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むすび

―昭和50年代の環境行政―
 昭和50年代の開幕を迎え、環境行政は新たな展開を求められている。
一 48年秋の石油供給削減を契機として、我が国を取り巻く経済社会の諸条件は、大きな変化を見せた。資源、エネルギーの節約とインフレーションの抑制を主たる目的とする総需要抑制策が採られ、49年度の実質経済成長率は. 戦後初めてマイナスとなったと見られる。資源、エネルギー、立地、環境等の制約のなかで、今後の我が国経済の基調は、これまでの高度成長から安定した成長を目指し、産業構造も一層国民の欲求に応える姿に変化していくものと考えられる。
二 昭和30年代初期から本格的に開始された我が国の公害行政は、42年の「公害対策基本法」の制定及び45年秋の第64回国会(いわゆる公害国会)における各種法律の制定、改正などによって逐次体系化されるとともに、46年の環境庁の成立以来、自然環境の保全を含めた環境行政として整備され、展開されてきた。残された分野や更に内容を充実すべき分野も多いが、我が国の深刻な環境汚染を背景に「公害防止事業費事業者負担法」や「公害健康被害補償法」など諸外国に例のない法制度も樹立され、我が国の環境行政は、ようやく制度面の基本酌な整備を終えたところである。
三 このような制度面の充実により、我が国の環境汚染の状況は、一部の因子については改善が見られるようになったものの、一般的にはなお深刻で、かつ、問題は複雑化しつつある。例えば、硫黄酸化物による汚染は逐年改善されつつあるが、環境基準を超える地域もまだ多く、光化学スモッグの発生や窒素酸化物による汚染の悪化といった現象も見られる。ゴルフ場の造成、埋立地の造成、森林の伐採、道路の建設、土石の採取などによる自然破壊も進んでいる。河川や港湾等の底質、農用地などの土壌に蓄積された汚染物質の除去も進められつつはあるが、多くは今後の課題である。
 汚染の発生源について見れば、公害問題が組織的に行政の対象となった昭和30年代においては、民間企業の生産活動による汚染が主たるものであったが、その後道路、新幹線、鉄道、空港の建設など公共事業による汚染も大きな問題となっている。更には、家庭から排出されるごみ、し尿、汚水など一般消費生活に伴う汚染も無視できない。自動車その他の輸送機関による大気汚染や騒音、振動の発生といった問題については、生産者や事業者がまずその防止に努力すべきことはもちろんであるが、これを利用する多くの国民自身にも生活の利便性の追求と環境保全との関連につき改めて考えさせるものがある。また、頼戸内海における重油流出事故を契機として事故や災害による環境汚染の問題も注目を集めているほか、海洋汚染の防止や貴重な自然の保護などを中心に、環境問題は国際的な広がりを持つに至っている。
四 このような環境問題の深刻化、複雑化に伴い、国民の環境行政に対する要請も、汚染物質の排出の規制の強化にとどまらず、汚染の原因となるような工場の立地規制、過去に蓄積された汚染の除去、自然環境を含めた全体としての良好な生活環境の確保、更には、健康被害のみならず物的被害についても救済策の樹立を求めるなど、その内容が拡大しつつある。各地で住民運動が展開され、水俣病の認定を巡る行政の不作為に対する不服審査、環境影響評価における住民参加の要求等、環境行政の手続き面にも関心が高まっている。
 今後の環境行政は、より良い環境を求める国民の声を施策に反映させるため、そのルールの確立を図り、国民の理解と協力を得て、環境問題の解決のため、努力していかなければならない。特に、今後の施策の推進に当たっては、環境保全の費用も多額に上ることが予想され、この面からも国民の理解を得ることが不可欠である。
五 これまで逐次制度的に整備されてきた環境行政は、深刻かつ複雑化しつつある環境問題の解決のため、基調の変化しつつある経済の状況のなかで改めて試練の時期を迎えており、その成果は今後の施策の展開に待つところが大きい。
1 今後の環境行政を推進していくに当たって、まず第1に要請されるのは、その長期的な目標を明らかにすることである。
 我が国の環境汚染が極めて深刻であったこともあり、これまでの環境行政は、次々に発生する諸問題の解決に追われ、長期的、総合的な視野に立って全体として良好な環境を復元し、創造するという点で必ずしも十分ではなかった点があったことは否めない。環境汚染の改善に一部明るい見通しが持たれ、今後の経済基調も従前の高度成長から安定成長へと移行を見せつつある今日こそ、現在及び将来の国民のために良好な環境を復元し、創造する絶好の機会である。主要な汚染因子については、既に環境基準が設定され、昭和50年代の早い時期にその基準を達成することが目標とされている。これを目標どおり達成すべく努力することは当然のことであるが、その後においても、常に新しい科学的知見を吸収し、より良い環境の確保を目指して環境基準の設定、改善を図るべきであろう。このような目標に沿って、逐次適正な規制を行うとともに、環境保全のために必要な下水道整備等の公共事業を計画的に行い、蓄積された汚染を除去し、破壊された環境を復元していくことが、豊かな国民生活の基盤を築くものとなろう。
 環境行政の長期的目標は、単に行政の指針にとどまるものではない。それは、国や地方公共団体が行う各種の施策について国民の理解を得、その協力を得るための基確ともなるものであり、また、事業者が新しい技術開発を行い、公害防止投資を行っていく上での指針ともなるものである。
2 第2に、我が国の深刻な環境汚染を改善し、良好な環境を保持していくため、今後の環境行政においては、汚染の未然防止を図ることが基本とならなければならない。
 47年6月には、「各種公共事業に係る環境保全対策について」の閣議了解が行われ、国の行政機関等が公共事業の実施主体に対し、あらかじめ必要に応じて環境影響評価を行わしめること等が確認され、また、主要な開発プロジェクトについても、その環境に与える影響について事前調査が行われている。環境影響評価の手法についても種々の開発が進められ、制度面についても検討が進められている。汚染の未然防止を図るに当たっては、環境影響評価を徹底して行うことが基本であるが、未然防止は今後の環境行政の基本的な理念ともなるべきものであり、環境影響評価の実施のみならず、あらゆる政策手段を利用してその徹底を図っていく必要がある。
3 第3に、今後我が国の環境保全を徹底するに当たっては、直接的な汚染防止対策に加えて、土地の計画的な利用、産業構造の転換、適切な交通体系の確立といった総合的な施策を推進することがますます重要となってきている。
 環境の汚染は、人の活動、なかでも経済活動から発生するものであり、我が国の深刻な環境汚染は、狭い国土の中で重化学工業化を軸とする急速な経済成長が図られたことが大きな要因となっている。したがって、我が国の環境問題を解決するに当たっては、適切な土地利用を踏まえ、経済社会の基礎的な構造を環境保全に十分配慮したものに改変していく必要がある。
 また、自動車をはじめとする交通機関による環境汚染の解決を図るためには、個々の輸送機関の汚染発生量の削減とともに全体の交通体系を根本的に検討し、道路、鉄道等の路線の選択の段階から環境保全に十分留意し、国民生活の利便性を十分確保しつつ汚染を最小化するような交通体系の確立が必要である。
 昭和50年代を迎え、新しい経済計画、国土利用計画をはじめとする各種の計画が策定されようとしている。これら計画が環境保全に十分配慮し、真に豊かな国民生活の樹立につながるものとなるためには、環境行政もまた、個々の汚染の防止にとどまらず、長期的な視野に立って環境保全の立場から、これら諸計画の策定にも積極的に参画し、健康で快適な国土と社会の建設に貢献していかなければならない。

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