環境にやさしい経済社会への変革に向けて
1 1992年国連環境開発会議に向けて
ア 環境問題の20年の変化
1972年、環境庁発足の翌年にスウェーデンのストックホルムで国連人間環境会議が開催された。その後、1970年代には、環境問題への社会的関心は落ち着いた動きを示していたが、その間にも環境の悪化は進んでいた。
地球温暖化など、潜在的には破壊的ともいえる影響を先進国、開発途上国を問わずあらゆる国に及ぼす地球環境問題があきらかになってきた。先進国では、経済社会の発展に伴って、工場・事業場からの排ガス、排水のほか、発生源の規制対策のみによっては問題の解決を図ることが困難な自動車排出ガスや生活排水による環境汚染問題など都市・生活型の環境問題が深刻化している。市場経済への移行の過程にあるソ連・東欧諸国においては、大気汚染等の激しい環境汚染の存在が明らかになってきている。また、開発途上国では、首都などの大都市地域において公害が発生するなど、先進国と同様の環境問題を抱えるとともに、熱帯林の減少、砂漠化の進行など貧困に起因する環境問題にも直面しており、現在の生活の維持のために将来の発展のための資源を食い潰してしまうおそれが現実のものとなりつつある。
このような環境問題の深刻化と関心の高まりに応じて、国連総会は、1992年6月にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで国連環境開発会議を開催することを決定し、現在、世界の地域や国々でこの会議に向けて準備が進んでいる。
イ 環境と経済の統合
1972年の国連人間環境会議では、「宇宙船地球号」の考え方が提唱され、その後、国連環境計画(UNEP)の設立など国際機関での体制整備が進み、多くの国で環境行政を一元的に所管する行政庁が設けられるなど行政組織の整備と政策の進展がみられた。
しかし、世界が今日直面している環境問題は、20年の間に、地球的規模に拡大し、深刻さを増してきた。このような環境問題に対処していくには、これまでの環境保全施策を一層推進することはもちろん、さらに、国際協力を一層強化するとともに、国内及び国際社会の経済社会構造にまで踏み込んで、人口政策、都市政策、経済政策、エネルギー政策などと環境政策との連携を強化し、経済社会活動自体を環境にやさしいものに変えていくことが必要となる。地球環境問題に取り組むに当たって、貧困の中に生きている開発途上国の人々と環境問題、100億人にも達しようとする次の世代がその中で生きる地球の環境、地球上に生きる様々な生き物と人類、紛争と環境問題など様々な問題を考慮しなければならない。
国連環境開発会議では、このような観点から、21世紀に向けて特続可能な地球社会を形成するため、環境と経済の統合が大きな課題となっている。
ウ 地球規模の環境協力の強化
地球環境問題に対処するためには、関係するすべての国及び国際機関が協力して、共同の目的に向かってそれぞれの役割を果たしていくための枠組みを作っていかなければならない。例えば、国境を越える酸性雨対策においては、ある国が環境対策を講じないことによる不利益は自国のみならず他国にも及び、また、ある国が環境対策を講じても他国が対策を講じなければ対策に万全を期することができない。特に、あらゆる国が部外者でいられない地球温暖化やオゾン層の破壊の問題については、すべての国がその対策に適切に参加できるような、国際協力の枠組が不可欠となる。
しかし、百数十の国に分かれている現在の世界は、先進国、ソ連・東欧諸国、開発途上国それぞれの国々が、それぞれ異なった事情を抱えている。先進国でも、日本、米国、ヨーロッパ諸国それぞれの国の違いを挙げればきりがない。これらの国々が地球環境の保全に向けて協力できるような条件づくりが必要であり、このために多くの国際会議が開催されている。
また、地球環境問題への対策の多くが、各国の国内で実行されていくことに鑑みれば、それぞれの国内での環境に関する政策形成・遂行能力の向上が必要になってくる。特に、開発途上国では、まず直面している国内の環境問題を解決していくことに優先順位が置かれることが容易に推察される。したがって、地球環境問題に関する国際協力を進めるためにも、その環境分野における開発途上国への技術移転、専門家派遣、資金協力などの国際協力が強化されなければならない。
環境問題の世界的枠組みをつくるこれらの努力が、1992年の国連環境開発会議を目指して進められている。
エ 環境保全分野における我が国の積極的貢献
我が国は、この20年の間にも着実な経済成長を遂げ、一人当たりのGNPにおいても世界第2位となるに至った。今や、我が国は、経済大国として、人類の生存の基盤である地球の環境保全に対しても大きな責任を有しているばかりでなく、これらの環境問題の解決に貢献できる能力を有している。
我が国は、その持てる能力を生かして、政府はもとより、地方公共団体、企業、民間団体が一体となって、開発途上国との環境協力を着実に推進することはもとより、特に、1992年の国連環境開発会議に向けて、先進国間やアジア太平洋地域などとの協調を図りつつ、地球規模の環境協力の強化を図る上において指導的役割を果たすようにしていかなければならない。
