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第3節 

1 水・土壌・地盤環境の現状

(1)水環境の保全
 水環境については、水質汚濁の防止、水辺空間の利用の観点からの対策のみならず、水質、水量、水生生物、水辺地等を総合的に捉えた保全対策を推進する必要があります。水は雨となって地上に降り注ぎ、森林や土壌・地下水に保水され、川を下り、海に注ぎ、蒸発して再び雨になるという自然の循環過程の中にあり、その過程で多くの汚濁物質が浄化されます。私たちの水利用に伴う環境への負荷が自然循環の浄化能力を超えることがないよう、また大気環境や土壌環境を通じた水環境への負荷や水環境の悪化に伴う大気環境や生態系への影響にも配慮した、健全な水循環の確保が重要です。
 また、私たちは、急峻な地形や狭小な国土という地理的特徴のために生じる、流量の変動の大きな河川等厳しい条件下において水利用を行っています。その水利用は、大気から河川、海域等に向かうまでの間、水資源として開発・供給されること等を通じてさまざまな形で何度も行われ、その後自然の循環に戻されます。この過程で水環境に大きな影響を与え、かつ、土壌、生態系等にも影響を与えていることから、これらにも配慮した水環境の保全が重要です。

 ア 水質汚濁の要因
 わが国の水質汚濁は、工場、事業場排水に関しては、排水規制の強化等の措置が効果を現している一方、炊事、洗濯、入浴など人の日常生活に伴って排出される生活排水については、下水道整備等がいまだ十分でないなど対策が遅れています(図1-3-1)。



 特に、流域内に人口や産業が集中する都市内等の河川や、手賀沼、印旛沼などのように集水域の都市化が進んでいる湖沼においては、排出負荷量のうち生活排水の占める割合が大きくなっています。
 このほかに、降雨等により流出するいわゆる非特定汚染源*からの汚濁や、従来からの水質汚濁の結果として沈殿・堆積した底質からの栄養塩類の溶出等による汚濁がわが国の水質汚濁の大きな要因となっています。

*非特定汚染源
面としての広がりをもつ市街地、土地造成現場、農地など

 イ 水質汚濁はやや改善しつつある
 (ア)公共用水域
  a わが国の状況
 公共用水域の水質の汚濁の原因の一つとして、炊事、洗濯、入浴など人の日常生活に伴って排出される生活排水が大きな要因となっています。生活排水中のBOD*の汚濁負荷量を発生源別にみると、台所からの負荷が約4割、し尿が3割、風呂が2割、洗濯が1割を占めています(図1-3-2)。

*BOD
生物化学的酸素要求量。水中の汚物を分解するために微生物が必要とする酸素の量。値が大きいほど水質汚濁は著しい。



 平成12年度全国公共用水域水質測定結果によると、カドミウム等の人の健康の保護に関する環境基準の達成率は、従来の23項目について99.4%、平成11年に環境基準に追加された硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素、ふっ素並びにほう素の3項目を含めても99.2%でした(表1-3-1図1-3-3)。





 一方、BOD、COD*等の生活環境の保全に関する項目に関しては、平成11年度末までに環境基準類型が当てはめられた3,274水域(河川2,537、湖沼142、海域595)について、有機汚濁の代表的な水質指標であるBOD(又はCOD)の環境基準の達成率をみると、全体では平成5年度までわずかずつ上昇し76.5%でしたが、平成6年度には渇水の影響により68.9 %まで低下し、その後は再び回復傾向がみられ、平成12年度は79.4%でした。水域別にみると、河川82.4%(11年度は81.5%)、湖沼42.3%(同45.1%)、海域75.3%(同74.5%)であり、特に、湖沼、内湾、内海等の閉鎖性水域で依然として達成率が低くなっています。また、生活排水が流入する都市内の中小河川は水質改善がなかなか進んでいない傾向にあります(図1-3-4図1-3-5表1-3-2図1-3-6図1-3-7)。

*COD
化学的酸素要求量。水中の汚物を化学的に酸化し、安定させるのに必要な酸素の量。値が大きいほど水質汚濁は著しい。











 水質汚濁の態様としては、この他にも事故による有害物質や油の流出による公共用水域の汚濁や、火山地帯における河川又は湖沼の自然的要因による酸性化等があります。
  b 先進国の状況
 先進諸国における主要な河川と湖沼の水質の状況をBOD、全窒素について参考としてみてみると図1-3-8のようになっており、一部横ばいあるいは悪化している河川や湖沼があります。



