前のページ 次のページ

第6節 野生生物種の多様性等の現状

(1) 野生生物種の現状
ア 日本の絶滅のおそれのある野生生物種
 我が国は、多様な気候と地形並びに地理的位置を反映し、変化に富んだ自然環境に恵まれており、野生生物もこうした生育・生息条件から多種多様なものとなっている。野生生物種は種の存在自体が貴重な情報源であり、生態系の構成要素として物質循環やエネルギーの流れを担い、その多様性によって生態系のバランスを維持している。
 また、人類は野生生物種を生活の糧として利用をはじめ、様々な道具の素材、科学・教育・レクリエーション・芸術の対象として利用し、共存を続けてきた。しかし、こうした活動が、時には乱獲につながったり、また、人間の経済・社会活動の拡大に伴う生息地の破壊などにより、野生生物種は生息数の減少や絶滅への圧力を受けて続けている。生物の種はいったん失われると人間の手で再び作り出すことはできない。野生生物種の絶滅を防ぐことは、生態系の保全から見ても、野生生物の持つ様々な価値を守る上からも、緊急の課題となっている。
 このような問題に対応するため、平成5年4月1日、国内外の地域における絶滅のおそれのある野生動植物の保存を図る体系的な制度として、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が施行された。この法律に基づき、我が国に生息する絶滅のおそれのある種については、順次、国内希少野生動植物種として指定し、捕獲及び譲渡等の規制、生息地等の保護、保護増殖事業等の対策を講ずることとしており、平成7年2月には既に指定されている44種に加え、キクザトサワヘビ、アベサンショウウオ、イタセンパラ(淡水魚)、ハナシノブの4種が追加された。(関連資料)
(ア) 動物種
 環境庁では、絶滅のおそれのある日本産の動植物の種を選定するために「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を実施し、平成3年(1991年)の調査結果に基づき、動物については「日本の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータブック)」を発行している。この調査で対象とされた日本産の野生生物の種数(亜種を含む)は、脊椎動物1,199種、無脊椎動物33,776種である(第5-6-1表)。
 こうした種のうち、種の存続の危機の状況に応じて、?絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧種」、?現在の状況が続けば近い将来絶滅に瀕する「危急種」、?生息条件の変化によって容易に「危急種」あるいは「絶滅危惧種」に移行する可能性のある「希少種」の3つを選定している。
 「絶滅危惧種」は110種(第5-6-2表)、「危惧種」114種、「希少種」415種となっており、そのほか「絶滅種」が22種確認されている(第5-6-2表)。
 こうした野生生物の種が絶滅し、または絶滅の危機にさらされている原因としては、乱獲、植生の変化、水質の悪化などの人間による生息環境の悪化や消滅などが指摘されており、我が国の野生生物の生息環境は厳しいものとなっている。
 絶滅のおそれのある動植物のうち、例えば、北海道のタンチョウは昭和27年にはわずか33羽しか生息が確認されなかったが、保護増殖活動の結果、平成7年1月には607羽の生息が確認された。一時は絶滅したと考えられていたアホウドリは、鳥島で現在約600羽の生息が確認されており、デコイ(実物大模型)を用いて安全な新繁殖地の形成など保護増殖事業を実施している。また、北海道東部及び中央部で生息が確認されているシマフクロウに対しては、保護増殖事業の一環として採卵・人工孵化を試み、世界で初めて成功した。
(イ) 植物種
 日本に生育している植物種は、環境庁の「緊急に保護を要する動植物の選定調査」によると、維管束植物8,118種、藻類1,850種、蘚類1,516種、苔類535種、地衣類2,295種、菌類約1万種(亜種、変種、品種、亜品種を含む)が確認されている。日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会によって作成された報告書「我が国における保護上重要な植物種の現状」によると、絶滅のおそれのある植物種(亜種、変種を含む)は、絶滅寸前の種として147種、絶滅の危険のある種として677種、危険性はあるが実状が不明の種が36種、絶滅種が35種存在するとしている(第5-6-3表)。
 このように多くの種が絶滅の危機に瀕している要因としては、開発に伴う生息環境の悪化、生息地の消滅及び愛好家等による乱獲などが指摘されている。特に生息環境の破壊では物理的破壊にとどまらず、生息地を取り巻く環境、すなわち生態系に十分な配慮が払われていないことも問題となっている。
イ 日本の野生生物の生息・生育の状況
 日本においては、動物では哺乳類188種(亜種を含む。以下同じ)、鳥類665種、爬虫類87種、両生類59種、淡水魚類200種、昆虫類28,720種、クモなど十脚類192種、陸・淡水産貝類824種、その他無脊椎動物4,040種、植物では、維管束植物8,118種(亜種、変種、品種、亜品種を含む)、藻類1,850種、蘚類1,516種、苔類535種、地衣類2,295種、菌類約1万種の存在が確認されている。
 この数は、野生生物種の数の多いメガ・ダイバーシティ国家と比べると少ないものの、先進国、特にヨーロッパ各国と比べると生物種は豊かである。これは日本の気候的、地理的・地形的条件により亜熱帯から亜寒帯にまで広がる多様な生態系が存在すること、逆にヨーロッパでは農地化の進展によって生態系の豊かな森林などが少ないことによると考えられる。
 例えば、日本の森林の植物構成は、高等植物だけに限ってみると世界の推定25万種(亜種以下は含まない)のうち日本の高等植物相は5,565種(うち日本固有種は1,950種)で構成されている。日本とほぼ同緯度にある同程度の面積の地域を定めてその高等植物相を見ると、北アメリカ北東部では2,835種、ニュージーランドは1,871種となり、日本の植物相が多様性に富んでいることがわかる。
 我が国はシベリアなどからの渡り鳥の飛来地として重要な位置を占め、我が国で見られる鳥類の60%以上(国内の移動も含む)が渡り鳥であり、我が国に生息している種が国境を超えて移動し、自然環境には国境の壁がないことを教えてくれる。また、渡り鳥の中には、ワシミミズクのように最近になって日本での繁殖が確認された種もある(第5-6-1図)。
 渡り鳥に関しては、その移動経路を明らかにすることが渡来地の保全や渡り鳥保護の国際協力に資することから、標識調査や人工衛星を利用した渡りの経路の追跡調査を行っている。その結果多くの渡来経路が明らかになり、国際的な調査・研究に寄与している。
 我が国に生息するクマ類はヒグマとツキノワグマの2種類であるが、近年の自然環境の急激な変化により、それらの生息地にも大きな変化が現れている。ツキノワグマは本州に生息する最大の哺乳類で温帯から冷温帯森林生態系を代表する野生生物であるが、地域的には絶滅が懸念されており、ワシントン条約でも商取引が禁止されて国内外からの適正な保護管理が求められている。
 環境庁で実施したクマ類の生息実態等の調査では、近年農耕地や宅地及び森林の開発などの影響により森林の連続性が失われた地域、あるいは生息環境が悪化した地域によって生息地が分断され、生息状況が悪くなっている。第5-6-2図はツキノワグマの丹沢山地における生息域の変化を示したものであるが、道路の建設などにより生息地域が分断されたことがわかる。
ウ 海外の生物種の生息・生育の現状
 野生動植物の数は、維管束植物や脊椎動物については比較的研究が進んでいるものの、無脊椎動物、中でも昆虫類については知られていないことが多く、地球上に存在する種の総数についての正確な数値は把握されていない。現在確認されている種数は140万種程度であるが、推定では500万種とも5,000万種とも言われている。世界の陸地面積の7%を占めるに過ぎない熱帯林には、種全体の半数以上が生息しているといわれており、熱帯林を擁する南アメリカ諸国やインドネシア、ザイールに生息する生物種の数は非常に多い(第5-6-4表)。
 このような生物種や固有種の多い国を「メガ・ダイバーシティ国家」と呼び、例えば、ブラジル・コロンビア・エクアドル・ペルー・メキシコ・ザイール・マダガスカル・オーストラリア・中国・インド・インドネシア・マレイシアなどがこれに該当すると考えられ、世界の生物種の60%から70%はこれらの国々で見ることができる。ブラジルや中国のように国土面積が広いため種の数が多い国もあるが、エクアドル・マダガスカル・マレイシアのように狭い国土面積ながら地形的要因により種の多様性が高い国や、オーストラリア、マダガスカルのように固有種の多い国もある。
 しかしながらこうした豊かな生物相も、その生息・生育地の破壊によって急速に失われようとしており、もしこのままの割合で森林破壊が続くと熱帯の閉鎖林に生息する種の4〜8%が今後25年の間に絶滅するという試算もある。
 種の絶滅は、自然界の進化の過程で絶えず起こってきたことではあるが、その速度はきわめて緩やかであったのに対し、今日の種の絶滅は、自然のプロセスによるものではなく、人間の活動が原因であり、しかも地球の歴史始まって以来の速さで進行している。
 こうした傾向に対して、種の絶滅は地球環境問題の一つとしてとらえられ、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」や「生物の多様性に関する条約」などが結ばれ、国際的な取組が進められている。また、日本と米国、豪州、中国、ロシアの各国との間で渡り鳥等保護条約(協定)を締結し、ツルやシギ・チドリなど渡り鳥の保護を推進しているほか、日本と中国の間では、両国が協力して、トキの飼育下繁殖を試みたり、中国の生息地保全に向けた取組など、二国間においても種の保存へ向けた取組がなされている。


