第一 環境分野における経済構造の変革と創造に向けた基本的考え方

1.我が国の環境関連産業が担う人類史的役割

 世界人口が大幅に増加する中、このままでは、21世紀には、地球の資源はますます乏しくなり、環境は汚れてしまおう。環境の悪化に伴い、難民の発生、資源を巡る諸国間の経済的な軋轢、政治的な紛争などが生じるものと懸念される。人類の生き残りのためには、このような事態を招いてはならない。これまでの人間の活動の在り方を見直し、地球の環境と共生し得るものに改革すべく、各国の政府も産業も国民も、それぞれに努力しなければならない。

 特に、我が国は、資源に乏しく、海外から資源を輸入し、それを海外の人々のニーズに応える製品やサービスに加工し、輸出して、国の存続や発展を図っているが、こうした我が国にとっては、世界の経済の平和と健全な発展は死活的に重要であり、地球環境の保全は我が国の国益に直結する。

 この場合、環境の保全に必要な製品・機器、技術やサービスを供給するのは産業部門であって、その果たすべき役割は大きいが、特に我が国が世界経済の中で占める前述のような位置に照らせば、我が国の産業が、国内で培った経験やノウハウを生かし、海外に対し環境保全に役立つ製品や技術、サービスを積極的に供給することが強く期待される。我が国が産業分野でこのような役割を果たすことは、世界の環境保全のニーズが極めて大きなものと想定されることから、我が国が世界経済の中でリーダーの位置を引き続き占めていくことにも貢献しよう。

 また、我が国は、国内において大気や水質の汚染、廃棄物問題などの環境問題を抱えており、地球環境に対しても相当大きな負荷を与えている。これらの問題の解決のためにも、産業部門が果たすべき役割は大きい。国内市場で、我が国産業が環境保全に役立つ製品・機器、技術やサービスを供給する力を持つことは、世界市場で我が国産業が同様の供給を行う上での不可欠の基礎ともなる。

2.環境関連産業振興のための基本的考え方と分野共通的施策

 今日我々が直面する環境問題は、地球温暖化から身近な一般廃棄物の問題まで、いずれも、日常の当り前の、極めて多数の活動の影響が累積して発生している。今日の環境問題の解決のためには、環境基本計画において明示されているとおり、経済社会システム全体の改革が必要である。経済構造改革と環境保全とは不即不離の関係にあり、今回の経済構造改革プログラムの実行は、環境への負荷の少ない持続可能な経済への転換を実現する絶好の機会となる。また、環境への負荷の少ない持続可能な経済が実現されればもちろん、それへの転換の過程においても、産業部門には今日とは異なる新たな、しかも大きなビジネスチャンスが生じる。このビジネスチャンスを我が国産業界が積極的に受け止め、活用することにより、持続可能な新しい経済への転換は一層容易になるものと期待される。

 そこで、環境行政の各分野に共通する施策として、以下のとおり、(1)経済構造改革の前提となる市場競争のルールを環境保全に資するように整え、環境保全の需要を顕在化させることを前提にしつつ、併せて、(2)環境保全関連の産業活動が発展していく上での障害を軽減することとし、これらを車の両輪として、経済構造改革を進めることとする。

(1) 環境利用の費用を適切に反映するよう市場を改革し、環境保全の需要を顕在化させること

 地球温暖化を典型として環境の破壊は、いずれも環境への配慮が不十分なまま人間活動が拡大した結果として生じるものである。

 これを経済との関連で見ると、次のとおりである。すなわち、環境は、天然資源の生産の場として、あるいは不用物を捨てる場として重要な経済的役割を果たしている。しかし、資源の再生産や不用物の処理が自然のメカニズムにより行われるため、人間は、いわばこれに「タダ乗り」し、環境の果たす役割に正当な対価を支払うことなく経済活動を行うことができる。この結果、経済活動が環境を損なう程に拡大し、人間や人間以外の生物の生命に危険が及び、あるいはそれらの生活の基盤が失われる。これが、経済の面から見た環境問題である。

