2 研究活動の充実
本研究所における研究活動は、大型実験施設の整備及び研究者の増員により、また、所外の研究者の協力のもとに年毎に活発化してきている。研究内容は、社会ニーズに対応した目的指向型の研究に重点を置いているが、一方、環境研究分野は複雑な要因がからみ合った困難な問題を抱えており、いまだその研究の基礎が確立されていないものが多いため、基礎的な研究分野をも重視して進めている。
(1) 特別研究
特別研究については、テーマ毎に所内の関連する各部が協力し、所外の研究者の参加も得て進めており、また、大型施設を利用した実験研究と野外の実地調査とを組み合わせることにより総合的なプロジェクトとし、数年を一区切りとして計画的に実施している。
54年度では、前年度以前より継続分の5課題(53年度は、6課題を実施し、うち1課題を終了)に加えて新たに3課題の研究に着手して合計8課題を実施し、前年度より2課題の増加となった。なお、このうち、54年度で研究を終了したものは2課題であり、これまでに研究を終えた特別研究は3課題となった。
ア 54年度までに終了した特別研究
? 「陸上植物による大気汚染環境の評価と改善に関する基礎的研究」(51〜53年度 ファイトトロン?関連生物環境部及び技術部担当)
この課題では、ファイトトロン?のガス暴露チャンバーを用いて、二酸化硫黄(SO2)、二酸化窒素(NO2)等を各種植物に暴露し、また都市域での野外調査を行うこと等により、大気汚染物質が植物に与える影響についての研究、植物群落による大気汚染環境の改善についての研究等を行った。
主な成果は、SO2、NO2等の濃度と植物の光合成に対する阻害の程度との関係が明らかにされたこと、NO2とO3等の混合ガス(それぞれ0.2ppm程度)のひまわりに対する暴露では単一ガスでは見られない、光合成機能への影響が認められたこと、大気汚染の指標となる植物についての研究が進みひまわりの葉中硫黄増加量から空気のSO2濃度を推定する方法が明らかにされたこと、植物による大気汚染環境浄化の可能性が確認されたこと等である。なお、これらの成果は、54年度より研究に着手した特別研究「複合大気汚染環境の植物影響に関する研究」に引き継がれている。
? 「スモッグチャンバーによる炭化水素−窒素酸化物系光化学反応の研究」(52〜54年度 スモッグチャンバー関連 大気環境部担当)
この課題では、高性能のスモッグチャンバーを利用した炭化水素−窒素酸化物系の光化学反応についての解析、野外の大気中における光化学スモッグ生成機構の観測、計算機によるシミュレーション等により、光化学スモッグの生成機構の解明に関する研究を行った。
主な成果は、新しい光化学二次生成物を発見してその生成機構を明らかにしたこと、プロピレン−窒素酸化物−硫黄酸化物系における生成オゾン濃度と窒素酸化物濃度及び光量との関係を解明したこと、光化学大気汚染シミュレーションのための化学反応モデル作成のための予備的研究が進んだこと等である。なお、これらの成果は、55年度に研究に着手する予定の特別研究「炭化水素−窒素酸化物−硫黄酸化物系光化学反応に関する研究」に引き継がれる。
? 「陸水域の富栄養化に関する総合研究」(52〜54年度 アクアトロン?、?関連 総合解析部、計測技術部、水質土壌環境部、生物環境部、環境情報部及び技術部担当)
この課題では、アクアトロン?による藻類の増殖に及ぼす物理化学的及び生物化学的因子の影響についての研究、アクアトロン?による富栄養化要因物質の拡散、移送、沈殿等の現象の研究、霞ヶ浦における富栄養化現象についての野外調査等により、湖沼における富栄養化現象の解明に関する総合的な研究を行った。
主な成果は、富栄養化を代表する藻類であるアオコ(ミクロキスティス)の増殖に成功し、その増殖特性を解明したこと、霞ヶ浦の汚濁に対して河川流、地下水、大気降下物及び底泥からの回帰が寄与していることを明らかにしたこと、プランクトン、藻類、魚類、植物等をはじめとする霞ヶ浦の生態系の調査が進められたこと等である。なお、これらの成果は、55年度に研究に着手する予定の特別研究「陸水域の富栄養化防止に関する研究」に引き継がれる。
イ 前年度以前から引続き実施中の特別研究
? 「大気汚染物質の単一及び複合汚染の生体に対する影響に関する実験的研究」(52〜56年度 ズートロン?関連 環境生理部及び技術部担当)
この課題では、ズートロン?におけるガス暴露チャンバーを用いて、NO2等を各種動物に暴露すること等により、大気汚染物質が生体に及ぼす影響について研究を行っている。
現在までに、高中濃度のNO2ガスを各種の実験動物に対し、急性及び亜急性暴露したところ、動物の種類、系統の違いによって、感受性に明瞭な差があることが判明している。
? 「有機廃棄物、合成有機化合物、重金属の土壌生態系に及ぼす影響と浄化に関する研究」(53〜55年度 ペドトロン関連 水質土壌環境部及び生物環境部担当)
