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第6節 

1 野生生物種の現状

(1) 日本の野生生物の生息・生育の状況
 日本には、動物は脊椎動物1,214種、無脊椎動物35,207種、植物は、維管束植物7,087種、藻類約5,500種、蘚苔類約1,800種、地衣類約1,000種、菌類約16,500種の存在が確認されている。(動物は亜種を含む。植物は亜種、変種、品種、亜品種を含む。動物の種数は「日本産野生生物目録(1993,95年、環境庁編)」等による。維管束植物の種数は植物分類学会の集計による。蘚苔類、藻類、地衣類、菌類の種数は環境庁調査による。)
 この数は、熱帯林を擁する国々と比べると少ないが、先進国、特にヨーロッパ各国と比べると生物種は豊かである。我が国が地形や気候条件の変化に恵まれ、多様な生物の生息・生育環境として適しているためである。生物の生育環境を多様にしている要因は、亜熱帯から亜寒帯にわたる気候帯、起伏に富み標高差のある国土等がある。また、我が国は4つの主要な島と3,000以上の属島から構成されており、中には特異な生物相を有する島嶼も含まれている。
 生物は人類の生存基盤である生態系の不可欠な構成要素であり、多様な生物相の存在は、国民の生活の場である我が国の自然環境を健全に保っていく上で大きな役割を果たしている。今日ではバイオテクノロジーの発達により生物は産業などでも利用されており、生物種の価値は遺伝資源としても高まっている。
 我が国では、特に戦後の経済の高度成長期を中心に、開発による自然環境の改変が進行し、全国的に自然林や干潟等が減少した。また、都市化等に伴う汚染や汚濁等生物の生息環境の悪化、あるいは希少な植物の乱獲も進んだ。さらに里地自然地域等における人とのかかわりの減少も、二次的な自然環境に適応してきた生物の生息・生育の場を減少させている。この結果、我が国でも多くの種が存続を脅かされるに至っており、これらの種の絶滅を防ぐことが緊急の課題となっている。
(2) 日本の絶滅のおそれのある野生生物種
 我が国は、多様な地理的条件を反映し、変化に富んだ自然環境に恵まれているため、野生生物も多様である。しかし、人間の経済・社会活動の拡大に伴う生息地の破壊や乱獲などにより、野生生物種は生息数の減少や絶滅への圧力を受けている。
 このため、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づき、我が国に生息する絶滅のおそれのある種は、順次、国内希少野生動植物種として指定し、捕獲及び譲渡等の規制、生息地等の保護、保護増殖事業等の対策を講ずることとしている。平成9年9月にはアツモリソウ、ホテイアツモリの2種が国内希少野生動植物種及び特定国内希少野生動植物種に追加指定された。平成9年11月にはワシミミズクも国内希少野生動植物種に指定を受け、国内では現在合計で54種が指定されている。また、指定された国内希少野生動植物種について、その生息、生育環境の保全を図る必要があると認めるときは、同法に基づき、生息地等保護区を指定できる。平成8年6月にハナシノブ(2カ所)とベッコウトンボについての計3カ所が生息地等保護区に追加指定され、全部で4種について5カ所の生息地等保護区が指定され、工作物の設置や木竹の伐採等の行為を規制している。
 環境庁では、絶滅のおそれのある日本産の動植物の種を選定するために「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を実施し、平成3年に、動物については「日本の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータブック)」を発行している。このレッドデータブックでは、こうした種のうち、種の存続の危機の状況に応じて、?絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧種」、?絶滅の危険が増大しており、現在の状況が続けば近い将来絶滅に瀕する「危急種」、?存続基盤が脆弱であり、生息条件の変化によって容易に「危急種」あるいは「絶滅危惧種」に移行する可能性のある「希少種」の3つを選定した。また、レッドデータブックは発刊後も分類群毎に見直しを行っており、平成9年8月には、両生類及び爬虫類のレッドリスト(レッドデータブックの基礎となる種のリスト)の見直しを終了している。これに併せてレッドデータブックのカテゴリー(分類)が改訂され、絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧?類」、絶滅の危険が増大している「絶滅危惧?類」及び存続基盤が脆弱な「準絶滅危惧」等のカテゴリーとその評価基準がまとめられた。同時に維管束植物、蘚苔類、藻類、地衣類及び菌類についても新たに環境庁としてレッドリストをとりまとめ、「絶滅危惧?類」1,098種、「絶滅危惧?類」628種、「準絶滅危惧」153種等が選定された。既存の分類による種も、現在徐々に新しいカテゴリーに移行している(第4-6-1表)。これらによれば、我が国に生息する哺乳類の約7%、鳥類の約8%、爬虫類の約19%、両生類の約22%、汽水・淡水魚類の約11%が存続を脅かされている種として掲載されている。また、維管束植物も約20%が同様に存続を脅かされている種とされている。レッドデータブックは平成11年までに、哺乳類、鳥類、魚類、無脊椎動物について見直しが順次行われる予定である。
 しかし、未だに全体の明らかでない分野も少なくない。例えば昆虫類は、全種数が7万〜10万種と推定されているのに対し、これまでに記載されている種は約3万種にとどまっている。それぞれの種に関しても国土全域の分布を知るためには、情報の空白域が数多く残されており、生物多様性の現状を把握するための基礎的情報の整備が急務となっている。
 全ての種は種内に遺伝的多様性を保持しており、生物多様性を保全する上で遺伝子レベルの多様性の保全は重要な課題である。種内の遺伝的多様性を保全するためには、同一種内の島嶼、水系など地理的に隔離された集団である地域個体群についても、その保全を図っていくことが重要である。
 しかし、個体の人為的な移動・移入による地域個体群の遺伝子の攪乱も広がっており、それぞれの地域に保たれてきた遺伝的多様性の消失も懸念されている。我が国では、野生生物の遺伝的多様性の構造やその攪乱の現状はまだ十分に把握されていないが、一方で多くの地域個体群が消滅しつつあり、現状の正確な把握と問題点の抽出が急務となっている。
 野生生物の種の絶滅や絶滅の危機の原因は、乱獲、植生の変化、水質の悪化など人間による生息環境の悪化が指摘されており、我が国の野生生物の生息環境は厳しいものとなっている。平成7年4月に絶滅危惧種のトキの雄が死んだことにより、日本で現存しているトキは雌一匹だけとなり、日本産トキの絶滅が確定した。
 絶滅のおそれのある動植物のうち、例えば、北海道のタンチョウは昭和27年にはわずか33羽しか生息が確認されなかったが、保護活動の結果、平成10年1月には616羽の生息が確認された。一時は絶滅したと考えられていたアホウドリは、鳥島等で現在約800羽の生息が確認されており、デコイ(実物大模型)を用いて安全な新繁殖地の形成など保護増殖事業を実施している。平成8年2月には新繁殖地において雛の孵化が初めて確認されたのに続き、平成8年11月には2つがいによる産卵が確認された。また、長崎県対馬のみにおよそ70頭から90頭生息するとされるツシマヤマネコは、生息確認のためのモニタリング調査、野生のツシマヤマネコへの各種ウィルスの侵入状況等の調査が行われている。さらに、将来個体を飼育下で繁殖させ、野生に復帰させていくための、野外の個体の捕獲、飼育繁殖技術の開発等が実施されている。このような保護増殖事業計画が新たにヤンバルテナガコガネ、ゴイシツバメシジミについても策定され、同計画の策定がなされている国内希少野生動植物種は16種となった。

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