前のページ

むすび

−地球にやさしい足元からの行動に向けて−
 21世紀、新しい千年紀の門出を10年後に控えて、人類は自らの生存基盤に深刻な影響を与えかねない重大な地球環境の問題に直面している。生態系は縫い目のない織物と言われるが、人類は今になってようやく地球環境そのものが一つの大きく複雑な生態系を成していること、そして、人類にとって存続と発展の基盤であり共通の家である地球環境に大きなほころびができ始めたことを知った。
 オゾン層の破壊、地球温暖化による気候変動、熱帯林の減少、砂漠化の進行等の様々な地球環境問題は、国際社会の構成員全員が一致して取り組むべき人類共通の課題である。そのいずれについても、科学的に不確実な要素が数多く残されているため早期解明へ向けての努力が必要である一方、完全な科学的解明を待っていては手遅れになる恐れも大きく、対策への早期着手が求められている。また、有効な対策を講じるには国際社会の一致した協力の下に、全人類的視野に立った長期の取組が不可欠であり、そのための国際的な枠組みを構築することが求められている。
 我が国が提唱して設置された「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」は1987年に「われら共有の未来−OurCommon Future」と題する報告書を公表した。この言葉には、全人類が地球環境問題に直面して未来の運命を共有していること、言い換えれば、今や人類の生存すら脅かされているが、同時に、世界が一致協力すればこの難局を乗り越えることも可能であるという希望のメッセージが託されている。その希望の実現のために同委員会が指し示した道が、「持続可能な開発」の追求であった。
 WCEDはまた、その報告書を要約して「“地球は一つ”から“世界は一つ”へ」とも訴えた。これは、ストックホルムの人間環境会議以来、人類にとってかけがえのない、たった一つの地球(OnlyOne Earth)という認識だけは広まってきたが、地球環境の保全に向けて世界は未だ一つになっていない、すなわち、人類がこの難局を乗り切るには、世界中の国や国民が国境という枠を超えて手を一つに結ぶ必要があることを指している。
 先進国は率先して対策を講じ、世界に範を示していくべき責任と能力を有している。中でも我が国は、その世界にまたがる経済活動や健全な地球環境から受けている恵み、我が国が有している技術力、経済力等の大きさからして、指導的役割を果たすべきである。
 それに際しては、まず我が国政府が地球環境保全を内政・外交上の最優先課題の一つとして位置づけるとともに、国、地方公共団体、民間企業、国民が一丸となって足元の地域の環境保全や地球環境保全のための国際協力に努めていく必要がある。
 本総説においては、地球環境問題に対し国内の環境問題と一体的に取り組むという視点から、その実践の方途を探ってきた。その結論を国、地方公共団体、民間企業あるいは事業者、一般国民等行動の主体別に要約すれば、次のとおりである。
 まず第一に、国に関しては、地球環境保全関係閣僚会議の申合せを基本として我が国としての地球環境問題に対する戦略を確立し、地球環境保全のための新しい国際協力の枠組みづくりや対策の実施において世界的リーダーシップを発揮するとともに、国内の総合的政策対応を進めることである。
 より具体的には、?関係閣僚会議の申合せに基づき、地球環境保全に関する調査研究、観測・監視及び技術開発等総合的な施策の計画的推進を図ること、?環境保全の見地からの省エネルギー・省資源対策の抜本的強化を図ること、?経済政策への環境配慮の統合を図ること、?国民の意識啓発や環境教育の普及、NGOsの育成・支援等を推進し、環境倫理の確立を図ること、等が挙げられる。
 第二に、地方公共団体としては、地球特性に応じた環境保全施策を推進するとともに、地域独自の地球環境保全への協力活動を行うことである。
 個別的には、?環境にやさしいまちづくり、地域づくりを推進すること、?環境負荷の小さい事業活動を率先して実行するとともに、国の施策に準じた民間企業や一般市民の誘導策を講じること、?地球環境に関する調査研究や観測・監視活動を自ら推進し、または国の行うこれらの活動に参加・協力すること、?住民に対する環境情報の提供と意識の啓発、NGOsの育成・支援等に努めることである。
 第三に、民間企業又は事業者にあっては、環境保全に対する自らの社会的責任をはっきりと自覚するとともに、企業活動の展開に当たっては地域や地球環境への配慮を徹底する必要がある。
 より詳細には、?自らの事業活動と地球環境問題との関連を知ること、?自らの事業活動や製品・技術が地球環境へ与える負荷を軽減すること、?環境保全に資する技術開発を行うこと、?海外に進出する際や貿易を行うに際し、相手国や地球の環境に配慮するとともに、そうした行動を企業の基本方針や業界としての自主的な規約とすること、?地球環境保全に積極的に参加・協力すること、等である。
 第四に国民一人ひとりにおいても、?環境問題への認識を深め、環境倫理の確立に努めること、?日常生活における環境への負荷を軽減すること、?環境保全のための活動やNGOsに積極的に参加・協力すること等が求められる。
 第五に、開発途上国との環境協力の問題については、以上の行動主体のすべてがそれぞれの専門の分野においてできる範囲で、互いに協力しつつ進めるべきであるが、特に国においては政府開発援助の実施に当たって環境配慮を徹底するとともに、地球環境保全のための援助の拡充に努めていく必要がある。
 それに際して特に重要と考えられる点は、?特定の地球環境問題への取組に焦点を当てた援助内容の拡充、?開発途上国のニーズに合った適正技術の開発・移転促進と開発途上国の人材開発の重視、?地球環境保全に向けての国際協力への開発途上国の参加の確保と政策対話の断続的実施、?我が国における地球保全への協力体制の整備・充実等である。
 より究極的に人類全体が「持続可能な開発」を実現していくうえでは、新しい世界観や環境倫理に基づく地球人としてのライフスタイルと、新しい国際経済関係を取り結び国際協力を進めるための制度・組織を築いていく必要があるが、そうした21世紀にふさわしい文明の姿はまだおぼろげにしか見えてこない。しかし、この20世紀最後の10年の間に、世界が協力して地球環境の危機を克服するための長期的な戦略と対策の枠組みを確立するとともに、直ちに実施可能な対策から着手していく以外に道はないと言えよう。そして、我が国及び国民こそは、そのために世界的リーダーシップを発揮していかなければならない。

前のページ