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現場ルポ

神於山の活動~子ども達から神於山が消えた!~

里山は使われてこそ意味があり、そもそも保全という考え方は馴染みづらいものです。だんじり祭で有名な岸和田市の神於山(こうのやま)は、自然再生推進法に基づく協議会としては、数少ない里山を舞台にした活動のひとつです。

古い歴史をもち、信仰の対象でもあったものを、里山の恵みから縁遠い生活をおくる現代人が、どのように再生しうるのでしょうか。全国の里山保全団体が抱える、この基本的な課題への対応をぜひとも聞いてみたいと思います。

神於山より、市街を臨む(岸和田市提供)
神於山より、市街を臨む(岸和田市提供)

記事:堤幸一 写真等提供:岸和田市環境保全課、神於山保全くらぶ、進ひろこ


現在の神於山の実態と課題 ~不法投棄に悩み~

最初の取材は、岸和田市役所環境保全課の井上さんに話を伺うことになりました。協議会における市役所側の担当者です。都会の近郊に位置する里山の共通の悩みでしょうが、神於山にも不法投棄はあります。年に4、5回は山火事が起きたり、あろうことか土泥棒も現れる始末です。

市役所では、年間100万円をかけ清掃したり、不法投棄をなくすため林道を閉鎖したり、大変な苦労を重ねました。「2年間で2トンダンプ50杯分にもなる崖下のごみを拾い上げた。これは、もう大変でした」などという話も聞きました。

もちろん、このような“不届き者”ばかりではなく、荒れた状態をみかねて、守ろう、再生しようという動きも始まっていました。その人たちが拠り所としたのは、やはり、かつての神於山と岸和田の人たちのつながりでした。

どんな里山をめざすのか ~現代の里山を~

岸和田市に伝わる永楽絵巻縁起では、神於山は松だらけ。そのくらい土が痩せていました。土質もあるでしょうが、やはり、それだけ生活の山として糧を提供していたのでしょう。つい40~50年ほど前までは、地元の人たちに、様々な山の幸や薪を恵んでくれていました。

「協議会のメンバーには、子どものころ、このような経験を記憶している人が沢山いますよ」と井上さん。

一方、大規模な仏教寺院や修験道など信仰の山としての歴史も古く、里山であり、信仰の山であるという、少し不思議な組み合わせになっています。これも神於山の大きな特色でしょう。

かつての神於山(岸和田市提供)
かつての神於山(岸和田市提供)

協議会の皆さんは、神於山をどのような場所にしたいと考えているのでしょうか。現在では、公園化したリクリエーションの場であり、里山と言えないのではないか、という意見もあったようです。

「当面の利活用として、教育の場、自然に親しむ場にすることを考えてます。ただし、生活の用をなさない里山は、やはり里山ではありません。レクリエーションの山として整備すれば、近隣大都市である堺や大阪市内の人の遊びの場になりますが、地元の人にとっては、生活とつながっている場にしたいですねえ」
と井上さんは言います。でも生活とつながっている場とは、どのようなイメージでしょう。

「当面10年は、とにかく人が歩けるようにして、われわれが歩いていた頃の状況にします。その後、里山として維持していくには、新しい山の産業化(生活の場)が必要です。ヒントは、神於山北面の北阪の村の取り組みでしょう。観光農業をつくったり、里の駅をやったりして生活をされてますよ」

生活の用としての里山という基本は崩さず、それを現代風に仕立てようということのようです。ちなみに「神於山北側にバイオマス発電や研究所を考えたい」なんてアイデアもあるようでした。

里山保全への企業参加 ~シャープの森作り~

神於山の所有・管理関係は、失礼ながら、縦割り行政の見本のようなものです。山を持っているのは、市の公園緑地課、管理は大阪府(遊歩道や保安林の整備をしている)全体のコーディネートは市の環境保全課です。ここに民間所有地も関わってきます。

一方で、大変ユニークな関係づくりもあります。大手企業「シャープ株式会社」が、神於山の里山再生に「シャープの森」づくりと銘打って参加してきたことです。

シャープの本社は大阪市阿倍野区にあり、社員・OBを含めて2,000~3,000人が岸和田市に住んでいます。そこで、企業の環境CSR貢献としてシャープの森を作ろうということになり「神於山シャープの森」として活動開始しました。

