4 海洋環境の保全
1994年(平成6年)11月に国際的に発効した「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)については、我が国は平成8年6月に締結を行い、同年7月20日に発効した。条約の求める義務等については、所要の国内法令の改正により措置したところであるが、今後は、条約の趣旨を踏まえ、排他的経済水域(最大限200海里の海域)をも考慮し、海洋生態系の保全を含めた海洋環境保全のための施策の充実強化を図ることが必要である。
(1) 海洋汚染の現状
環境庁では、我が国周辺海域の海洋環境の現状を把握するとともに、国連海洋法条約の趣旨を踏まえ、排他的経済水域における海洋環境の状況の評価・監視のための効果的・効率的なモニタリング指針を策定するため、海水、底泥やプランクトン中の重金属濃度の測定や、解析方法、調査手法等に関して調査する海洋環境保全調査を行った。
この結果、東京湾、伊勢湾及び大阪湾並びにこれらの沖合海域におけるプラスチック類等の分布状況は、表層については東京湾及び伊勢湾では湾口部がもっとも多く、湾奥部で次に多くなっており、また、底層では湾奥部でプラスチック類や自然物のほか、金属やガラス類が多く見られた。また、化学物質の分布状況は、重金属類については湾奥部で濃度が高く、湾口に向かって減少する傾向が認められ、また、有機塩素化合物については、東京湾の湾奥部において高濃度であった。
海上保安庁では、海洋環境の保全のための基礎資料を得ることを目的として、我が国の周辺海域、「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」(以下「海洋汚染防止法」という。)に定めるA海域、閉鎖性の高い海域等において、海水及び海底堆積物中の油分、PCB、重金属等について海洋汚染調査を実施し、汚染の進行は認められないことを確認した。
また、我が国の周辺海域において、定期的に廃油ボールの漂流・漂着調査を実施しており、平成9年の調査結果によれば、漂流は前年に比べ多少増加したが、漂着については前年に比べ大幅に減少した。
さらに、海上漂流物の実態を把握し、適切な対応を行うため、定期的に目視による調査を実施しており、平成9年の調査結果によれば、確認された漂流物の約75%を発泡スチロール、ビニール類等の石油化学製品が占め、それらは日本海沿岸及び本州南岸海域で多く認められた。
一方、海上保安庁が確認した最近5か年の我が国周辺海域における海洋汚染の発生件数は(第1-2-6表)のとおりで、平成9年は713件と平成8年に比べ41件減少した。平成9年の油による汚染を排出源別にみると、船舶からのものが293件と大半を占めており、原因別にみると故意によるもの100件、取扱不注意によるもの97件、海難によるもの68件となっている。また、油以外のものによる汚染についてみると、船舶からのものが131件となっており、そのほとんどが故意によるものである。
気象庁では、海洋における汚染物質の全般的濃度を把握するための海洋バックグランド汚染観測を日本周辺及び西太平洋海域で実施している。それによると、水銀及びカドミウムは例年と変わらない濃度レベルで推移しており、廃油ボールも昭和57年以降低いレベルにある。また、プラスチック等の海面漂流物は日本近海の特に夏季に高密度に分布している。
また、環境庁は、平成9年1月に日本海において発生したロシア船籍タンカー「ナホトカ号」及び7月に東京湾において発生したパナマ船籍タンカー「ダイヤモンドグレース号」による油流出事故の環境影響について、関係省庁及び関係自治体と連携して調査を実施しており、水質中の油分濃度は通常レベルまで減少していることを確認している。
科学技術庁は、「ナホトカ号」について、深海探査機「ドルフィン3K」により事故直後および約1年後に潜航調査を実施し、重油漏出量が全体的に減少していること、船体の姿勢や形状に特段の変化がないこと等を確認した。
(2) 海洋汚染防止対策
ア 未然防止対策
(ア) 船舶等に関する規制
海洋汚染防止法に基づき、油、有害液体物質等及び廃棄物の排出規制、焼却規制等について、その適正な実施を図るとともに、船舶の構造・設備等に関する技術基準への適合性を確保するための検査、海洋汚染防止証書等の交付を行っている。
(イ) 未査定液体物質の査定
有害液体物質に関する規制が実施されたことに伴い、環境庁では昭和62年から未査定液体物質の査定を行っており、これまでに査定、告示した物質は140物質(平成10年3月末現在)となっている。