 市場経済の下では、物やサービスの価格がそれを生産等するために投入された様々な要素の希少性を正しく反映している場合に、限られた資源は、最も効率的な形で利用されるように国民や企業、政府などの間に配分される。したがって、効率的な経済活動を実現する上では、環境の利用の正当な対価を経済活動の中に組み入れることが不可欠である。このことがおろそかにされた場合には、長い目で見ると、経済活動の基盤が掘り崩され、経済活動自体もかえって損なわれることになる。そのような例は、我が国の水俣病や四日市ぜん息公害などを始めとして枚挙にいとまがない。今後の地球温暖化の場合も、取組に遅れた国や企業は将来の世界市場で評価されず、生き残れないおそれもある。仮に全ての国や企業が温暖化対策に消極的であれば地球環境が激変し、人類がいわば共倒れとなり、経済に甚大な悪影響を及ぼそう。

 他方、資源の利用の効率性が高い経済となる程、すなわち、生産や消費、廃棄のシステムが二酸化炭素などの環境負荷の発生の少ないものになればなる程、他の事情が等しければ、経済的な有利性も増し、同時に、経済活動の基盤である資源も長持ちするようになる。環境保全と経済との間にこのようなポジティブな関係があることは、我が国の厳しい自
動車排出ガス規制に対応するべく行われたエンジンの改良を契機にして自動車産業の競争力が強化された例などを通じ、既に広く知られている(参考図1参照)。

 経済活動は環境の枠の中で行われるものである。このことを踏まえれば、環境利用の費用が経済活動に正しく反映されるように市場を改革することは経済のためにも必要である。経済構造改革に際しては、競争を活性化して、不当に高い生産要素費用を引き下げることに対しややもすれば関心が偏りがちであるが、このことと同時に、環境利用の費用等の
これまでは安く評価されてきた費用もこれからは正しく価格に反映されるようにし、価格メカニズムが全体として効果を一層発揮できるようにすることが特に重要である。

 しかし、環境分野では、価格メカニズムは自動的には働かず、これを生かすための特別な配慮が必要である。それは市場の失敗と言われる現象のためである。地球を始め環境は、元来、不特定多数の人々が自由に利用できるものとされてきたことから、環境の利用の費用を個々人が正しく評価し、人々がそれぞれの利用に応じて適切な対価を支払うようになることは、自然には期待できない。市場の失敗と言われるこのような現象があることに配慮し、排出行為や資源採取の行為などの環境の利用に当たっては利用の仕方について規制するなどにより、市場競争にルールを設け、これにより、価格に環境利用のコストを反映させることが避けて通れない。民間の自己責任を基礎とした活動に基本的に依存しつつも、環境の恵みを享受しようとする場合、これが唯一の解決策である。

 今後の環境利用ルールの設定、運用については、漫然と設定等するのではなく、経済構造改革を積極的に活用し、これを通じ、環境への負荷が少ない持続可能な経済を築いていくとの新たな視点に立って、政策的な工夫をすることが必要である。その基本的考え方は次のとおりとする。

[1] 環境利用ルールの積極的な設定
 経済活動は極力自由なものとすべきであり、一般に、政府による規制は最小限とするよ
う努める必要があるが、地球の環境と長期的に共生できる健全な経済を市場の活力を生かしながら築くには、必要な環境利用ルールを設けることこそが、その前提条件となり、環
境の整備となることが理解されなければならない。