この取り組みは、大阪府が進める「アドプトフォレスト制度」に則ったものであり、神於山の里山再生に向け協議会を設置(2004年)した岸和田市と、SGC(シャープグリーンクラブ)によるシャープの森を活動目標のひとつとして設定(2003)し、シャープの森全国展開に向けた検討を開始(2005)していたシャープ、それとアドプトフォレストの政策検討を進めていた大阪府(2005)の、3者のタイミングと思いが見事に一致した好事例です。

「うまくいくときはこんなもんやけど、この流れは大事にせなあかん!」と井上さん。

まさに、そのとおりだと思います。2006年2月16日には、野口岸和田市長、御手洗シャープ専務、草川大阪府環境農林水産部長の3者で、調印書にサインが交わされました。井上さんに調印書を見せていただきましたが、ヒノキ板が表紙になっており、レーザーで刻印されています。なんと素敵な調印書でしょう!

「シャープの森」調印書 表紙はヒノキ製
「シャープの森」調印書 表紙はヒノキ製
「シャープの森」調印
「シャープの森」調印

シャープの森は、約2.1haの規模をもち(うち新規植栽面積0.7ha、放置林1.4ha)傾斜約20°の緩斜面です。2006年度は植林、2007年度以降は育林と整理伐採に加え、ビオトープや竹ベンチ、竹柵など、“快適作業環境づくり”に楽しみながら取り組むようです。

ちなみに、SGCのホームページでは、快適作業環境づくりの先輩として「神於山保全くらぶ」の基地を越えることを目標としています。私たちは、午後から「保全くらぶ」のメンバーも含む協議会の方々とお会いすることになりました。

シャープの森リーダー養成講座(岸和田市提供)
シャープの森リーダー養成講座(岸和田市提供)
シャープ・グリーンボランティア研修(神於山保全くらぶ提供)
シャープ・グリーンボランティア研修(神於山保全くらぶ提供)

神於山保全活用協議会の皆さん

さて午後からは、協議会会長の河野さん、神於山の共有地で座中(ざなか)会長の西村さん、自治会関係で上田さん、一ノ谷さん、そして、協議会副会長で神於山保全くらぶ代表の田口さんに、環境保全課の井上さんを加えた6名の方々にお話を伺うことができました。まずは、河野会長からです。

「自然再生推進法に関わる協議会で“保全・活用”とついているのはうちだけです。保全と活用があって里山。これが、なかなかわかってもらえない。学校で子どもたちと山に行っても、先生が“木を切ってはいけない、採ってはいけない”と教えている」

どうも里山に対する理解を得るのに、苦心しているようです。すかさず、横から保全くらぶの田口さんが、「われわれは、さあ食べてみよう!採ってみよう、遊んでみよう!です」。そのとおりです。

神於山再生への道筋は、「この10年間は、使わなかった40年間を取り戻すために、レクリエーションと学習の場とします。どれくらいの人が動いてくれるのか、使って入っていただくか不安はあります。ただ、活用しないと保全もできません。保全と絡み合う活用を考えながら、当面は竹林の広がりを押さえることから始めたいと思います」ということでした。

神於山の自然薯(神於山保全くらぶ提供)
神於山の自然薯(神於山保全くらぶ提供)
神於山で、鶏の丸焼き(神於山保全くらぶ提供)
神於山で、鶏の丸焼き(神於山保全くらぶ提供)

なぜ、レクリエーションなのか? ~活用の中心~

でも、なぜレクリエーションなのでしょう。

「神於山祭りを年一回開催しています。クリーンハイキングなどのイベントを増やしてもいい。一人でも多くの人に山に上がってもらわなあかん」(西村)

「山滝小(山の東)の子どもたちと年一回山に登っています」(河野)

もしかしたら、子どもたちにヒントがあるようです。そのあたりを詳しく聞いてみました。

「子どもの環境学習で小学校へ行った時ですが、なんと“神於山は邪魔だ”という意見が多く出ました。私は、二の句が告げなかった。“山がなければ、向こうにすぐ行く事ができる”“冷たい風が来なくていい”といった声もあったのですよ」(河野)

自分たちが生まれたときから生活とつながっていた神於山が、地元の子どもたちから否定されてしまたのです。これはショックです。

「本当に驚いた。竹の皮や、椋の木のことを説明したり、唐笠を見せたりしました。山に入ってどんぐりの木を植えたりするうちに、子どもたちの意見も少し変りましたが、もっと体験・経験を積み重ねないといけません。それがないと、自然や山の大切さ大事さは分からないし、伝わらないと思います。体で味わうことがないと、心から思いは出てきません」(河野)

