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それが海外植林活動の第一の目的でした
Case Studies

世界の人々の営みに思いを馳せる力を育む。
それが海外植林活動の第一の目的でした

松栄堂

株式会社松栄堂 東カリマンタン州植林プロジェクト

日本の約1.9倍の面積を持つボルネオ島(インドネシア語でカリマンタン島)に広がる熱帯多雨林は、生物多様性の宝庫でもある。だが十数年前に発生した大きな森林火災、そして森林資源の乱伐によって自然再生力だけでは生態系の保全が難しくなりつつある。
そうした状況を受けて、京都市に本社を構え、宗教用のお線香、茶の湯の席で用いる香木や練香、お座敷用の薫香などを製造販売する株式会社松栄堂は、2007年から3年にわたりインドネシア領東カリマンタン州において社員参加型の植林研修を実施してきた。
従業員数は180名弱で、伝統産業に身をおく同社がなぜこのような取り組みを開始するに至ったのか。その狙いを同社代表取締役社長の畑 正高氏と植林研修をマネジメントした社長室 井上健司氏に聞いた。

株式会社松栄堂
【上】代表取締役社長
畑正高氏
【下】社長室
井上健司氏

インタビュー

輸入によって支えられてきた日本の伝統

Q 失礼な言い方になりますが、事業規模を考えると、社員自らが海外で植林活動を行う松栄堂の取り組みはとても珍しい事例といえるはずです。こうした取り組みを開始した理由を教えてください。

畑●そこには我々のさまざまな思いが込められています。
ご存知の通り、私たちは、“香り”という日本の伝統文化を現代に伝えるメーカーです。しかしその伝統とは、原料をすべて国外――アジア各国からの輸入に頼るというまことに不思議な伝統でもあります。
それはある意味、日本という国の成り立ちやその文化を象徴しているとも言えるでしょう。そう考えるなら、アジアの国々との共生を探る以外、私たちが選ぶべき道はないはずなのです。少なくとも当社の社員には、アジアの国々の人々の暮らしや風土をおもんぱかる力を備えてほしいと考えています。
ではどうすればその力は培われるのか。
こうした仕事をする関係上、私自身も、日本人が普通なら訪れない数多くの土地に足を運んできました。帰国後に現地で撮った写真を見せると「きれいな景色ですね」と言われるのですが、光の入り方次第でどんな現場も美しく写ります。しかし、現実はまったく違うわけです。国内にいては経験することがない、高温多湿な気候や砂ぼこりの中で人々は暮らしています。世界の人々の営みに思いをはせる力を培うには、やはり、現実を身をもって経験する必要があるはずです。
こうした考え方にもとづき、当社では早くから社員研修プログラムに異文化との交流を積極的に取り入れてきたという歴史があります。

それは、2003年からはじまったマレーシア領ボルネオ島の先住民が暮らす高床式ロングハウスでのホームステイ研修というユニークなプログラムにもつながった。

畑●ホームステイ研修を行った2000年代前半は、地球環境問題に対する意識が急速に高まった時代でもあります。京都府においても2006年から「モデルフォレスト運動」という先進的な取り組みがスタートしました。地域の森を育み、育てるその活動に、我々も積極的に協力してきましたが、その一方で、我々が本当に積極的にコミットすべき場所は京都以外にもあるのではないか、と考えるようになりました。

すでに触れた通り、日本の香文化は原料である香料植物の輸入によって支えられている。
特に珍重されるのが「沈香(ぢんこう)」で、さまざまな外的要因によって木質部分に樹脂が凝結し、樹木自体が枯れていく過程で熟成されてできるものだ。比重が重く、水に沈むことからその名がついたという。
沈香を生むのは、インドシナ半島やインドネシアなど、東南アジアの熱帯多雨林に自生する一部の樹木に限られる。だがその市場価値の高さにともなう乱伐や大規模な森林開発の結果、その大部分は今日、ワシントン条約によって取引が規制されるに至っている。


畑●沈香は、人間には量り知ることのできない不思議な大自然の営みの結果、産します。
現在直ちに困ることではありませんが、我々の伝統的価値に基づき良品と評価できる沈香は入手することが困難になっています。今日の状態を捨て置けば、お香という伝統文化を次世代に伝えることは難しくなります。それだけに、東南アジアの熱帯多雨林の保全は、我々の事業継続性の実現にとって切実な課題でもあるのです。
ボルネオ島は、1990年代に発生した大規模な山火事によって焼失した森林が今も荒地として残るなど、多くの問題を抱えています。現地でそうした状況を目の当たりにする中で、植林研修への移行を決断することになりました。

Q 植林地にインドネシア領東カリマンタン州を選んだ理由は?

畑●香料植物の産地はボルネオ島全体ですが、森林開発がよりダイナミックに進行するなど、インドネシア側の方が問題は大きいと判断してのことです。

第一の課題は現地側との信頼関係の構築だった

プロジェクトの立ち上げは2005年。東カリマンタン州において以前から自然林再生と林業育成の両立を図る取り組みを続ける日本企業の協力のもと、井上氏ほか一名が現地視察に赴いたのはその年の9月のことだった。

井上●訪ねた場所は、日本企業に紹介してもらった大学演習林です。そこで現地スタッフの協力のもと、1500本の植林を行っています。また研修プログラム開発に向けて、アクセスルートや宿泊場所の確保や安全性の確認といった作業も重要なミッションの一つでした。

Q 現地の方の反応はいかがでしたか?

井上●初年度に限って言えば、誰にも相手にされなかったというのが正直な感想です。おそらく私たちの取り組みが、日本企業によるものとしては過去に例がなく、どう対応すべきか分からなかったという面もあったようです。

大学演習林の管理体制の変更もあり、2006年に植林地をブキットバンキライ森林公園へと変更。再度、現地視察を行った上で2007年より植林研修が開始された。

Q ブキットバンキライ森林公園とはどのような場所なのでしょうか?

