資料2  天敵生物の試験法(案)


1.寄主特異性試験
1.1 雑草防除用天敵生物の場合
1.1.1 試験の原則
1)対象植物種の選択
試験対象植物種の選択は、寄主となる植物と分類学的に近縁の種から徐々に類縁関係の遠い種を供試する、分類学に基づく遠心的(centrifugal)方法を用いる。この方法では、天敵生物が摂食や産卵をしなくなるまで、徐々に標的雑草との類縁関係の遠い植物を用いる。さらに、以下の植物の試験も行う。
・作物、 鑑賞用植物及び土着の植物、 特にこれまでにその天敵に接触したことのないもの
・文献中でその天敵の寄主として記録された植物
・その天敵と同属の近縁種の寄主
・分類学的に近縁ではないが、標的雑草と表面構造や成分が類似している植物

2)試験の種類
 試験には、天敵生物に餌として試験植物しか与えない「1.1.2 非選択摂食試験」、通常の寄主を含む数種の植物を与える「1.1.3複数選択摂食試験」及び「1.1.4 非選択及び複数選択産卵試験」がある。試験は天敵が寄主植物を選択する発育ステージを用いて行う。
○非選択摂食試験と複数選択摂食試験:成虫及び植物間を移動できる天敵の幼虫
 ○非選択及び複数選択産卵試験:親が寄主植物に産卵し幼虫がそこで摂食する種(ハモグリ、虫こぶをつくるもの、ある種の穿孔虫、ある種の種子害虫)の成虫を用いる。

3)試験の実施と判断
 試験には植物全体を使うのが望ましい。
 結果が疑わしい場合には、「1.1.5 半自然条件試験」を行う。
 試験は切り取られた植物体の一部を使った「1.1.2 非選択摂食試験」から始め、陽性の結果が出た場合に植物全体を使った「1.1.3複数選択試験」を行い、最終的に「1.1.5 半自然条件試験」というように段階的に行う。
 試験の結果、天敵生物が単食性でないことを示した場合には、非標的植物に対するリスクが受容できるかどうかを考慮して最終判断を行う。
1.1.2 非選択摂食試験(植食性天敵)
1)対象天敵生物
 この試験が適用できる天敵生物は下記のものである。
 ・ガ、ハバチ及び甲虫の自由生活(寄生的でも共生的でも定着性でもない)を送る幼虫。可能な場合は孵化直後で摂食前の幼虫を使う。
・甲虫の成虫、特にその幼虫が植物の内部を摂食するもの。ただし甲虫の成虫は、 閉じ込められている場合、幼虫より広い寄主範囲を持つことが多い。
・外部から摂食し始めて茎や根に穿孔し、さらに茎の間を摂食しながら移動するガや甲虫の幼虫。
・自由生活の吸汁性昆虫。

2)試験装置
①外部から摂食する天敵生物
 天敵生物を、切り出した植物体の一部、葉、花、果実などと共に個別に容器(通常、ペトリ皿)に閉じ込める。湿ったロ紙を敷いてもよい。また、供試植物を水を張ったビンに入れて供したり、切り口を湿った薄紙にくるんで防水性のプラスチック容器に納めて供することもできる。植物にクリップで取り付けたケージに天敵生物を閉じ込める方法もある。
②吸汁性節足動物
 天敵生物を容器に入れた適切な植物部分 (若枝、 花序、 果実など) の上に置く。若枝あるいは花序は①と同様に準備する。植物にクリップで止め付けたケージも利用できる。
③穿孔虫
 茎あるいは根の穿孔虫は、自然条件下で寄主選択ができる発育ステージ(穴開けを始める1令幼虫、あるいはある茎から別のものへと移動する後期の令)がある場合にのみこの試験が行える。この条件が満たされない場合は「1.1.4非選択及び複数選択産卵試験」を行う。天敵生物を供試植物(茎あるいは根)に穴を開けて入れ、個別にガラスビン中に入れる。必要な場合は、供試植物から逃げ出さないように天敵生物を中に入れた後で穴に栓をする。

