宇宙から見る地球は、暗黒の宇宙の中に浮かぶ青い水惑星であるという。宇宙から帰還した飛行士は例外なくその存在の神秘について述べている。
その地球上に人類が初めて誕生してからおよそ百万年余が経過したといわれている。私達は過去の数万世代にわたる祖先の夢と努力がこめられた歴史と文化を引き継いで現代に生きている。
日本は、変化に富んだ美しい四季に恵まれた地域である。日々の平和な暮らしが、明日も続き、私達の子孫もまた、巡る四季の中で平和にそして心豊かに暮らしていくことを皆が願っている。
それを可能にしてきた地球の環境が、二酸化炭素の増大による温暖化や森林の急速な現象さらには酸性雨などの問題によって現在脅かされつつある。
その根本的な原因は、私達自身の活動そのものにあるということが次第に明らかになってきた。そして、資源やエネルギーなどを大量に使い、不用物を大量に廃棄する現在の生活様式を将来にわたって続けていくことは極めて難しいのではないかとの予感を多くの人が持ち始めている。それは、私達の現在のものの見方や考え方、そして具体的な生活行動様式のすべてについて、大きな変革が迫られていることを意味している。
しかしながら、現在の生活様式、生活習慣を変えることは容易なことではない。また、地球の環境のバランスを崩さない生活様式や経済社会の仕組みがどのようなものであるか、その全体像は必ずしも明かではない。さらに、地球環境のバランスの崩れは必ずしも目に見える形で今日明日の差し迫った課題として把握できず、その将来的不確実性が私達の思いきった行動を妨げているという面もある。
このような状況の中で、現在の社会経済の流れを変えようという動きが着実に芽生え、そして成長しつつある。例えば国際的に見ると、1992年(平成4年)6月に開催された国連のサミットであり、国内的に見ると翌平成5年11月に成立した環境基本法である。ここでは、地球上の環境は限られたものであり、それは現在の世代のみならず将来の世代とも共有していること、人類共有の生存基盤であるただ一つの地球環境を壊さないためには、先進国と途上国とがそれぞれの責任を果たしつつ、協力して現在の社会経済を接続可能なものに変革していく必要があることが強く認識されている。
これらの内外の動きにも呼応して、我が国でも、消費者や企業を始めとする多くの社会構成主体が様々な分野で持続可能な社会に向けた先進的な努力を始めている。
今回の報告では、今後の社会経済の変革の鍵となると考えられる私達の消費行動を中心とした生活文化とそれを支える産業界の動きについて環境保全の面から現状を概観するとともに今後の展望を試みた。特に消費行動については日常のライフスタイルが直接的・間接的に身の回りの環境や地球環境にどれほどの負荷を与えているかについてできるだけ定量的に把握するよう努めた。また、環境保全につながる考え方や実践例については、内外の事例のみならず、過去の事例についても考察を試みた。
これらの事例を見ていくと、人類の長い歴史の中で、今日の先進工業諸国における生活文化や産業活動は、ありふれたものではなく極めて特異な時代的特徴を持ったものであることが見えてくる。逆に、これまでの先人の知恵や慣習を振り返ってみると、環境にやさしい持続可能な経済社会は決して目新しいものではなく、彼らの知恵や慣習の中にその多くの要素を見つけることができる。
今日の私達の生活文化や産業活動における時代的な特異性とは何だろうか。
それは、序章でも見たように、有史以来最も多量の資源やエネルギーなどの使用に支えられ、しかもその使用の増加の速さが歴史的に見て未曾有の水準にあり、限界が見えつつあること、そしてなによりも、このような生活文化や産業活動によって地球規模での環境問題が引き起こされていることが明らかになってきていることである。
問題は、このような特異性が、私達の日常において実感として認識されにくいことであるが、その理由はどこにあるのだろうか。
その第一は、私達の生活様式を支えている物やサービスが身の回りの環境を越えて広く地球規模にまでかかわってきているため、私達の生活様式が引き起こす環境への負荷の把握が難しくなってきていることである。これまで物やサービスの交易は、私達の生活を豊かにかつ便利にし経済を発展させてきた。しかしながら、このことは、一面で私達の日常の生活とそれを支える自然生態系と切り離すという結果をもたらしてきた。特に大都市における生活は、水や食物、エネルギーを始めとする各種消費財の生産、さらには廃棄物の処理などが普段の生活の場から遠く隔たった場所で行われており、そのあるものは貿易を通じて世界とも密接につながっている。このような広範で複雑な現代の経済社会の仕組みの中では、自分たちの消費活動が地球規模での環境に対し、具体的にどのような影響を与えているかを実感することは極めて難しい。
第二は、歴史的には特異なことであっても、今日の経済社会は継続的拡大を前提として成り立っているため、私達自身、どうしてもそれを当然のこととして第一に意識しがちなことである。そのため、例えば、今日の経済不況のように生産・消費が伸び悩み、経済成長率が停滞する場合には、消費や投資を少しでも高め、経済の量的拡大による雇用の確保、所得の向上等を図ることが当面の現実的な社会の目標と考えられやすい。これに対し、今日の経済社会が引き起こしている地球規模での環境問題は時間的にも長期的なズレを伴う場合も多いため、例えば二酸化炭素による温暖化の場合、その明かな被害を被るのは将来世代の話であるとすれば、その切実感は目前の不況問題に比べどうしても低くなるという面がある。