(ウ) 海洋汚染防止指導
運輸省及び海上保安庁では、海洋汚染防止講習会を通じ、海洋汚染防止法の油、有害液体物質及び廃棄物に関する規制等を中心として、その周知徹底及び海洋環境の保全に関する意識の高揚に努めた。特に、条約等の基準に適合していない外国船舶に対して海洋汚染防止指導を実施した。
また、海上保安庁では、6月5日の「環境の日」及び11月1日を初日とする一週間を「海洋環境保全推進週間」として集中的な訪船指導等を実施するとともに、「海洋環境保全講習会」を開催したほか、海洋環境保全推進員制度を活用し、海洋環境保全思想の普及及び海上環境関係法令の周知徹底を図った。
その他、特に、社会問題となっているFRP船舶等の不法投棄については、廃船の早期適正処分を指導する内容が記載された「廃船指導票」を廃船に貼付することにより、投棄者自らによる適正処分の促進を図り、廃船の不法投棄事犯の一掃を図った。
(エ) 廃油処理施設の整備
船舶廃油を処理する廃油処理施設のうち公共のものの改良を行った。民間を含めた廃油処理施設は平成10年4月現在、77港121か所で整備されており、このうち、廃軽質油を処理するものは、33港43か所である。
イ 排出油等防除体制の整備
「1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約」(以下「OPRC条約」という)の平成8年1月17日の我が国についての発効に先立って、我が国周辺海域において油汚染事件が発生した際に、海洋環境の保全並びに国民の生命、身体及び財産の保護を図るため、国、地方公共団体及び民間の関係者が一体となって迅速かつ効果的な措置をとるため我が国全体の取組を包括的に定めた「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画」(以下「国家的な緊急時計画」)が平成7年12月に閣議決定された。その後、ナホトカ号流出油災害の教訓を踏まえ、油汚染事故発生時の即応体制、関係機関の緊密な連携、個別具体的な役割等について明確化を図った、同計画の改正が平成9年12月に行われた。
環境庁では、OPRC条約及び国家的な緊急時計画に基づき、環境保全の観点から油汚染事件に的確に対応するため、?油汚染事件により環境上著しい影響を受けやすい海岸等に関する情報を盛り込んだ図面の作成及び情報収集・提供システムの整備、?関係地方公共団体、環境NGO等に対し、事件発生時の環境保全面からの対応の在り方に関する知識の普及、研修・訓練の実施、?油汚染事件発生時における傷病鳥獣の適切な救護体制の整備を実施した。また、ナホトカ号の沈没海難による重油流出事故等への対応の経緯を踏まえ、油汚染事故に対する環境保全対策の一層の充実を図るため、昨年12月に同計画の改正が閣議決定され、?環境の影響を迅速に把握・評価するための情報の収集、整理、共有化?防除作業における健康上の配慮事項について防除関係機関への情報提供?段階的・継続的な環境影響調査の実施等を推進することとした。
海上保安庁は、海上における油等の排出事故に対処するため、巡視船艇・航空機の常時出動体制を確保し、防除資材を整備したほか、高度な専門的知識及び技術を有する専門家で編成される機動防除隊の育成、官民の関係者で構成される排出油の防除に関する協議会の組織化・広域化を推進し、これらの協議会と合同で大量の油等の排出事故対策訓練を実施した。
また、海上防災措置の実施に関する民間の中核機関である海上災害防止センターの指導育成など、排出油等防除体制の充実を図った。これに加えて、沿岸域における情報整備として「沿岸海域環境保全情報」の整備に着手した。
通商産業省は、大規模石油災害時に災害関係者の要請に応じ油濁災害対策用資機材の貸出しを行っている石油連盟に対して、当該資機材整備等のための補助を引き続き行った。
水産庁は、OPRC条約及び国家的な緊急時計画に基づき、油汚染による漁業被害を最小限に防止するため、漁業影響情報図の作成配備及び漁業形態別防除マニュアルの作成等を行った。また、良好な漁場環境の維持を図るため、国や都道府県の水産関連試験研究機関等の連携の下に、海と魚の健康診断のための調査及び漁場環境保全を推進するための漁場監視等を行う事業について助成した。このほか、海砂の採取が生態系に及ぼす影響を調査した。効率的な海浜及び漁場の美化を総合的に推進するための計画策定、指導員の養成、廃棄物の除去等を行う漁場環境保全総合美化推進事業に助成するとともに、流出漁具による海洋環境への悪影響を軽減するため、生分解性プラスチック漁具の開発を引き続き実施した。FRP漁船等廃棄物の計画的かつ適正な処理を促進するための技術開発調査を実施した。また、開発等により失われる藻場・干潟等の漁場環境と同様の価値を生み出す人工代替物の実例把握、実態調査及び技術評価を行い漁場環境の維持・修復方策について検討した。