3)供試植物
 供試植物には健康で傷んでいないものを用い、なるべくその植物種の遺伝的な変異を反映するようにする。また可能な場合は他の生物の混入を完全に排除するよう、清浄な切り枝又は種子から温室内で生育させたものを用いる。

4)試験方法
 各試験には標的雑草を使った対照区を作り、対照区が正常に摂食されない場合はその試験を繰り返す。第二の対照区として供試植物の代わりに、 水、 または湿ったロ紙を用いて、食物なしで天敵生物の生存期間を調べる。容器は、インキュベーターあるいは環境を調節した部屋等に置く。

5)検査項目
 試験中、供試植物の食害量と天敵生物の生存を定期的に観察する。試験はすべての天敵生物が死ぬまで、あるいは供試植物が完全に食べつくされるまで続けることが望ましい。

6)結果の評価
 葉上の食害痕を0-5の段階で記録する。1はかじった痕跡、5は通常の摂食を表す。糞の生産量(これも0-5の段階で推定する)も葉上の食害や穿孔虫による摂食レベルの良い指標となる。他に摂食の指標がない場合は甘露(昆虫が生産する)の生産量も吸汁性節足動物による摂食を示す。
 試験は各植物種について5-10個体を使って反復して行う。結果は摂食の程度と死ぬまでの日数を示した表にまとめる。最小限摂食(例えば、 少しかじったがそれ以上受け付けなかった) を超えて食害された植物については、「1.1.3複数選択摂食試験」によりさらに調べる。

1.1.3 複数選択摂食試験(植食性天敵)
1)試験方法
本試験は「1.1.2 非選択試験」より自然条件に近いものである。植物が大きすぎる場合等を除いて、通常植物全体を使って行う。
 清浄な、健康で傷んでいない植物のみを用いる。供試植物は通常の寄主植物の他に少なくとも2種の植物を入れられるケージに置く。少数の天敵生物(通常5-10頭、 小さい生物の場合はさらに多数) を各ケージに入れ、 通常の寄主植物で正常な摂食(あるいは生育、産卵など)が起こるまで監視する。

2)検査項目
 供試植物を十分に観察し、 必要に応じて解剖し、 食害された葉の面積等の適切な指標を用いて加害レベルを0-5段階で評価する。
 試験は5-10反復で行う。ケージは可能な限り均一な環境下に置く。光度その他の物理的要因の相違による誤差を最小限にするために、供試植物の相対的な位置を各反復毎に変える。

3)結果の評価
 通常の寄主植物で正常な摂食が起こらなければ結果は無効とみなす。この試験で天敵生物に食害された植物については、「1.1.5半自然条件試験」でさらに調べる。

1.1.4 非選択及び複数選択産卵試験(植食性天敵)
1)対象生物
  産卵により幼虫の食物が決定される節足動物の天敵生物(例えば、ハモグリ、虫こぶをつくるもの及びダニ)に対して行う。

2)試験方法
 天敵生物を適切な植物と共に死ぬまで閉じ込め、供試植物への産卵数を数える。植物組織中に産卵する天敵生物については、産卵孔数のみでなく、植物中に卵があるかどうかも確認する。

1.1.5 半自然条件試験(植食性天敵)
1)試験方法
自然条件下、または自然条件を再現するために鉢植えの植物を床面に配置した温室で行う。供試植物は野草の中へ規則正しく配置する。

2)検査項目
 供試植物を定期的に検査し、食害あるいは産卵の有無、産卵が行われた場合は、次世代がどの生育段階にまで達したか、また成虫になった場合には正常な繁殖力が現れたかどうを評価する。

3)結果の評価
 天敵生物によって供試植物に均一な食害が生じた場合には試験が有効であると判断する。
 この試験で、供試植物が天敵生物の正常な摂食及び生育を維持できることが明らかになった場合は、その天敵生物の農薬としての利用を再考する必要がある。