子どもたちに説明する田口代表(神於山保全くらぶ提供)
子どもたちに説明する田口代表(神於山保全くらぶ提供)
子ども達の活動の様子(神於山保全くらぶ提供)
子ども達の活動の様子(神於山保全くらぶ提供)

でもなぜ、このような状況になってしまったのでしょうか、協議会の方々は、学校教育の問題にも触れます。

「ヘビやスズメバチも出てきます。ただそれでも小学生や中学生には山に入って、歩いて欲しい。中学校は11校あります。先生にも使ってもらうよう働きかけている。問題は20代30代の先生が山に行ったり、木を切ったり、竹を切ったりする経験がないことです」(井上)

「3年間続いている新採用の教員研修で、毎年山には入っている。でも山に来ても、休憩だけして下りてしまう。何をするかが問題です。特に20~30代の先生は山を知らない。子どもたちと一緒に山に入る体験がない。来るだけが目的になってしまっています」(田口)

と手厳しい。でも、この問題は、岸和田に限らず全国の学校で起きていることです。なるほど、彼らは、レクリエーションの中に、子どもたちが自然とふれあう姿を思い描き、レクリエーションから活用、そして保全へという流れを期待しているわけです。大いに納得しました。

新任教員の1日体験研修(神於山保全くらぶ提供)
新任教員の1日体験研修(神於山保全くらぶ提供)

神於山保全クラブの活動 ~講座がきっかけになった~

前述した、シャープが目標とする(!)神於山保全くらぶとは、どのような団体なのでしょうか。

「月に2回活動しています。でも、私は月に10日くらい。もはや、どっちが仕事かわかりません(笑)。神於山の保全林40haのうち大阪府と分担して4haを使って活動しています。ため池周囲の土地を対象に実施計画を立てて、今年は花王・みんなの森づくり活動支援として35万円をもらって活動しています」(田口)

ちなみに、田口さんは、勤め人を早期退職し、手作りの家具工房をしながら保全くらぶを始めた方です。保全くらぶのメンバーは地域の人ではなく、岸和田市街の人が多く、地域の里山に入ることへの配慮を伺うことができます。でも、保全くらぶは、田口さんが単独で始めたことなのでしょうか。

「きっかけは、1999年に市が開催した講座に参加したことです。市の呼びかけが、すごく大きい。2年間講座があって、3年目にボランティア組織を作りました。入り口としてはとてもよかった。当時のメンバーは13名でしたが、今は、会員約80名になりました。」

行政の仕掛けもよく効いているし、参加者もそれを上手に活用している。よいバランスです。

保全クラブの活動の様子(神於山保全くらぶ提供)
保全クラブの活動の様子(神於山保全くらぶ提供)

地元と保全くらぶの関係 ~細やかな配慮と敬意~

保全くらぶのメンバーは着実に数を増やしつつあります。なにか仕掛けがあるのでしょうか。

「ボランティアで活動が続く理由がありまして、一つ目は、拘束しないこと、無理やりさせないこと。そして、2つ目は、毎回、参加者が取り組む課題を3つほど用意して、安全面はリーダーが教える、タイムキーパーもやる ということ。最後に、春木川をよくする会など岸和田の市街の人が多いことでしょう」(田口)

「はじめは草刈をしたいと来た方が、次の萌芽更新までみたいなあ~とおっしゃる。サラリーマンの短期スパンの生活感覚が、50年や60年といった長~い自然の時間を感じるようになります。ここらは、参加するおばあちゃんの発言にも出てきますよ。“もうすこし見ときたいからお迎え待ってもらうわ!”なんてね(笑)」

でも、保全くらぶと地元の人たちの関係は、どうなのでしょうか。

「そんなん聞くと頭が下がるわ。町の方が初めて気づいて、さあ始めようというのはえらい」(一ノ谷)

でも、地元の人は、そのような動きにつられて、ボランティアには参加しないのでしょうか。

「そこは難しいところです。日常の延長で山へ入っても気分転換にはなりません。ボランティアは、非日常を楽しみます。田舎から出てきた人が懐かしんで活動を続けている。リタイヤされた方は自分の特技(技術=機械技師、先生)を持ち寄っている。地元の方には、アドバイザーとか、教えてもらう立場をお願いしています」(田口)

