沖縄県の代表的な湧水

回答市区町村名 湧水の名称 所在地 概要等 アクセス制限
◎:可
○:可(制限有り)
×:不可
−:不明
湧水保全活動 湧水写真・位置図
名称 ふりがな
那覇市宝口樋川たからぐちひーじゃー那覇市
首里儀保町4-71-2付近
宝口樋川は首里儀保町に位置し、近年史跡に指定された樋川で史跡整備されています。
コーラルの道路及び階段を下ると、同樋川に至ります。
史跡周辺は環状2号線沿いの住宅街になっており、手洗い等の利用が有ります。
平成25年度水質調査にて、重要地点(災害時に生活用水として利用可能)と選定されました。
市の文化財に指定。 
那覇市坊主川ぼうじがー那覇市
繁多川2-17-44付近
繁多川に存在する湧泉。
ボージガーの名は、以前近くにあった寺にちなんだものと言われています。
琉球国時代には、非常に美味で豆腐作りにも利用されたそうです。
しかし、現在のボージガーはその水からの異臭(硫化物臭)を発しており、その水質の悪化がかなり深刻である。
水質は、水素イオン濃度(pH)が7.2とほぼ中性付近を示した。
溶存酸素量(DO)は3.7mg/lと少なく、化学的酸素消費量(COD)は3.7mg/l、大腸菌群数は2.4×104MPN/100ml、総窒素(T-N)は11.6mg/lであった。
前年度同様、化学的酸素消費量、大腸菌郡数及び総窒素は高い傾向にある項目もあり、水質は未だ良い状態ではなく湧水に近づくと異臭(硫化物臭)を発しているため、今後も継続的監視の必要性がある。
年1回水質調査を行っている。 
那覇市坂中樋川ふぃらなかひーじゃー那覇市
字天久1174付近
坂中(フィラナカ)樋川は、国道58号線(天久−上之屋付近)の西側を南北に走る岩崖地の西側斜面に位置する樋川です。
水は巨岩の間より湧き出しており、蛇口が設置され、日常的に人の利用がある涌水です。
湧口上部のガジュマルの根元には、石碑が設置され拝所にもなっています。
平成25年度水質調査にて、重要地点(災害時に生活用水として利用可能)と選定されました。
地域住民により清掃を実施。 
那覇市瑞泉龍樋
(首里城内)
ずいせんりゅうひ首里当蔵3丁目
(首里城内)
瑞泉龍樋は首里城内に位置する樋川で、史跡整備が施されています。
平成25年度水質調査にて、重要地点(災害時に生活用水として利用可能)と選定されました。
首里城が世界遺産および国の文化財指定。 
那覇市寒水川樋川すんがーひーじゃー首里当蔵3丁目
(首里城内)
瑞泉門前の龍樋とならんで首里城内の重要な水源で、生活用水のほかに防火用水としても利用されたといわれています。
平成25年度水質調査にて、重要地点(災害時に生活用水として利用可能)と選定されました。
首里城が世界遺産および国の文化財指定。 
那覇市金城大樋川きんじょううふひーじゃー首里金城町
2丁目8
金城大樋川は遺跡整備された金城町の石畳道より至る湧泉です。
周囲は住宅地及び観光地にあり、利用が多い立地環境といえます。
半月型の比較的大きな貯水池が設けられ、周囲に石積みを設けた美しい景観を生み出しています。
市の文化財に指定。 
那覇市仲之川なーかぬかー首里金城町
2丁目11
湧泉。
村ガーとして共同利用されてきました。
水量水質ともにすぐれ、日照りには首里城の御用水にもなっていました。
市の文化財に指定。 
那覇市安谷川あだにがー首里大中町
1丁目61の2
湧泉。
村ガーとして共同利用されてきました。
この付近の地名をこの井戸にちなんで安谷川といいます。
市の文化財に指定。 
那覇市寒水川樋川すんがーひーじゃー首里寒川町
1丁目54外
寒水川は、赤マルソウ通り南側斜面の住宅地内に位置する樋川です。
貯水池は石造りで半月型を呈し、美しい景観をみせています。
市の文化財に指定。 
那覇市上ヌ東門ガ−ういぬあがりじょーがー首里金城町
3丁目39
湧泉。
村ガーとして共同利用されてきました。
市の文化財に指定。 
那覇市下ヌ東門ガ−しちやぬあがりじょーがー首里金城町
3丁目60
湧泉。
村ガーとして共同利用されてきました。
市の文化財に指定。 
那覇市加良川からがー首里儀保町
2丁目10の1 外
湧泉。
村ガーとして共同利用されてきました。
玉城朝薫生誕の地の石碑があり、朝薫はここで産水を使ったと伝えられています。
市の文化財に指定。 
那覇市さくの川さくのかー首里山川町
1丁目89
桃原本通り(県道28号線)西側斜面に位置する樋川です。
その周辺は「さくの川の公園」として整備されています。
岩のトンネル内小水路を湧水が流れる構造となっており、周囲の環境とあわせて趣のある樋川です。
市の文化財に指定。 
宜野湾市野嵩クシヌカーのだけくしぬかー宜野湾市
野嵩西門原
生活用水や産水、若水等に使用されていた。
市指定史跡
地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 
宜野湾市喜友名泉
(ウフガー・カーグヮー)
ちゅんなーがー
(うふがー・かーぐゎー)
宜野湾市
喜友名下原
牛馬の水浴びや正月の若水等使用した。
国指定重要文化財
地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 
宜野湾市森の川むんぬかー宜野湾市
真志喜富盛原
最初に中国と正式な貿易を開始した察度誕生に関連する羽衣伝説が残る。
県指定 名勝
地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 
宜野湾市大謝名メーヌカーおおじゃなめーぬかー宜野湾市
大謝名前原
生活用水や産水、若水等に使用されていた。
湧泉に下りる石畳道も残る。
市指定天然記念物である淡水紅藻が生息する。
市指定史跡
地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 
宜野湾市我如古ヒージャーガーがねこひーじゃーがー宜野湾市
我如古前原
市指定有形民俗文化財
地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 
石垣市アダドゥーナー 石垣市
宮良
市指定史跡
(別紙参照)