一方、かつての人類の歴史のほとんどの時代は現代と比べれば、資源・エネルギーの使用量を始め、物質的には極めて変化の少ないものであり、かつ、空間的にも広がりの少ない世界であったものと思われる。例えば、我が国の江戸時代は、エネルギー的にも物質的にも閉じた社会を形成しており、そこでは、人間の行為とその環境への影響、また、環境が人間に与える恵みや脅威は地域の人々が比較的身辺に実感できるものとなっていた。このような社会では、人間による環境への負荷が自制され、また、そのような自制行為が一種の合理性を育し、それが慣習となり、結果として環境にやさしい社会、いわゆる持続可能な社会が形づくられていたといえよう。
もとより、現代は江戸時代ではない。かつての江戸時代には相対的に少なかった自由と物質的な豊かさが現在あり、価値観も多様化している。このような現代の経済社会を私達はどのようにして持続可能なものに変えていけるのだろうか。
そのヒントは、先に見たように先人のライフスタイルからも多くのものを得ることができるが、何よりも、現在芽生えつつあるライフスタイルの新しい風の中に、また環境にやさしい企業行動、そして、新たな環境ビジネスの動きの中に見いだすことができる。
環境にやさしく持続可能な経済社会への移行は、一方で、私達自身が、ものの見方や考え方を環境にやさしいものに変えていくべきことを意味している。また、それに伴って現在の大量生産、大量消費、大量廃棄型の社会の仕組みを大きく変革していくことを意味している。
このことは、特に先進工業諸国においては、例えば、様々な物をなるべく長持ちさせて使うこと、あらゆる資源をできるだけリサイクルして使うこと、無駄を徹底的に排除することなどを通じ、物質的な生産や消費の面から見た成長の低下をもたらすことも予想されるが、それをもって直ちに社会の発展を阻害するもの、あるいは社会の沈滞化をもたらすものと見るのは誤りであろう。
今日消費者の間で芽生えつつある新しいライフスタイルの風は、決して強制されたり無理強いされて現れてきているのではない。様々な試行錯誤、困難を経ながらも、環境とライフスタイルのあいだの複雑な関係を探りつつ、自らの自発的な考え方や生き方の中で自由に選択されてきたものである。
産業界の動きやエコビジネスについても同様である。消費者の新しい動きを敏感に察知し、持続可能な社会に向けた企業のあり方を主体的に模索し、環境の保全と企業の存続・発展とを新たな発想や技術の下で積極的に結び付ける新たな企業家精神こそが社会を変え、社会を活性化させる。
その意味で、消費者による新たなライフスタイルの模索と産業界による新たな生産様式の模索が噛み合ったとき、環境にやさしい生活文化に支えられ内容の変化を伴った、持続可能で健全な経済の発展の道が見えてくるのではないだろうか。同時に、このことは、近年の経済不況を環境保全型の新たな投資や消費によって梃いれすることにもつながるという側面があることも指摘されよう。また、第2章で見たように、環境投資は環境保全はもちろんのこと長期的な経済の健全性を支えるための不可欠の要素であることにも留意すべきであろう。
行政の役割は、行政の各局面で自ら環境保全面での配慮を徹底して行うとともに、現在見られる新たな風をさらに大きな波に、そして大きな流れとすることである。言い替えると、社会構成主体のそれぞれの努力を適切に噛み合わせる仕組みを作ることである。そのためには、例えば、環境問題に係る様々な情報を整備し、それを的確に提供する仕組みを強化すること、環境保全コストを適切に反映させるため、環境にやさしい物やサービスにはより少なく、環境に負荷を与える物やサービスにはより多くの経済的コストが払われるような経済の仕組みを作っていくこと、長期的な視野のもとに環境投資が計画的に行われていくよう配慮することなど多くの課題がある。また、経済社会の国際的な相互依存が進んでいる今日、地球環境問題を的確に解決していく上で、国際社会との協力や調整が今後ますます重要性を増してこよう。
今日最も必要とされていることは、政府はもとより、産業界、市民団体、地方公共団体をはじめとする多様な社会の構成員の持続可能な社会に向けた活動をより効果的にまた有機的な連携のもとに発展させていくことであり、すべての社会構成員の具体的な行動を呼び起こすような道しるべが示されることである。現在策定が進められている環境基本計画はまさにそのような役割が期待されている。
環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築とは、かつての江戸時代に戻ることでもなければ不便な生活を嘆くような社会をつくることでもない。社会の全ての構成主体が地球的な視野に立って持続可能な社会を自らの英知と行動によって選び育てていくてき、その社会での暮らしは、今日以上に美しくまた心豊かなものとなろう。