参考資料
参考資料1 オーストラリアのスズメバチ(Vespula germanica, V. vulgaris)の生物的防除資材候補である捕食寄生者, Sphecophaga vesparum(膜翅目: ヒメバチ科) の寄主特異性1)
1.Sphecophaga vesparumの寄主特異性の調査と対象種の選択
S. vesparum(膜翅目: ヒメバチ科) はSphecophagina族Sphecophaga属の1種1属の昆虫で2亜種を含む。S. vesparum vesparum (Curtis) は欧州原産でありスズメバチ科のVespinae亜科に寄生するが, 同じSphecophagina族の捕食寄生者の寄主であるPolistinae亜科のどの種にも寄主としての記録はない。オーストラリアには土着のVespinaeはいないが, Polistinaeが少なくとも36種生息している。このうち12種が南回帰線の南に分布し, その分布域は対象害虫であるVespula germanica とV. vulgarisの潜在的な分布域と重なると考えられる(オーストラリアでは両種とも外来種で,発見されたのは比較的最近である)。
試験対象種としては, 上記のうち1989年3月中旬に南クイーンズランド州の野外で容易に入手できたもの, または被害地域であるヴィクトリア州に多く生息しているものを選んだ。さらに土着のミツバチ科 (Apidae) のTrigona carbonariaも用いた。試験時の対照としてはV. germanicaを用いた。
2.選択試験
試験対象種としては8種を用いた。換気できる1.5L丸型プラスチック容器にスズメバチ幼虫の入った巣を入れ (成熟段階の異なる幼虫が混在, 成虫は加えなかった) , そこに羽化したばかりS. vesparumを加えた。容器には試験種と対照種であるV. germanicaを共に入れて試験した。11日後,ハチがすべて巣から出てきた段階で捕食寄生者の蛹の数を数えた。試験は各種類で2~6反復行った。
3.無選択試験
試験対象種として標的害虫の現在の分布域に重なる土着のスズメバチのうち,最普通種であるPolistes humilis humilisおよびRopalidia plebeianaの2種を用いた。Vespulaの多くは地中に巣を作るが, 土着のスズメバチの多くは樹木に巣を作るため, 双方の巣の場所が選択試験のように接近している可能性は低い。従って無選択試験の方が野外での寄生の機会をより正確に反映すると思われる。
試験は選択試験と同様の方法(V. germanicaは加えない)で行った。同じ場所に対照であるVespula germanicaを含むS. vesparumの飼育容器を置き, 環境条件が寄生に適していることを確認した。
4.寄主位置確認試験
試験対象種としては1種のみを用いた。直径5㎝,長さ40㎝の管の両端に2.5Lの丸型容器 (共に透明プラスチック) をつけ, 管には捕食寄生者を, 容器にはそれぞれ試験種R. rebolutionalisと対照種であるV. germanicaの巣を入れた。この容器では,それぞれ3頭の成熟した働きバチが幼虫の世話をした。連結部には0.5mmの網を張り, 捕食寄生者は自由に出入りできるが寄主の働きバチは入れないようにした。2個組セットとし, 一方では右の容器に, もう一方では左の容器に試験種を入れた。
5.結果および考察
選択試験の結果,R. plebeianaを除き, 試験した種のうちでS. vesparumの好適な寄主となりうるものはなかった(表1)。
表1 選択試験の結果*
|
種名
|
反復
数 1) | 試験生物種 | Vespula | 調べた蓋
うち巣房数 | 生じた捕食
寄生者数 | 調べた蓋
うち巣房数 | 生じた補食
寄生者数 | スズメバチ科
Polistes humilis humilis (F)
P.humilis synoecus (de Saussure)
P.townsvillensis austrinus Richards
Ropalidia plebeiana Richards
R.romandi cabeti (de Saussure)
Ropalidia sp. nov.
