20世紀も余すところ1年半となった。我々は実質的にも歴史の転換点に立っており、間近に迫った次の世紀がどのようなものになるかに誰もが大きな関心を抱いている。1999年版となるこの白書も同様な視点から、20世紀は環境にとってどんな世紀であったか、環境政策の上で我が国の経済社会は今後どのような方向を目指すべきなのかという問い掛けに答えようとしたものである。
20世紀の特徴の端的な表現として、大量生産・大量消費・大量廃棄という言葉がある。全てに大量という意味でも、マスメディアと大衆文化が開花し、人々が共通の行動や思考をしたり一緒に楽しんだりするという意味でも、「マスの世紀」であったとする見方である。また、科学技術に対する無限の信仰で始まり、それが飛躍的に進歩したが、一方で環境破壊、戦争や核兵器など暗い側面も有する「破壊の世紀」であったとする見方もある。
今や地球規模において、資源・エネルギーの枯渇や環境負荷の増大などの環境制約が人類の存続を脅かしつつあると言えよう。地球が長い年月をかけて形成し、蓄積してきた資源・エネルギーを、我々は短期間で大量に消耗し、様々な汚染物資・廃棄物を環境中へ排出し、物質的な豊かさや生活の利便性を追求してきた。その結果、地球の温暖化や有害化学物質の問題などのように、地球的広がりや世代的広がりを持つ深刻な環境問題に直面してしまった。人類社会は今の形のままでは長持ちしないのである。
一方で、次世紀の持続的発展に向けて環境保全を支える新しい芽吹きも生まれ、力強い胎動が感じられることも忘れてはならない。エコビジネスやグリーンコンシューマー、環境NGOなどに代表される、こうした動きは、量的拡大に偏重した従来の経済社会の在り方から脱却を図り、国際的な広がりを持ちながら環境と経済の統合を実現する担い手として大きな可能性を秘めている。
我々は、是非とも肯定的な意味で「環境の世紀」と呼べる21世紀を迎えたい。この世紀末、経済不況下にあって山積する課題への対処が求められている我が国においては、奇しくも、中央省庁再編に伴う「環境省」の設立、環境基本計画の見直し等を間近に控え、環境行政が大きく転換しようとしている。こうした状況の中で、「いかにすれば持続的発展が可能な経済社会が実現できるか」という視点から環境政策が問い直されていると言えよう。
この白書では、こうした時代背景を踏まえ、20世紀における環境行政の歩みを振り返ることを通じ、持続可能性を高めるための環境政策の今後の在り方を探ることとした。さらに、「持続的発展が可能な経済社会は、環境保全を自らの目的として内在化させることで実現する」という基本的な考え方に立脚し、産業部門、国民生活さらに国際社会へとそれぞれ視野を変えて、環境保全上の重要課題を掘り下げ、このような考え方の有効性を確かめることを試みた。
序章「20世紀の環境問題から得た教訓は何か」では、我が国における環境問題の変遷とこれまでの対策の系譜を振り返り、地球化時代を迎えた環境政策の新たな展開と、我々が環境問題から学んだ「20世紀の教訓」を謙虚に見つめ直すことから出発した。
こうしてまとめた「新たな世紀の持続的発展に向けての環境メッセージ」では、「環境問題の複雑な原因構造に適合した根元的な対策の複合的な実施」「最適生産・最適消費・最少廃棄型の経済社会への構造変革」「各主体間の適切な役割分担による環境保全の内在化の推進」「地球環境問題における国際的なイニシアティブの発揮と環境協力の推進」など、決して容易でない政策方針が浮かび上がった。
以下では、産業活動の動向や、国民の生活行動、途上国との関わりへと目を転じ、新たな政策方針を現実に適用する視点から環境政策に求められる具体的な方向性を掘り下げることとした。
第1章「経済社会の中に環境保全をどう組み込んでいくのか」では、まず経済社会に対する影響力の大きい産業活動に焦点を当てた。ここでは、20世紀の我が国における産業構造の変化を概観し環境面からの考察を試みた上で、産業活動のグリーン化を構成する原則を抽出するとともに、「モノ」「食」「マネー」を媒体とする産業活動における具体的な取組を整理した。
次に地域経済に着目し、地域資源活用型の産業活動や地域の環境保全を支える人材、情報等の活性化などの取組事例から「環境保全と融合した地域経済」の在り方について考察した。