1.2 害虫防除用天敵生物の場合
1.2.1 試験の原則
1)対象種の選択
・試験対象昆虫種は通常野外より採取して使用する。
 ・天敵生物等が導入環境中に定着し、移動性も高いと考えられる場合には、天敵生物に暴露される可能性がある非標的昆虫種の中から、遠心的方法で試験対象昆虫種を選択する。
 ・天敵生物の移動性が低い場合には、導入環境及びその近傍に生息する生物で天敵生物の寄主となる可能性のあり得る非標的昆虫種の中から試験対象昆虫種を選択する。
・経済的重要種にリスクの可能性がある場合は、このような種も試験対象に含める。

2)試験の種類
 試験には、「非選択試験」及び「複数選択試験」がある。

3)試験の実施と判断
 捕食寄生者及び捕食者の寄主発見・受容行動は複雑であるため、あらかじめ天敵生物の生活史に関する基本的な情報を入手する。寄主の受容は寄主がいる宿主植物の物理・化学的特性や寄主の位置に影響を受ける。選択試験では野外で見られる条件に似せて、植物体と試験対象昆虫を含む十分な大きさのケージを利用する。
 植食性天敵の種に比べて実験室条件下で正常に行動しないことが多く、多くの偽陽性の結果を生じるため、「寄主特異性試験」で標的生物種以外の被験昆虫種が天敵生物の好適な寄主となることを示唆する結果が得られた場合は、天敵生物により攻撃を受ける被験生物種と天敵生物の生息地、生息環境、活動時期の一致等について、さらに注意深く検討する。

1.2.2 捕食寄生者に対する非選択及び複数選択産卵試験
1)試験方法
 天敵生物は標的生物(好適寄主)の正常な成虫を餌として与えて飼育する。成熟した卵を持ち産卵の準備が出来ている天敵生物の成虫を被験生物に暴露させる。多くの捕食寄生者は成熟に花蜜と花粉を必要とするが、あるものは寄主を摂食させることも必要である。

2)検査項目
①行動観察
 天敵生物が被験生物に引きつけられるか、正常な産卵行動が行われるかに注意して行動を観察する。
②産卵の確認
 暴露後、被験生物の一部を解剖して産卵の有無を確かめる。
③発育状況の確認
 残りは捕食寄生者の出現時期までおき、出現しなかった場合は解剖して、卵が孵化したか、孵化した場合は幼虫が内部に閉じ込められたのか死んだのか、それが発育のどの段階で起こったかを調べる。また、被験生物及び標的生物における捕食寄生者の生育を比較する。次世代の捕食寄生者が被験生物から出現した場合は、通常の標的生物も用いて繁殖力の確認試験を行う。

3)結果の評価
 すべての結果を総合して、被験生物種が天敵の好適な寄主となりうるかについて考察する。
 
1.2.3 捕食者に対する非選択および複数選択試験
1)試験方法
 選択試験および非選択試験により被験生物を捕食者に暴露させ、被験生物が天敵生物の好適な餌となりその生存を維持できるか、また、天敵生物の成熟や産卵をおこさせうるかを調べる。
 試験は通常の餌(対照生物)を与えた天敵生物が繁殖し、対照生物を与えた天敵生物と被験生物を与えた天敵生物の繁殖率を比較できる時点まで継続する。

2)検査項目
①行動観察
 天敵生物が被験生物を捕食するかを観察する。
②繁殖率の比較
 対象生物を与えた天敵生物と被験生物を与えた天敵生物の繁殖率を比較する。
③生存パターンの比較
 異なる組み合わせの餌を与えたときの生存パターンを比較する。

3)結果の評価
 すべての結果を総合して、被験生物種が天敵の好適な餌となり、その継続的な存在を維持できるかどうかについて考察する。


2.休眠性試験
2.1 適用範囲
  捕食性天敵で短日条件で休眠することが想定される場合に実施する。

2.2 目  的
 天敵生物が環境に及ぼす影響を評価するために、天敵生物の休眠性の有無を調査する。ここでは、捕食性天敵が短日条件下で休眠により我が国で越冬する可能性を調べる。
 
