わが国は、高度経済成長に伴う産業公害の克服に多大の努力を行い、成果を挙げてきました。しかしながら、わが国の環境は、依然として良好とは言い難く、このままでは、将来世代に健全で恵み豊かな環境の恵沢を継承していくことは困難です。
  この、いわば第二の環境の危機は、産業公害に象徴される第一の環境の危機と同様に、20世紀の人間社会に福祉と成長をもたらした大量生産、大量消費、大量廃棄を前提とした生産と消費の構造に根ざしています。しかし、第一の危機は、生産方式の見直しなど対症療法的な対処により改善を図ることが比較的容易でしたが、第二の危機は、私たちの社会のあり方そのものを変えない限り解決できないという点に根本的な相違があります。
  20世紀において、人間活動は、エネルギーの使用量が百年前に比べてほぼ千倍に達することに端的に現れているように巨大なものとなり、国境を越える地球規模の広がりを持つに至りました。また、科学と技術の長足の進歩は、生産方式の革新と相まって、人間活動を大きく変え、より多くの富を生み出し、人類社会を飛躍的に発展させるものでありました。しかしながら、そのような活動は、例えば自然界に存在しなかった化学物質を環境中に排出するなど、必ずしも、環境の利用のコストと環境の復元力に十分に配慮した形で行われてきたとは言い難いものでした。
  20世紀後半になるに従って、このような人間活動の変化の影響が様々な場面に現れてきました。環境問題は、その端的なものです。今日の環境問題には、都市交通公害や閉鎖性水域の水質の悪化のような身近な問題から、オゾン層の破壊、地球温暖化、熱帯林の大規模な開発に伴う生物多様性の減少のような地球規模の問題まで、極めて幅広い問題が含まれますが、それらに共通の原因は、通常の事業活動や日常生活から生ずる環境負荷があまりにも大きなものになっていることです。そして、このような中で、環境の容量の制約が次第に誰の目にも明らかなものになりつつあります。
  私たちは、今日の環境問題を解決しようとすれば、人間活動のあり方を見直すことを避けては通れません。同時に、私たちがその中に暮らす環境は、地球環境という大きな系の一部であること、また人も地球の生態系の一部であることを認識し、「グローバル・コモンズ」すなわち「人類の共有の財産としての地球」の考え方に立って地球環境を保全していかなければなりません。

  地球温暖化問題に象徴される地球規模の環境の悪化に直面し、強い危機感を抱くに至った国際社会は、1992年にリオ・デ・ジャネイロで地球サミット(国連環境開発会議)を開催し、「持続可能な開発」を国際的な合意とし、各国においてこの考え方が政策の基本に据えられました。わが国の「環境基本法」の制定は、まさにこのような人類社会をめぐる大きな流れのまっただ中にあったものであり、これにより、わが国は、持続可能な社会の構築に向けて大きく一歩を踏み出したのです。

  私たちは、今、分かれ道に立っているといってよいでしょう。選択肢として三つの道が考えられます。
  第一の道は、これまでの大量生産、大量消費、大量廃棄の生産と消費のパターンを今後とも続けていく道です。
  第二の道は、現在の社会のあり方を否定し、人間活動が環境に大きな影響を与えていなかった時代の社会経済に回帰する道です。第三の道は、環境の制約を前提条件として受け入れ、その制約の中で資源やエネルギーを効率よく利用する努力を行いながら、これまでの生産と消費のパターンを見直し、これを持続可能なものに変えていく道です。
  私たちは、いずれかの道を選ばなければなりません。
  しかしながら、第一の道こそが、地球環境問題をもたらしたものであり、この道は、早晩環境の制約に直面し、私たちの生存と活動の基盤である環境を破壊し、社会経済の行き詰まりをもたらすことになるでしょう。
  第二の道は、生活の質の著しい低下や社会の大きな変動をもたらす可能性が高く、人々は容易にこれを受け入れることはできないでしょう。
  これらに対して、第三の道は、私たち現在世代にとっては、行動に制約を生じ、到達できる物質的な豊かさを減ずることは避けられないとしても、世代を通じた生活の質を高め、将来世代と環境の恩恵を分かち合うことのできる道です。
  私たちは、環境に関して、将来世代の代理人としての責任を負っています。また、環境に対する人間活動の大きさから、人類は、地球上の生命体共通の生存基盤である環境に対して最も重い責任を有する存在です。
  このような責任を負う私たちは、多くの困難に直面するとしても第三の道を選択し、全ての知恵と努力を傾けて持続可能な社会を目指し、環境との間に健全な関係を築いていくほかありません。