これらの考察を基に、環境保全型の経済社会についての将来像を、地上資源の効率的な利用と使用価値の積極的な創造による「ストック活用型の経済社会」への転換や、相互にバランスと連携のとれた「循環促進型の産業構造」への移行など新たな切り口に寄りつつ明らかにした。そうした経済社会の実現に向け環境保全を内在的な目的としていくためには、環境負荷の低減と経済価値の増大とを両立させる尺度「環境効率性」を高める企業行動の推進、環境投資の積極的な推進、経済社会全般に及ぶグリーン化の推進などが図られるべきであり、その方向に沿った環境政策の必要性を論じた。
第2章「環境に配慮した生活行動をどう進めていくか」では、まず20世紀における利便性向上の歴史を概観し、その結果形成された我々の生活様式と環境負荷との関わりを具体的に考察した。
次に化学物質による環境問題を論じ、化学物質に依存する現代社会の現状と国民の関心の高まりに触れた後、いわゆる環境ホルモンとダイオキシン類の問題の実相に迫ろうと試みた。
さらに、生活行動の環境配慮から環境リスク「回避行動」「環境保全行動」という分類を用いて問題整理を行った。前者については環境リスクへの適切な対応のためのリスク・コミュニケーションの必要性を指摘した。一方、後者については環境意識と生活行動のギャップを埋めるための解決方策を、行政の役割を踏まえ社会的条件、生活者としての認識、環境価値を重視した行動規準「環境合理性」の側面から提案した。
第3章「途上国の環境問題にどう関わるべきか」では、まず国連人間環境会議の開催等を契機に環境問題に対する国際的取組が活発化しているが、こうした動きの中で先進国とは異なった途上国の立場を明らかにするとともに、「宇宙船地球号」の持続可能性から見ての途上国の環境問題の持つ重大性を論じた。
我が国と特に関係の深いアジア諸国を中心にして、途上国における環境問題の多様性や複雑な原因構造、更には講じられた環境対策が必ずしも期待する効果を上げていない現状を浮き彫りにした。
これら途上国の持続可能性を高める自助努力に対し、我が国の環境協力等の現状を考察するとともに、効果的な環境協力を実現するための今後の在り方を論じ、実効性を高めるための国、地方公共団体、事業者、NGO等各主体が相手国との間に「複線的なパートナーシップ」を築くことの必要性を述べた。
以上の議論をキーワードを用いて整理すると、環境価値を重視した合理的な行動規準である「環境合理性」の考え方が経済社会の構成員に定着するとともに、環境配慮を促進する社会の仕組みを強化することにより、経済社会に「環境保全の内在化」が図られていく。その結果として経済社会の各部門における「環境効率性」が高まり、持続的発展が可能な経済社会が実現できるのではないかというものである。また、途上国に対する環境協力は、こうした取組の延長線上にある国際社会の持続可能性を高める取組として位置づけられる。
我が国の経済社会は、食糧や資源・エネルギーの多くを諸外国からの輸入に頼っており、将来の持続可能性を考えれば誠に脆弱な基盤の上に立っていると言わざるを得ない。地球規模で環境・資源制約が深刻化した場合、今までのように圧倒的な経済力に物を言わせて、大量かつ安価にそれらを入手することは早晩不可能になる。こうした場合に備えて、我が国が国民のニーズを十分に満たしつつ国際的にも相応の地位を確保していくためには、これまで述べてきたとおり関係主体が持続可能性を高めるための意識改革や構造改革を大胆かつ果敢に実現することにより経済社会の各部門における環境効率性を飛躍的に高め、その面において国際的に比較優位を確立することが極めて重要になろう。
すなわち、我が国としてはその英知を結集し、国民のニーズを満たし続けられるよう、限られた食糧や資源・エネルギーの輸入量と国内調達量から最大限の効用を引き出すための創意工夫を重ねなければならない。同時に、他国のニーズをも満たす付加価値を産み出せるような、地球的視野で見ても、資源効率性を最大限に高め、かつ環境負荷を最少限に抑えられる優れた技術開発力、製品開発力、そして制度開発力を備えなければならない。こうした経済社会の存り方を模索することが、我が国に与えられた使命であり、持続的発展のための活路であると言えよう。これは、世界に誇るべき美しく豊かな自然環境とそれに根付いた独特の文化を大切にするという意味をも込めて、我が国がいわば「環境立国」への途を歩むことに他ならない。
我が国にとって、来るべき21世紀は、20世紀に環境問題から学んだ教訓を真摯に受け止め、他国に先駆けて「環境立国」として国際的な地歩を固め、地球全体の持続的発展に向け役割を果たしていくための極めて重要な世紀である。