環境省
VOLUME.73
2019年10・11月号

エコジンインタビュー/人は、自然によって生かされている。私たちは生きているだけで「運が良い」のです。/西村 淳

西村 淳

南極観測隊員として、二度にわたって南極での生活を経験した西村淳さん。
隊員の命と健康を守る料理を任され、多くの制限がある中で腕を振るいました。
極地でどのように料理を作っていたのか、
極限の寒さの中で、自然をどう捉えるようになったのかを伺いました。

「計算された遭難」。南極観測隊での生活を、西村淳さんはこう表現します。-30℃を暖かいと感じるような極限の寒さの中で、持ってきた装備だけで1年間を過ごすのですから、確かに、何かひとつでも狂えば遭難する危険をはらんだ生活だったことは想像に難くありません。そこでさまざまな観測に携わりながら食事を作る“南極料理人”として、西村さんは隊員たちの食生活を支えました。

 9名分の1年間の食材を一度に南極に運ばなければならないため、限られた食材しか持っていけなかったのかと思いきや、なんと運んだ食材は約880種類。日本の主婦が料理に使う食材はおよそ150種類、アメリカでは50種類ほどしか使われていないと言われており、南極隊員の食事のテーブルはかなり多彩だったことがわかります。
「それでも南極で生活しているとどんどん痩せていきました。出発前に栄養士からは『最低でも1日に6,000kcalは摂取すること』と指示を受けていたので、脂肪と糖分をいつでも摂れるように、瓶にバターとチョコレートをいっぱい詰めて置いておきましたが、それでも痩せるんですね。男性の1日に必要な摂取カロリーはおよそ2,500kcalなので、その2.4倍は摂らなければならない。料理の作りがいがありました」

 食欲が湧くように、隊員の出身地の郷土料理を作ったり、同じ料理を続けて出さないようにしたりと、毎日が工夫の連続。食材は主に、冷凍・乾燥・缶詰にされたものでしたが、そこで大いに役に立ったのが冷凍食品だったと言います。
「メーカーで冷凍してもらった食材もたくさんありましたが、自分で冷凍を工夫したものもありました。キャベツもそのひとつです。まずキャベツを千切りにしてカレー粉をかけたら、熱湯をキャベツがひたるくらいまで入れてしばらくおき、冷めたところで水切りします。これを小分けにして凍らせれば、使いたい時にすぐにコールスローなどに利用できるので、時短にもなるしエネルギーも節約できたと思います。大根だって冷凍できますよ。冷凍すると大根独特のシャキシャキした食感はなくなりますが、繊維が崩される分、煮汁が染み込みやすくなります。だから大根の煮物があっという間にできるんですね。大根おろしにして製氷器にいれておけば、天ぷらのつゆなどにすぐに入れることもできて便利ですよ」

アレンジをすれば料理は無限に変化します。料理が残ったら食べ切る工夫をしたいですね。

 根菜類は冷凍に不向きな食材だとよく言われますが、冷凍した食材でどんな料理を作るのか、それによっては冷凍したものの方が向いている場合もあり、試行錯誤しながら自分で考えて工夫できることはたくさんあるようです。

 そんな西村さんが、料理人としての自分に課していた課題は、生ごみを出さないこと。
「これは大きなテーマでした。南極にはごみ収集車なんて来ないですからね。ごみを外に捨てれば、永久に氷の中に残されてしまいます。料理は人間のお腹の中ですべて分解させようと思っていました」

 食べ残しを出さないよう、例えばカレーを作ったら、その後はカレーパンにしたり、お好み焼きや餃子、スープへとさまざまなアレンジを繰り返して、すべて食べ切るように考えたのだと言います。
「野菜のヘタや魚の内臓などの食べられないところはカットしてから持ってきているので、食べられない部分は元々少ないということもありましたが、人参やじゃがいもの皮などはもちろん食べました。とはいえ、皮と身の間に旨みや栄養分が豊富につまっている食材も多いですから、食べなきゃもったいないんですよ」

 人を拒むような極限の寒さの中で暮らしてみて思ったのは、「人は生きているだけで運がいいのだ」ということ。
「人は自然には勝てません。私たちが南極から生きて戻れたのも、単に技術があったからというのではなく、自然の機嫌が悪くならなかったからだと思います。“人は自然に生かされている”と感じるのは、南極に限ったことではありません。地球上のどこにいても同じことです。だから自然を大切にするのは当たり前ですし、自然からの恵みである食べ物を大切にするのも当然なのだと思っています」

 

profile

西村淳

北海道出身。海上保安官となり南極観測隊に参加。第30次隊では「昭和基地」に、第38次隊では、地球上最も過酷とされる平均気温-57℃の地に建てられた「ドームふじ基地」で越冬。2009年に退職し、上梓したエッセーが『南極料理人』として映画化される。現在は講演会や料理教室などを行い、食品の商品開発にも携わる。

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写真/千倉志野

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