環境は地球上のすべての生物の生存の基盤である。このかけがえのない環境が損なわれるおそれが生じてきている。それは、第1章で取り上げた地球温暖化や、第2章で取り上げた廃棄物などによる問題に限られない。
地球的規模でみれば、地球上に生存する生物の種の数は急速に減少しつつあり、熱帯林をはじめとする森林の減少も激しい。オゾンホールは年々拡大し、砂漠は広がり、開発途上国では深刻な大気汚染や水質汚濁に見舞われている。
また、国内に目を向けても、自動車排出ガスによる大気汚染や生活排水による水質汚濁などの都市・生活型公害は、改善が著しく遅れ、むしろ悪化しつつある問題もある。一方、自然とのふれあいを求める国民の欲求が高まる中で、都市においては身近な自然は失われ、また、多くの野生生物が絶滅の危機に瀕するとともに、過疎地域を中心に農地、森林の有する環境保全能力の維持が困難な地域が発生している。
これらの問題は、いずれも人間活動の拡大によってもたらされたものであり、また、それぞれの問題は、大気や水、生態系の働きを通じて、お互いに密接に結びついている。
これを解決していくためには、今日の大量生産、大量消費、大量廃棄型の社会システムと生活様式そのものを問い直していかなければならない。
人類の存続する基盤である環境を保全していくこと、これは、世界全体の課題であり、国の課題であり、私たち一人ひとりの課題なのである。
我が国は、かつて、水俣病や四日市ぜん息に代表されるような産業公害を経験し、これを克服するために、公害対策基本法を作り、工場などからの汚染物質の排出規制を一元的に実施する環境庁を設置することなどによって、その克服に一定の成果を収めてきた。
一方、時間的、空間的な広がりをもつ今日の環境問題に対処するため、平成5年に環境基本法が制定され、翌平成6年には同法に基づき環境基本計画を策定した。環境基本計画では、人の生産・消費パターンを変革することによって「循環」を基調とする経済社会システムを作ることと、生物多様性の減少を食い止めることなどによって人と自然の「共生」を図ることが重要であるとするとともに、これらを達成するために、あらゆる主体の「参加」と地球規模での「国際的取組」が必要であるとした。
環境基本法や環境基本計画で目指しているところは、人間の活動によってもたらされる環境への負荷をできるだけ小さくしていくことや、人と自然との適切なかかわりあいを確保することによって、人類が存続する基盤である恵み豊かな環境を保全していこうということである。しかしながら、序説でもみたように、現実には、我々の意識は、環境対策の必要性には何となく共感するというレベルに留まっていることが多く、社会全体として行うべき具体的対策や、一人ひとりが実際に行う環境保全のための活動は、十分な厚みと広がりを持っているとは言えない。環境保全のための取組が、成果を挙げることができるかどうかは今後にかかっているのである。
人類が直面している現在の環境問題は、慢性病に例えられる。症状は、静かに、深く進行し、症状が現われたときには既に手遅れとなってしまうこともある。一方、特効薬はなく、一日一日の生活そのものを変えていく、その積み重ねが何よりも重要であり、日々の体質改善の努力が不可欠なのである。
我々の未来は、今日からの努力の結果として作られ、選びとられるものであって、未来の環境や生活についての可能な選択肢は極めて幅広い。このことに無頓着なまま漫然と日々の営為を重ねることは、破壊された環境とその下での恵みの薄い生活を選ぶことを意味する。
現在の大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済社会システムや生活様式を変革していくことには、往々にして痛みを伴う。既得権と考えられていることを見直していく過程では、何らかの痛みはつきものである。しかし、既得権と思われている利益は、物言わぬ自然、あるいは将来の人々に対し、環境利用に伴って本来担うべきであった費用を先送りにして得られたものと見ることができよう。このような種類の利益を失うことの痛みは、分かち合い、乗り越えなければならない。我々の社会を持続可能なものとするためには「体質改善」が必要であり、そのための変革にあらゆる主体が取り組んでいくことが必要なのである。また、「体質改善」を成し遂げることができれば、生存の基盤であり、また言いようのない感動を与えてくれる恵み豊かな環境を将来に伝えていくことが可能となる。そして、その下で社会の構成員それぞれが、また企業などの団体が担うべき仕事や任務を十分持ちつつ、健全な経済の発展が図られるのである。
私たちは、これまでどおりの経済社会システムや生活様式を続けていけば、健全で恵み豊かな環境を残すことができないことを知っている。また、どのようにすればそれを将来の世代に遺していくことができるかについても知ることができるようになってきた。
将来世代のために恵み豊かな環境を遺していくことができるか否か、それは、私たちの社会の在り方と一人ひとりの行動にかかっているのである。一人ひとりの行動やちょっとした社会システムの変革のもたらす効果は一見小さく思われるが、行動の変化が経済社会の網目のいたるところで響き合い、強め合い、あるいは補い合って、社会は大きく姿を変えるに違いない。