富士箱根伊豆国立公園


富士箱根伊豆国立公園
富士山地域環境保全対策要綱
平成10年3月
富士山地域環境保全対策協議会


はじめに

 富士山は我が国の最高峰であると同時に,均整のとれた美しい独立峰としての山容を誇り,山麓部の深い森林や多くの湖沼とともに織りなす多様な景観は,古くから人々の心をひきつけてやまなかった。このため,詩歌や絵画に多く取り上げられてきたことはもちろん,古くは宗教的な対象として,下っては,登山や景観探勝によって,多数の人々に親しまれ,愛されてきた。また,富士山は,日本の自然風景の代表として,広く世界に知られているところでもある。

 しかしながら,中腹までの道路整備により,格段に到達性,利便性が向上し,余暇時間の増大,自然志向の高まり等も相まって,来訪者が爆発的に増加した半面,近年では,ゴミの散乱,し尿処理,登山道の荒廃,オフロード車等による植生の破壊,交通混雑等,自然環境に影響を与えることが懸念される諸問題が発生し,解決策が不十分なまま,又は対策の効果が十分に発揮されないまま,現在に至っている。

 これらの環境問題を解決し,適切な保全・利用を推進して,美しい富士山を国立公園として後世に引き継ぐため,平成7年1月,環境庁,山梨県,静岡県,関係市町村等からなる「富士箱根伊豆国立公園富士山地域環境保全対策協議会」を設置し,検討を進めてきたところである。
 協議会ではこれらの問題について様々な角度から検討を進め,平成7年7月には,緊急に取り組むべき対策としてゴミ処理対策,し尿処理対策についての中間とりまとめを行い,対策を急ぐべきものについてはすでに実行に移しているところである。

 今般,当初掲げていた課題についての検討に一応の区切りがついたため,「各種対策の実施方針」と,「富士山カントリーコード」をあわせて,「富士山地域環境保全対策要綱」としてとりまとめることとしたものである。
 「各種対策の実施方針」については,本協議会に関わる各関係行政機関が今後相互の十分な協力,連携のもとに,より効果的な環境保全対策を進めていくための指針として位置づけられるものであり,「富士山カントリーコード」については,環境保全対策の効果をあげるためには利用者の自覚とそれに基づいた行動が不可欠であることに鑑み,利用者自らの環境保全行動の規範として普及啓発することをねらいとしている。


       ー富士山地域環境保全対策要綱ー


[1] 各種対策の実施方針


1 ゴミ処理対策

 富士山の登山利用は,山頂でご来光を拝むための夜間登山が多数を占め,他の山岳に比べ極めて特異な利用形態となっている。また,夏の2ヶ月間,実質的には7月20日からお盆過ぎまでの1ヶ月間に集中して30万人にのぼる多数の利用者が登山する。このため60軒近くの山小屋が登山道沿いにそれほど間隔を置かず並んでいる。これらの富士山の登山形態の特徴が,登山に慣れていない一般の観光客の比率が高く,山のマナーを知らない利用者が多いことなど,ゴミが発生しやすい条件を作り出している。
 さらに,3000mをはるかに超える高標高により,日本の他の山岳にはない高山病の症状をもたらすことがあり,ゴミの持ち帰りなどに配慮する余裕をなくしてしまうこと,夜間登山の際に暗闇の中で罪悪感無くゴミを捨ててしまうことも,散乱ゴミが増える原因となっている。

 <講じるべき対策>
 このため,
{1}利用者に対し「ゴミの持ち帰り」の徹底的な普及を図る。
{2}放置ゴミを徹底して除去する。
{3}ゴミの回収,処理の効率化を図る。
{4}ゴミになりにくい商品を推奨するなど,ゴミの発生源に対する発生量抑制対策を講じる。
{5}これらの活動,特に普及・啓発活動については長期的かつ継続的に行うことが重要であるので,これらの活動の実施主体として,民間からの適切な協力を得ながら,美化清掃団体を組織する。
 等の対策を講じる。

2 し尿処理対策

 富士山の登山利用や環境の状況は,極度の利用者の集中,低温で,電力,水がないこと,雪崩常襲地であり施設の設置には困難を伴うこと,ヘリコプターの運行ができないこと等,し尿の適切な処理という観点からみると極めて困難な状況である。
 従って,現在まで,し尿処理は一部の山小屋をのぞいて浸透,放流方式をとっており,利用環境に大きな悪影響を与えている。また,湧水等自然環境に対する影響も懸念されているところである。
 また,対策を講じるためには,富士山の環境条件に適し,かつ機能を発揮するし尿処理方式の確立が急務であり,その後,導入のためのネックとなる建設・維持管理費用の問題をクリアしたものについて,民間山小屋等への普及に努めることが必要である。

 <講じるべき対策>
 し尿処理対策については,
{1}対象地域を5合目付近と7合目以上等,立地条件別に区分した上で,それぞれの環境・施設の条件に適合するよう,モデル的にトイレを建設し,検証を経てし尿処理方式の確立を図る。
{2}モデル的トイレの供用を通じて,標高,設置主体等による条件の特性に応じ,建設方法,点検や維持管理方法等について詳細な検討を実施する。
 等の対策を講じる。


3 自然とのふれあい利用の推進

 富士山の登山利用は,「ご来光」や「日本一の高さ」を求めて夜間に登山する形態となっている。利用者数は多いが,特定の登山道に集中してしまうこと,夜間登山が多く,余裕を持って登山を楽しめないことなどの問題がある。 
 自然探勝利用については,富士山地域の自然資源が多様なものであるにもかかわらず,それらを活かした自然体験が行われていないという問題がある。