(2) 野生生物資源の現状
ア 水産資源
 我が国は、伝統的に水産物を重要なタンパク質として活用してきた。戦後ほぼ一貫して水産物の生産量は増加し、昭和56年に養殖業を除く海面漁業の生産量が1,000万トンを超え、59年には1,150万トンに達した。しかし、平成元年以降生産量が減少し、平成5年の生産量は727万トンにまで低下した。主要魚種別生産量の推移を見るとイワシ類・スケトウダラの生産量が減少している(第5-6-3図)。我が国周辺水域では漁船性能の向上等による漁獲強度の増大等もあって底魚類を中心に総じて資源状態が低水準にあり、マイワシ資源についても今後の資源の減少が懸念されている。
 漁業と野生生物保護の関わり方の問題については、種々の国際会議等で議論されている。第8回ワシントン条約締約国会議では、大西洋のクロマグロを附属書に載せ、国際的な商取引等を制限しようとする動きが見られたが、国際漁業管理機関による保存・管理措置を今後とも強化することを条件に提案国は提案を撤回した。また、欧米等ではクジラの保護を環境保護運動の象徴として位置づけ、捕鯨に過剰に反対する動きが活発であるが、地球サミットではクジラを含む海洋生物資源の合理的利用の原則が確認されており、国際捕鯨委員会においてミンククジラの捕獲、沿岸捕鯨業の再開、南氷洋クジラ類サンクチュアリの設定を巡って議論が行われている(第5-6-4図)。こうした水産資源は世界各国で栄養供給源として、また、飼肥料等の原料として今後とも不可欠であり、その持続的な利用がきわめて重要である。従って、科学的データに基づき適正に管理された漁業を実践していくことが重要である。
 また、海生哺乳類・海鳥・ウミガメ等が混獲される問題に世界的な注目が集まっており、1991年(平成3年)に大規模公開流し網漁業の停止(モラトリアム)が国連総会で決議されたのを受け、我が国では4年末までに大規模公開流し網漁業の操業を停止している。
イ 狩猟
 狩猟は人間の生業やレクリエーション等として行われているが、野生鳥獣を自然の収容力に見合った適切な生息数に管理する手段としての役割も果たしている。
 我が国では狩猟の対象としてカモ・スズメ・カラス・キジ等の鳥類29種、クマ・タヌキ・イノシシなどの獣類18種を定めている(平成6年6月にビロウドキンクロ、コオリガモ、ウミアイサ、リス及びムササビを削除し、ヒヨドリ、ムクドリ、ハクビシン、アライグマ及びミンクを加えた。)が、狩猟対象種のうちで地域的な生息数の減少から保護の必要な種については、捕獲禁止期間や区域を設けて狩猟を制限している(例えばクマ)。平成4年度に捕獲された狩猟鳥類は約294万羽(キジバト29%、スズメ26%)、狩猟獣類約33万頭(ノウサギ52%、イノシシ19%、タヌキ11%)である。また、都道府県知事と環境庁長官は有害鳥獣駆除などの目的に応じ、野生鳥獣の捕獲を許可することができるが、平成4年に知事の許可を受けて捕獲された鳥獣は、鳥類約128万羽、獣類約10万頭であり、狩猟にその捕獲数を加えると総計で鳥類約422万羽、獣類約43万頭であった。
 昭和51年までは、狩猟免許数と狩猟による捕獲数は増加し続けたが、捕獲鳥獣の合計は、55年の約840万羽(頭)を最高にその後急減し、平成4年度には約327万羽(頭)にまで減っている。狩猟者人口についても、51年の約53万人が平成4年には約26万人にまで減少しており、しかも高齢化がかなり進んでいる。
ウ 国際取引
 先進国では、海外の動植物、特に熱帯産の動植物が観賞用などの目的で輸入されている。輸入する国での珍しい動植物への嗜好の変化や輸送技術の向上により、熱帯地域から先進国への野生生物の貿易量が多くなっており、野生生物種の生息・生育状況に与える影響が懸念されている。このため、ワシントン条約では、貿易活動により野生動植物が絶滅してしまうことのないよう、絶滅のおそれのある種の国際取引については国際取引の禁止を含む貿易管理が行われている(第5-6-5表)。