 また、諸外国の主要河川の鉛及びカドミウムによる汚染状況の推移は図1-3-9のとおりであり、一部を除き、多くの先進国の河川で改善の傾向にあります。なお、一部の開発途上国では、有害重金属により深刻な汚染が指摘されています。



 (イ)地下水
 地下水は、温度変化が少なく一般に水質も良好であるため、重要な水資源として広く活用されていますが、流速が極めて緩慢であり、希釈も期待できない等の特性を持つため、いったん汚染されるとその回復は非常に困難となります。昭和50年代後半からトリクロロエチレン等による地下水汚染が各地域に広がっていることが明らかとなってきたことから、平成元年度より、水質汚濁防止法に基づき地下水質の汚濁状況を監視することになりました。地下水質の測定は、都道府県ごとの地下水質測定計画に従って、国及び地方公共団体が行っています。
 平成12年度地下水質測定結果では、全国的な状況の把握を目的とした概況調査の結果によると、調査対象井戸(4,911本)の8.1%(398本)において環境基準を超過する項目がみられました(表1-3-3)。こうした地下水汚染が発見された場合は、周辺井戸の調査を行うとともに、井戸水の使用法の指導や有害物質を使用している事業場に対しての指導などを行っています。



 平成11年2月に環境基準項目に追加された硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素については、6.1%の井戸で環境基準値を超えていました。公共用水域及び地下水における硝酸・亜硝酸性窒素の汚染源として、工場等からの排水、一般家庭からの生活排水、農用地への施肥が挙げられており、その対策が緊急の課題となっています。
 (ウ)閉鎖性水域の現状
 近年のわが国の公共用水域の水質汚濁の状況をみると、特に後背地に大きな汚濁源を有する内湾、内海、湖沼等の閉鎖性水域では、流入する汚濁負荷が大きい上に汚濁物質が蓄積しやすく、汚濁が生じやすい状況にあります。これに加えて、窒素、りん等を含む物質が流入し、藻類その他の水生生物が増殖繁茂することに伴い、その水質が累進的に悪化するという富栄養化に伴う赤潮等の現象がみられます。
 湖沼は、富栄養化に伴い、水道水の異臭、漁業への影響、透明度の低下等の問題が生じており、水質改善対策が急務となっています。湖沼に流入する汚濁負荷の発生源は生活系、産業系、自然系等多岐にわたり、各発生源の影響の度合いは流域の土地利用や産業構造によって異なるため、一律の対策が困難となっています。これら閉鎖性水域における平成12年度の環境基準の達成率を有機汚濁の代表的な指標であるCODでみると、東京湾は63%、伊勢湾は56%、瀬戸内海は76%、湖沼は42.3%となっています(図1-3-4図1-3-5参照)。
 また、赤潮の発生状況をみると、平成12年は東京湾64件、伊勢湾13件、瀬戸内海(水産庁調べ)106件、有明海35件となっており、東京湾等では青潮の発生もみられます。湖沼についてもアオコや淡水赤潮の発生がみられるものが少なくありません。このような状況に対処するため、閉鎖性水域について、流入CODの削減とともに富栄養化も対象とした総合的な水質保全対策の推進を図る必要があります。
 (エ)海洋環境の現状
 平成10年及び平成11年に実施した調査結果によると、水質・底質の汚染の状況は過去に実施してきた調査結果と同レベルで、過去から現在にかけての汚染状況に大きな変化は認められませんでした。また、水質・底質調査の測点を内湾域と沖合域に分けて比較した場合、重金属類、有機塩素化合物、有機スズ化合物等ほとんどの測定物質で内湾域の値が相対的に大きく、特に底質に含まれる総水銀、PCB、TBT及びダイオキシン類の値は、東京湾内の測点で相対的に大きいという結果が出ました。生体濃度調査結果によると、海生生物中の軟体部・筋肉部・肝臓部のダイオキシン類等を比較すると肝臓部における濃度が高く、その蓄積量は地域的相違がみられましたが、物質、生物種によりその傾向は異なり、今後もデータを蓄積しつつ解析することが必要であることがわかりました。プラスチック類などの分布状況は、表層では富山湾沖などの沖合海域で比較的高密度で存在が認められ、東京湾では湾口部が最も多く、次いで湾奥部で多く認められました。さらには底層においてもプラスチック製品や金属やガラス類、漁具・釣具などがみられました。
 また、海洋汚染調査の結果、わが国の周辺海域、「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」(以下「海防法」という。)に定めるA海域、閉鎖性の高い海域等における海水及び海底堆積物中の油分、PCB、重金属等については、例年と同様な濃度レベルで推移していることが認められました。
 また、平成13年のわが国周辺海域における、廃油ボールの漂流・漂着に関する調査の結果、漂着した廃油ボールの調査1回当たりの平均採取量は前年に比べ減少したものの、漂流した廃油ボールの同平均採取量は、前年に比べ増加しました。
 さらに、平成13年の海上漂流物の目視による調査の結果、確認された漂流物の約69%を発泡スチロール、ビニール類等の石油化学製品が占め、それらは日本海沿岸で多く認められました。
 一方、最近5か年のわが国周辺海域における海洋汚染のうち、油、廃棄物の漂流や赤潮、青潮などの発生確認件数は表1-3-4のとおりで、平成13年は486件と平成12年に比べ124件減少しました。平成13年の海洋汚染のうち油の漂流を排出源別にみると、船舶からのものが214件と大半を占めており、原因別にみると、取扱不注意によるもの104件、故意によるもの36件、海難によるもの65件となっています。また、海洋汚染のうち油以外の漂流等についてみると、陸上からのものが85件となっており、そのほとんどが故意によるものでした。
 平成12年の観測によると、水銀及びカドミウムは例年と変わらない濃度レベルで推移しており、廃油ボールも昭和57年以降低いレベルにあります。また、プラスチック等の海面漂流物は日本近海の春から秋に高密度に分布しています。