「ナホトカ号」の沈没海難による重油流出事故に伴い、政府においては昨年1月10日に運輸大臣を本部長とする「ナホトカ号海難・流出油災害対策本部」を、また、昨年1月20日には内閣官房長官主宰による「ナホトカ号流出油災害対策関係閣僚会議」を開催し、以降、ナホトカ号流出油災害における応急対策、被害対策、再発防止対策等について効果的かつ総合的な対策を推進してきた。この関係閣僚会議において、流出油被害対策、再発防止策、即応体制の確立の3つの課題を検討するための関係省庁で構成されるプロジェクトチームが課題ごとに設置され、昨年9月、即応体制プロジェクトチームにより「大規模油流出事故への即応体制検討報告書」として取りまとめられた。
ウ 油濁損害賠償保障制度の充実
タンカーによる油濁事故は被害が巨額にのぼること等から、我が国では損害賠償をより充実するため、「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約」及び「油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約(1969年の油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約の補足)」の2条約を締結するとともに、これらを国内法化した「油濁損害賠償保障法」を昭和50年に制定し、タンカーから流出した油による汚染損害に関して必要な事項を定めている。
なお、両条約については、平成4年に、船舶所有者の責任限度額及び国際基金の補償限度額の引上げ等を内容とする4つの改正議定書が採択され、我が国においても、平成6年8月24日に油濁損害賠償保障法を改正し、これらの改正議定書を締結したところであり、平成8年5月30日からこれらの改正議定書が発効した。
また、油濁による漁業被害のうち、相当部分を占める原因者不明の油濁被害については、(財)漁場油濁被害救済基金が実施する被害漁業者への防除費の支弁等に対し助成した。なお、平成8年度における実績は、総件数25件、総救済額6,855万円であった。
エ 海洋汚染防止技術の研究開発
運輸省においては、海洋汚染の防止を推進するため、船舶からの油流出防止技術及び排気ガス浄化のための研究開発、礫間処理、曝気・導水等による水質浄化技術の研究開発を行った。
海上保安庁では、海洋に排出された油類に含まれる有害液体物質のうち揮発性物質を迅速に特定するための体系的な分析手法に関する研究を実施したほか、兵庫県南部地震による突発的負荷変動が大阪湾環境に与える影響を解明するため、友ヶ島水道付近において潮流観測を行うとともに海水交換シミレーションを実施し、友ヶ島水道を通した海水交換及び震災により負荷が増加した有機汚濁物質等の輸送の実態を明らかにするための研究を行った。
水産庁では、流出漁具による海洋環境への悪影響を軽減する等のため、生分解性プラスチックを用いた漁具の開発を実施した。
また、赤潮の発生防止及び赤潮による漁業被害防止のため、赤潮生物の増殖速度と、海水交換速度との関係を究明するための調査等の赤潮対策技術開発試験を実施するとともに、赤潮発生状況等の調査及び赤潮関係情報の伝達体制の整備について助成した。
オ 監視取締りの現状
海上保安庁は、海上環境事犯の一掃を図るため、我が国周辺海域における海洋汚染の監視取締りを行っており、特に海洋汚染の発生する可能性の高い東京湾、瀬戸内海等の船舶がふくそうする海域、タンカールート海域等にはヘリコプター搭載型巡視船及び航空機等を重点的に配備し、監視取締りを行うとともに、期間を定めて全国一斉に集中的な取締りを実施した。さらに、監視取締用資器材の整備等により監視取締体制の強化を図った。
海上保安庁が送致した最近5か年の海上環境関係法令違反件数は第1-2-7表のとおりで、平成9年に送致した765件のうち、海洋汚染に直接結びつく油、有害液体物質及び廃棄物の排出等の実質犯は712件と全体の約93%を占めている。(第1-2-7表)