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むすび

 平成9年は、1992年(平成4年)6月にリオデジャネイロで開催された地球サミット(国連環境開発会議)5周年という節目の年にふさわしく、年末の12月には地球温暖化防止京都会議(COP3)が開催され、序章で触れたような曲折を経つつも、21世紀に向けた地球温暖化防止のための国際的な取組の大きな一歩が踏み出された年と言えるだろう。この地球温暖化対策に関する議論を通じて、従来の延長での対応には限界があり、21世紀には現在の経済社会システムやライフスタイルを根本的に変える必要があることが明らかにされた。
 翻って、地球サミットを契機として、我が国の環境政策の新たな理念と基本的な施策の方向を示すいわば21世紀への道標としての環境基本法づくりに向かったのであるが、平成10年は、この環境基本法の制定(平成5年11月)5周年に当たる。この基本法に基づく最も中心的な施策として平成6年12月に閣議決定された環境基本計画において、21世紀半ばまでを展望した上、政府が長期的、総合的に21世紀初頭までに進めていく環境政策全体の道筋が明らかにされた。この環境基本法-環境基本計画においては、上に述べた経済社会等の変革の必要性とその方向について、既に明確に打ち出されている。
 すなわち、基本計画の中で、環境政策の基本的考え方として、「環境は、生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、この限りある環境は、ひとり人類のみならずすべての生命を育む母胎であるとともに、人類は、この生存の基盤としての環境を将来の世代と共有している」とした上で、「今日の人間の活動による環境負荷の集積は、地域の環境にとどまらず、人類の生存の基盤として一体不可分である地球環境に取り返しのつかない影響を及ぼすおそれが生じてきており、次の世代への影響も懸念されるまでになっている」ことから、「現代の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式の在り方を問い直し、生産と消費のパターンを持続可能なものに変えていく必要」があり、「あらゆる者が、公平な役割分担の下に、環境と経済の統合に向けた変革に取り組んでいかなければならない」としているのである。
 これを踏まえ、人間と環境との間の望ましい関係を築くためのメルクマールともなり、またそのための総合的な施策の長期的な目標として、「循環を基調とする経済社会システムの実現」、「自然と人間の共生」、「環境保全に関する行動への参加」、「国際的取組の推進」の四つを掲げている。これらのうち、現在の経済社会を持続可能なものに変革していく上での理念や戦略を含んだ実質的な意味で目標といえるのは「循環」と「共生」であろう。
 環境基本計画においては、既存の各方面の環境対策をもこの目標の下に体系化するということに一つの重点が置かれている結果によるのか、「循環」と「共生」のそれぞれの理念の具体的な在り方やその実現方策、そこにおける両者の関係やつながりといったことなどが、計画本文からはやや見えにくくなっていることは否めない。
 本年の報告では、現在の大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会システムやその基本としてのライフスタイルの限界を超えて、21世紀の経済社会の基調に据えるべき目標としての「循環」と「共生」を具体化していく方向に動き始めている様々な事例の中に、これらの目標のその可能性における豊かな内容を少しでも明らかにしていくこと、さらにその過程でのそれらの一層の充実化や明確化の方途を探っていくこと、などを意図したものである。「循環」と「共生」を、単なる計画の目標としてのキャッチコピー的なものにどどめることなく、より社会的に根付かせていくためにも、基本計画の見直しのための検討を前にした今の時点において、必要な作業ではあったと考えている。このことを通じて、循環と共生を具体化していく21世紀の社会のあり方を展望し、また、その中で現状の問題性を浮かび上がらせることができればということでもある。そのため、以下の三つの観点から分析・記述を進めている。
