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概要

エコジン04・05月号

連載も最後の回になりました。これまでは環境省のレッドリストにあげられている絶滅危惧種を対象に書いてきましたが、今回は、絶滅危惧種とはまた違った意味で環境問題に関係する動物についてお話します。その動物とは、・・・・・・ヤギです(笑ってはいけません)。ヤギは、50年くらい前の日本の田舎では多くの家で飼育されていました。粗食にも耐える丈夫な動物で、里地の植物を適量食べ、それを乳という動物タンパクに変えてくれる貴重なふん存在でもあり、その糞は肥料としても利用されました。つまり、自然資源を、持続可能な形で人間社会に取り込んでくれる魔法の動物だったのです。またヤギは、地域や家庭で、子どもたちも含めた人々と動物の触れ合いの機会も与えてくれていました。私も、子どもの頃に触れ合ったヤギのことはしっかりと覚えています。さて、公立鳥取環境大学にはキャンパス内の広い草地にヤギを放牧してさまざまな活動を行っている学生サークルがあります(その名も、ズバリ「ヤギ部」です! )。私は、その顧問を務めているのですが、もう15年目になるヤギ部のヤギたちとの忘れられない心の触れ合いがたくさんあります。最近の例を一つ。私のゼミのNさんは、卒業研究で6頭のヤギの間にどんな関係があるのかを調べました。詳しい内容は省きますが、例えば、「最長老のクルミという名のヤギと、新参ヤギのベルとコムギが安定して友好的な関係を持ち、近距離を保ちながら行動する」といった内容が数値的に示されています。ある冬の日、もともと体が弱かったベルが足を痛め、小屋の中で座っていることが多くなりました。獣医さんにも相談し「自然治癒力に任せるしかない」ということになり、部員たちは、ベルに特別な餌を与えるようになりました。私もスーパーで捨てられたキャベツを毎日ベルに与えました。でも、ベルは春を迎えることなく死んでしまいました。そしてベルの死以後、目に見えて元気がなくなっていったヤギがいます・・・・・・クルミです。他のヤギたちの群れから離れ、一人で座っていることが多くなったのです。そんな中で、Nさんは、ある場面をとらえた写真を撮って私にみせてくれました。そこには、元気なく座っているクルミの額をやさしくなめるコムギの姿が写っていました。安易な擬人的な解釈は禁物です。でも、今回の一連の出来事は、ヤギたちが仲間との絆も含んだ豊かな精神世界をもっていることを示しています。私は、人と野生生物のとの共存を考える上で、彼らがもつ精神世界に思いをはせることはとても大切なことだと思うのです。こばやしともみち/1958年岡山県生まれ。岡山大学理学部生物学科卒業、京都大学にて理学博士を取得。現在は公立鳥取環境大学の教授として、動物行動学、人間比較行動学を専門に教える。ヒトを含めた哺乳類、鳥類、両生類などの行動を、動物の生存や繁殖にどのように役立つかという視点から研究を続けてきた。著書に『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』(築地書館)など。公式ブログ「ほっと行動学」も公開中。http://koba-t.blogspot.jp35