野生生物は、自然環境を構成する重要な要素であるとともに、学術、経済あるいはレクリエーションの観点からも、人間にとって必要不可欠な存在である。加えて、野生生物は医学や農林業等の分野では、近年の遺伝子工学の進歩に伴い、潜在的利用可能性を持つ遺伝子の貯蔵庫として重要視されている。このような野生生物の持つ様々な価値は今日広く認識されるところとなっており、国内外を問わず野生生物の保護の要請はますます高まってきている。
こうした近年の野生生物保護の要請に対応するため、以下の施策を講じ、野生生物保護の一層の充実を図っている。
(1) 第六次鳥獣保護事業計画の推進
第六次鳥獣保護事業計画(昭和62〜平成3年度)に基づき、各都道府県において鳥獣の生息状況の把握、鳥獣保護区の設定等保護措置の充実が図られた。
(2) 鳥獣保護区の設定等
環境庁長官又は都道府県知事は、鳥獣の保護繁殖を図るため、鳥獣保護区の設定、特別保護地区の指定を行っている。
なお、国設鳥獣保護区の設定は、全国的視野から鳥獣保護上重要な地域について重点的に行うこととしており、平成元年度には伊奈鳥獣保護区(長崎県)及び剣山山系鳥獣保護区(徳島県・高知県)の設定を行った。
昭和63年度末の鳥獣保護区等の設定状況は第7-3-1表のとおりである。
(3) 絶滅のおそれのある野生生物の保護
絶滅のおそれのある野生生物の保護の基礎資料とするため実施してきた緊急に保護を要する動植物の種の選定調査のとりまとめを行ったほか、保護増殖等を進めるため、次の措置等を講じた。
ア トキについては、昭和60年度に中国から借り受けた雄1羽を含め、雄2羽雌1羽計3羽による人工増殖事業に取り組んできたが、平成元年度は、中国から借り受けた雄1羽を元年11月7日に返還し、日中両国が共同してトキの増殖を図るため日本産の雄1羽を2年3月5日に中国北京動物園へ移送した。
イ イリオモテヤマネコについては、保護増殖対策の一環として給餌を実施した。
ウ タンチョウについては、冬期間の給餌を行うとともに監視人を配置している。また、生息数については、441羽を確認した。
エ エゾシマフクロウについては、巣箱の設置及び給餌事業を実施した。
オ オオトラツグミ、ナミアカヒゲ等の特殊鳥類については、生息状況等の調査を行った。
カ イヌワシ、クマタカ、オオタカ、ツキノワグマ及びヒグマについては、行動様式、食性等の生態解明のための基礎的研究を実施した。
キ 下北半島のサル、ライチョウについては、監視、生息環境の保全等の保護措置を講じた。
ク ニッポンバラタナゴ(淡水魚)、ホクリクサンショウウオ(両生類)については、保護増殖のための事業を実施した。
ケ ヤンバルクイナ、ヤンバルテナガコガネ等の貴重な生物が数多く生息している南西諸島において、これら貴重な野生生物の分布、生息状況等についての研究を実施した。
コ 野生生物の重要生息地の選定に関する調査を実施した。
サ ツシマヤマネコについては、保護増殖対策の一環として、平成元年度より給餌等事業を開始した。
シ 土砂流入等による繁殖地環境が悪化している鳥島のアホウドリ繁殖地の保全対策調査を実施した。
(4) カモシカの保護及び被害防止対策の推進
カモシカについては、文化庁、林野庁及び環境庁が協議の上定めたその保護と被害の防止を図るための方針に基づき、各種の措置がとられている。
ア 平成元年度は紀伊山地のカモシカ保護地域が設定された。
イ 特に、被害の著しい地域を中心に、防護柵の設置、ポリネットの装着等による被害防止策を講じるとともに、岐阜県、長野県及び愛知県において個体数調整を認めた。
ウ カモシカ生息動向調査を実施するとともに、カモシカの適正な保護管理方法の検討を行った。
(5) 渡り鳥標識調査の実施
渡り鳥の特に多く集まる渡来地、越冬地等のうち重要な地点を1級観測ステーションとして10か所、その他を2級観測ステーションとして50か所をそれぞれ選定し、標識調査を実施している。
(6) 狩猟の適正化について
