資料3  天敵農薬のモニタリング法



 天敵農薬のモニタリングの目的は、事前評価において実環境中での十分な知見が必要と評価された天敵農薬について、その定着性や生態系への影響の有無等を実環境レベルで明らかにすることである。また、天敵農薬の導入により万一重大な影響が発生した場合に、その発生を速やかに察知し、影響の広範囲な拡大を防止できるようにすることである。しかし、天敵農薬のモニタリングの目的が定着性の有無の確認であるか生態系への影響の有無の確認であるかによらず、一般的な方法の策定は難しい。従って実際にはモニタリングの実施を決定した時点で専門家と相談して計画を作成し、それに従ってモニタリングを行うこととなる。
 ここではセクションAで、導入後の天敵農薬のモニタリング方法について、特定の天敵を使った具体的な調査方法の例(カブリダニ類を想定し、例示は四角で囲む)を示しながら説明し、セクションBで、一般的な方法の策定がさらに難しい、天敵の生態系への影響のモニタリング法について、その基本的考え方を示す。
 なお、申請者が自主的にモニタリングを行う場合にも本モニタリング法を参考とされたい。


セクションA:導入天敵のモニタリング

1.スコーピング(絞り込み)
 調査は当該天敵が導入・放飼された地点を中心とする一定の地理的範囲内で実施する。ただし、放飼された天敵が広範囲に分散する場合は、範囲を拡大する必要がある。
事前評価で得られた天敵の生態学的特性等を考慮した上で、以下のような項目を調査する。
  ①放飼後の定着
  ②越冬状況
  ③標的生物以外の餌種への寄生や捕食
  
2.モニタリング計画の策定と実施
(1)調査場所の設定
 当該天敵の移動能力は、翅の有無や風などの移動媒体の利用形態により大きく異なる。事前評価で得られた情報から天敵の年間移動距離を推定し、当面は放飼箇所を中心とし半径がその2倍程度の範囲内を目安とする。わが国の地理的特長を考慮し、放飼範囲の中から気候的に異なる数地域を選択し、調査を実施する。

例)
 カブリダニ類の場合は無翅であり、風にうまく乗らない限り大きな移動は考えにくい。そ
こで、年間移動距離を500mと仮定し、放飼地点を中心に半径500mの範囲内で調査を行う。
放飼された場所(圃場など)を含めて範囲内の数カ所で、以下の項目に示す要領で実施する



(2)調査時期と期間の設定
 調査に当たっては、当該天敵の餌種個体数が高い時期を選ぶ。放飼初年には可能であれば複数回の実施が望ましい。また、越冬状況の確認のために翌春の調査を行う。翌年以降の調査は、モニタリングの結果にもとづき、専門家と相談して実施する。

(例)
 天敵カブリダニ類は、主としてハダニ類やアザミウマ類の防除に利用される。そこで各餌
種の発生数が多い時期を集中的に調査する。例えば落葉果樹のハダニ類が対象の場合、発生
のピークは6月下旬から10月上旬にある。これに加えて、翌春の越冬後調査は関東地方を例
にとると4月下旬から5月中旬の実施が考えられる。翌年以降の調査は、原則として年1回
とし、放飼年を含め3カ年程度継続する。


(3)調査方法の選択
  調査では、
①対象となった作物と害虫の組み合わせにおける当該天敵の発生状況の把握
 ②自然生態系内で餌種等に発生する天敵農薬の確認
 ③トラップ等により積極的に天敵農薬を誘引する方法
などが考えられる。(1)では、放飼した場所での継続的な調査のみならず、該当地区で同じ条件を持つ場所を使っての拡大調査が考えられる。(2)、(3)に当たっては、各天敵に関する事前評価での資料や、開発済みの技術などが利用できる。


例)
前節と同様に、落葉果樹でのハダニ類を対象としてカブリダニを導入放飼した場合、導入
天敵を放飼した当該果樹園のみならず、周辺に位置する果樹園での継続的な調査がまず考え
られる。さらに自然生態系内で餌種となるハダニ類が比較的多数生息する雑草や雑木(クズ
やカラスノエンドウなどのマメ科草本、クサギなどの木本)に注目し、発生するカブリダニ
を採集する。
また、種々のトラップも利用できる。あらかじめ生育させておいたインゲンマメのポット
苗に、ハダニを接種し、苗ごと果樹園内に3日間程度設置してカブリダニをトラップする。
最近考案された、餌を必要としないカブリダニ捕獲用トラップ(Phyto trap)等の利用も考
えられる。
採集されたカブリダニは、アルコール液に入れて同定に供するまで保存できる。


(4)その他
 天敵の定着や越冬に関しては、国、都道府県の農業関係部門やその他機関等の主催する作物保護に関する検討会や学会・研究会等で情報が集積されることが多い。このような情報を利用することにより、より広範な地域における天敵の発生状況を効率的に把握することが可能になる。従って、これらの情報源も活用すべきである。


