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むすび

−国土利用の新たな潮流と環境保全−
 環境問題は国土利用構造と密接なかかわりをもっている。我が国においては、狭小な国土条件の下、世界でも類例のない高密度な経済社会活動が展開されており、環境への適切な配慮がなされない場合には環境問題が発生しやすいという特質を有している。今回の年次報告では、こうした観点から高度経済成長期以降の国土利用構造の変化と環境問題とのかかわりを振り返るとともに、近年、国土利用面で従来とは異なる新たな変化が生じてきていることから、これに対応するための環境保全上の課題を明らかにすることをねらいとしている。
 高度成長期においては、重化学工業を中心とする産業の急速な発展の過程で大都市圏を中心に人口の大量流入と大規模な産業集積がみられたことが大きな特徴である。こうした国土利用構造の変化は、当時の深刻な産業公害をもたらした大きな要因ともなった。その後、第一次石油危機を契機に経済が安定成長へ移行し、人口や産業の地方分散がみられたが、このことは、環境政策の進展や企業の公害防止、省資源・省エネルギー努力ともあいまって、深刻な産業公害の沈静化に資するものであった。しかしながら、その反面、都市活動や国民生活とかかわりの深い都市型の環境問題が次第にクローズアップされてきた。すなわち、この時期には、高度成長期から進行していた都市化やモータリゼーションが更に進展し、道路交通公害問題、生活排水による水質汚濁、廃棄物問題等都市・生活型公害の比重が高まるとともに、定住志向が強まるなかで高度経済成長の過程で失われた身近な自然とのふれあいや都市環境の質の向上に目が向けられるようになってきた。
 こうしたなかで、近年、国土利用の動向に注目すべき新たな潮流がみられる。すなわち、?国際化、高度情報化の進展等に伴う大都市圏、とりわけ東京圏での人口や金融、国際、情報等の高次都市機能の新たな集中傾向と都市空間の高度利用に対する要請の高まり、?地域間、国際間の交流促進のための全国的な高速交通基盤整備に対する要請の強まり、?先端産業を中心とする内陸分散型の産業立地の展開、?リゾート型のレクリエーションのための地域開発等自然に対する新たなインパクトの増大、などである。こうした国土利用面での変化は、環境への適切な配慮がなされなければ、都市型環境問題への対応を一層困難にする可能性があるほか、新たな環境問題を発生させるおそれもある。このため、今後、次のような点に留意しつつ、環境保全に配慮した国土利用構造の形成に努めていくことが需要である。
 第一は、道路交通公害問題等多くの環境問題を抱えている大都市圏、特に東京圏において、人口や都市活動の過度集中による環境負荷の増大がもたらされることのないよう努めるとともに、高次都市機能の一点集中の是正、生産・輸送等の都市活動が行われる場と住居との分離、輸送の効率化をはじめとして公害防止及び環境改善に資する都市構造対策等を積極的に講じていくことである。こうした観点から、臨海部を中心に活発化している大規模な都市開発の実施に当たっても、環境保全に十分配慮する一方、その環境改善効果を十分いかしていくとともに、低公害の公共輸送システムの導入等により、公害の生じにくい都市構造の形成や環境の質の向上にも資するよう計画的に進める必要がある。
 第二は、都市化の進展、産業立地の新たな展開等に伴い、環境汚染が各地に広がらないよう未然防止を図っていくことである。人口の都市集中や市街地の拡大が進んでいる地方都市においては、下水道の整備をはじめ環境保全に配慮した先行的、計画的な市街地の整備等を進めることが重要である。また、先端産業の立地については、化学物質等による新たな汚染が広がらないよう十分留意しなければならない。さらに、高速交通体系の整備に当たっても、交通公害を発生させることのないよう未然防止に努める必要がある。
 第三は、自然とのふれあいなど自然に対するニーズの高度化、多様化に対し、自然環境の保全に留意しつつ的確に対応していくことである。特に、自然に対する開発行為等については、生態系維持の観点に立って十分な検討を行うとともに、優れた自然の保護や周辺の自然景観との調和を図るなど、自然環境の適正な保全に十分配慮していく必要がある。なお、森林、農地等については、経済的価値のみならず環境保全機能をはじめ多面的機能を有していることにかんがみ、その管理の担い手の活性化を含め、適正な保全を図っていくことが望まれる。
 以上、国土利用構造の変化と環境問題とのかかわりに焦点を当ててみてきたが、今日における環境政策は、産業の高度化、都市活動の拡大等経済社会の進展、環境問題の態様の変化を背景に新たな展開が求められている。
 まず、予見的、予防敵視点に立った施策を重視し、環境汚染の未然防止、なかんずく健康被害の予防を徹底していくことである。このため、化学物質の使用増大、先端技術の開発等に伴う新たな汚染可能性への的確な対応、環境アセスメントの適切な実施を推進するとともに、大気汚染による健康被害の予防施策の積極的展開を図っていく必要がある。また、窒素酸化物による大気汚染等改善が遅れている分野については、今後、総合的な取組を強化し、環境基準の早期達成に努めていかなければならない。公害の防止とともに、生態系の保護を重視した自然環境の保全、野生生物保護対策の充実・強化、自然とのふれあいの増進を図ることも重要な課題である。一方、地域における環境管理や快適な環境づくり、国民参加による環境保全活動が活発化していることにかんがみ、これらを積極的に支援していくとともに、環境教育、環境情報、環境研究等環境政策基盤の整備を着実に進めていくことが肝要である。さらに、環境保全分野での国際協力がますます重要になってきていることから、我が国としてもより望ましい地球環境の実現をめざして一層の貢献を行っていくことが求められている。
 以上述べてきたように、人間活動と環境とのかかわりは、従来にも増して広範かつ複雑・多様なものとなり、また、人間活動の環境へのインパクトもますます大きくなるものとみられる。環境政策の使命は、こうした環境をめぐる状況の変化を踏まえ、国民の生命と健康を公害から守り、自然環境を適切に保全していくことはもちろんのこと、さらに質の高い恵み豊かな環境を将来に伝えていくことにある。このためには、環境が多様でかけがえのない価値を持つ有限な資源であり、また、現在のみならず将来にわたる共有の資産であることを再認識し、その適正な利用と保全を図っていかなければならない。また、21世紀に向け環境保全のための投資を積極的に推進していくとともに、我が国の高い技術水準や技術開発力を環境保全のために一層活用していくことも重要である。こうしたことを通じて、人間と環境のより望ましいかかわりが実現され、経済社会の持続的発展のための基盤が形成されることが期待される。

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