(一部制限有)
地域関係者、市文化財課による清掃別紙(PDF)
石垣市パイナーカー 石垣市
平得
市指定史跡
(別紙参照)
地域関係者、市文化財課による清掃別紙(PDF)
石垣市真謝井戸マジュンガー石垣市
白保
市指定史跡
(別紙参照)
地域関係者、市文化財課による清掃別紙(PDF)
浦添市西原東ガーにしはらあがりがー浦添市
西原4丁目
うがんやま公園内
村井。
別名ウブガー。
産水、若水を汲んだ。
昭和56年3月2日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。
市の文化財に指定。
清掃、管理。
写真
浦添市西原洗濯ガーにしはらせんたくがー浦添市
西原4丁目
うがんやま公園内
西原東ガーに隣接し、洗濯や農具洗い等に使われた。
平成18年12月19日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。
市の文化財に指定。
清掃、管理。
写真
浦添市安波茶樋川あはちゃふぃーじゃー浦添市
安波茶2丁目
内閣府浦添宿舎西側
現在も参拝がある。
産水、若水を汲んだ。
平成14年3月1日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。
市の文化財に指定。
清掃、管理。
写真
浦添市仲間樋川なかまふぃーじゃー浦添市
仲間2丁目
浦添中学校北側
村井。
産水を汲んだ。
平成14年3月1日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。
市の文化財に指定。
清掃、管理。
写真
名護市潮平川湧水すんじゃがーゆうすい名護市
屋部736-2
嘉津宇岳一帯をかん養域とし雨水等の浸透水が水源となり、海岸部より湧き出てる水量豊富な湧水である。
水源水質の管理・監視のため、毎月、数項目の水質検査を行い、毎日の巡視点検を行っている。 
糸満市嘉手志川かでしがー糸満市
字大里
今でも豊かな水量が湧き出ていて、干ばつのときにも枯れることがない。
  
