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第1節 廃棄物の処理及び清掃に関する法律の制定

 現在、一般住民の日常生活から排出される家庭ごみやし尿等の一般廃棄物の処理は、昭和29年に制定された清掃法の規定に基づいて、市町村の清掃事業として実施されている。
 市町村がこれらの一般廃棄物を収集する区域は、特別清掃地域と呼ばれる都市区域を中心とする人口集中地区であって、市町村は特別清掃地域から排出される一般廃棄物を計画的に収集している。
 一般廃棄物、とくにごみの量は年々増加の傾向をたどっており、住民1人当たり1日の排出量は、40年には約700gであったが、45年には約900gとなり、このまま推移すると50年には1,000gをこえることとなる。
 不用とされた耐久消費財を中心とする粗大ごみも、最近では市町村の住民がごみとして排出するようになり、家庭ごみ中に占める粗大ごみの量は約10%に達している。
 ごみ処理施設やし尿処理施設等の一般廃棄物処理施設の整備については、過去2回にわたって施設整備の5箇年計画を実施してきたが、なお、ごみ量の増大には追いつけず、一部に不衛生的なごみ処理が残っており、また、し尿の海洋投棄等の不衛生処分も残存している。このほか、家庭ごみなどの量の増大につれてごみ処理施設から排出される焼却残渣の量が増大し、個々の市町村においては、これらの焼却残渣の最終処分地の確保に苦しんでいる。し尿処理施設や下水道の終末処理場等から生ずる汚でいの処理についても、事情は同じであって、最終処分地の確保がきわめて困難な実情にある。
 特別清掃地域の人口は45年度で約8,500万人に達し、全人口の約85%の排出する一般廃棄物が直接収集の対象とされているが、特別清掃地域の面積は、全国土面積の約11%にすぎず、広大な特別清掃地域外の一般廃棄物の処理は、自家処理か、汚物取扱業者等に任せられている。したがって、特別清掃地域外の農村地帯にあっては、し尿やごみの山林、河川等への投棄等の放置することのできない環境衛生上の問題が数多く生じている。
 事業活動に伴って各企業から排出される産業廃棄物の処理の現状は、一般廃棄物の場合以上に問題が多い。
 市町村のごみ処理施設によって焼却処理の可能な木くずや紙くずなどは、ほとんどの市町村の清掃事業でも取り扱っているし、広大な埋立処分地を保有している市町村では、土砂やがれきなどの処理を引き受けているところもある。
 しかし、市町村の清掃事業は本来一般住民の日常生活から排出されるし尿や家庭ごみなどの一般廃棄物を処理するための公共サービスであって、産業廃棄物を受け入れることのできるような能力を有しているところはまれである。
 このため、現行の清掃法においても、工場や事業場から排出される特殊な産業廃棄物や多量の産業廃棄物は、指定する場所に運搬し、環境衛生上支障のないように処分することを市町村長が命令することができることになっているが、日量約100万トンに達すると推定される産業廃棄物のほとんど大部分の処理は排出者に事実上任されており、実際にどのように処理されているかという点は一部を除くと明らかではない。
 したがって、近年、廃油、廃酸等の産業廃棄物の不法投棄による公共水域の汚濁が非常に著しく、また、水銀やカドミウムによる中毒事故が発生するなど、産業廃棄物の処理の方法に起因する公害問題が生じている。
 このような廃棄物処理の実情から、廃棄物処理に関する法制的整備を図ることがまず必要であると考え、44年7月、生活環境審議会に対して、厚生大臣から「都市・産業廃棄物にかかる処理処分の体系及び方法について」として、法制的整備の方法について諮問がなされた。
 各都道府県においても、大阪府、兵庫県、東京都等の大都市や工業地帯をその管轄下にもつところでは、産業廃棄物問題への取り組みが始められており、たとえば大阪府では、42年度に「産業廃棄物に関する実態調査」を実施し、主として製造業から排出される産業廃棄物の量、質的組成、処理の状況等を明らかにし、さらに43年度に実態調査の範囲を畜産業、建設業、サービス業等に拡大し、今後の産業廃棄物の処理計画の検討も含めて、「廃棄物に関する調査研究報告」を発表するとともに、公共サービスによる産業廃棄物の処理事業に踏み出している。
 また、通商産業省は、45年8月製造業、電気事業およびガス事業の5,000工場について調査を行なった。なお、この調査の対象工場の中から石油、鉄鋼、紙・パルプ、石油化学および化学の5業種に属する80工場について各工場から出る産業廃棄物が最終処分に至るまでに具体的にどのような経路を経ているか、その経路に問題点はないかを調べるため、追跡調査を行なった。また、とくに合成高分子廃棄物については、さらに深く実態をは握するため、1,000工場を対象としてアンケート調査が、さらに80工場を対象として面接調査が行なわれている。
 一方、厚生大臣から廃棄物の処理に関する法制的整備について諮問を受けた生活環境審議会は、産業廃棄物問題が特殊な専門的知識を必要とするものであるので、とくに廃棄物問題の専門家を含めて「都市・産業廃棄物分科会」を設けて検討を進め、諮問から約1年を経た45年7月に答申を行なった。この生活環境審議会の答申は、全国的な視野のもとに今後の産業廃棄物の処理対策の方向をはじめて具体的に明らかにしたものであって画期的のものといってよいであろう。
 生活環境審議会の答申の内容をみると、まず第1に廃棄物の現状とその背景を分析し、わが国の経済社会活動がきわめて高水準、高密度の活動として展開されており、しかもその活動が首都圏、近畿圏等の全国7大都市圏に集約され、膨大な廃棄物がきわめて狭小な地域から排出されているというところにわが国の廃棄物問題の特異性があると主張している。