ミツバチ科
Trigona carbonaria Smith |
8
5
2
3
4
2
6 |
215
66
10
227
365
13
681 |
0
0
0
1 2)
0
0
0 |
285
177
72
205
197
51
316 |
63
57
20
17
42
28
185 |
| |
1)反復当たり1~2匹の捕食寄生者を使用。
2) 捕食寄生者は繭中で死亡。
* 末尾に示した文献による。
無選択試験を行ったP. humilis humilisおよびR. plebeianaの2種にはS. vesparumは寄生しなかった(表2)。
表2 無選択試験*
| 種名
| 反復数 1)
| 調べた蓋
うち巣房数 | 生じた捕食
寄生者数 | 捕食寄生者の生じた
Vespulaの巣房数 2) | Polistes humilis humilis
Ropalidia plebeiana | 7
4 | 165
242 | 0
0 | 12.2 3)
13.8 4) |
| |
1) 反復当たり一匹の捕食寄生者を使用。
2) 対照群において寄生を生じた捕食寄生者一匹当たりの巣房数。
3) 101匹の捕食寄生者での平均値。
4) 36匹の捕食寄生者での平均値。
* 末尾に示した文献による。
寄主位置確認試験ではS. vesparumは両方の容器に随意に出入りしたが,どちらの働きバチも捕食寄生者が巣に近寄りすぎると攻撃的になった。V. germanicaでのみ有効な寄生が起きた(表3)。
表3 寄主位置確認試験*
| 種名
| 反復数 1)
| 調べた蓋
うち巣房数 2) | 生じた補食
寄生者数 | Ropalidia revolutionalis
Vespula germanica | 4
4 | 153
475 | 0
94 |
| |
1)反復当たり6匹の捕食寄生者を使用。
2)働きバチが共存。
* 末尾に示した文献による。
これらの結果から,S. vesparumは土着のスズメバチやミツバチに有意な直接的影響を与えないと考えられた。文献に記録されたS. vesparumの寄主範囲から見ても他の動物群にもリスクはないと考えられる。S. vesparumは, オーストラリアでVespula種の生物的防除資材候補として放飼を認可され, 1989年12月にメルボルン都市圏で放飼された。
1): R. P. Field et al.: Host specificity of the parasitoid, Sphecophaga vesparum (Curtis) (Hymenoptera: Ichneumonidae), a potential biological control agent of the social wasps, Vespula germanica (Fabricius) and V. vulgaris (Linnaeus) (Hymenoptera: Vespidae) in Australia. New Zealand Journal of Zoology, 18, 193-197 (1991)
参考資料2 捕食寄生者, Microctonus hyperodae (膜翅目:コマユバチ科:Euphorirae亜科) の宿主特異性試験およびニュージーランドにおけるゾウムシ Listronotus bonariensisの生物的防除資材としての適切性2)
1.Microctonus hyperodaeの寄主特異性の調査と対象種の選択
M. hyperodae(膜翅目:コマユバチ科:Euphorirae亜科) は原産地である西パタゴニアでは標的害虫であるListronotus bonariensis(鞘翅目: ゾウムシ科) のみを攻撃し,共存する同属の3種からは発見されていないため, 少食性であるとされている。しかし,南米でM. hyperodaeの採集を行ったところ,当初考えられていたより分布が広く感染率も高かった。そのため,L. bonariensisと同じ亜科Brachycerinaeに属し同程度の大きさの野外で採集したニュージーランド土着種を対象として,実験室での寄主特異性試験を実施した。
2.非選択試験
試験対象種として24種 (3種を除きニュージーランド土着)の非標的ゾウムシを用いた。捕食寄生者であM. hyperodaeるは4日令以下のものを用いた。飼育ケージには, 上下二つの小部屋に分かれた円筒状の透明なポリカーボネート容器(直径115mm×高さ120mm)を用いた。上の部屋の床は,発生した捕食寄生者の前蛹が落下し下の部屋のペーパータオルの細片の下で蛹化できるように, プラスチックの目の細かい網 (0.5mmmの穴) になっていた。
試験には2つの方法を用いた。第1の方法では,25~30頭のゾウムシを感染用ポリカーボネート製ケージ(220mm×130mm×75mm)に入れ,1頭のM. hyperodaeへの48時間暴露を4回繰り返した。その後,飼育ケージに移し,羽化するか捕食寄生者の前蛹が発生するまで飼育した。対照のL. bonariensisも同様に処理した。