 環境利用のルールが明確化されないと、環境が十分には守られないことはもちろん、環
境保全のニーズが潜在したままとなり、環境関連産業への需要が形成されていかない。近
年は、国内と海外の双方に工場を有する企業も増え、また、国内のみに工場を有する企業
にあっても製品の販路が広く海外に及ぶようになり、環境利用ルールの実態の内外比較が
容易になってきたが、その結果、かねてより環境対策先進国と称されている我が国にも立ち遅れていた分野が多々あることが分かってきた。かつての脱フロン対策や、環境影響評
価制度、化学物質の規制、廃棄物のリサイクルに係るルール、ISO14000のような環境マネジメント・システムなどは海外で発案、実行され、その後日本に伝播した仕組みである。こうした立ち遅れが今後も続くと、国内の環境関連産業活動への需要が低いままにとどめられ、我が国産業の国際競争力の向上をかえって妨げるのではないかとの懸念すら指摘されている。

 解決すべき環境問題は山積している。環境行政にあっては、人間活動の高度化、拡大に
伴って環境保全が内外でますます重要になることに鑑み、また、健全な経済活動のために
は環境を適切に利用するためのルールが不可欠なことに鑑み、環境利用ルールの積極的な設定に一層努めることとする。特に、問題を先取り的に取り上げ、我が国の環境行政が問題解決の世界標準を積極的に提供していくよう努める。

 なお、今後、社会経済の様々な分野で新規産業の創出を目指し、環境整備や条件整備を
進めるに際しては、「経済構造の変革と創造に関するプログラム」に定められているとおり、「安全・安心の確保、快適な生活環境、環境保全等にも配慮」することが必要である。特に、経済的規制の緩和などに伴って、これまでたまたま抑さえられていた環境負荷が増大することが予想されるような場合には、それを相殺するべく環境政策上の対応を機動的に行っていく。他方で、競争制限的な経済規制が環境への負荷を増やしている場合もあり、こうした場合は経済規制の緩和、撤廃に積極的に協力する。
[2] 環境利用ルールによる負担の軽減
 他方、ルールが産業活動を不当に制限するものであってはならないことは言うまでもなく、その範囲・内容を本来の政策目的に沿った必要最小限のものにとどめることが必要である。

 ルールは環境保全の必要性を超えて厳しいものとしてはならず、ルールの設定に当たっては今後とも十分な調査検討を行う。また、ルールの執行過程においても、事業者の負担をできる限り軽減するよう配慮する。例えば、ルールに基づく届出の書類の簡素化、電子情報通信技術の活用、許認可や命令などの行政処分の迅速化・透明化などにも引き続き努めることが重要である。また、届け出窓口が身近な所にあること等も国民の不便を減ずる上で有益であるので、行政サービスの充実のため、地方公共団体への権限移譲にも引き続き努めることとする。

 このほか、経済の国際化を踏まえ、貿易と環境に関するWTOの検討などに対応しつつ、可能な場合は、環境利用ルールの国際的な調和を図るよう努める。
[3] 環境関連産業活動を促す視点からの環境利用ルールの戦略的な活用
 さらに、今後は、環境関連の産業活動を積極的に促すよう、環境利用のルールを戦略的に活用することも重要である。

 例えば、ルールの段階的な強化が考えられる。被害が顕在化する前に環境破壊を未然に防ぐことがこれからますます求められるが、こうしたときであって、対策技術が未発達であるときなどでは、ルールの実施に伴う不利益がルールにより実現しようとする利益に勝るように見える場合がある。このような場合には、将来に大きな不都合を生まない範囲で、最初は実行が比較的容易なルールを設け計画的に強化していくこと、すなわち、ルールを一時に理想的なものとせずに、徐々に、ルールを当然のものと受け入れる国民の信念を高め、また、当面のルールにより技術の発達を促し、これらの進展に応じて、段階的にルールを強化していくことが有効である。この場合、最終のゴールや目標、それに至るスケジュールをあらかじめ設定し、これに照らし技術の評価を繰り返し、その結果を公表するなどして、挑戦的な企業の努力が報われるようにするべきである。

