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第4節 

1 交通公害問題の顕在化

 明治、大正の近代社会の歩みの中に、その萌芽をみせた交通機関の発達は、戦後の我が国の経済復興とそれに続く高度経済成長の時期を通じて、きわめて急速な進展を遂げた。昭和36年には国内航空路線にジェット旅客機が就航し、39年には東海道新幹線鉄道が開通し、更に44年には東名・名神高速道路が全通するなど、主要幹線交通路が続々と整備されていった。
 このような交通機関の高度かつ多様な発展は、多くの社会的効用をもたらした反面、我が国のような過密社会で、しかも不充分な居住環境のなかで急速になされたことにより、各地で交通公害問題を惹起するに至っている。しかも、公害防止の観点からの適正な土地利用が必ずしも十分でないままに人口が急速に都市部に集中し、そこに各種の交通路線が錯綜したことが、交通公害問題の解決を一層困難にしている。特に、阪神の一般国道43号沿道、岡崎市内の一般国道1号沿道、更に東京の環状7号線沿道の騒音、振動、大気汚染、大阪国際空港周辺の航空機騒音、新幹線鉄道沿線の騒音、振動などは、その顕著な事例である。
 一方、昨年、環境庁が実施した「道路交通公害」に関する環境モニター・アンケートによれば、多くの回答者が、今後とも道路交通公害がひどくなるという不安を抱いていることが示されている。
(2) 交通公害の事例
 交通公害の事例について、その現状と問題点を次に示す。
? 阪神の一般国道43号線
 神戸市と大阪市を結ぶ一般国道43号及びその上に併設されている阪神高速道路は、大型車等の交通量が多く(約14万台/日)沿道では騒音、振動等の自動車交通公害が問題となっている。
 47年には沿道住民から「阪神高速道路(西の宮以東)建設禁止の仮処分申請」(48年却下)が、51年には自動車の通行規制等を求める訴訟が提起されている。
 一般国道43号においては、自動車交通公害の防止のため、速度制限(40km/時)、夜間の走行車制限等の交通規制が実施されるとともに、防音壁の設置、高速道路併設区間の民家防音工事、緩衝緑地帯の設置、阪神高速道路へのう回の行政指導等の対策が進められている。
? 岡崎市内の一般国道1号沿道
 愛知県岡崎市を縦貫する国道1号は、東名高速道路岡崎インターチェンジから名古屋、四日市、関西方面への最短経路にあたっていることから交通量が多いうえ(4万台/日)深夜における大型車の交通量が多く、沿道の住宅密集地区において騒音、振動等の自動車公害が問題となっている。
 沿道住民による「国一公害対策協議会」、住民と自治体による「国一問題対策協議会」及び関係行政機関(岡崎市、中部地方建設局、名古屋陸運局、県土木部、警察、保健所等)による「国一対策専門委員会」が組織され、それぞれの立場から解決策の協議を行っている。
 現在、交通規制(40km/時、大型夜間中央寄り車線走行指定等)、業界団体に対するう回の指導が行われており、夜間の騒音レベルが要請限度を下回るようになったが、環境基準の達成に向けて、更にバイパス(県道)建設、環境施設帯の設置等を実施することとしている。
 環境庁では、54年度に、関係自治体(愛知県、岡崎市)に委託して交通及び公害の実態をは握し、対策の検討に資するための調査を行った。
? 東京の環状7号線沿道
 環状7号船は、大型車等の交通量が著しく(約8万台/日)沿道では騒音、振動等の自動車交通公害が問題となっている。
 警視庁では、環状7号線沿道における交通騒音等の軽減を図るため、48年以降深夜トラックの道路中央寄り車線走行の指定、速度規制、信号機の系統化による速度抑制と交通流の円滑化等の対策を進めるとともに、従来行われていた朝夕ラッシュ時の大型車の通行禁止規制については、夜間交通量を削減するため、52年8月に解除した。また、環状7号線以内の都心全域について、53年9月16日から毎土曜日の22時から日曜日の7時まで大型貨物自動車等の禁止を実施している。
 なお、東京とでは、歩道の拡幅、植樹帯の設置等環境対策を進めている。
? 大阪国際空港周辺
 大阪空港は、39年のジェット機就航以降周辺地域で騒音等が大きな問題となり、44年以降4次にわたり川西市(兵庫県)、豊中市(大阪府)の住民より午後9時以降の航空機の発着禁止及び損害賠償を内容とする訴訟が提起されている。また、48年以降、公害等調整委員会に対し、空港撤去等を求める調停申請が提起されている。
 訴訟のうち第1次から第3次までのものについては、現在、最高裁で係争中である。第4次訴訟及び調停申請については引き続き審理及び調停作業が続けられている。
? 新幹線鉄道沿道(名古屋)
 39年に東海道新幹線が開通したが、その後の列車回数の増加に伴い、騒音、振動問題が大きくなり、49年3月には名古屋地区の新幹線沿線住民が日本国有鉄道を相手にして?騒音・振動公害の差し止め、?過去の被害についての慰謝料、?将来にわたる慰謝料の3項目についての訴えを名古屋地裁に提起し、現在係争中である。
(3) 環境モニター・アンケートの結果から
 環境庁では、昨年全国500人の環境モニターを対象に、「道路交通公害」についての調査を実施したが、その結果の概要は次のとおりである。
? 道路交通に関する問題意識