また、好きなときにやめてもよいというわけでもないですよね。

「途中で絶対やめれません。市の土地を借りている。地元の信頼をなくさないように、やった限りは、とことんやる。看板ひとつ出すにも、“とるな!”ではなく、“ここはこうしたいので採らないで下さい”などと配慮しています」(田口)

神於山保全くらぶ提供
神於山保全くらぶ提供

竹の始末 ~かなり困ります~

里山活動を始めると意外と困るのが、出てきたものの始末です。本来は、これこそが主目的で、何らかの利用価値があったわけですが、今は、なかなかうまくいきません。神於山はどのような状況でしょうか。

「竹の始末が大変です。里山であることを考えれば、本来、外へ出さないといけない。持ち出して活用する出口が必要です。切るまではいいけど、その後始末どうするかが問題。チップにしてひくとか、畑に持ってきてはどうでしょう。大量に処理できる機械もほしいなあ」(一ノ谷)

ちなみに、岸和田市では、孟宗竹の笹を、隣県にある白浜アドベンチャーワールドのパンダのえさとして提供しています。年間300万円ほどの売り上げを得ていますが、竹なら何でもというわけにはいかない。パンダがすべてを解決してくれるわけでもないのです(笑)。

竹を切る(神於山保全くらぶ提供)
竹を切る(神於山保全くらぶ提供)

神於山への思い ~協議会をつなぐもの~

最後に、皆さんに神於山への思いを語っていただきました。
「面白みがない山だから何かする。それがいいと思います」(河野)
「国見台・城見台(神於山山頂付近の展望場所)からは、市街を見渡すことができます。歩く人が増えた。それだけ。神於山のよいところは、逆にそこじゃないかなあ」(西村)
「山の魅力を高めるために、ササユリ群生、ヤマツツジ群生を作りたい。流れてくる水がおいしいとかの実証もしてみたい」(井上)
「“スギ地蔵の水を飲んで死にたい”とかつて言われた、謂れある湧き水が、今、涸れてるんですよ」(一ノ谷)

どうも、名物や個性的なもので人を集めようと考える人と、新しいものは何もいらないという人に意見が分かれます。神於山の何が、彼らをつないでいるのでしょう。そこを、もう一度聞いてみました。
「山自体に特色はありません。歴史があり、昔からある。岸和田全体から言えば、見える山ということかな」(井上)
「どこからも見えるというだけで、岸和田のシンボルでもある」(田口)
なるほど、神於山が見えるから岸和田なのか。富士山があるから日本みたいな感じ。ということは、何か新しいことを付け加えることは、基本的には反対なのでしょう。
「何かを持ち込んでもだめ。住宅街も反対です」(一ノ谷)
「以前、観覧車ができる話があったけど、私は土地を売れなかった」(河野)
「神於山は岸和田のシンボル。風力発電や鉄塔も馴染みません」(西村、一ノ谷、井上)
なるほど。ただ見えることで、そこにあることでシンボルとなる山、それが神於山のようです。
市街化が進み、まちから山が見えにくくなった今、子どもたちの間から“なくてもよい”という言葉が出たのは、当然の成り行きだったのかもしれません。
現段階で、協議会のメンバーを心の底でつないでいるものは、「神於山の将来像」ではなく、「子どもたちへの不安」だと感じました。そのため、正面きった里山再生ではなく、リクリエーションから入ろうとしたのではないでしょうか。身近な自然と人の生活は鏡です。神於山の取り組みは、里山再生を超えた、大きな課題を突きつけています。

次回は、岸和田の精神ともいえる“だんじり祭り”と里山再生の関係から、神於山におけるキーパーソンをあぶり出してみたいと思います。

神於山保全くらぶの活動フィールド(神於山保全くらぶ提供)
神於山保全くらぶの活動フィールド(神於山保全くらぶ提供)

関連情報

  • シャープの森と、大阪府のアドプトフォレスト制度
  • 岸和田市の里山ボランティア養成講座
    平成11年開講。神於山の保全活動推進のため、市民が活動に参加できる場づくりと保全管理の知識及び技術を学ぶことを目的として開催。
    実施状況及び参加者数(延べ人数)は、平成11年度に6回・81人、12年度は12回・145人、13年度は5回33人、14年度6回・68人、15年度8回・50人。
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