井上●林業公社が管理する同公園は、かつては豊かな熱帯多雨林が広がっていましたが、1997年の森林火災で大きな被害を受け、現在もいたるところに疎林が広がっています。
また現地では現在、産業植林が盛んに行われています。

Q 研修の概要を教えてください。

井上●初年度は社員6名が参加し、現地に4日間滞在し、現地スタッフと協働して熱帯多雨林自生種を約1000本植林しています。植林は現地スタッフと社員の2人一組で行っています。単に植林するだけでなく、苗床→ポット苗→植林といった植物の成長する過程を知る、ということも大切にしています。
そのほか現地スタッフとの交流会の開催、GPSによるエリアマップ作成なども実施しています。こうした研修のスタイルは翌年以降も継続し、さらには経過観測や活着率向上の試みなど年々新しいプログラムを取り入れました。
なお参加者は社内公募制で選んでいます。
初回は6名の定員に対して20名を超える応募がありました。2年目以降は、ハードな研修であることが知れ渡ったせいか、定員プラス2、3名の応募に落ち着いています。

森林公園内で実生を採取し、ポット苗を作ります
森林公園内で実生を採取し、ポット苗を作ります[JPG]


植林作業 現地スタッフと二人一組で苗木を植えていきます
植林作業 現地スタッフと二人一組で苗木を植えていきます[JPG]


Q 植林する樹種はどのように選びましたか?

井上●将来的な自然林の再生に向け、複数の現地自生種を植林させてほしいと現地スタッフに要望しました。また、沈香になる木を植林したいという要望もあわせて伝えています。その結果、毎年3~5種の樹種を植林しています。

Q なぜマップ作成まで?

井上●森林公園では産業植林も盛んに行われていますが、我々が行っているのは、将来の自然林再生に向けた母樹の植林です。植林後の管理を確実に行うためにも、その区別を明確化しておくことが必要と考えたのです。
現地スタッフに任せるという考え方もあるはずですが、「なんでも自分たちでやってみよう」というのが当社の社員気質と言えます。
言葉についても、京都で学ぶインドネシア人留学生を招いて語学勉強会を開催し、あいさつや数詞などは現地語で話せるようになることを心掛けています。

Q 一番の苦労はどこにありましたか?

井上●やはり一番苦労したのは、現地スタッフとのコミュニケーション、信頼関係づくりでした。ブキットバンキライ森林公園のスタッフも、初年度はどう対応すべきか判断しかねているという印象を受けました。ただし2回目からは先方の対応が大きく変わったように思います。
年1回とはいえ、去年と同じ顔を見ればうれしく思うのはだれでも同じ。やはり、続けることが信頼関係を築くもっとも効果的な方法なのかもしれません。
普段は産業植林に携わっている現地の責任者が、実際は熱帯多雨林の再生を望んでいることを知ったのも2回目の研修でのことでした。
彼からは、「私がこのポストにいる限り、松栄堂の森は、将来の熱帯多雨林再生に向けた母樹としてこれからも守っていきたい」という言葉もいただいています。
それから、個人的にはチームリーダーとして研修プログラムを運営することの難しさを実感しました。最初の頃はあまり現場での機転が利かず、一緒に参加した仲間に随分助けられました。

休憩中のひととき
休憩中のひととき[JPG]


現地状況が大きく変化。活動の終了へ

2007年に始まった東カリマンタン植林研修は、2009年12月の第3回研修をもっていったん終了した。その背後には、現地状況の変化があった。

Q 研修を3年で終了した理由を教えてください。

井上●現地状況の変化が第一の理由です。
森林公園内で石炭採掘が始まり、植林地に入るためにセキュリティチェックが求められるようになったことが第一の理由です。また、採掘にともなう森林伐採を補完するための植林が盛んに行われるようになった結果、現地スタッフが我々の活動に協力することが難しくなったという事情もありました。

畑●その一方では、我々としても一区切りつける時期かなという認識はありました。
3年間で研修に参加した社員は合計16名。それは全社員の約1割に相当します。公募制という形をとる以上、研修としてはすでに一定の目的を達し、次のステップへ移行する時期だと判断しました。

Q 今後、どのような展開を考えているのでしょう?

井上●もちろん現地と我々との関わりがこれで終わるわけではありません。
現地調査を含め、4年にわたる取り組みの中で植樹した樹木の総数は約3700本。現在はそれを育てる段階へとステージが移行したと考えています。
今は植林した森をメンテナンスする新たな仕組みづくりを模索している段階です。

Q 自分たちの取り組みを採点するなら、100点満点で何点をつけますか?

畑●どう捉えるかで、点数は違ってくるように思いますね。
植林活動という観点では、一つのけじめをつけたという認識はあります。しかし当事者以外が見れば、また違う評価にもなるでしょう。
一方、社員研修という観点から言えば、満点をつけてもいいと思っています。植林プロジェクトを含め、私たちが行ってきた研修はどれも短期的な結果を求めるものではありません。
しかし経験は、人を大きく変えます。その成果は、事業に確実に反映されつつあると認識しています。それだけに一刻も早く、アジアを舞台にした新たな研修プログラムを開発したいと考えているところです。

お世話になった現地スタッフとのお別れ 再会を誓って
お世話になった現地スタッフとのお別れ 再会を誓って[JPG]
★取り組みのヒント
  • 事業活動のサスティナビリティ実現に直結する分野を対象にした社員参加型の活動は、社員教育という面でも大きな成果が期待できる。
  • 海外拠点を持たない日本企業が海外で環境CSR活動を行う場合、現地側との信頼関係は継続することではじめて培われていく。