 なお、環境を利用する者に利用の対価をまずもって負担する責任を課することが経済の効率性や社会的な公平性から見て原則となるが、こうした責任を果たさせやすくし、早急に環境を改善するために、一定の公的支援を設けることが考えられる。このほか、大規模な技術開発や技術普及の初期段階での需要創出のための助成、多数小規模の環境負荷を集合的に処理する場合の公的な事業などのように、前述の原則を補い、政府が関与することが有効な場合がある。財政の節度が厳しく求められている中ではあるが、環境保全は新しい政策課題であってますます重要度が高まるものであることを考慮し、真に有効適切な場合には、公的な助成や事業についても活用していく。

 特定の技術を奨励するような内容のルールの場合には、政府の失敗と言われるように、ルールが技術の進歩に遅れてしまうことが考えられるので、進んだ技術の採用をルールがかえって妨げていないかにつき、不断にチェックし、必要に応じ機動的にルールを改訂する必要がある。技術を特定するのではなく、性能自体を基準にすることが望ましい。

 環境利用ルールの内容については、さらに技術進歩を加速するようなものとすることも可能である。特に、二酸化炭素などの温室効果ガスや一般の性状の廃棄物にあっては、全体としての排出量が問題であり、それを極力、また早急に低減することが課題であるので、こうした場合には、是か非かの線引きにややもすれば終わりかねない規制ではなく、排出量を減らせば減らす程有利になるインセンティブを与える経済的措置にこそ、一層大きな効果が期待できる。各種の税や課徴金、デポジット・リファンド・システム、廃棄物収集・処理の有料化などの料金制度等の、技術進歩を加速する政策手段の活用を積極的に検討し、可能なものから導入を進める。

 さらに、複数の観点からの環境利用ルールが全体として整合的、効果的になるような配慮も必要である。特に、現実には、各種の産業や日常の国民生活などの多様な発生源から多種類の環境負荷が生じており、これらを全体として減らしていく上では、プライオリティづけや対策の最適な手順などについて、大気行政、水行政といった枠を越えて環境行政当局として積極的に判断していくことが必要である。

 また、厳格なルールを欠いても、産業界の自主的な取組で環境が十分に保全されることが確実な場合であって、仮に取組が不十分であっても直ちには不都合が生じないようなケースでは、自主的な取組を環境行政の中に積極的に位置づける。政府が設ける環境利用のルールとしては、産業界の取組の成果の客観的、数量的なチェックとその結果の公表など、自主的取組を確実に果たした者が正当に評価される枠組みを整備することにとどめておくことが効果的である。しかし、自主的取組は、一般には、それぞれに異なった事情の下にある各事業者が、それぞれに可能な範囲でのみ行うものであって全体としての効果は定かではないこと、さらに、取組を行わない事業者が短期的には競争上有利になるおそれがあり、自主的に取り組む者の取組の程度が微温的なものにとどまりやすいこと、などの短所がある。事業者の自主的取組に多くを期待することが、国民から、対策を微温的なものにとどめておく方便であるとの批判を招くことのないよう、慎重な対応を行う。

 以上のように、これからの環境利用ルールの在り方としては、環境関連の産業活動を推し進めることも念頭に置いて、戦略的にこれを設定し、運用していくこととする。なお、その際には、公正な国際競争を促進することが経済のためにも環境保全のためにも重要なことから、国内企業を不当に保護することのないよう、内外無差別の原則に十分に留意する。

(2) 環境保全関連の産業活動を展開する上での障害等を軽減すること
 これまでは、環境利用にルールが課されると経済活動の足かせとなるとの理解が一般的であった。しかし、ルールが不当なものでない限り、環境の保全は、経済を効率的なものにしつつ、他方で産業に新たな機会を提供し、国民経済全体を健全な形で発展させることの源泉となる。

