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阿蘇くじゅう国立公園のストーリー

九州の真ん中に巨大な窪地がある。東西18㎞、南北25㎞。世界最大級の阿蘇カルデラだ。巨大噴火が生み出したこの地形だが、現在の景観に荒々しさはない。むしろ牧歌的な風景を生み出している。
人々は古くからこのカルデラに寄り添って生きてきた。栄養の少ない火山灰土壌によりできあがった草原地帯を放牧に利用したのだ。また、湧水がいたるところにある。これは全国トップクラスの雨水を貯蔵する森林や草原が長年維持されてきたことと、火山噴出物の一部が地下水を貯める役目を果たしているため。火山地層によってじっくりと濾過されたミネラル豊富なこれらの水は、飲料としてはもちろん、農業用水などとして、使われてきた。
阿蘇カルデラの内外では、そうした火山からの恵みを享受してきた人々が、代々豊かに暮らしてきた。自然を脅威として捉えるだけではなく、恵みを与えてくれる存在として、上手く付き合っていく。こうした日本の自然観を感じ取れる場所なのだ。
世界最大級のカルデラがもたらす恵み
約27万年前、九州中央部で火砕流を伴う巨大な噴火が起こった。世界最大級の阿蘇カルデラの誕生の瞬間だ。その後、数万年の間隔をおいて噴火は続いた。火砕流は九州全土を覆い、海さえ越え、吹き上げた火山灰はほぼ日本列島を覆い尽くしたという。
そんなダイナミックな誕生とは裏腹に、いまの阿蘇カルデラ内には、約5万人の人々が住んでいる。カルデラ内に安定した集落を形成しているのは、世界でもここだけだ。
阿蘇カルデラ南部や北部の平野部には、多くの水田や農耕地がある。これを支えてきたのが火山由来の水だ。伏流水が湧き出る「南阿蘇湧水群」や「阿蘇神社門前町水基」があり、古くから生活用水として利用されてきた。阿蘇の湧き水は、カルデラ一帯に降った雨が、火山地層によってゆっくりと濾過されるため、ミネラル分豊富な天然水となる。地中を通過して湧き出るまでは、約50年かかる。
近くに大きな河川がないのに、これだけ農業が発達したのは、この湧水を利用した灌漑と、草原の野草を堆肥として土にすき込んだり、牛馬の有機物を土に落としたり、長い時間をかけて人が土壌改良を重ねていったからだ。
人々の工夫と努力によって、火山は災厄ではなく、恵みへと変わったのだ。




日本一の草原を守り続けた千年の営み
阿蘇カルデラ周辺で、もっとも目を引くのが、広大な草原が広がる牧歌的な風景だ。
じつはこの美しい草原が現在あるのは、自然発生的なものではなく、人間の手によるもの。
古くからこの地方の人々が、牛馬の放牧はもちろん、堆肥の確保、茅葺き屋根の材料確保など、その草原を最大限に利用してきた証なのだ。そのおかげで草原に特有の昆虫や植物などが育まれ、貴重で豊かな生態系が成り立っている。
しかし、人の手を入れず放置すれば、あっという間に森林が広がり、草原は失われてしまう。
そうした背景の中で生まれたのが、2月から3月にかけて阿蘇で一斉に行われる野焼きだ。一気に炎が広がるダイナミックな光景を目にしようと、毎年多くの観光客が訪れる。
この野焼きによって、草原を維持し続け、森林が広がるのを防ぐことができるのだ。この地では人の営みも自然の一部。野焼きをしてでも守り続けてきた景観であり、生態系なのだ。
保護ではなく保全。人と自然が上手に寄り添ってきた歴史が、この美しい草原風景を保ち、あか牛などの豊かな産物を育て上げた。阿蘇の人々と草原との付き合いは、千年以上にも及ぶ。