 <講じるべき対策>
 登山利用については,利用の分散を図るため,
{1}利用頻度の少ない登山道の活用,旧登山道の再整備等をすすめる。

 自然探勝利用については,富士山の自然資源等をより一層活かすため,
{2}富士山地域の動植物,歴史資源等の空間的分布をあらわす資源マップを作成する。
{3}自然資源の情報提供や利用指導のための拠点となる施設を整備する。
{4}富士山地域において利用者が守るべきマナーをわかりやすく提供する。
{5}自然資源を活用し,より質の高い自然体験を進めるため,ガイド,インタープリターを育成する。
 等の対策を講じる。


4 植生復元対策
 今回検討した小田貫湿原について以下記述するが,このほかの地区の植生復元対策については,個別に詳細な調査検討が必要である。
 小田貫湿原については,猪之頭地区の理解を得て開発を免れ,自然度が高く豊かな植生を呈している。今後とも,注意深く植生の推移を見守り,推移によっては,植生復元の必要性の検討を行うとともに,周囲を含めた環境の維持保全を進めていく必要がある。

 <講じるべき対策>
 小田貫湿原については,
{1}専門家による現況調査を進める。
{2}大洞川上流からの引水を検討する。
{3}夏や冬の渇水時対策のため,貯水池を整備する。
{4}定期的な監視を実施するため,官民の協力体制を確立する。
 等の対策を講じる。


5 自動車利用の適正化
 現在,山梨県側の富士スバルラインと静岡県側の富士山スカイラインの両方において自動車利用適正化のための協議会が設けられ,お盆時期を中心にマイカー規制が行われ,それぞれ両県の関係者の努力により成果を上げてきている。
 また,バスを運行している民間会社は,低公害バスを導入し,環境保全につとめている。

 <講じるべき対策>
 自動車利用については,
{1}効果を最大限発揮できるよう,関係機関の連携・協調を図り,今後も継続して適切な規制に努める。
{2}きれいな空気を汚さないよう,また,温暖化防止のためにも,利用者に対しアイドリングの自粛を呼びかける。
 等の対策を講じる。


6 オフロード車対策
 富士山地域では,オフロード車,オフロードバイクの無秩序な林内への乗り入れ等の問題が目立つようになり,快適な登山利用や自然環境への影響などが問題となっている。
 従来から柵の設置等を実施し進入を防ぐよう措置しているが,柵や鍵を壊すなど悪質な事例も多い。

<講じるべき対策>
 オフロード車対策については,
{1}必要に応じ自然公園法による乗り入れ規制地域の指定を進める。
{2}進入禁止の区域へ物理的に進入できないよう堅固な柵の設置などを進める。
{3}関係機関の協力により定期的にパトロールを実施し,直接的な取り締まりを進める一方,関係者への指導を強化する。
{4}オフロード車等の利用者に対し,自然環境への配慮を求めるため,普及啓発活動をすすめる。
 等の対策を講じる。








[2] 富士山カントリーコード


 美しい富士山を後世に引き継ぎ,この地域の豊かな自然や文化をふれあい資源として持続的に活用していくためには,協議会に参加している行政機関や地元関係者だけでなく,利用者一人ひとりが富士山地域における環境保全の重要性と利用者としての責任を自覚し,活動することが不可欠である。
 このため,公共団体等が作成するポスター,パンフレット,標識等に表示する等,あらゆる機会をとらえて普及啓発を行い,利用者の環境保全行動の規範として活用されることを期待して,利用ルールや利用規制として自ら守るべき事項を,「富士山カントリーコード」の名称でわかりやすく定めることとした。


1「美しい富士山を後世に引き継ぐ」
 日本一高く美しい富士山を,いつまでも美しく,我が国の自然風景の象徴として後世へ引き継ぎます。

2「ゴミは絶対捨てずに,すべて持ち帰る」
 富士山の美しい景観の中では少しでもゴミが落ちていると大変目立ちます。また,空気の薄い富士山では清掃も重労働で危険な作業です。ゴミの持ち帰り運動に協力し,自分で持ち込んだゴミはすべて自宅まで持ち帰ります。

3「ゴミになるようなものを最初から持っていかない」
 近くに見えても頂上まではきつい道のりです。疲れないためにも,無駄な荷物は極力省き,ゴミを出さないようにします。

4「登山道をはずれて歩かない」
 登山道でない場所を歩くと,崩れやすいばかりか,植生を傷めることにもなります。登山道をはずれて歩かないようにします。

5「登頂記念の落書きをしない」
 登頂記念の石の落書きは,山頂の景観を著しく壊すことになります。石の落書きはしません。

6「車道外へ車両等を乗り入れない」
 オフロード車やオフロードバイクの車道外への乗り入れは,植生を傷め,動物の生息を脅かします。車道でない場所へは車,バイクを乗り入れないようにします。

7「溶岩樹型等の特殊地形を壊さない」
 溶岩樹型などは富士山の歴史を物語る古文書です。特殊な地形について学び,大切にします。

8「駐車場ではアイドリングをしない」
 アイドリングによる排気ガスはきれいな空気を汚します。駐車場での無駄なアイドリングはしません。

9「動植物を採らない」
 自然の中で生きる多様な動植物は,すべて富士山の自然の仲間です。富士山の動植物を大切にします。

10「トイレなど公共施設をきれいに使う」
 トイレをはじめ,公共施設は,一人が汚すと後から使う人達が不快です。一人ひとりが気をつけて,汚さず,壊さずに使います。