※この記事は、2024年12月7日に開催された第12回グッドライフアワード表彰式における環境大臣賞受賞プレゼンテーションに基づいて作成されています。
耕作放棄茶畑と出会う
奈良から参りました伊川健一と申します。私の実家はレストランで、『ただいまー』と家に帰ると、ジュワーっと鉄板の上でハンバーグが踊っているという幼少期を過ごしておりました。
子供の頃は、とにかくみんなを楽しませたいと常に考えていて、漫談を披露したりするひょうきんな少年でした。
小学校時代、いろいろな伝記を読みました。10歳の時に、シュバイツァー博士の言葉に非常に胸を打たれまして、命について考え始めました。
中学校に進学して、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、酒鬼薔薇聖斗事件が起きました。12歳の時、「本当の豊かさって何かな?」と考えました。そして、経済発展した先に立ち尽くしている大人の姿を見たのが12歳でした。
そこから世界に目を向けました。砂漠化、ゴミ問題、南北問題、この星の生態系はあと100年ももたないと直感しました。
「この人生、どう使おうかな」と本当に真剣に悩んで出会ったのが、“現代の長老”そして“環境問題の父”と言われている福岡正信さんです。
「人類は今、帰路に立っている」と聞いて、「これで自分の生き方、定まったな」というのが15歳です。そこから、自然農法の道に行こうと決意します。
海外に行きたいという想いもありましたが、日本の森の問題、里山の問題を考えた時に、「日本で循環型のモデルができていないのに世界に行くのはどうなのか」という自分の中での問いもありました。そのような時に、耕作放棄茶畑と出会います。
手つかずの茶園を開墾する
耕作放棄茶畑の土の香りは最高でした。15年間、誰の手もつかず忘れられていたはずの土には、微生物たちの働きによって、もう1度、命が宿っていました。
そこから、耕作放棄茶園を開墾していきます。
高い志でしたが、1年350日働いて売上200万円で、経費200万円で、差し引き0でしたので、「何もせんと、座ってんのと一緒や。こら、あかん」ということで、ソロバンならぬ電卓を弾きました。
悩み抜いた末に、お茶に一路の光がありました。「いつか奈良のお茶を全てオーガニックにしたい」という思いを持って、お茶に焦点を絞りました。
すると、地域のおじいちゃんが「けんちゃん、茶山たのむでぇ〜」と言ってくれました。
地域のおばあちゃんには、「ヨモギ餅、作ったで」と可愛がっていただきました。
血は繋がっていませんが、大和高原には、茶畑を丁寧に作ってこられた私のおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいます。
そして、素晴らしい風景の茶畑を引き継ぎながら、自然農法のお茶を広げていきました。
しかし、そう簡単にはきません。自然が相手ですので、遅霜で収量が3分の1という年も何年もあります。
経営として売掛金の未回収もかなり悩みましたが、心を鬼にして回収に行きました。衰退していく産地を戻すというのは一筋縄ではいかない中、大規模茶業にも拍車がかかり茶価が下がり始めます。奈良県の全ての茶園面積を、最新の機械を使って有機JASを取得しようというながれも起こっていると聞きます。私たちは、中山間地域ならではの環境を活かし、SATOYAMA循環と生物多様性の茶業を担っていけたらと思います。
「有機ならばいいのか?」ということではなく、私たちはやはり社会課題を解決していきたいと思っています。ピンチの中にあるチャンスを見つけていこうと考えました。
茶業レボリューションに取り組む
そこで、3つの茶業レボリューションに取り組んでいます。
①茶葉、茶花、茶実、茶の木すべて活かす
1つ目は、「もったいない」という言葉がキーワードです。新芽だけに着眼してきた人類は、紅茶とか、ウーロン茶とか、煎茶、抹茶を飲んできましたが、お茶の葉っぱだけではなくて、花も、種も、木自体もお茶にします。一物全体を生かし切るお茶です。
