1 地盤沈下の現況
地盤沈下の歴史は古く、東京都江東区では大正の初期、大阪市西部では昭和の初期から注目され始め、その後急速に沈下が進行するにつれて建物等の抜け上がりや高潮等による被害が生じ、大きな社会問題となった。これらの地区では戦災を受けた昭和20年前後には一時的に沈下が停止したが、25年頃から再び沈下は激しくなり、その範囲も拡大してきた。30年以降、地盤沈下は大都市ばかりではなく、新潟平野、濃尾平野をはじめ全国各地において認められるようになった。現在、地盤沈下が認められている主な地域は第5-3-1図及び参考資料12に示すとおり、34都道府県58地域となっている。
地盤沈下は、後述のとおり地下水の過剰な採取が原因となるものであるが、その地域の地形、地質、土地利用等の状況いかんによっても、その現れ方が著しく異なり、極めて地域的特性の強い公害となっている。また、地下水の採取を用途別に見ると、工業用、建築物用のみならず、水道用、農業用、水産養殖用、消雪用等多岐にわたっている。現在最も地盤沈下の著しい地域は、関東平野南部(埼玉県所沢市を中心とする地域)、濃尾平野(愛知県及び三重県にまたがる地域)及び大阪府泉州地域等の大都市近郊並びに山形盆地、筑紫平野(佐賀県白石平野)等の農業地帯であり、これらの地域のほとんどにおいては前年度より沈下量は減少しているものの、年間10cm近い沈下が測定されている地域もある。このような地盤沈下により、多くの地域では建造物、揚水施設、治水施設、港湾施設、農地、農業用施設等に被害が生じており、洪水、高潮、津波等による災害の危険性が高まっている地域も少なくない。
地盤沈下の原因については、古くから調査研究がなされてきたが、今日では、一般の地下水の採取のほか水溶性天然ガスを溶存する地下水及び温泉水の採取によっても地盤沈下が生ずることが明らかにされている。地盤沈下は、いったん地盤が沈下すればほとんど回復が不可能な公害であって、これによって引き起こされる社会的損失は莫大なものとなることから、この防止のためには、適時適切な地下水採取規制措置を講ずる必要があることが広く一般に認識されるようになっている。このような地下水採取規制及びこれに伴う水源転換の結果等により、全国的にみれば、全般には沈下の鈍化傾向が続いており、東京都江東地区、川崎市、四日市市、大阪市、尼崎市等のように沈下がほとんど停止した地域や、青森平野、七尾等のように沈下量が著しく減少している地域も見られる。しかし、地域によっては依然として相当程度の沈下が現に進んでおり、沈下減が拡大している地域もある。代表的な地域の地盤沈下の経年変化は、第5-3-2図に示すとおりである。
以上のような最近の状況及び地盤沈下の特殊性から見て、今後地盤沈下の防止のためには地下水採取の規制及び地盤沈下状況の監視測定を一層強力に推進していく必要があることはいうまでもないが、地下水は貴重な水資源として各種の用途に利用されている現状にあり、全国的な水需要の増大に伴い、その表流水への転換が容易でなくなっていることから、今後水使用の合理化の一層の促進と積極的な代替水源の確保及びその供給を図ることが地盤沈下対策を推進していく上で、防災対策事業等とともに緊要となっている。地下水を中心として我が国の水利用の実態を推計すると第5-3-3表のとおりである。