糸満市シリーンカーしーりんかー糸満市
字糸満
 
  
糸満市コビガーこびがー糸満市
字大里
 
  
糸満市クラガーくらがー糸満市
字宇江城
 
  
糸満市アガリガーあがりがー糸満市
字真栄平
灌漑用水の一部雑用水として利用されている。
  
糸満市シラカーしらかー糸満市
字真壁
 
  
糸満市喜屋武泉
(江本之泉)
きゃんがー
(えもとのいずみ)
糸満市
字喜屋武
喜屋武貝塚内にある湧水で干ばつにも涸れることもなく区民の生活水として使用されてきました。
  
糸満市潮平ガーしおひらがー糸満市
字潮平
平成9年12月に県内初の登録有形文化財として登録されました。
  
糸満市復興乃泉ふっこうのいずみ糸満市
字糸洲
 
  
糸満市フクラシ泉ふくらしがー糸満市
字米須
 
  
糸満市榮泉さかえがー糸満市
字米須
 
  
糸満市イナミンガーいなみんがー糸満市
字糸満
 
  
糸満市マチンカーまちんかー糸満市
字糸満
戦前は井戸の北側は広場になっており、そこの露天市場で利用される井戸であった。
  
糸満市カニクグヮーンジョーヌカーかにくぐゎーんじょーぬかー糸満市
字糸満
 
  
糸満市ミーガーみーがー糸満市
字糸満
 
  
糸満市ワカガーわかがー糸満市
字糸満
 
  
糸満市町ン門ヌカーまちんじょうぬかー糸満市
字糸満
 
  
糸満市アシチャーあしちゃー糸満市
字山城
 
  
糸満市クニシガーくにしがー糸満市
字国吉
 
  
糸満市アカリガーあかりがー糸満市
字真栄里
 
  
糸満市カータガーかーたがー糸満市
字真栄里
 
  
糸満市イリーガーいりーがー糸満市
字真栄里
 
  
糸満市アガリグムイあがりぐむい糸満市
字武富
 
  
糸満市照屋カーてるやかー糸満市
字照屋
昔は石で囲った小さな井戸でしたが、戦後に屋根付きの井戸として整備された。
  
糸満市糸洲カーいとすかー糸満市
字糸洲
 
  
糸満市ザハガーざはがー糸満市字
座波
 
  
糸満市ウーカンガーうーかんがー糸満市
字糸満
 
  
沖縄市室川井泉ムルカーガー沖縄市
室川
沖縄市役所の北東に位置する。
大干ばつに見舞われても水が枯れなかったといわれ、地域では「ムルカーガー」と呼んでいる。
現在の井泉は、昭和3年に改修された。
地域では旧暦8月10日に拝んでいる。
市指定文化財として保護 
沖縄市セークガ― 沖縄市
美里
美里公民館の南側に位置する。
堰は、堅固な石積みで、ふたつの取水溝と四角いのぞく穴がある。
戦後に改修された記録はなく、往年の技法を伝える重要な文化財である。
美里集落の発祥にかかわる井泉だと伝えられている。
建造年代は不明である。
市指定文化財として保護 
沖縄市ヒージャーガー 沖縄市
美里
美里公民館の北東側に位置する。
村では、ヒージャームンチュウが使用した井戸といわれている。
現在の井戸は昭和29年に改修されたようだ。
この泉から流れ込んで小川やむかいの溜池の底に溜まった土は農家の肥料として使用されたと言われている。
美里集落の発祥にかかわる井泉だと伝えられている。
市指定文化財として保護 
うるま市ヤンガーやんがーうるま市
与那城上原
市指定文化財。
泉の内部はトンネル状に石を組み、涌き口まで続いているようである。
外観も石造建築の美を見事に調和させている。
昔は、産湯につかったことから「ウブガー」とも呼ばれている。
現在は、正月に清水をとる習わしがあり、地域の門中がヤンガーを拝み、健康祈願も行っている。
 