  私たちが、この道を選ぶとき、なすべきことは、二つあります。
  一つは、国内外の環境に大きな影響を及ぼしている私たちの社会自体を持続可能なものに変えていくことです。これまでの資源・エネルギーの大量使用に依存した大量生産、大量消費、大量廃棄型の生産と消費のパターンから脱却していくためには、生活様式や事業活動の態様を含めて社会全体にわたって大きな変革を行っていく必要があります。また、意識面の転換も必要であり、生活の豊かさや社会の成長を、経済的な側面、社会的側面だけでなく、環境への影響を踏まえて評価する姿勢を確立していくことが必要です。
  その大きな方向は、自然を尊重し、自然との共生を図ること、そして、極力、自然の大きな循環に沿う形で、科学・技術の活用を図りながら、私たちの活動を再編し直すことです。
  このような転換は、文明を支配するものの考え方や行動様式のあらゆる局面にわたる大きな変化であり、その過程では痛みを伴うこともあるでしょう。また、このような変化に私たちが対応していくためには、それぞれの主体が、環境に対する責任を自覚し、自らの行動を律するとともに、持続可能な社会の構築に向けた取組に積極的に参加し、役割を担うことが必要です。
  このような転換は、今はきざしに過ぎないとしても、いずれ、人類社会の持続的発展につながる新しい地平を開くことになるでしょう。
  今一つ私たちがなすべきことは、私たちの社会を持続可能なものへ転換していく過程で得られた経験を広く国際社会に伝え、世界全体を持続可能な姿に転換していく国際社会の壮大な試みに積極的な役割を担うことです。私たちが激しい産業公害の克服を通じて蓄えてきた問題解決のための技術や知識、経験の延長上にさらに環境の制約の中で持続可能な範囲内で最も効率よく人間活動を営むための技術や知識、経験を付け加え、これを人類社会に普遍的に適用できる形で提供することは、わが国として行いうる最も重要な国際的な貢献です。

  20世紀は、環境の制約から自由になりうるのではないかと感じられた時代でした。しかし、地球という閉鎖された系の中において無限ということはありません。21世紀を迎えるにあたって、私たちの最重要課題は、地球という枠組みの中において、人類の叡智を結集しながら、環境と社会の健全な関係を築き上げ、人類の持続可能な発展の基盤を整え、将来世代にこれを継承していくことです。
  私たちは、今まさに、環境からより多くのものを得ようとして環境に大きな負荷を与えてきた20世紀を終え、環境と共に生きる「環境の世紀」に移行しようとしています。

  「環境基本法」の制定は、地球環境問題に直面し、環境政策に新たな道を切り拓こうとするものでした。同法は、政府は、環境の保全に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、環境の保全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱等を定める環境基本計画を策定するものとしており、これに基づいて平成6年に最初の環境基本計画が策定されました。
  この計画は、「循環」、「共生」、「参加」及び「国際的取組」という4つの長期目標を掲げ、これに基づく施策の展開によって、持続可能な社会の構築に向けた取組を進めてきました。しかし、その進展は必ずしも順調であったとはいえません。また、地球温暖化問題をはじめとするその後の環境問題をめぐる状況の変化は著しいものがあります。このため、今回その見直しを行い、新たな環境基本計画を策定することとしました。
  新計画の策定にあたっては、持続可能な社会の構築に向けた取組をいよいよ本格化していこうとする決意の下に、21世紀半ばを見通しながら、持続可能な社会構築のための環境面からの戦略を示し、21世紀初頭における環境政策の基本的な方向と取組の枠組みを明らかにすることを試みました。このような取組は、国民、民間団体、事業者、地方公共団体、国などの社会を構成するすべての主体が参加し、協力しあうことなしには、前進しません。本計画に示された各主体の取組が進められることを切実に期待します。
  また、環境教育や環境学習の場などにおいて、本計画が幅広く利用されることを期待します。