 環境保全と国民経済との間の関係が決してネガティブでないことについては、我が国のこれまでの経験によっても既に明らかである。例えば、最新の詳細な研究においても、硫黄酸化物による大気汚染への対策を実際の対策実施のタイミングより後延ばしにしていたとすると、初期段階では環境対策費用が節約され、成長は加速したが、結局、現実にあったよりも一層激甚な公害被害が生じて、国民経済的な損失は、節約した環境対策費用よりもはるかに大きくなっていたであろうことが指摘されている。

 我が国は、硫黄酸化物対策を始め、多くの産業公害分野で、欧米諸国に比べ一層厳しい対策を講じた。その結果、例えば、我が国から生じる硫黄酸化物の世界排出量に占める割合はわずかに約1%、窒素酸化物でも約2.5%にまで減った。その過程では、民間企業の公害対策投資に限っても当時のGDPの6~7%に相当するような多額の出費がなされた。この出費は、個々の企業にとっては大変に厳しいものであったが、国民経済的には、環境保全装置産業の需要や雇用を増やし、その上流に位置する様々な素材産業の需要、雇用をも増やし、結局、経済成長率への悪影響は観察されなかった。また、環境対策による国際競争力への影響を懸念する向きがあったが、実際には、競争力は増し、円の為替レートは上がっていった。国際競争力は、技術、製品の性能、納期、賃金水準、地価、その他様々のコストなど多数の要素の総合的な結果であり、環境対策コストの大小はこれら要素の中でわずかな影響力しかない。仮に、我が国が公害対策に尽力していなければ、国際競争力はわずかに増していたかもしれないが、その結果、円高は今日以上に進み、他方で、我が国は公害対策費用を惜しんで輸出を進める国、すなわち「公害ダンピング」を進める国として国際的に非難されていた可能性すらある。

 経済発展の過程では、生産力に見合う需要が常にあるわけではなく、適切な投資機会が潤沢にあるとも限らない。今日の我が国の経済もそのような状況にある。資源などを完全には雇用等できない現実の経済の中では、公害投資のような、生産力を増やさない、いわゆる「後ろ向き投資」であってさえ経済成長を進める。まして、今後の環境対策の中心になると想定される二酸化炭素対策などでは、生産工程や流通システム等の効率化が対策の中身になるため、対策の実施により初期投資は増加するものの、エネルギー費用や原材料コストなどのランニング費用は逆に減少する。今後の環境対策による国民経済への悪影響は、仮にあったにせよ、かつての公害対策と比べ、支出が同じ規模であれば一層軽微と考えられる。さらに「経済構造の改革と創造に関するプログラム」において試算されている環境保全分野、省エネ分野の2010年頃の投資や経常支出の規模は40兆円程度であるが、かつてより大きく成長した我が国のGDP規模から見て、この需要が国内企業の供給により満たされるのであれば、地球温暖化対策等の今後の環境対策の悪影響が国民経済に生じるおそれはほとんどないと言えよう。

 むしろ、かつて我が国が世界で最初に達成した、自動車排出ガス中の窒素酸化物を90%削減する規制に伴い、自動車エンジンの改善が進み、我が国の自動車産業の競争力が高まった事例に学び、環境対策は不経済という先入観をまず改めることが、環境保全関連産業活動の振興の第一の鍵である。既に、米国では、環境産業を米国経済強化の戦略の一つの重点とした取組が行われ、成果を挙げつつある(参考図2参照)。環境対策は緩ければ緩い程ありがたい、という素朴な考えでは、我が国のビジネスチャンスはかえって失われよう。環境対策が経済構造の改革の機会となり得るように積極的に活用し、21世紀の地球の中で期待される環境と共生できる経済づくりに我が国産業界が建設的に取り組むことが期待される。

 環境保全が産業活動の対象として積極的に取り上げられるように図る上では、前述(1)のとおり、環境利用のルールを適切な形で設けることにより、市場の失敗のため潜在している環境保全の需要を顕在化させていくことが第一の条件整備、環境整備となる。適切な環境利用ルールの下で民間の自由な活動を通じて経済構造改革を進めていくことを基本とするものの、環境産業が発展していく道のりには、さらに様々な障害や困難が想定される。このため、ルールづくりに加え、環境分野の産業活動に生じ得る障害等の克服を政府の立場からも積極的に支援していくことが、環境負荷の少ない持続可能な経済へと一層円滑に改革を進めていく有効な方策になるものと期待される。