  
うるま市犬名河いんながーうるま市
与那城伊計
市指定文化財。
水不足で、干ばつに困っていたとき、ずぶぬれになった犬が崖下から上がってきたのを見た農夫が、不思議に思い下りていって見ると、こんこんと水がわき出ている泉を見つけた。
このことから「犬名河」と呼ばれるようになったといわれている。
 
  
うるま市与佐次川ゆさちがーうるま市
与那城平安座
市指定文化財。
平安座島では「産井ガー」とも呼び、子どもが誕生した際には、初水として汲んできた。
また正月3日には、門中一族が集まり、子孫繁栄、無病息災を祈願する伝統行事が行われている。
 
  
うるま市田場ガーたばがーうるま市
田場
市指定文化財。
「ウブガー」とも呼ばれ、古くから正月の若水、産水、生活・農業用水などに利用されてきた。
現在でも地域の行事として、旧暦正月にカー拝みが行われている。
 
  
宮古島市ヒダ川ひだがー宮古島市
平良字西原
宮古島大浦湾奥に位置する。
かつては隣接する西原地区住民の生活用水確保の場であり、洗い物等をする作業場がつくられている。
現在は使われていない。
海岸に近いため、潮位によっては塩水の浸入を受ける。
  
宮古島市白川田湧水しらかわだゆうすい
すさかだーゆうすい
宮古島市
平良東仲宗根添
宮古島西部、大野山林の西に位置する。
宮古島市最大の遊水池。
日湧水量は、隣接・合流する山川湧水と合わせて1500m3に及ぶ。
宮古島市水道局の水源地として利用され、一般の立入は制限されている。
×
水道水源地であり、立入を厳重に規制している。
水道法に基づく水質検査等も行われている。
 
宮古島市長間大川
別称:山川大川
ながまうぷかー
やまがわうぷかー
宮古島市
城辺字長間
宮古島西部、山川集落の西海岸斜面に位置する。
市指定民俗文化財。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 
宮古島市野城泉ぬぐすくがー宮古島市
城辺字福里
宮古島南東の浦底漁港に続く下り坂の途中に位置する。
市指定史跡。
湧水口には石積みにより水場が形成されている(石積みの時期は不詳。13,14Cごろか)。
かつては豊富な湧水量を誇ったが、近年は数水量が減少傾向にある。
東京農業大学宮古亜熱帯農場・中西博士が長期にわたり水質調査を行っている。
また琉球大学・藤田博士らによる生物調査が行われている。
この湧水でしか確認されていない固有種「ミヤコチスジノリ」(紅藻)が分布するが、絶滅が危惧されている。
 
宮古島市来間川
別表記:来間泉
くりまがー宮古島市
下地字来間
来間島・来間漁港に隣接する。
市指定史跡。
断崖直下の小湧水で、S50年に宮古島から海底送水管が敷設されるまで、島民の重要水源であった。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 
宮古島市プイ°キャー
別称:新城湧水
ぷい°きゃー
あらぐすくゆうすい
宮古島市
城辺字新城
宮古島南東の新城海岸に下る途中に位置する。
湧水口にコンクリート製のため池が整備されているが、現在は使われていない。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 
宮古島市保良川ぼらがー宮古島市
城辺字保良
宮古島南東の保良海岸に下る途中に位置する。
かつて湧水は、近隣の保良集落の生活用水として使われていたが、現在では、海岸でのレジャー利用に変わっている。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 
宮古島市ムイガーむいがー宮古島市
城辺東海岸
宮古島南岸のムイガー断崖下に位置する。
かつては簡易水道の取水地として利用されていた。
現在は使われていない。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 
宮古島市咲田川湧水
別表記:崎田川湧水
さきたがわゆうすい宮古島市
下地字上地
宮古島南西・与那覇湾奥に注ぐ湧水。
湧水口は複数あるが、その一部は製糖工場の事業用水として利用されている。
他の湧水口は公園整備がされている。
宮古島市が水質モニタリングを行っている。
宮古高校が湧水地の生物調査を行っている。
 