昔から言われている通り、牛もサーロインばかりを食べていたら病気になりますが、エスキモーは牛一頭をまるごといただくわけですね。血も内臓もいただくと、病気にならない。新芽だけではなく全部いただくことで、収益性を高めていこうとしています。
②日本の四季を活かす彩り豊かな自然茶へ
一般的な茶業は一番茶の5月の比重が大きく、茶農家の繁忙期はその時期にほぼ集中します。日本には四季がありますのでそれを活かして、私たちは、1 年12ヶ月ずっと様々な種類のお茶を作っています。そちらを多様化するニーズに合わせて消費者に届けています。
③お茶を摘んで作る、その体験を商品化
それから、やはりモノではなく実体験です。お茶摘み体験を通じて、お茶を摘んで自分の手で揉んで、煎茶の手法で淹れていただいて、その日のお茶を持って帰っていけるという自分茶つくりツアーに、今まで2000名ほど参加いただきました。これからも観光として取り組んでいきます。
さらに、様々な社会課題の解決に取り組んでいます。
▼自然茶×生物多様性(30 by 30)
生物多様性の取組です。お茶には、ネオニコチノイドを含めて多くの農薬が使われます。
ヨーロッパに比べると、日本の農薬基準はものによっては600倍ぐらい緩いのですが、それらを使わない代わりに私たちの茶園ではたくさんの生き物が働いてくれています。
蜘蛛やカマキリが害虫を食べてくれるので、自然のお茶が育ちます。
▼自然茶×教育連携(ESD)
私はもともと子供が大好きで教師も目指していたので、子供たちとの体験授業をたくさん行っています。お茶摘み体験や開墾作業などの様子です。
また、今、山添村ではオーガニックスクールを開講しています。本州の公立の農業高校で、唯一、有機の授業を実際に入れることができました。
天理市の福住では、買っていただいたお茶の売上の一部を生物部に寄付するという活動もしています。
▼自然茶×脱炭素(カーボンニュートラル)
私たちが一番大事にしなければならないのは脱炭素です。お茶作りに使う化石燃料は膨大です。我々は、燃料をどんどん薪に変えております。
次は、是非、炭を製茶に使いたいと思っています。90%のCO2は、これで削減できます。
▼自然茶×予防医学
そして、「お茶を飲むと血流が良くなって体温が上がる」という健康効果について、大学と一緒に研究しています。
これらが、耕作放棄地をそのまま資源に変える三年晩茶の手法です。今、全国で10箇所ぐらいに広めることできました。今年まで放棄されていた茶畑が、1年目から収益性がある状態、100万円以上の売上を作ることができます。地域課題を解決するモデルとして展開しています。
耕作放棄地自体を1つの資源として捉え、「生物多様性」「脱炭素」「教育連携」を3本柱に、私たち茶農家だけではなく、行政、NPO、専門家の方々、企業の人たちも入っていただいて取組を進めています。
2023年には、私自身が天理市と山添村という2つの自治体のオーガニックアドバイザーに就任させていただいて、「みんなとふるさと」という一般社団法人を立ち上げました。
奈良から全国の社会課題を解決する
1人で始めた茶農園は、24年間の取組を経て、たくさんの人に支えられて1つのモデルになりました。
これからは、1万ヘクタール広がる茶畑に対して、課題解決に取り組んでいきます。日本には42万ヘクタールの耕作放棄地があります。
これは石川県と同じ面積で、その内の約1万ヘクタールがお茶の放棄地だと言われています。1年で約500から1000ヘクタールの日本茶が廃業されていますので、お茶の耕作放棄地はおそらく既に1万5000ヘクタールぐらいになっていると思います。
これをそのまま資源として考えたら、1200億円ぐらいの経済効果を持つオーガニックのお茶が作れます。
三年晩茶を中心において社会課題を同時に解決していくモデルを奈良から広めたいと思っております。
人と農と地方の健康をお茶から作っていけたらと思います。
環境大臣政務官を務める五十嵐清氏から表彰される健一自然農園の伊川健一氏と善福千晴氏