国、地方公共団体、企業、国民あらゆるレベルにおいて国内の環境問題への真摯な取組を進めることによって、環境を大切にする我が国の姿勢への世界の信用が高まことが期待できるとともに、地に足が着いた国際協力を築いていく基礎が固められる。いくつかの先進国では開発途上国で活躍する市民レベルの協力がみられるが、我が国においても、地域の環境保全活動を行うと同様に、国際的な貢献が特別のことでなく行われるようになっていくことが期待されている。我々は、「地球規模で考え、地域で行動する」ことと「地域で考え、地域規模で行動する」ことが共に求められる、そのような時代を迎えつつある。
2 環境にやさしい経済社会への変革
ア 「地球温暖化防止行動計画」の着実な実施
政府では、地球環境問題に対し、地球環境保全に関する関係閣僚会議を設置して、政府一体となって対策を講じてきた。特に地球温暖化問題については、「地球温暖化防止行動計画」を策定し、都市・地域構造、交通体系、生産構造、エネルギー供給構造、ライフスタイル等のあり方を幅広く見直すとともに、技術の開発・普及を促進し、総合的に対策を推進することとしている。「地球温暖化防止行動計画」に盛られた内容は広範にわたり、これを実行していくためには、政府のみならず、地方公共団体、企業、国民の参加と協力が不可欠である。
地球温暖化問題をはじめとする地球環境問題への対策は、緊密な国際協力のもとに行われなければならないが、行動の段階に入り、対策においては各国の国内での政策遂行が大きな比重を占めることが明らかになってきている。これらの対策を通じて、「地球規模で考え、地域で行動を」することが国内に定着しつつあり、地方公共団体、企業、国民も地球環境保全のために、既に様々な努力を始めているが、これを一層推進していかなければならない。
イ 環境にやさしい経済社会への変革
我が国の国内の環境問題をみると、自動車排出ガスによる大気汚染、生活排水による水質汚濁、諸外国と比較して整備が進まない都市の緑や自然公園の整備、快適な環境の創造など多くの問題が存在している。これらの解決のためには、政府や地方公共団体の施策に加え、空き缶のポイ捨てをしないようにしたり、自然を損なわないように接することなどの環境保全的な行動規範の定着や、できるだけ環境に負荷をかけず、また、一歩進んで環境を改善していくようなライフスタイルへの変革が必要である。日常生活や企業行動の背景にある文化にも及ぶような変革を迫られるなど、一朝一夕には成し遂げられないような課題ばかりであるが、我々は、今、その途を歩み始めている。
地球温暖化問題への対応としては、都市・地域構造、交通体系、生産構造、エネルギー構造、ライフスタイルから緑の創出や木材貿易の適正化にまで多様な対策手段が掲げられており、二酸化窒素による大気汚染問題などの国内の環境問題への対策においても、発生源対策の推進をはじめとして、電気自動車やメタノール自動車など多様な自動車の開発・導入、排出ガス総量抑制の検討などあらゆる手段を視野に入れることが必要となっている。現在、我々が直面している国内及び地球規模の環境問題に対処していくためには、このように経済社会を環境にやさしいものに変革していくことが必要となっている。
地球環境問題の基本は、人類の経済社会活動が地球生態系を壊さないことにある。人類がその中で生きている地球生態系を全体としてとらえ、これを保全していくための対策を講じていく必要がある。しかし、地球生態系を保全していくのも、地球生態系に脅威を与えている我々人類をおいて他にない。このため、まず人の心に自然を慈しむ心を育んでいかなければならないが、自然と接することが少ない生活の中でこのような心を育んでいくことは難しく、自然とのふれあいの機会を積極的につくっていかなければならない。
以上のように、環境にやさしい経済社会への変革を進めていくことは決して容易な途ではない。その実現のためには、多方面にわたる取組を着実に続けていく以外に方法はなく、本白書に掲げた自動車対策や自然へのかかわりの推進などの環境保全型社会の形成のための事業に、様々な立場の人々がそれぞれの立場で取組を開始していかなければならない。
3 かけがいのない地球のため世界を一つに
環境対策を講じる主体は国家によって地理的に区切られているが、大気も、水も、森も一つの国内で閉じているのではなく、世界に通じている。地球自体が一つの生態系を形づくっている。国内の環境問題への対策も地球環境問題への対策も、ともに人類の経済社会活動によって損なわれ、または、損なわれようとしている切れ目のない環境を相手にするものである。そこには彼我の違いはなく、国境の内外にかかわらず同じく大切な環境である。
このかけがえのないたった一つの地球を守っていくために、先進国、ソ連・東欧諸国、開発途上国など異なる条件のもとにある世界の数多くの国々が、その違いを克服して、一つの世界をつくりあげ、力を合わせて対策を講じていかなければならない。今、我が国の政府、地方公共団体、企業、国民各層には、それぞれの立場で率先して地球を守っていくための努力をしていくことが求められている。