第2の方法では,感染用ケージに約50頭のゾウムシを入れ3頭の捕食寄生者に48時間暴露した。その後の処理は最初の方法と同様に行った。対照群としてL. bonariensisも同様に処理した。
非標的種に寄生が認められた場合には,ゾウムシを捕食寄生者に暴露させてから捕食寄生者が蛹化するまでに要した時間を調べた。また,試験種での幼虫生育率を対照群と比較し,更に生き残ったゾウムシを解剖して体内の幼虫を顕微鏡下で観察し,幼虫を外見により, 健康, 衰弱, 包囲(encapasulation) に分けて数えて対照群と比較した。
3.選択試験
上記の感染用ケージに試験種と対照のL. bonariensis各25頭を入れ, 捕食寄生者1頭に暴露した。半数の試験では暴露は48時間で3反復した。残りは捕食寄生者を3頭とし48時間暴露で1回のみ行った。その後の処理は非選択試験と同様に行った。
4.ニッチあるいは生息地の分離に関する考察
非標的種と標的種の分布の重なりを調べるために,L. bonariensisの分布,とくに高地における分布と定着性を野外で調べた。
5.結果および考察
表1に示したように,M. hyperodaeは4種で生育した。その数は標的種である,L. bonariensisより低く,33%を超えることはなく,平均は18.7%であった。
表1捕食寄生者の生育が可能であった試験対象ゾウムシから得られたM. hyperodaeの蛹数*
| 捕食寄生者の生育
が可能であった
試験生物種
| 試 験
番 号
| L.bonariensis
から生じた全蛹数 | 試験生物から
生じた全蛹数 | L. bonariensis
での全蛹数に対す
る割合(%)
| 非選択
試 験 | 選 択
試 験 | 合 計
| 非選択
試 験 | 選 択
試 験 | 合 計
| Irenimus aequalis | 3,12,13 | 35 | 18 | 53 | 7 | 2 | 9 | 17 | Irenimus sp.3 | 15 | 21 | - | 21 | 7 | - | 7 | 33 | Catoptes robustus | 10 | 9 | - | 9 | 1 | - | 1 | 11 | Nicaeana cinerea | 17 | 28 | 15 | 43 | 5 | 4 | 9 | 21 | Nicaeana cinerea | 18,19 | - | 29 | 29 | - | 3 | 3 | 10 | 合 計 | 155 | | 29 | 18.7 |
|
* 末尾に示した文献による。
本試験法は寄主範囲を過大に見積もることが知られており,実験室では偽陽性を生じる。このことから,M. hyperodaeのケージ試験での23種中4種という寄主範囲は少食性を示していると判断された。
表2 M. hyperodaeの生育率に及ぼす寄主ゾウムシの影響および包囲の割合*
| 補食寄生者の生育が可能
であった試験生物種 | 捕食寄生者幼虫の包囲による
試験生物種の生存率(%) | 試験生物種中での捕食寄生者
の生育遅延の割合(%) | Irenimus aequalis
Irenimus sp.3
Catoptes robustus
Nicaeana cinerea | 1.3 (n = 75)
50.0 (n = 14)
5.7 (n = 35)
18.4 (n = 49) | 0
12
27
27 |
| |
* 末尾に示した文献による。
表2に示したように,主要ではないが害虫であるI. aequalisを除き, 寄生されたゾウムシでは, M. hyperodaeのかなりの包囲/衰弱,生き残った幼虫の生育の遅れを生じた。この結果から, I. aequalis を除き, 試験種は寄主として不適合で,これらの種のみでM. hyperodaeを世代継続出来るかは疑問であると判断された。
更に生息地特性の分析で,この3種には高山地に避難地がある可能性が高いことから,M. hyperodaeはニュージーランド土着のゾウムシ科の種には恐らく脅威にはならないであろうと判断され,放飼に適するものとして推薦された。
2):S. L. Goldson et al.:Host specificity testing and suitability of the parasitoid, Microtonus hyperodae (Hym.: Braconidae), as a biological control agent of Listronotus bonariensis (Col.: curculionidae) in New Zealand . Entomophaga, 37, 483-498 (1992)