(3) 生物の汚染
 汚染物質の中には、大気・水質・土壤・底質といった様々な環境の自然的構成要素間にまたがってその存在が確認されているものがあり、生物も汚染の可能性にさらされている。
 ある種の生物は、特定の有害重金属や化学物質を濃縮して蓄積し、大気や水質に比べて高いレベルの汚染を示すことがあり、それらにおける測定値はある期間の汚染の蓄積状況の指標と考えられることから、人の健康や生態系に対して問題があると考えられる物質の環境中での挙動、汚染レベルの推移の把握、各種公害対策の総合的な効果の把握などの点で有意義なデータとなる。
 一般環境中に残留する化学物質の早期発見及びその濃度レベルの把握を目的とした平成5年度の魚類に関する化学物質環境調査結果によると、調査対象18物質のうち5物質が検出されたものの、検出濃度等から見て直ちに問題とするべきものではなかった。また、継続的に行っている生物モニタリング調査結果によると、調査対象物質24物質のうち21物質が検出された。(第5-6-6表)。
 また、非意図的生成化学物質汚染実態追跡調査の平成5年度の調査結果によると、ダイオキシン類による一般環境の汚染状況は、現時点では、人の健康に影響を及ぼすとは考えられないが、低濃度とはいえダイオキシン類は検出されており、今後とも引続き汚染状況の推移を追跡して監視する必要がある(第5-6-7表)。

前のページ 次のページ