南城市チチンガーちちんがー南城市
大里字大里
以前は飲料水として使用されていたが、水道敷設後、現在は一部農業用水として使用。
区においては年中行事の際に拝みを行っている。
南城市教育委員会により管理。
西原区に随時清掃させている。
 
南城市カンチャ大川かんちゃうっかー南城市
知念字志喜屋
上志喜屋集落の生活用水として使用され、
現在は農業用水として利用。
南城市教育委員会により管理。
志喜屋区に随時清掃させている。
 
南城市知名御川ちなうっかー南城市
知念字知名
集落西側にあり、古い井泉と伝わっており、
拝所として多くの参拝客を集めている。
南城市教育委員会により管理。
個人に随時清掃させている。
 
南城市具志堅の樋川ぐしけんのひーじゃー南城市
知念字具志堅
昭和4年に住民の手で築造された知念大川を水源とする樋川である。
正面に吐水口と洗濯場、右側に沐浴場がある。
南城市教育委員会により管理。
具志堅区に随時清掃させている。
 
南城市知念大川ちねんうっかー南城市
知念字知念
以前は瓦葺きであったが、昭和33年にコンクリート造りに改築された。
水量が豊富である。
南城市教育委員会により管理。
随時清掃している。
 
南城市上の井うぃーぬかー南城市
佐敷字小谷小谷原
昔は産井や生活用水の井戸として重要であり、昭和49年頃まで使用された。
今は、営の上水道が配されたので、飲料水以外に利用。
南城市教育委員会により管理。
小谷区に随時清掃させている。
 
南城市中の井なかぬかー南城市
佐敷字小谷小谷原
明治後期に造られ、洗濯や甘藷洗いに利用されていた。
近年まで井から水を汲んで、自家の水がめ等に飲料用水として溜めていた。
南城市教育委員会により管理。
小谷区に随時清掃させている。
 
南城市下茂の井しむぬかー南城市
佐敷字小谷小谷原
現在は使用されてなく、井底に砂泥がたまっている。
字の拝所で、左手に水の神を祀った碑と香炉がある。
南城市教育委員会により管理。
小谷区に随時清掃させている。
 
南城市仲村渠樋川なかんだかりひーじゃー南城市
玉城字仲村渠
大正元年に津堅島の石工を雇い粟石で築造され、当時は生活用水として使用。
現在は農業用水として利用されている。
南城市教育委員会により管理。
仲村渠区に清掃管理を委託している。
 
南城市垣花樋川かきのはなひーじゃー南城市
玉城字垣花
現在送水管を施設し、飲料水、生活用水として使用。
初ウビー等の拝所となっている。
  
南城市船越大川ふなこしうっかー南城市
玉城字船越
4,50年前までは子供達の水浴びや馬アミシ-として利用されていた。
現在でも桶の下から水が湧き出ており、夏場でも枯れない。
  
南城市前川樋川まえかわひーじゃー南城市
玉城字前川
主に飲料用水として使用していてまた子供が生まれた場合等も桶井泉を汲んで湯浴させたり、ウブガーとして崇拝されている。
  
南城市糸数樋川いとかずひーじゃー南城市
玉城字糸数
現在はコンクリート造りの貯水槽となっている。
  
国頭村メージンジャナガーめーじんじゃながー国頭村
比地
現在、この湧水地は民家の近くにあり、昔は飲料水として飲まれていたが、現在は飲料水としては適していないため使用していない。
  
