環境省
VOLUME.60
2017年8・9月号

脱炭素社会ミライ予想図04 対談

「長期低炭素ビジョン策定の背景となっ「パリ協定の目標達成に向けた世界的な動きや、
「2050年80%削減」のために私たちがすべきことなど、
お二人の専門家に脱炭素化に向けた社会のあり方をお聞きしました。

高村ゆかり/大野輝之

高村ゆかり [ YUKARI TAKAMURA ]
名古屋大学大学院環境学研究科教授。国際環境法学を専門とし、地球温暖化に対処するための国際的な法制度・政策などを研究対象としている。

大野輝之 [ TERUYUKI OHNO ]
自然エネルギー財団常務理事。1998年より東京都の環境行政を担当。環境局長も務め、都の環境政策をリードしてきた。2013年より現職。

― まず、「長期低炭素ビジョン」策定のきっかけとなったパリ協定の意義についてあらためてお聞かせください。

高村パリ協定の最も重要な点は、今世紀後半には排出実質ゼロをめざすという長期の目標を明確に定めたことです。各国は、5年に一度、削減目標を提出することが義務付けられていますが、この長期目標は各国が削減目標を定め、対策をとるときの指針となります。同時に、ビジネスや投資、技術や社会のイノベーションがどちらに向かうのかを示すものでもあります。すでに世界のビジネスや投資家は、パリ協定の長期目標が示した方向に向かって歩みを進めています。たとえトランプ米大統領が「パリ協定離脱」を表明したからといっても、パリ協定が示した長期的な目標に向かって社会や経済が動いていくという世界的な流れは、もはや止めようがないだろうと思います。

大野パリ協定によって、今世紀の後半には脱炭素社会へ移行することが世界の合意で決まったことには大きな意義があります。そこに向かうプロセスや各国の目標に違いはあるにせよ、日本の企業もその流れに適応しなければ生き残れませんし、さらに言えば早く適応したほうがビジネスとしてメリットが大きいことを先進的な企業は認識し始めています。私の専門である自然エネルギーの分野でいうとRE100※という大きな潮流があり、日本では初めてリコーが参加を表明しましたが、これによって日本だけでなく世界の再エネ企業からオファーが舞い込んでいるそうです。こうした動きが国内でも既に始まっています。

― 「長期低炭素ビジョン」にはどのような意味があるのでしょうか。

高村日本が脱炭素社会の実現に向けて歩みを進めていく上で、どのようなビジョンをもって進むべきなのかを示すとともに、自治体、企業、あるいは市民一人ひとりがどうすべきなのかを考える手掛かりになります。人口減少、高齢化など日本がこれから直面するさまざまな問題の解決策も探りながら、私たちの社会の未来像を描くための材料と捉えるとよいのではないでしょうか。

大野「長期低炭素ビジョン」では、カーボンバジェット(炭素予算)の考え方を明確に打ち出している点が重要です。日本として排出できる量はこれだけだと明示しているので、少しでも早く対処しなければならない。気候変動の危機の進行は加速しているので、たとえ企業が舵を切って動いているからといって楽観視はできません。間に合うのかどうか、かなりシビアな状況なので、カーボンバジェットの考え方を基に急いで対策をとることが大切だというメッセージがこのビジョンには秘められていると思います。

― 脱炭素化社会に向けた世界の動きと日本が進むべき方向性について教えてください。

高村パリ協定を受けて、世界の国々も長期目標を決めて、そこから逆算してどのような社会や技術が必要なのか知恵を出し合って長期目標を達成するための戦略を作成しています。他の国々もそうですが、私たちが使うエネルギーをいかに低炭素なエネルギーに転換するのかが最大の課題です。日本のCO2排出量の80%以上がエネルギーの利用に起因するものですから、2050年までに排出量を80%削減するためには、低炭素エネルギーへの転換が不可欠です。

大野こまめに電気を消すといった省エネも大事ですが、家や建物自体のエネルギー効率の向上も重要になるため、今後は既存住宅のZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)への改修も必要になるでしょう。この分野は国内のハウスメーカーが力を入れていますが、積水ハウスではZEHの賃貸住宅もスタートするそうです。
いまインドでは太陽光発電が急速に広まっています。パリ協定を受けてモディ首相が温暖化政策として進めたのですが、普及が進み、いまや太陽光のほうが石炭火力よりも価格が安い。我慢をしたり、何かを犠牲にするのではなく、人々は「安いから使う」という経済的にもメリットがある形で環境にもプラスの選択をできるようになったのです。

高村仰る通り、市場の選択として「安いから再エネにする」という転換が世界では起こりつつある。そのことで、電気代が安くすむ、地域の大気汚染が緩和される、新たな雇用や産業が生まれるといった効果も見られます。こうした世界的な流れを踏まえて、日本としてもこうしたエネルギー転換を可能とする効果的な政策や戦略をつくる必要があるだろうと思います。

大野温暖化対策か経済成長かという二択ではなく、これからは環境と経済がともに進んでいける道筋が必要です。「長期低炭素ビジョン」は、その道筋の一つを示したといえるでしょう。

※自社で使用する電気を100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる企業が加盟するイニシアチブ(企業活動の行動指針・原則)。「Renewable Energy(再生可能エネルギー)100%」の頭文字から「RE100」と命名。2014年発足。

写真/木村三春

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