 まず、「循環」を現実の経済社会において見るとき、生産、消費、廃棄、さらには再生や再資源化等を経て再生産につながるという適正かつ高度な廃棄物リサイクルを組み込んだ再生産システムの循環の輪をいかに完結させるかが具体的な課題として挙げられよう。この循環の輪が、適切につくられ、つなげられれば、資源採取・生産と消費・廃棄という経済社会の入口と出口において環境負荷が適切に制御され最小化されていき、経済社会の持続可能性という有限な地球環境との「共生」も確保される。一方通行の生産・消費の経済社会システムから、いかに循環の輪をつくり、つなぎ、そのパイプを太くしていくのか。そのためには、人体でいえば肝臓や腎臓を含む静脈の部分を産業として確立し、生産・消費を担う動脈産業と適切に連携結合させていく循環型の経産業システムをつくっていかなければならない。このような課題は、「ゼロエミッション」という言葉とともに、現実の廃棄物処理の実態からは遠く隔たったものと感じられるかもしれない。しかしながら、現状の問題と様々な対応の中に循環型の形成への芽を探るとともに、その方向のモデル的ともいえる取組の事例を紹介していく中で、循環型経済社会への確かな道筋を追求してみたいということが第1章の主題である。
 ついで、「国土空間から見た循環と共生の地域づくり」という表題を掲げた第2章においては、多様な国土空間において自然のメカニズムと人間活動の調和を図ることを主題としている。すなわち、自然の生態系や物質循環のメカニズムと人間の経済社会活動との接点を模索していく中で、自然と人間との共存共栄ともいえるような新たな関係、いわば「循環」と「共生」がともに具体化された関係が展望しうるのではないか。このことを、生態圏や流域圏などの自然的要素を基礎とした地理的・空間的な広がりの中で、追求している事例を探ること。固有の生活文化に裏打ちされた地域社会などの生活経済圏において模索されている自然のメカニズムと調和した地域づくりの中に、21世紀の社会や人間活動のあり方を探ること。これらを通じ、自然のメカニズムを全体的に捉える仕組みを取り戻すとともに、社会経済活動を自然のメカニズムに配慮したものにしていくための制度的な枠組みなどを構想していくこと。これらのことに関するかなり広範な論点が、第2章の課題となっている。
 さらに、経済社会の基本であり、またその表層的な表れでもある人々のライフスタイルを、現在の大量消費=大量廃棄を基調にした高負荷なものから、消費や廃棄に伴う負荷を極力削減した低負荷なものにいかにして変えていくかということが第3章の主題である。経済社会システムにおける「循環」や「共生」の方向への技術の開発や制度の改革などが、ライフスタイルとその基本にある意識や価値観の変化を促し、広げ、根付かせていくものであろう。さらには、自然とのふれあいを通じて、豊かで多様な生態系や水や森林など自然の物質循環を意識することによって、大量消費社会の物質的豊かさのみの追求とは異なる、日々の生活の中で人や自然と豊かに響き合う関係をつくっていく端緒をつかみ得ることも考えられる。第3章では、ライフスタイルに起因する環境負荷の実態をまず認識するとともに、そのような負荷をもたらす生活者の行動パターンが何によって規定されているのかを、企業をはじめあらゆる主体の行動が織りなす経済社会システム全体を視野に入れつつ、分析し、そのシステムの変革も含めライフスタイルを具体的に変えていく道筋を考察している。その中で自然とのふれあいを取り込み、自然のメカニズムとも調和した、「循環」と「共生」の新しいライフスタイル像といったものの提示をも試みてみた。
 以上、いずれの課題においても、分析などの面においていまだ不十分な段階に留まっているかもしれないが、事例をして語らしむるということには心がけたつもりである。現実に動きつつある様々な取組の中に、21世紀に向けた「循環」と「共生」を基調に据えた新たな経済社会の胎動を、わずかなりとも感じ取ることができれば、本報告において意図したことの一端は果たし得たといえる。経済社会システムやライフスタイルを変えていくことは、様々な困難や痛みを伴うものであり、いまだ緒についたばかりである。しかしながら、ささやかではあるが小さな希望を感じさせるような動きが色々な形で芽を出してきていることも事実である。これらの地域的かつ個性的な取組に共感を持ちつつ注目し積極的な評価を与えるとともに、それらを経済社会システム全体の中につないでいき、より広い視野から冷静な洞察力を持って21世紀への変革の方向を描くべき時期に来ているのではないだろうか。

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