするとともに、都道府県は市町村に対し、鳥獣の適正な保護管理を推進するうえで広 域的観点から必要な指示を行うことができるものとす る。
  また、市町村に対し国は、渡り鳥等の急減などの緊急時には、必要な指示を、都道府 県が市町村に対して行うよう指示することができるものとする。