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むすび

 現代文明に生を受けた私たちは、まさにそのただ中にいるために、その文明が客観的にどのような特徴を持っており、どのような結果につながるのかを改めて自覚することが難しいように思われる。
 地球上の生命の営みは人類の歴史をはるかに越えた時間的スケールがあり、人類の歴史はそれに比べるとごく最近のものにすぎない。しかし、一人の人間の一生から見ればとてつもなく長い時間の中で、これまで多くの文明が生まれ、繁栄・衰退を繰り返しつつ、現代の文明へと人類の歴史が引き継がれてきた。しかしながら、南北問題をその背景に有しつつ近代から現代にかけてこの数世紀の間に、爆発的な人口の増加と経済発展を遂げてきた人類社会は、有史以来初めて、地球的規模での資源や環境の限界が見えつつあるとの共通認識を抱くに至った。かくして私たちは、自らの社会のありかたを改めて自らに問い直すことを迫られたのである。
 もっとも、歴史の中でこれまで多くの文明が盛衰したこと、さらにいえば、これまで多くの生物種の盛衰があったことを考えれば、農耕文明、工業文明を経て大量生産・大量消費・大量廃棄形の社会経済活動や生活様式が定着した今日の文明を、持続可能なものへと変革していくことは必ずしも容易ではないかもしれない。しかしながら、私たちは、地球温暖化の問題などで深刻な影響を受けるような事態に、人類とその文明を委ねることのないよう、真剣な努力を払う責務がある。
 このような問題意識から、今回の報告では、環境と文明との関係を取り上げ、人類の進化や古代の文明などを環境の面から振り返りつつ、現代文明の持つ歴史的な意味合いや問題点を探り、併せて今後の社会のあり方について考えてみた。
 第1章で見たように、人間は地球生態系の中の一生物種としてこの地球上に誕生したが、環境との関係で現在の人間の活動を評価すると、人間は他の生物とは異なった特殊な存在となってきていることが理解される。一方で、古代文明についての考察からは、文明は気候・森林などの環境に依存して存立していたこと、同時に、文明はその回りの環境に種々の負荷を与えてきたこと、そしてある文明は、人間の営みにより生存の基盤である環境を一定限度を越えて損なったことが、その衰退の要因のひとつとなったと見られていることなど、文明と環境とは深い関わりを持ってきたことを学ぶことができる。
 ところで、自然界は、その中での恒常性を保つ仕組みを巧みに備えていると言われている。すなわち、その生命維持装置の中で、何か都合の悪いことが起きても、自動的にそれを打ち消すような逆の作用が働き、全体としてはそのバランスを保つような仕組みである。人の身体の中に最初に見いだされた自然界のこの仕組みは、ホメオスタシスとして知られている。
 ひるがえって現代文明を見ると、省資源・省エネルギーなどの対策により一定の成果はあげてきたものの、環境への負荷の増大を自ら抑制するような社会経済的な仕組みがこれまで充分に組み込まれていたとは言いがたい。事実、人間社会の活動による環境への様々な負荷は、地球的規模で見れば、有史以来、増大の一途をたどった。特に、近代から現代にかけては、地球全体にその活動領域を拡張することでその速度をさらに速めつつ、ついには人類の生存基盤として一体不可分である地球環境に、取り返しのつかない影響を及ぼすおそれを生じさせるに至っている。
 比喩的に言えば、人類が作り上げてきた現代文明は、自然界での約束事である生存・発展の基本的ルールを十分に理解せず、結果として基本的ルールに沿わないまま、これまでゲームを続けてきたようなものだといえよう。その結果、地球環境という人類存続の基盤を損い、ゲームの続行に支障を及ぼすおそれが生じているのである。
 それでは、現代文明が自然界のルールに沿ってこなかった点とはどのようなものであろうか。それは大きく分けると次の2点があげられよう。
 第1の点は、自然界から得たものは自然界が受け取りやすい形で、また、自然界が受け取れる範囲で自然界に返さなければならないということを守らず、いわば自然界の循環を阻害するような行為を拡大させてきたことである。つまり、自然界でうまく循環できない物質、あるいは循環しきれないような量を環境中に滞留させてきたことである。
 第2の点は、自然との共生を適切に図ってこなかったことである。人類は自然の中の一生物種であり、その自然のメカニズムの中には人類がいまだうかがいしれない未知の部分も多い。その中で、人類は近年において爆発的にそのシェアを拡大し続け、その過程において多くの生物種の絶滅がもたらされてきたことである。
 これらの問題が引き起こされてきた要因を経済的な側面から見ると、人間の活動による環境への負荷に伴う社会に生じる費用についての認識が明確ではなく、適切な環境対策が十分に行われてこなかったことから、これらの費用が市場メカニズムの中に適切に織り込まれないまま活動が続けられてきてしまったことがあげられよう。