狩猟は適正な管理の下では野生鳥獣を自然の適正収容力に見合った生息数にコントロールする手段として極めて重要な役割を果たしている。
ア 猟区の設定について
猟区とは放鳥獣等により積極的に狩猟鳥獣の保護繁殖を図る一方で狩猟を行い得る場所の一部を区切って、その区域内において入猟者数、入猟日、捕獲対象鳥獣及び捕獲数の制限等を行い、鳥獣保護と狩猟の調整を行って管理された狩猟、秩序ある狩猟を実現しようてする「狩猟の場」である。
平成元年度においては、岩瀬町(茨城県)、緒川村(茨城県)、笠間放鳥獣(茨城県)、大聖寺捕鴨(石川県)、小淵沢放鳥獣(山梨県)、損斐川町小島(岐阜県)、大島町(山口県)、久賀町(山口県)の8ヶ所の新設及び再設定を認可した(第7-3-2表)。
イ 違法捕獲の防止について
カスミ網によるツグミ等の違法捕獲防止及びワシタカ類の違法捕獲防止の推進のため、環境庁、通商産業省、警察庁及び林野庁の連携の下に取締りの強化と普及啓発を図るとともに、都道府県及び民間団体に対し、その推進方を指導した。
ウ 狩猟による事故の防止について
猟銃による事故を防止し、安全な狩猟を推進するため、猟期前において都道府県及び狩猟関係団体等に対し、猟銃の適切な取扱い等狩猟による事故の防止を徹底するよう指導した。
重大事故が発生した場合には、同様の事故が再発しないよう関係者に対して文書等により注意を喚起した。
(7) 飼養鳥類の適正管理について
飼養許可を受けている鳥類の適正管理を図るために、従来の鳥獣飼養許可証の様式を変更し、脚に装着すべき証票(リング)を鳥獣飼養許可証の一部と定め実施した。
(8) 野生生物保護に関する国際協力の推進
ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)については、ジャコウジカ及びイリエワニの留保を撤回する等条約の履行を強化するとともに普及啓発の徹底等所要措置を講じた。
また、10月にスイス、ローザンヌで開催された同条約の第7回締約国会議において、アフリカゾウの附属書?への移行等に係る条約附属書の改正等が行われた。さらに、次回の締約国会議を1992年春に我が国で開催することが決定された。
次に、ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)については、平成元年6月にクッチャロ湖を新たに登録湿地に指定するとともに釧路湿原における登録の範囲を拡大した。二国間の協力については、日米・日豪、日中、日ソの渡り鳥等保護条約等に基づき、第5回日豪渡り鳥等保護会議(平成元年6月東京)、第1回日ソ渡り鳥等保護・研究会議(平成元年9月モスクワ)において、情報交換を行った。
また、中国に生息する野生のトキの保護増殖の推進を目的とした国際協力事業団(JICA)の技術協力が実施された。
さらに、開発途上国における鳥類の保護に資するためのアセアン諸国との協力事業(平成元年度〜5年度)を開始した。
(9) 希少野生動植物の国内取引規制法の施行
ワシントン条約のより効果的な履行に資するため、昭和62年12月より希少野生動植物の国内取引規制法(正式名称「絶滅のおそれのある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律」)が施行されているが、ワシントン条約第7回締約国会議における附属書の改正に伴い、これとの整合を図るための政令改正を行い、国内での譲渡等の規制対象となる希少野生動植物について、所要の追加・削除等を行った。この結果希少野生動植物は動物520種、植物229種の計749種となった。
なお、法施行後平成元年10月31日までの約2年間に114個体について譲渡等の許可が行われ、また5,994個体について登録がなされ譲渡等を行えることとなった。
(10) 鳥獣保護思想の普及啓発
鳥獣保護思想の普及啓発を推進するため、愛鳥週間行事の一環として埼玉県において「第43回愛鳥週間全国野鳥保護のつどい」を開催したほか、愛鳥モデル校を中心に行われる野生鳥獣保護の実践活動を発表する「全国鳥獣保護実績発表大会」等を開催した。