この課題では、ペドトロン及び実験ほ場のライシメーター等を利用して、土壌、土壌生態系、植物等における合成有機化合物、重金属等の移行、吸収、分解、集積等の機構についての研究、下水汚泥が土壌生態系、植物生育及び地下水質に与える影響についての研究等を行っている。
現在までに、ある種の凝集剤が幼植物の生長を著しく阻害すること、下水汚泥中においてカルシウム、マグネシウム、硝酸体窒素等は地下浸透し易いが重金属は短期間では浸透しにくいことなどが解明されている。
? 「臨海地域の気象特性と大気拡散現象の研究」(53〜56年度 風洞関連 大気環境部、計測技術部及び技術部担当)
この課題では、大型風洞を利用した地表と海面の温度成層状態及び風速等の各条件と大気汚染物質の拡散との関係の研究、内陸部の地形及び気象条件と大気拡散との関係の研究を行い、更に臨海地域の気象及び大気汚染の物理的な予測モデルを開発しようとするものである。
現在までに、風洞を用いたシミュレーション手法により臨海地域の気象と大気汚染との基本的な関係がほぼ解明され、今後は野外調査のデータを集めて複雑な地形等の条件下における予測モデル開発を目指している。
ウ 54年度に着手した特別研究
? 「複合大気汚染環境の植物影響に関する研究」(54〜56年度 ファイトトロン?関連 生物環境部及び技術部担当)
この課題では、53年度に終了した特別研究の成果を踏まえつつ、これまでの研究がNO2などの単一汚染ガス暴露が中心であったのに対して、複合汚染に焦点を当てようとするものである。ファイトトロン?において、光、温度、湿度、土壌要因等を種々に設定した環境条件下で、NO2、SO2、O3炭化水素等の混合ガスを各種植物に暴露して複合大気汚染ガスが植物の生理機能及び生長に与える影響を研究し、野外における複合大気汚染環境評価のための植物指標の開発及び複合大気汚染に対する植物群落の環境保全機能を検討しようとするものである。
? 「環境中の有害物質による人の慢性影響に関する基礎的研究」(54〜56年度 環境保健部担当)
この課題では、実際に種々の環境条件下において生活している人間集団について、大気汚染と呼吸器疾患との関係、重金属の摂取量と健康との関係、環境中の有害物質の母−児移行等を疫学的に調査し、環境中の有害物質が人体に及ぼす慢性的影響について研究するものである。
? 「海域における富栄養化と赤潮の発生機構に関する研究」(54〜56年度 アクアトロン?、?関連 総合解析部、水質土壌環境部、生物環境部及び環境情報部担当)
この課題は、アクアトロン?及び?を用い栄養塩の存在等の化学的条件、海潮流、水温等の物理的条件及び生物的条件を種々に変えて赤潮生物の分離、培養を行って赤潮の発生機構を解明する研究、海水等のサンプルについて赤潮生物の増殖に関連した各種要因を測定し赤潮生物による赤潮潜在能力の測定法を確立するための研究、赤潮海域におけるデータの採取を最適に行う方法を実験計画的手法により確立するための研究等を行い、赤潮現象の解明を目指して、総合的な体制のもとに取り組もうとするものである。
(2) 経常研究
経常研究としては、環境悪化が人の健康及び生活環境に与える影響、環境汚染現象及び機構の解明、環境汚染の計測技術及び計測方法の開発、環境に関する知見を活用した総合解析等を行うもので、本研究所の各部においてそれぞれの担当分野に関する基礎的な面を中心として研究を行っている。
54年度においては、前年度より22課題をふやして119課題(原子力利用研究2課題を含む)について研究を実施した。
(3) 環境情報部門
環境情報部門においては、我が国の環境、特に大気、水質の汚染状況の変化を評価するシステムの確立を目指して環境情報の整備を電子計算機を用いて進めている。大気汚染データについては大気保全局による大気汚染状況集計結果、地方自治体の測定による1時間ごとの大気汚染質濃度、オキシダント緊急時発令状況及び光化学スモッグ被害届出状況等を磁気テープに記録するとともに、そのデータによる大気環境評価システムを開発中である。水質汚濁データについては、全国公共用水域の水質測定結果、河川流量を磁気テープに記録し、水質保全局の協力を得て、水質評価のための総合システムを開発中である。
また、国連環境計画(UNEP)の国際環境情報源照会制度(INFOTERRA)の我が国におけるフォーカルポイントとして、国内の情報源の同システムへの登録業務及び同システムを通じる情報源の内外関係機関への照会業務を行った。なお、54年10月には、同制度発足5周年を期してモスクワで開かれた第2回INFOTERRAネットワーク管理会議に参加した。同会議においては、同制度の現状評価と今後の活動方針について検討され、今後は内容の充実、利用の拡大等に努めること、地域協力を進めること等が合意された。本研究所においては、登録情報を充実させ、国内のみでなく中国等アジア諸国からの照会にも協力する等、同会合の合意に沿った活動を進めている。