 ウ 水質汚濁による被害状況
 (ア)水道水源の汚濁
 水道水源の約7割は河川等の表流水であり、公共用水域における水質汚濁によって大きく影響を受けます。水源の約3割を占める地下水は、従前は良質の水源とされてきましたが、トリクロロエチレン等による汚染が昭和57年に顕在化して以来、水道水源が影響を受けている場合があります。水道水源の汚染事故により影響を受けた水道事業体数は平成11年度には71事業でした。
 また、近年、貯水池等の富栄養化による藻類等の異常な増殖により、異臭味の発生等が生じており、平成11年度には、66の水道事業等(被害人口の合計約116万人)において異臭味による影響が生じました。
 (イ)工業用水の汚濁
 工業用水は、その淡水補給水量のうち、約70%を地表水、伏流水といった河川水(うち約半分は工業用水道)に依存しており、河川水の水質汚濁により影響を受ける場合があります。また、工業用水道事業では、一般的に薬品沈殿による水質処理を行っていますが、河川水の汚濁物質除去により発生する汚泥の処理が問題となる場合があります。
 (ウ)漁業被害
 水質汚濁による漁業被害の態様としては、1)水面の浮遊物、廃棄物の堆積等に伴う漁場環境の悪化及び漁船・漁具の損壊、2)油濁・赤潮等の発生による水産生物の死滅、生育不能等、3)水銀等の有害物質の蓄積、付着等による漁獲物の販売不能、4)油濁等による漁船及び漁具の汚れ、腐食等があります。
 平成12年度に発生した水質汚濁等による突発的漁業被害は、都道府県の報告によると、発生件数が139件(平成11年度108件)、被害金額は45億330万円(平成11年度9億770万円)で、平成11年度より件数、被害金額ともに増加しました。このうち、海面の油濁による被害が13件、2,695万円(平成11年度7件、3,829万円)、赤潮による被害は42件、44億4,025万円(平成11年度18件、8億2,225万円)です。
 なお、水銀等による魚介類の汚染に関しては、汚染が確認された水銀に係る8水域及びドリン系殺虫剤に係る2水域において、引き続き漁獲の自主規制又は食事指導等が行われています(平成13年12月末現在)。
 (エ)その他
 地方公共団体に依頼して行った平成13年度の海水浴場等の水質調査によれば、調査対象とした849水浴場(前年度の遊泳人口がおおむね1万人以上の海水浴場及び5千人以上の湖沼・河川水浴場)すべてが水浴場として最低限満たすべき水質を維持しており、このうち、水質が良好な水浴場は、714水浴場(全体の84%)でした。
 また、平成8年における病原性大腸菌O-157による食中毒問題を踏まえ、平成13年度も各地方公共団体において水浴場を対象としたO-157等の調査が行われました。この結果、測定が行われた826水浴場のすべてで検出されませんでした。また、国が管理する河川等のうち、主要な水浴場・親水施設が設置されている個所を中心に実施した調査においても、調査した336地点のすべてで検出されませんでした。