 環境関連産業の発展の障害や支障となると考えられることには次のようなことがある。

 第一に、企業の環境部門が発案した投資案件が社内の審査の中で適切に評価され、採択されるか否か、あるいは、企業、特にベンチャー企業が進める環境プロジェクトの事業化に対し銀行等の融資が得られるか否か、というファイナンスの問題がある。多くの企業の会計の例では、環境に係わる費用(例えば廃棄物処理費用)とその発生に係わる工程との結び付けが不十分であり、このため、特定の工程を省エネ化したり、省資源型のものに変えることを発案したとしても、そのような変更が具体的にどの程度の費用を節約するかに関しては正確に見積ることが困難となり、そうしたプロジェクトの収益性の評価が不利なものとなっていると言われている。また、特に地球温暖化対策のような場合には、従来からの省エネ投資の範ちゅうのもの、すなわち、合理化投資として取り扱われ、3年間といった短い期間での投資回収が投資決定の基準になっていることが多いと指摘されている。さらに、環境対策の投資が、従来は、エンド・オブ・パイプでの処理設備の設置のような、いわば定型的なものであったのが、今日では、生産工程自体の低環境負荷型のものへの変更という個別性の強いものに変わってきていることから、銀行での融資の審査が難しくなってきていることが指摘されている。バブル期末までは、こうした場合も土地などの担保を得ることで融資がなされてきたが、今後はプロジェクトの意義を正しく評価できる審査が求められる。このほか、海外直接投資や開発輸入、通常の貿易、政府のODAに当たっても、環境技術の移転や環境対策の実施が重要であるが、その原資が十分でないという問題がある。

 第二に、人的資源や、環境対策を決定し、実行する組織の問題がある。既述のとおり、個々の企業のミクロの立場では、環境対策の実施は投資を要し、その限りでは環境対策は不経済と受けとめられがちである。このような理解を単純に国民経済にまで拡大すると、環境対策は国際競争力を損ねる、といった消極的な反応に結び付きやすい。しかし、既に見たとおり、これは必ずしも正しくない考え方である。今や大国となった日本の企業人には、世界の行く末を考え、人類を共倒れの危機から救い、世界全体の長期的な利益を増すことのできる国際秩序づくりに資する経営行動をすることや、その中での自社の経営の安定化や発展を考えていく責任がある。経営トップの環境対策へのなお一層のコミットメントを得ていく必要がある。
 さらに、企業の現場での環境投資の実施に当たっては、幅広い環境技術に明るい人材の活用が必要である。閣議決定された「経済構造の改革と創造のためのプログラム」においては、省エネ分野を含め環境に直接係わる分野での2010年までの雇用増を、80万人以上と見積っていて、新規・成長15分野のうちで、5番目に大きな雇用増を予測している。これだけの人材の供給を円滑に進めることは大きな課題である。我が国の技術士制度に環境部門が設けられたのは最近のことであり、大学等の高等教育機関においても環境関係の学科等の重点的な拡充が行われ始めたのは比較的最近のことである。また、既に就業している技術者等に対する組織的な再教育は特になされていない。さらに、今後の海外直接投資等に伴う開発途上国への環境技術移転では、途上国の現場で用いられている技術を理解し、途上国の技術的な基盤に接合できる環境技術の選択や設計、稼働の指導などが期待されるが、情報化や高度な制御が進んだ現場に慣れている我が国の技術者にとっては、このための知識や経験が十分とは言えない。
 このほか、企業内には、生産に責任を有する組織、環境保全に責任を有する組織、経営に責任を有する組織などが設けられているが、環境保全組織の権限が限られていて、生産技術や製品仕様の選択などに参画できない事例が多く、環境保全が事後的、二義的な配慮事項になる原因となっている。このため、利益の確保と環境保全の役割発揮とを高い次元で調和させる大胆なアイディアなどが実行されにくくなっている。