国頭村インリンジャナガーいんりんじゃながー国頭村
比地
現在、この湧水地は民家の近くにあり、昔は飲料水として飲まれていたが、現在は飲料水としては適していないため使用していない。
  
大宜味村ダチガーだちがー国頭郡
大宜味村
田港
 
  
今帰仁村村吉事水源地そんきちじすいげんち勢理客798-1 
 
  
今帰仁村ヒージャーガーひーじゃーがー渡喜仁310 
 
  
本部町西のハーにしのはー本部町
字崎本部の集落内
本部町字崎本部の集落内に有、水量は少ない。
旧暦の1月1日、5月5日に区が拝む
水量、水質の調査は行っていない 
本部町イズミガーいずみがー本部町
字健堅
本部町字健堅に有、水量は少ない。
旧暦の  5月5日、9月9日に区が拝む
水量、水質の調査は行っていない 
本部町へーヌカーへーぬかー本部町
字谷茶の集落内
本部町字谷茶の集落内に有、水量は少ない
水量、水質の調査は行っていない 
本部町割井泉わりがー本部町
字渡久地
(学校の校庭内)
校庭内に有、水量は少ない
水量、水質の調査は行っていない 
本部町りージりーじ本部町
字東
本部町字東の集落内に有、水量は少ない。
水量、水質の調査は行っていない 
本部町大蛇ガーうふじゃがー本部町
字伊野波(八重岳の中腹)
昔は藍染めをする藍をつくっていたが現在は使用していない。
水量は少ない
水量、水質の調査は行っていない 
本部町井泉はーぐゎー本部町
字山里
現在は使用されてない
管理はされていない 
本部町ウフガーうふがー本部町
字大堂
一軒の農家により農業用水に利用
水量、水質の調査は行っていない 
本部町ウフガーうふがー本部町
字具志堅
農業用水等に利用、水量は豊富
具志堅区により管理され、水量、水質調査は行っていない。 
伊江村湧出わじ国頭郡
伊江村
字東江上4280−2
 
水道係が維持管理 
読谷村楚辺暗川そべくらがー読谷村
字楚辺
トリイステーション(旧楚辺集落)の洞穴内にある泉。
沖縄音楽の始祖赤犬子(あかいんこ)の誕生に関わる伝説がある
×
定期的に水質調査 
読谷村サシジャーさしじゃー読谷村
字伊良皆
字伊良皆の飲料水となった泉のため、現在でも重要視されており、定期的に字民が清掃を行っている
地域住民による定期的な清掃活動 
嘉手納町屋良のシリーガーやらのしりーがー嘉手納町
字屋良750
古くから利用されてきた井泉で町指定史跡
  
嘉手納町屋良のヒージャーガーやらのひーじゃーがー屋良城跡公園内古くから利用されてきた井戸で町指定史跡
  
嘉手納町ヌールガーぬーるがー屋良城跡公園内古くから利用されてきた井戸で町指定史跡
  
北谷町桃原ガーとうばるがー北谷町
字吉原
いつ頃作られたのかは不明。
水量は豊富。現存しているが、戦後コンクリートで高さがつけられ簡単に汲めない。
  
北谷町チブガーちぶがー北谷町
字大村
米軍提供地内。
県道130号線の工事の際に発生した崩落によって埋没。
平成16年米軍の文化財保護政策の一環として復元。
同年、町の文化財として指定。
  