(2)土壌環境、地盤環境の現状
 土壌は、環境の重要な構成要素であり、人をはじめとする生物の生存の基盤として、また、物質の循環の維持の要として重要な役割を担っており、食料生産機能や水質浄化・地下水かん養機能など、多様な機能を有しています。
 土壌汚染の原因となる有害物質は、不適切な取扱いによる原材料の漏出などにより土壌に直接混入する場合のほか、事業活動などによる水質汚濁や大気汚染を通じ二次的に土壌中に負荷される場合があります。また、土壌は、その組成が複雑で有害物質に対する反応も多様であり、一旦汚染されると、有害物質が蓄積され汚染状態が長期にわたるという特徴を持っています。

 ア 土壌環境の現状
 (ア)農用地の土壌汚染
 「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」に基づく特定有害物質による農用地の土壌汚染の実態を把握するため、汚染のおそれのある地域を対象に細密調査が実施されており、平成12年度はカドミウムに係る調査が9地域1,313haにおいて実施されました。これまでの基準値以上検出面積の累計は131地域7,166haとなっています。
 (イ)市街地等の土壌汚染
 市街地等の土壌汚染問題については、近年、工場跡地や研究機関跡地の再開発等に伴い、有害物質の不適切な取扱い、汚染物質の漏洩等による汚染が判明する事例が増加しています。
 平成3年8月に「土壌の汚染に係る環境基準」(以下「土壌環境基準」という。)が設定されて以後、都道府県や水質汚濁防止法に定める政令市が土壌環境基準に適合しない土壌汚染事例を把握しており、平成12年度に判明したものは134件に上っています((総説)図2-3-12参照)。
 また、事例を汚染物質別にみると、鉛、砒素、六価クロム、総水銀、カドミウム等に加え、金属の脱脂洗浄や溶剤として使われるトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンによる事例が多くみられます。
 (ウ)土壌侵食*

*土壌侵食
土壌侵食は水や風の作用によっておこり、侵食量は気候、地形、植生、土壌の種類、人為的要因等により影響される。人為的要因とは過放牧、過度の森林伐採、不適正な農業、大規模開発などをさす。

 土壌環境への影響は汚染だけでなく侵食があります。
 わが国は傾斜地が多く多雨なので侵食を受けやすいため、水田や森林によって表土流出防止が図られています。しかし、水田や森林の保全管理が十分なされない場合には土壌侵食のおそれもあり、留意する必要があります。

 イ 地盤沈下の現状
 地盤沈下は、地下水の過剰な採取により地下水位が低下し、粘土層が収縮するために生じます。いったん沈下した地盤はもとに戻らず、建造物の損壊や洪水時の浸水増大などの被害をもたらします。
 地下水の採取は工業用、水道用、農業用、建築物用、水産養殖用、消雪用等多岐にわたっています(表1-3-5)。
 代表的な地域における地盤沈下の経年変化は、図1-3-10に示すとおりであり、平成12年度までに、地盤沈下が認められている主な地域は47都道府県のうち37都道府県61地域となっています。





 最近におけるわが国の地盤沈下の特徴を挙げると次のようになります。
 1) 全国の地盤沈下面積の集計を環境省が開始した昭和53年度以降、平成9年度に初めて年間4cm以上沈下した地域が認められないという結果となりましたが、平成12年度も引き続き年間4cm以上沈下した地域は認められませんでした。年間2cm以上沈下した地域の数は7地域で、沈下した面積(沈下面積が1km2以上の地域の面積の合計)は6km2でした(図1-3-11)。



 2) かつて著しい地盤沈下を示した東京都区部、大阪市、名古屋市などでは、地下水採取規制等の対策の結果、地盤沈下の進行は鈍化あるいはほとんど停止しています。しかし、千葉県九十九里平野など一部地域では依然として地盤沈下が認められています。
 3) 長年継続した地盤沈下により、多くの地域で建造物、治水施設、港湾施設、農地及び農業用施設等に被害が生じており、海抜ゼロメートル地域では洪水、高潮、津波などによる甚大な災害の危険性のある地域も少なくありません。

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