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むすび

―――環境政策の進展をふりかえって―――
 高度経済成長の下で進行した公害と自然改変の激化の経験を通じて、我々は環境という資源が無限なものではないということと、我々の健康で文化的な生活が、環境の機能に支えられたものであることを改めて認識することとなった。この認識に基づいて生態系の働きを活かしつつ、我々の生命を支え文化を育てていく環境の機能を保全していこうというのが環境政策の基本目標であるといえよう。この環境政策の目標は、深刻な環境汚染を契機として、広く社会的に認められるようになった一つの理念であり、我々の経済社会と環境との係わり合い方に関する新しい社会的な指針となるものである。
 経済社会の発展の跡をやや長い目でみると、その発展に伴って環境との係わり合いも変化してきている。我々の経済社会は、産業化と都市化を通じて、増加する人口を受け入れながら物的生産・消費と利便の増進を続け、それと同時に生産・流通、居住あるいは人々の移動を拡充し円滑にしていくため自然を改変していくとともに、物的生産・消費に付随する物資・エネルギーの循環から発生する汚染物資、廃棄物、騒音などを環境に排出し、環境への負荷を高めてきた。経済社会の発展は、このようにして環境を人口の空間に変え、あるいはそこに生産・消費に伴う余剰の物質・エネルギーを排出することを通じて、環境を使いながらこれに対する負荷をかけてきている。
 即ち、技術を駆使して自然の生態系の働きに対して自律性を高めながら、物的豊かさと利便を追及している中で、一面において、かつて豊かであった自然との共生関係を次第に喪失し、環境への負荷は地域的な集中を伴いつつ、自然の浄化力や復元力を越えて増加してきた。その結果、1960年代の高度経済成長下において、環境を使っているという認識が稀薄であったこともあって、公害や自然改変の激化にみられたように環境と人間との対立が深刻化することとなった。
 1970年代に入って、深刻化した公害の進行を食い止めこれを防止するため、重点的な緊急の対応が図られ、発生源対策を中心とした公害防止施策の本格的な整備が進んできた。これによって、環境汚染を伴うような環境への負荷に対して排出規制が設けられ、それまで自由であった環境の使い方に対して、公害防止の観点から公的規制が加わることとなった。このことは経済社会活動と環境との係わり合いについて公的規制が加わるという社会原理の変化がもたらされ、環境保全という新しい政策理念が導入されることとなったことを示している。このような社会原理の変化を促したものとして、公害による健康被害を受けた人々の犠牲と、環境問題に対する社会的関心を呼び覚すために払われた多くの人々の努力があった。
 公害防止施策の整備を通じて、汚染を生み出していた事業者などの公害防止努力が進められることとなり、それまで公害として外部化されていた過剰な環境負荷の費用が内部化されるという社会的枠組みが形成されてきた。これによって産業活動に起因する環境汚染は全般的に改善傾向を示すこととなったが、一部の汚染因子については改善がはかばかしくないものもある。それらの汚染の要因としては、産業活動からの環境への負荷だけでなく、人々の生活により近いところから生みだされている負荷が大きくなってきている。人口やサービス経済活動の都市集中が維持する中で、物流や人々の移動を支えている交通・運輸、あるいは生活から排出される廃棄物などに起因して、生活環境の質を広く損なっている汚染現象が生じており、過密化した都市構造や生活の利便の追及あるいは都市的生活様式などと密接に結びついた、都市化に特有な都市・生活型公害のウエイトが大きくなっている。この都市・生活型公害に対しては、発生源対策と並んで都市構造対策、生活の利便の調整、都市的生活様式の見直しなど多面的対応が行われている。
 また、人々の環境に対する意識の変化をみると生活水準の急速な向上に伴って、身の回りの耐久消費から住宅へと資産の質的向上と充実を追及していく中で、より広い意味で、生活を取り巻く資産であり共有の財産である生活環境の質の向上を求めるようになってきている。この環境の質に対する欲求の高まりは、急速な都市化の中で自然や歴史的環境との結びつきが稀薄になってきている生活環境にこれらのものを取りもどし、快適な環境の創造を求める傾向となって現れてきている。
 このように環境政策は、産業公害を始めとする深刻な汚染の進行を、その汚染因子ごとにその発生源において防除することから、より広く生活環境全体の質の悪化を防止すると同時に、積極的にその快適さを増進させることへと政策領域を拡大してきている。このように生活環境の質の悪化を防ぎ、その向上を求める中で、生活環境と自然環境との接点も広がってきている。自然環境については、優れた自然の保護とともに、身近かな自然環境の最適な保全が求められてきている。このような政策領域の広がりに合わせて、政策の対応の面でも、汚染の顕在化を事前に防止するとともに環境負荷の条件変化に対し構造的に対応しつつ環境負荷を積極的に軽減する予見的環境政策の方向への展開がなされてきている。また、水や土や緑などの生態系の働きを活用して、人為による環境負荷を管理するとともに、生活環境の潤いを取りもどし、あるいは省資源・省エネルギーを通じて環境への負荷を減らしていく働きも現れてきている。
 経済社会と環境との係わり合いの中に新しい政策理念が定着してきているが、一方で人々は環境汚染の激化を契機として、環境に対する認識を深め、共有の財産である環境がどう使われようとしているかということに強い関心を示すようになってきている。環境政策の多面的な展開にともなって、このような人々の関心に応じる努力が一層重要になってきている。このような環境政策の前進にとって、公害の防止を着実に進めていくことはその前提であり、公害による健康被害については今後ともその制度の適切な運営を通じて迅速かつ公正な被害の救済を確実なものとしていかなければならない。
 1980年代を迎えて、環境政策の政策領域は公害対策中心の行政から環境質全般の向上を目指す行政へとより広い視野からの一層の展開が求められていると同時に、政策領域の拡大に応じて、政策の対応も事後的、対症療法的対応から事前的、構造的な対応へと予見的環境政策の一層の前進が求められるようになってきている。

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