 第三に、環境保全に関連する産業活動のための知的な基盤がなお十分でない。環境保全に役立つ製品、技術、サービス等に対する内外の需要やその将来予測についての情報、利用可能な再生資源などの発生状況や発生予測、利用可能な内外の環境技術についての情報が不足しており、また、単独の企業が実施するためには長期間を要し、あるいは大規模、革新的であって、リスクの高い研究開発を行い得る体制などについても、不安が持たれている。

 第四に、消費者など企業の川下の経済主体、原材料納入者など企業の川上の経済主体、傘下の下請け企業、さらには政府といった、一つの企業を取り巻く多様な経済主体の間の連携、協力が不足している問題がある。現代の企業は、網の目のように複雑に発達した企業や消費者のネットワークの中で業務を行っている。したがって、個々の企業が、自らの工場や事務所で発生させる環境負荷を減らすべく努めるだけでなく、他の企業や消費者等の環境保全努力と連携し、互いの努力を組み合わせるようにすると、環境保全が一層進み、また、環境に関連するビジネス・チャンスを広げることができる。例えば、中間財生産者は、原材料の採取や製造の段階での環境保全努力を評価し、購入に反映する必要がある。また、製造プラントなどの中間財や耐久消費財の生産者にあっては、その使用や廃棄に当たっての環境負荷が少なくなるよう、これら中間財、消費財などの仕様や性能を決めなければならない。物流からの環境負荷の低減には、荷主や荷物の宛先の者の理解や協力が欠かせない。さらに、このような各段階での努力は、最終消費者によって理解され、好意的な評価を受ける必要がある。経済の網の目全体で環境負荷を減らしていくことが今後の環境対策の重点となると期待されるが、そのための枠組み、仕組みはなお不足している。

 第五に、環境に係わる産業活動が円滑に展開できるような国土や都市のインフラストラクチャーの不足が問題となる。例えば、折角導入された低公害車も燃料等の供給設備が身近にないと活用され難い。在宅勤務やリモートオフィスには、人流の削減効果が期待されるが、その実行のためには、高度な情報通信インフラの整備が前提となる。環境負荷が少ない海運の活用のためには、各種港湾設備の充実が必要である。リサイクルのためには、分別収集や実際の分別作業が必要である。社会資本の整備は政府の重要な任務であるが、環境関連社会資本については、新しく生まれた必要性に応えるものであり、整備水準が十分とは言えない。これから整備する社会資本は、環境保全に関連する産業活動の発展と円滑な展開に資するものとなっていく必要がある。