 まず、道路交通に伴って発生する事故、公害渋滞などのさまざまな問題のうち、特に深刻と考えらるものを各人2つずつあげてもらったところ、交通事故(24.0%)、大気汚染(23.5%)、交通混雑・渋滞(21.7%)の順となった。しかしながら「大気汚染」と「騒音・振動」をあわせて「道路交通公害」としてまとめると40.9%となり相当高い比率となっている。
? 道路交通公害による被害の状況
 現在、道路交通公害の被害を「少し受けている」と考えている人は55.4%、「かなり受けている」と考えている人は26.6%で、両者をあわせると82.0%になる。特に住宅・商業混合地域及び道路に接する地域に住んでいる人だけを見ると、それぞれ93.6%、93.2%と、きわめて高い率を示している。
? 現在及び今後の道路交通公害の程度
 過去(4〜5年前)に比べて、道路交通公害の状況がひどくなったと思う人は、53.7%である。また、今後、道路交通公害がひどくなると思う人は67.1%で、それぞれ過半数を占めている。
? 道路交通公害の防止対策
 いま、実施されている各種の対策を強化すべきであると考えている人は94.1%にのぼっている。具体的にどの施策を強化すべきか、各人に2つずつあげてもらったところ、自動車交通量の抑制(30.5%)、自動車の低公害化(25.8%)、道路構造の改善(15.0%)の3つが上位を占めている。
(4) 交通公害対策の主要経過
 経済社会の発展とともに公害が量的、質的に拡大し激化し、複雑化してきた状況を踏まえて、42年に「公害対策基本法」が制定され、政府の総合的な公害対策が踏み出された。
 今日まで、交通公害問題に対処するため、以下に概観するように交通機関別にそれぞれ所要の施策が講じられてきているところである。
? 自動車交通公害対策
 自動車排出ガス、自動車騒音を含む大気汚染及び騒音に関する諸施策を推進する上での行政上の目標として、公害対策基本法第9条の規定に基づき、45年に「一酸化炭素に係る環境基準」が、46年に「騒音に係る環境基準」が、48年には二酸化窒素、光化学オキシダント等について「大気の汚染に係る環境基準」が定められた。
 また、43年には、自動車排出ガス対策を盛り込んだ大気汚染の防止のための「大気汚染防止法」が制定された。自動車の排出ガス規制については、41年の一酸化炭素に対する濃度規制に始まり、その後ブローバイガス、燃料蒸発ガス等ディーゼル黒煙に対する規制を加えて逐次強化されたが、ガソリン車については48年から、ディーゼル車については49年から、一酸化炭素、炭化水素及び窒素酸化物を規制する本格的な3物質規制が始められた。その後逐次規制が強化され、乗用車については53年度規制が、トラック等については54年規制が実施されており、更に軽量・中量ガソリン車については、56年規制が54年8月に告示されている。
 また、同じく43年に「騒音規制法」が制定されたが、45年には同法の改正が行われ、自動車騒音の大きさの許容限度が同法の規定に基づいて設定されることとなった。これに伴い、46年に自動車騒音の大きさの許容限度が、従来から規制されていた定常走行騒音及び排気騒音に加えて、自動車が市街地を走行する際に発生する最大の騒音である加速走行騒音について設定された。その後51、52年には、加速走行騒音について、特に環境騒音に与える影響の大きい大型車及び大排気量の二輪車などに重点を置いて規制の強化が行われ、更に、54年にも規制が強化されている。また、45年には、「道路交通法」の改正も行われ、交通公害の防止を図るための交通の規制に関する規定が設けられた。
 その後、51年には「振動規制法」が制定され、道路交通振動に係る要請の措置を定めること等の規定が設けられるなど関連法規の整備がなされてきている。
 また、関係省庁において、交通流・量の管理、道路構造の改善及び沿道環境の整備等それぞれ所要の対策が進められている。
? 航空機騒音対策
 航空機騒音問題に対処するため、48年に定められた「航空機騒音に係る環境基準」の達成・維持を図るため発生源対策、空港周辺対策等が実施されている。
 公共用飛行場における騒音対策としては、42年に「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」が制定され、同法に基づき、学校等の防音工事等を実施してきたが、49年には更に騒音対策の拡充を図るため、同法の改正を行い、民家防音工事の助成、空港周辺整備計画の策定等を行っている。また、50年10月には「航空法」の一部改正により「騒音基準適合証明」が制度化し、ジェット機については原則としてその騒音が一定の基準以下でなければ飛行を禁止している。更に、空港周辺における住宅等の建設制限を含む土地利用制度を確立するため、53年に「特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法」が制定された。なお、自衛隊等の航空機騒音についても、「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」等により対策が推進されている。
? 新幹線鉄道騒音・振動対策
 新幹線鉄道騒音に対処するため、50年に「新幹線鉄道騒音に係る環境基準」が定められた。
 環境基準の達成のため、51年に音源対策及び障害防止対策等を定めた「新幹線鉄道騒音対策要網」が閣議了解されており、振動対策と併せて対策が推進されている。

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