北谷町奈留ガーなるがー北谷町
字伊平
米軍提供地内。
桑江ヌ後屋取と伊礼との境界を流れていた河川。
  
北谷町イーヌカーいーぬかー北谷町
字吉原
集落内では一番上等な井戸だったとのことだが現在の水量は戦前の半分ほどになっているとのこと。
  
北谷町インガーいんがー北谷町
字砂辺
飲料水としてや炊事などに使用していたとのこと。
戦前は今より浅く位置も現在より2メートルほど西側だったとのこと。
  
北谷町スーガーすーがー北谷町
字大村
北谷城(チャタングスク)の西麓にある井戸。
きれいな澄んだ水であるとのこと。
米軍提供地内。
  
北谷町ウーチヌカーうーちぬかー北谷町
字伊平
米軍提供地内。
水量豊富。かつてはノロによる雨乞いが行われた
平成22年度に水量・水質調査を実施。地図
写真
北谷町ホースガーほーすがー北谷町
字吉原
飲料水や生活用水として利用していた。
ウージガーとも呼ばれる。
戦後ゴムホースを入れて配水していたので、ホースガーの呼び名が一般的となった。
現在は整備されている。
 地図
写真
写真
写真
北中城村ヒージャーガーひーじゃーがー北中城村
字荻道西門原26
荻道集落の中心部、県道146号沿いにある。
大正13年の改修の時、横穴を掘ってから水が良く出るようになり、飲料水や産井戸としても利用するようになったという。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村アガリヌカーあがりぬがー北中城村
字大城門田原114−1
戦後上水道が敷設されるまで飲料水として利用された。旧元旦の若水として汲み、火の神、仏壇に供え、家運隆盛と家族の健康を祈った。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村チブガーちぶがー北中城村
字大城門田原142
字大城で一番古いカーで、産井戸として使用された。
水溜めの石積みが良く残っている。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村イリヌカー(大城)いりぬかー北中城村
字大城門田原141−1
樋から流れてくる水を溜める池や石敷き、周囲の土留め石積みが今も残っている。
地下水路も残っている。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村イーヌカーいーぬかー北中城村
字荻道西門原28
昔は地域住民が水浴びや洗濯しながらゆんたくをする憩いの場として利用された。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村メーヌカーめーぬかー北中城村
字荻道西門原59
拝井泉としては、最も古いとされ大正13年にヒジャーガーが改修されるまでは産井戸として利用されていた。
年1回、水質調査を実施。 
北中城村タチガーたちがー北中城村
字荻道樋川原485
荻道集落の北側にあり水量は豊富で、昔は集落のカーの水が不足した時に、ここまで水を汲みに来た。
年1回、水質調査を実施。 
与那原町親川ウェガァ与那原町
字与那原
天女が産湯をつかったという神話が残されている。
また、琉球王国の「お水撫」の儀式を行っていた。
  
南風原町ヒージャガーひーじゃがー南風原町
字大名80
大名の、首里に向かう旧街道にある共同井戸で、個人の屋敷東側にある。
井戸は直径1mの楕円形をしており、水深4m、深さ1mまで石積みされており、現在でも水量は豊富である。
町の文化財に指定。 
南風原町御宿井うすくがー南風原町
字宮城89-1
御宿井は、「琉球国由来記」と「球陽」外巻の「遺老伝説」に「羽衣伝説」の言い伝えが残る井戸として紹介されている。
琉球石灰岩を用いて作られた井戸は、直系1.2m程で、上下水道が整備されるまで地域の生活用水として利用されていた。
現在ではウマチーなどの行事の拝所となっている。
町の文化財に指定。 
伊平屋村上の川うえのかわ伊平屋村
字島尻
昔から使用されている湧水
  
八重瀬町上ヌカーういぬかー八重瀬町
字高良
集落管理、農業用水
  
八重瀬町世持井ゆむちがー八重瀬町
字仲座
集落管理、農業用水
  
八重瀬町屋富祖井やふそがー八重瀬町
字具志頭
集落管理、農業用水
  
八重瀬町カミーガーかみーがー八重瀬町
字富盛
集落管理、農業用水
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八重瀬町川平良井泉かてーらがー具志頭集落管理
  
八重瀬町座嘉武井泉ざかんがー安里集落管理
  
八重瀬町下茂ヌカーすむぬかー志多泊集落管理
  
与那国町田原水源地たばるすいげんち与那国町
字与那国町2140番地
昔から使用されている湧水