 第2に、生活圏が発展し、都市的様相を呈し、経済社会活動が活発化してきても、はじめのうちは廃棄物の焼却減量等を図ることだけで環境サイクルの維持が可能であったが、現在では全国どこの地域においても程度の差はあっても環境サイクルが破壊され、廃棄物が病的に蓄積され、環境の汚染をきたしているので、この膨大な廃棄物に対処するため、より大きな規模における環境サイクルの人為的コントロールが必要であることを指摘している。
 第3に、狭い国土の特定の地域に膨大な廃棄物をかかえ、その処分が極度に行きづまっている現状を打開するためには、それぞれの地域社会において処理施設の拡充強化、処理技術の高度化を図ることはもちろんであるが、同時に外洋への還元、大規模な海面埋立等による環境サイクルの空間的拡大を含む広域的な廃棄物処理対策を講ずる必要があると指摘している。
 第4に、これらの点をふまえて今後の産業廃棄物の処理対策の具体的な方向として、(1)排出者たる事業者の産業廃棄物の処理責任を明確にすること、(2)都道府県等を事業主体とする広域的な産業廃棄物処理事業を実施する必要があること、(3)産業廃棄物の収集、運搬、処分等の基準を整備する必要があることなどを提案するとともに、このために必要な関係法令の整備を早急に行なうべきであると強調している。
 さらに、通商産業大臣の諮問機関である産業構造審議会においても、45年1月以来産業廃棄物処理対策のあり方について検討が行なわれ、6月に中間報告が行なわれたが、その骨子は次のとおりである。
 まず第1に、産業の急速な発展、国民所得の増大に伴う生活水準の向上、都市の再開発の進展等の結果、大量に生じてきた各種の廃棄物については、基本的には分別による収集を行ない、適切な処理をし、できるだけ資源化を図ったのち、物質の自然循環系にのせて処分をするべきであり、そのため、物質循環の速度を減速または加速などして環境受容能力の拡大を図る必要があることを指摘している。
 第2に、廃棄物の種類および量、処理処分の現状を十分には握したうえで、廃棄物の分別、収集、運搬、資源化、処理処分に関する合理的なトータルシステムを確立し、実施にうつすとともに、有用物の回収利用という資源化を含む適切な処理処分の技術を開発実用化しなければならないことを強調している。
 第3に、産業廃棄物対策のあり方については、次のような考え方によるべきことを明らかにしている。
(1) 産業廃棄物については、原則として、生活系の廃棄物とは別の処理処分の体系を考えることが合理的であること。
(2) その処理処分については、基本的には、排出者責任の原則によるべきであるが、国、地方公共団体においても適切な施策を講ずるべきであること。
(3) 具体策としてはあ、既成大都市の工業地域、コンビナート地域等につき、国、地方公共団体、学識経験者が協力して実態調査の結果を基礎に、産業廃棄物の収集、運搬、資源化、処理、処分に関する合理的なシステムについて基本計画を早急に策定すべきであること。
(4) 処理処分地の確保等については、国の指導援助のもとに、広域的な見地から地方公共団体が連合してあたるべきであり、処理処分施設の建設運営は、実態に応じ、企業の共同組織体、企業および公共機関の共同組織体、地方公共団体またはその広域連合組織体等が行ない、国においても公害防止事業団等援助措置を講ずるべきであること。
 なお、産業廃棄物の処理等を公共的な施設で行なう場合には、処理コストを合理的に算定し、有料性の原則を採用すべきこと。
(5) 産業廃棄物の前処理および資源化に対しては、公害防止事業団等からの援助措置を強力に行なうべきこと。
(6) 産業廃棄物の資源化を含む合理的な処理処分技術および装置の開発、処理処分の容易な物質や製品の製造技術の開発については長期計画を策定し、国、地方公共団体、関係事業者の担当すべき分野を明らかにしてシステム的に推進されなければならないこと。
 生活環境審議会の答申を受けて、厚生省は、今後の産業廃棄物の処理対策の指針となる「産業廃棄物広域処理対策要綱」を公表するとともに、清掃法の全面的改正の検討にはいった。
 清掃法を全面的に改正するための法律は、当初は「廃棄物処理法」として、45年12月、第64回国会に提出され、その題名を「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に改めるなどの修正があったが、ほぼ政府原案どおり成立した。廃棄物の処理および清掃に関する法律の概要は次のとおりである。
(1) 廃棄物を産業廃棄物と一般廃棄物に区分し、それぞれについて処理の体系を整備したこと。
(2) 一般廃棄物の処理については、特別清掃地域を廃止することにより市町村の処理区域を拡大したほか、清掃法の市町村の清掃事業を中心とする処理の体系を踏襲したこと。
(3) 産業廃棄物の処理については、事業者が自らの責任において適正に処理するという事業者責任の原則を確立するとともに、広域的に処理することが適当であると認められるものなどについては、都道府県等を事業主体とする広域処理事業の推進を図ることにしたこと。
(4) 産業廃棄物の収集、運搬および処分に関する基準を定め、産業廃棄物の処理を行なう者は、この基準に従うものとしたこと。
(5) 都道府県知事は、その管轄区域内の産業廃棄物が適正に処理されるように、総合的な見地から、産業廃棄物に関する処理計画を策定することにしたこと。
 なお、廃棄物の処理及び清掃に関する法律は、大気汚染防止法や水質汚濁防止法等の他の公害諸法とその性格が若干異なり、規制法的色彩が弱く、処理体系の整備に重点を置いたものとなっている点を特色としてあげることができよう。

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