 これらの問題は、結果として不適切な環境利用を助長し、人類社会の活動自身により、自らの生存の基盤である地球環境が損なわれるおそれがあるとの今日の事態をもたらしたものと考えられる。
 一般に、ルールに沿わない活動により、一時的に大きな利益を得たように見えることがあっても、長い目で見れば、それは決して割のよい行為ではない。現代文明もまさに同じである。そのため、今からでもルールに沿わない活動を改める必要がある。
 もっとも、ことはそう容易ではない。なぜなら、現代の文明は上記のような自然界のルールに沿わない活動を前提にしてその経済社会システムが構築されてきたため、これを改めることは個別の利害関係が絡み、また、景気や経済成長の問題とも密接な関わりを持つからである。そのため、新しい社会経済メカニズムの構築には痛みも伴うのである。つまり、個人的には環境コストを負担したいと思い、また、循環型の生活をし、他の生物との共生を図りたいと思っても、それを受け止める社会的、経済的な仕組みをそれに合ったものとする広範な努力が必要なのである。
 我が国は平成5年に環境基本法を制定し、翌平成6年にこれに基づく環境基本計画を策定した。これは、我が国の社会を環境への負荷の少ない持続的発展が可能なものに変革する意思を内外に示したものであり、自然界の基本的ルールに沿った経済社会システムの構築の出発点となるものである。
 環境基本計画では、「循環を基調とする経済社会システムの実現」、「自然と人間との共生の確保」、「環境保全に関する行動に参加する社会の実現」、「国際的取組の推進」が4つの長期的目標として掲げられた。また、これらの目標の実現に向け、環境利用のコストを価格に織り込むことなどを求めたOECD等の汚染者負担の原則を踏まえ、各種措置の実施費用を汚染者が負担するなど、各主体が責任ある行動をとるとの考え方を基本とし各種施策を進めることとされた。今後は、これらの基本的考え方の下に個別の具体的な対策を一つひとつ作り上げ、実行していくことにより、持続可能な社会のための新しい社会経済メカニズムを形成していくことが求められている。
 特に、世界とのつながりを強めつつ急速な経済発展を遂げ、いまや地球環境への負荷という面でも、また経済的な面でも、国際社会において大きな影響を有するに至った我が国は、自ら率先して持続可能な経済社会を作っていくことはもとより、これまで公害対策等で培った経験や技術の蓄積等も踏まえ、環境と開発の両立に向けた開発途上地域の自助努力を支援することを始め、積極的に世界に貢献していくことが求められている。中でも第2章で見たように、急速な成長を続け、深刻な環境問題も予測されているアジア・太平洋地域における持続可能な社会作りについて、我が国が果たすべき役割は、今後一層高まってこよう。また、第3章で見たように、私達の身の回りの環境についての状況を正しく認識することも重要である。
 現在すでに、国・地方公共団体のみならず、事業者や市民団体など多くの人々が、環境基本計画で掲げられた考え方に沿って様々な環境対策に取り組んでいる。今回の報告の第4章では、社会のあらゆる主体がこのような環境対策を進めていく際に、より一層その効果を高めていく視点を持つことが重要であることを訴えた。これは、地球温暖化を始め今日の環境問題の性格の変化を考えると、今後は時間や人的・予算的な制約の中で、対策の効果を少しでも高め、持続的発展が可能な経済社会の仕組みをできるだけ早く構築していくことが求められているからである。ただし、このような効果を定量的に評価する方法などはいまだ確立しておらず、今後の課題であるが、その際、環境に係る費用や効果の中には、貨幣による評価になじまないものも多くあることは十分認識しておく必要があろう。
 環境基本計画で示された長期的目標は、いわば自然界の基本的ルールに沿った形で人類が持続可能な発展をしていくための道筋を示したものといってもよいであろう。もとより環境と経済がどのようにうまく統合され、また先進国と開発途上国との貧富の差が緩和され、持続可能な社会が形作られていくのか、その全体像は十分に見えているとは言えない。しかし昨年の報告でも見たように、早目の環境投資が環境保全とともに長期的な経済の健全性を支え、21世紀環境と経済との両立を実現する可能性があり、また、国際的にも技術開発の推進やライフスタイルの変革などの具体的方策についての熱心な検討が続けられている。さらに、科学的知見の一層の蓄積に向けた努力もなされている。
 私たち一人ひとりが環境の大切さを深く自覚し、持続可能な経済社会とそのシステム作りに向け、人類がその知恵と創造性を発揮することができれば、発展が環境に種々の負荷を与えることも多かったこれまでの文明とは質的に違う社会の発展が可能となり、豊かで美しい地球文明を築いていくことが可能となるに違いない。
 国、地方公共団体、事業者、市民団体をはじめ、現代に生を受けた私達すべてが、人類の未来に向けて果たすべき役割は大きく、そして重い。

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