第3節 生物多様性の損失をくい止めるために

1 世界における対策と方向性

 GBO3では、2010年目標は達成されなかったと結論付けられましたが、2010年目標を設定したことにより、保護地域の拡大や特定の種の保全の進展などの効果があったとされました。しかしながら、取組の規模が不十分、広範な政策や戦略、事業の中に生物多様性への配慮を組み込むことが依然として不十分などといったことが課題として明らかにされました。例えば、保護地域の指定に関して、保護地域の面積は年々増加していますが、依然として保護が不十分な地域が存在するとともに、保護地域の中には指定されたにもかかわらず、適切な管理が行われず地図上の保護地域となっているものもあるなど、その管理効果にもばらつきがあることが課題とされています。


国による保護地域の指定状況

 生物多様性条約の各締約国は、個々の状況等に応じて、生物多様性国家戦略を定めることが義務付けられています。生物多様性国家戦略は生物多様性条約の目的を達成していくためのロードマップとしての役割を担うものであり、愛知目標では、2015年までにその改定作業を行うことが個別目標の1つとして設定されました。今後、各締約国は愛知目標の達成に向けて生物多様性国家戦略の改定をはじめとした取組を進めていくことになります。また、名古屋議定書についても、各国が早期に締結し、議定書を発効させ、適切に実施していくことが求められています。

2 日本における対策の現状と方向性

 わが国では、1993年(平成5年)に生物多様性条約を締結し、政府は生物多様性国家戦略の策定をはじめとした各種施策を展開する一方、地方公共団体、企業、民間団体、国民などの各主体においても、生物多様性の保全と持続可能な利用に向けた取組が進められてきています。今後、愛知目標の個別目標である「2020年までに陸域の17%、海域の10%が保護地域等により保全される(目標11)」や「劣化した生態系の少なくとも15%以上の回復を 通じ気候変動の緩和と適応に貢献する(目標15)」ことなどを達成していくためには、保護地域の質と量の拡充や自然再生など、生態系の保全と回復に向けた取組を一層推進していくことが必要です。なお、23年3月に海洋の生物多様性の保全と持続可能な利用について基本的な考え方と施策の方向性を示した「海洋生物多様性保全戦略」を策定し、今後展開する施策の一つとして、国立公園の海域公園地区の面積を24年度までに21年に比べて倍増させることを目標として掲げています。

 また、日本に特徴的な危機として里地里山などにおける人間活動の縮小を要因とする「第2の危機」がありますが、平成22年9月には「里地里山保全活用行動計画」が策定されました。人間活動の縮小への対応に加え、希少な野生動植物の保護や外来種への対応を進めていくためには地域の特性に応じた取組みが必要であることから、同年12月には「地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律(生物多様性保全活動促進法)」が公布され、今後、地域の多様な主体の連携による保全活動が進展していくことが期待されています。


生物多様性保全活動促進法の概要(地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律)

 このほか、地方公共団体では、生物多様性基本法に基づく生物多様性地域戦略の策定やその実施に向けた取組が進められています。生物多様性地域戦略は地域に応じた、地域らしい取組を進めていくうえで有効なツールの1つであることから、より多くの地方公共団体による策定が望まれます。

 COP10では「生態系と生物多様性の経済学(TEEB)」の最終報告書が発表され、世界銀行では、このTEEBの成果を踏まえ、森林や湿地帯、サンゴ礁などの生態系の経済価値を国民経済計算のシステムに組み込むために必要なツールを開発し、途上国に提供する新たなグローバル・パートナーシップを立ち上げることを発表しました。また、愛知目標においても、「生物多様性の価値が国と地方の計画などに統合され、適切な場合には国民勘定、報告制度に組込まれる(個別目標2)」ことが盛り込まれました。このため、わが国においても生物多様性や生態系サービスの価値が適正に評価され、事業者や消費者が生物多様性に配慮した取組を進めていく際の判断材料として利用していくことが期待されます。また、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていくうえで従来の規制的手法に加え、生物多様性や生態系サービスの価値に対する市場メカニズムを活用した政策オプションの可能性についても検討を進めていくことが必要です。


生態系サービスの貨幣価値の評価事例

 今後、わが国は2012年(平成24年)にインドで開催されるCOP11までの間、議長国として「愛知目標」や「名古屋議定書」を始めとするさまざまな決定事項について、率先して取り組んでいくことが求められます。

 国際的には愛知目標を踏まえた途上国における生物多様性国家戦略の見直しの支援、名古屋議定書の実施体制の確立、SATOYAMAイニシアティブの推進、IPBESの設立支援などの取組を進めていくことになります。

 また、国内では愛知目標を踏まえた生物多様性国家戦略の見直しを行っていくこととなります。特に愛知目標で掲げられている20の個別目標を達成するためには、各個別目標の目標年や数値目標などに応じた行動計画を立て、その実施状況と個別目標の達成状況を確認しながら、着実に社会全体での取組を進めていく仕組みづくりが必要となってきます。



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