(例)
 カブリダニ類の情報については、国内の諸学会での大会発表や登載論文、農林水産省関連
の諸会議、また近年の情報分野におけるめざましい発展に伴う電子媒体(ホームページ等)の
充実などにより、広角度からの情報入手が可能となっている。


3.結果の整理と評価
 得られた情報を総合的に解析して、導入放飼後の当該天敵個体群の推移、特に放飼天敵の定着と越冬の有無を把握する。
 なお、天敵類の正確な分類同定作業がこれらの解析の基本をなすことから、場合によっては専門家の協力が必要となる。


セクションB:生態系への影響のモニタリングの基本的考え方

1.モニタリングの考え方
 天敵導入による生態系への影響は必ずしも直ちに現れるとは限らず、一定の時間を経過した後に現れるものや徐々に長期にわたって現れるものなどがある。また、天敵導入による影響は、影響要因が短期間に少数回かかわるだけでは現れない場合でも、長期間に多数回かかわり蓄積されることによって現れる場合がある。このように予め発生パターンが予期し得ない環境影響については、ただ1回だけのモニタリングでは本来の影響を正確に把握しきれない場合が多い。したがって、その影響等を把握、分析できる程度の継続的なモニタリングが必要になる。
 生態系への影響のモニタリングを行う場合、実施前に、何に対して、あるいは、どのような状況に対して監視を行うかという焦点を明確にしておくことが重要である。

2.スコーピング
 以下のような項目と内容を十分勘案した上で調査の計画を策定する。

(1)モニタリングの対象
モニタリングを行う場合、「1.モニタリングの考え方」で記したように、先ず、「何に対して、どのような状況に対してモニタリングを行うか」を明確にしなければならない。つまり、モニタリングの対象については明確な焦点のスコーピングが必要である。想定される影響の内容によっては生物の個体数、分布(分散、移動)、発生消長、繁殖特性(生殖様式・能力)、食性餌など多岐にわたる項目を調査に盛り込むことも想定される。しかし、これらについて、当初のモニタリング時から多くの項目を対象とすることは得策ではない。必要と思われる項目のなかから優先的に調べておくべき項目を選択し、やや少なめに設定するべきである。

(2)調査の時間と空間
モニタリングを計画する場合、「いつ行うか、いつまで行うか」などの時間的な規模と、「どこで行うか、どこまでの範囲で行うか」という空間的な規模が問題となる。これらは、モニタリングを行う目的から決定されることになる。本来の影響要因とは異なる要因(他の放飼天敵によるものや気候変化等)の影響を受けないようにするためには、時間や空間の規模をむやみに広げることは得策ではない。定期的に監視するのであれば、最初は時間的・空間的な規模はむしろ小規模に設定し、モニタリングを進めていく中で顕著な影響が現れた場合、規模を拡大していくという計画が適当である。

(3)モニタリングの方法
 モニタリングの基本は、同じ「時間」、「空間」及び「方法」で調査することによりその情報を比較してその変化を監視することである。したがって、複数回実施でき、再現性のある調査ができる程度の内容に設定しておくことが望ましい。なお、この時間、空間及び方法は互いに連動しており、より多くの時間調査しようとすれば限られた場所でしかできず、同じ方法で何回も監視しようとすれば時間や場所が限られてくる。時間と場所を限れば高度で精密な調査ができるが、毎回異なった資質の調査者が行うことを想定すれば難度の高い調査方法は選べない。トラップや機材を使用すればそれぞれの機能によって時間と場所が制限されてしまう。すなわち、これらのバランスを考えると、理論上必要と思われる調査方法よりやや簡便な調査方法を設定しておく方が、結果的に正確で整理し評価しやすい情報が得られる。

3.モニタリング計画の策定
(1)計画策定前のチェック項目
  モニタリング計画を作成する前に、次のような項目を確認する。
  ①何に関する影響を調べるのか。
  ②一回の導入の影響を監視するのか、継続的な導入による影響の過程を監視するのか。
  ③導入後から監視するのか、導入前から監視するのか。

(2)モニタリング計画の策定
 以上の項目を確認した上で、監視内容のスコーピングを行い、以下の項目を整理したモニタリング計画を作成する。
 ①調査期間・頻度(いつ行うか、いつまで行うか)
 ②空間的な調査範囲・場所(どこで行うか、どこまでの範囲で行うか)
 ③調査の対象(生物「種」か、変化の「状況」か)
 ④調査の項目(個体数、分布、発生消長、繁殖特性、餌など)
 ⑤時間と空間のバランスを勘案した調査方法

4.モニタリングの実施及び結果の整理
(1)モニタリングの実施
 モニタリング計画に即し、調査を行う。なお、モニタリングを進めていく中で顕著な影響が現れた場合は計画を見直す。

(2)結果の整理
調査結果は各回の調査で同じ様式で整理されなければならない。調査設計の段階で調査結果のとりまとめ様式などを作成しておき、実際の調査ではその様式に必要事項を記入するような形式をとることが望ましい。また、得られた情報の比較を行うことから、可能な限り定量的なデータをとるようにすると良い。しかし、記述する情報の内容によっては定性的なデータになることもやむを得ない。