 以上のような問題点の克服を支援することにより、環境保全に関連する産業活動を振興することができよう。このため、以下のような分野横断的な取組を行うこととする。

[1]  政府における政策金融、税制などにおいて、助成措置が輸出補助金の役割をして国際貿易を不当に歪めるようなことのないよう「汚染者負担の原則」(P.P.P.)を遵守しつつ、環境保全に関連する産業活動を適切に進めるための必要な配慮を引き続き行う。さらに、企業における環境対策のための投資決定に当たっての損益分析手法、環境保全型の製品等の開発の意思決定、融資機関における融資決定などについて、企業や融資機関、会計学の専門家等の参加を得て、内外の具体的な先進事例についての調査研究を行い、その成果を逐次公表し、産業界などで適切な手法が利用されるよう、その普及を図る。このほか、アジア・太平洋地域での経済発展を持続可能な形で進めていくことに資するよう、我が国の海外進出企業の現地での環境保全の取組の実施状況について調査を行い、一層の取組を要請していくとともに、同地域における環境保全のための資金確保の在り方について広く調査研究を進め、その成果を、国際開発金融機関のプロジェクト、二国間のODAなどに活用する。また、途上国における地球温暖化対策プロジェクトに先進国の民間企業、NGO、地方公共団体等が直接に参加する共同実施活動などにも極力活用していく。
[2]  環境庁が毎年実施している「環境にやさしい企業行動調査」の内容について、環境関連の事業活動を積極的に展開しようとする企業にとって有用な情報を提供するものとなるように、常に改善し、本調査の成果の幅広い普及を図る。環境に係わる事業活動、技術開発に携わる人材の育成に資するよう、講師の派遣、教育資材の作成等により、文部省を始め関係の機関、団体の施策や活動に積極的に協力する。また、特に、途上国における環境対策の実施に参加する我が国専門家に対する派遣前研修を開始するとともに、その充実強化に努める。
[3]  国立試験研究機関における環境保全関係の研究費や地球環境研究総合推進費の配分において、革新的な環境保全対策技術などの事業化のシーズになる研究プロジェクトが採択されるよう図るとともに、地方環境研究所において行う、地方の企業の環境保全事業を支援する研究、その他地方公共団体が地域の企業とともに行う調査研究などについて助成を実施する。また、地球温暖化対策技術、官公庁や民間企業などの庁舎・事務所等で実施し得る率先実行的な環境保全対策などの各種環境対策技術についての技術評価を常に行い、その成果を広く公表する。このほか、優秀な地球温暖化対策技術の事業化を果たした企業等の顕彰を行う。
[4]  メーカーにおける製品の仕様の決定が環境への十分な配慮の下で行われるようになるよう、製品の原材料、製造、使用、廃棄の全段階における環境への負荷を総合的に評価するライフサイクル・アセスメント(LCA)に関する調査研究を進め、その成果を広く公表し、各方面での実行を促すとともに、環境庁の指導の下で(財)日本環境協会が行う「エコマーク」事業を拡充し、ライフサイクル・アセスメントの考え方を生かした、環境への負荷を定量的に表示するマークの貼付が行われるよう図る。また、中小企業を含めあらゆる団体で実施が可能なものとして準備を進めている「環境活動評価プログラム」を通じて、企業の上流、下流を含めた製品やサービスの流れ全体に配慮した環境保全努力の普及を進める。このほか、国民への普及啓発、情報提供、環境教育・学習を充実強化するとともに、特に、政府の率先実行行動計画の一層の実施、グリーン購入ネットワークの活動、環境家計簿運動の全国展開などを図り、最終消費者のイニシアチブにより、環境にやさしい製品等への需要喚起を図る。さらに、消費者の金融資産の活用についても、環境保全関連産業を運用先とする「エコ・バンク」の考え方などを検討する。
[5]  ライフサイクル・アセスメントの考え方などを政府の政策にも反映するべく、全国総合開発計画、その他の公共事業に係る長期計画についての政府部内の調整に当たって所要の検討を行うとともに、環境基本計画、地球温暖化防止行動計画、公害防止計画などの政府の環境関係の諸計画の実施において環境保全関係社会資本の整備を促進するよう図る。地方公共団体等が実施する各種のモデル的な環境保全事業に対しては、必要に応じ積極的に財政的な支援を行う。また、地域独自の環境基本計画、地域地球温暖化対策計画等の策定についての財政的、技術的な支援を通じ、地域においても環境保全関係社会資本の整備が図られるよう、要請していく。さらに、「20%クラブ」やICLEI(国際環境自治体協議会)、土木学会などによる環境にやさしいまちづくりに向けた独自の取組を積極的に支援していく。このほか、環境庁において公共事業所管省庁と連携し、都市環境改善のケーススタディ等の共同の調査研究を進めるとともに、諸外国の先進的な都市整備、国土整備の政策の調査を行い、これら調査研究等の成果を政策に逐次活用していく。