2.3 試験方法
 1)被験生物:天敵生物

 2)試験区構成
   処理区:短日条件
   対照区:長日条件

 3)試験条件
 ① 成虫休眠の場合
 所定の日長条件、恒温の条件で、天敵生物を卵から飼育する。幼虫期間、十分量の餌を与える。羽化直後、雌雄成虫を一対ずつ容器に収容し、交尾させる。成虫は羽化前と同じ環境条件で十分量の餌と産卵対象物を与えて、産卵前期間を越える所定の期間飼育する。各区について20個体以上で試験を行う。

 ② 成虫以外の発育態における休眠の場合
 所定の日長条件、恒温の条件で、天敵生物を卵から飼育する。幼虫期間は十分量の餌を与える。各区について20個体以上で試験を行う。

 4)検査項目
 ① 成虫休眠の場合
 所定期間飼育した後の雌成虫の産卵能力の有無を、飼育中の産卵の有無又は解剖による卵巣の成熟度により調査する。産卵を行わない、又は卵巣が成熟していない個体は休眠個体と見なす。

 ② 成虫以外の発育態における休眠の場合
 卵、幼虫、蛹期間を調査する。ある発育態において、対照区と比べ大幅に発育が遅延した個体は、休眠個体と見なす。 

 5)結果の整理
 休眠個体の比率を処理区と対照区で比較して、十分な差があった場合は、休眠性有りと判断する。

3.交雑性試験
3.1 適用範囲
  種間交雑が懸念される近縁種が想定される場合に実施する。

3.2 交尾可能性試験
3.2.1 目  的
 天敵生物が環境に及ぼす影響を評価するために,天敵生物の種間交尾の可能性を調べる。
 
3.2.2 試験方法
 1)被験生物:天敵生物

 2)供試試料
   天敵生物と同属近縁の種の雌雄成虫。雌成虫は未交尾の個体を供試する。

 3)試験区構成
    処理区:A♂×B♀;B♂×A♀
    対照区:A♂×A♀;B♂×B♀
 ただし、A:天敵生物、B:近縁種

 4)試験条件
各組合せは20対以上で実施する。種間交尾を行わせるための実験条件(供試虫の日齢、実験容器、照明、温度等)は、天敵生物の飼育、増殖に当たって得られている条件を参考にして、交尾に好適な条件を設定する。

 5)検査項目
種内・種間交尾の頻度
必要に応じ、種間・種内における配偶行動(雄成虫が交尾を試みた頻度と雌成虫の拒否行動の有無、交尾成功の頻度、交尾持続時間等)を記録する。

3.2.3 結果の整理
検査項目に沿って成績を整理する。

3.2.4 次の試験への進行
種間交尾の成功により次世代が得られた場合には「3.3 交雑性試験」に進む。

3.3 交雑性試験
 1)被験生物:天敵生物

 2)供試生物:3.2における交尾雌の次世代

 3)試験区構成
    処理区:3.2における種間交尾によって得られる次世代の個体
    対照区:3.2における種内交尾によって得られる次世代の個体

 4)試験条件
3.2の組合せによる交尾雌の次世代20個体以上を飼育する(交尾頻度が低い等により次世代が20個体に満たない場合は実行可能数)。飼育条件については、天敵生物と近縁種の発育・繁殖に関わる好適条件を参考に設定する。F1雌成虫が得られた場合には、下記の組合せにより交雑可能性試験を実施し、さらに5)に示す項目について調べる。
 産雄性単為生殖を行う天敵種: A♂×F1♀
  B♂×F1♀
  その他の天敵種:F1♂×F1♀
   ただし、A:天敵生物、B:近縁種

 5)検査項目
F1個体の成虫羽化数及び性比
F1雌成虫が得られた場合、以下の項目について調べる。
産卵数並びにその次世代の羽化成虫数及び性比