報道発表資料

平成12年2月17日 この記事を印刷

平成10年度ダイオキシン類コアサンプリング調査(年代別ダイオキシン類測定)結果について

 環境庁では、我が国におけるダイオキシン類(*1)の環境中での挙動や人への暴露状況を評価する際の参考とするため、平成10年度に、海域又は湖沼の底質を柱状に採取(コアサンプリング)し、層毎/年代毎のダイオキシン類の濃度や単位面積当たり負荷量の測定を行うことにより汚染の経年的変化(負荷変遷)を把握することを目的として、全国の4水域(東京湾、霞ヶ浦、水島沖及び榛名湖)のコアサンプリングを行った。
  本調査では、採取した4水域6地点(東京湾2地点、水島沖1地点、霞ヶ浦2地点及び榛名湖1地点)のコアについて層毎のダイオキシン類の濃度を測定した。また、これら6地点のうち、底質の攪乱等により適切な年代測定ができなかった2地点を除く3水域4地点(東京湾2地点、霞ヶ浦1地点及び榛名湖1地点)については、層毎に年代を特定するとともに、単位面積当たりのダイオキシン類の負荷量を測定した。
  今般、それら調査結果がとりまとまったので報告する。
  なお、今回の調査のとりまとめに当たっては、専門家の方々にご意見等をいただいた。

1調査結果の概要

(1)年代測定

 今回は、各水域毎に必要に応じ複数地点のコアをサンプリングし、底質の攪乱が 少ない等層別の年代の特定が行えるようなコアを選定して年代測定を行った。その際の 年代測定は、鉛210法を用いた。

 さらに、年代の特定については、必要に応じてセシウム137を用いた方法により 年代の確認を行うとともに、一部の地点については、大学等他の調査研究機関で これまでに実施されたコアサンプリング調査結果も参考とした(表2参照)。

  なお、今回、水島沖及び霞ヶ浦の1地点については、底質の攪乱が著しく、層別の 年代測定を行うことはできなかった。

(2)層別・年代別の濃度レベル及び年代別単位面積当たり負荷量(TEQ換算)

[1]東京湾(2地点)

 浦安沖(B地点)では、分析したコアの最深部(1900年代始め)からも わずかながらPCDD+PCDFとコプラナーPCBのいずれもが検出された。PCDD+PCDFに ついては1960年代頃より濃度が増加しはじめ、1980年代前半まで続いた(ピーク時 は1982年の71pg-TEQ/g)。その後減少に転じ、一時的に増加した時期があるもの の、1990年代は概ね1970年代後半頃の濃度レベルで推移している。 また、コプラナーPCBについても1960年代頃より増加しはじめ、1980年代後半まで 続き(ピーク時は1988年の13pg-TEQ/g)、その後減少に転じ、1990年代半ば以降 概ね1970年代半ば頃の濃度レベルで推移している。

 また、単位面積当たり負荷量で見ると、PCDD+PCDF+コプラナーPCBの場合、ピーク時 で22pg-TEQ/cm2/年(1982年)、最近では10pg-TEQ/cm2/年程度となっており、 その経年変化は層別・年代別濃度レベルと概ね同様である。

 多摩川河口東沖(D地点)では、B地点と同様に、分析したコアの最深部(1960年 頃)からPCDD+PCDFとコプラナーPCBのいずれもが検出された。PCDD+PCDFについては それ以降濃度が増加し、1980年代初期まで続いた。 (ピーク時は1981年の120pg-TEQ/g)
  その後減少に転じ、1990年代後半には1970年代前半頃の濃度レベルとなって いる。また、コプラナーPCBについても、1960年代頃以降濃度が増加し、1980年代 初期まで続いた(ピーク時は1981年の17pg-TEQ/g)。その後濃度の変動はある ものの1980年代は高い濃度レベルで推移し、1990年頃にピークを示した(ピーク時 は1989年の13pg-TEQ/g)。
  その後は減少し、1990年代後半には1970年代前半頃の濃度レベルとなっている。 また、単位面積当たり負荷量で見ると、PCDD+PCDF+コプラナーPCBの場合、 ピーク時で32pg-TEQ/cm2/年(1981年)、最近では11pg-TEQ/cm2/年程度と なっており、その経年変化は層別・年代別濃度レベルと概ね同様である。

[2]霞ヶ浦

 霞ヶ浦中央部(D地点)では、分析したコアの最深部(1925年頃)からPCDD+PCDFと コプラナーPCBのいずれもが検出された。PCDD+PCDFについては1940年代くらいより 増加し始め、1960年代後半まで続いた(ピーク時は1966年の28pg-TEQ/g)。 その後減少に転じ1970年代半ば以降は概ね20pg-TEQ/g程度で推移していたが、 1990年代後半以降やや減少傾向にある。また、コプラナーPCBについても、1940年代 頃より増加しはじめ、1950年代頃まで続いた。その後一時的な濃度の変動はあった ものの概ね一定の濃度レベル(0.51〜1.5pg-TEQ/g)で推移している。 (ピーク時は1970年の1.5pg-TEQ/g)

 また、単位面積当たり負荷量で見ると、PCDD+PCDF+コプラナーPCBの場合、ピーク時 で2.7pg-TEQ/cm2/年(1966年)、最近では1.7〜2.0pg-TEQ/cm2/年程度と なっており、その経年変化は層別・年代別濃度レベルと概ね同様である。

[3]榛名湖(1地点)

 最も古い年代としては、採取した1880年代頃の層からわずかながらPCDD+PCDF 及びコプラナーPCBのいずれもが検出された。PCDD+PCDFについては1950年代頃 から増加しはじめ、多少の変動はあったものの1980年代半ば頃まで続き(ピーク時は 1986年の120pg-TEQ/g)、その後若干減少に転じたものの高い濃度レベル (90〜100pg-TEQ/g程度)で推移している。また、コプラナーPCBについては1950年 頃から急激に増加しはじめ、1970年代前半まで続き(ピーク時は1972年の5.9pg- TEQ/g)、その後やや減少したものの1980年代以降は概ね一定の濃度レベル(3〜 4pg-TEQ/g程度)で推移している。このように、やや高い濃度レベルにある理由と しては、本湖が堆積物の少ない湖沼であり相対的にダイオキシン類の濃度が高くなった ためと考えられる。このことは単位面積当たり負荷量で比較してみるとわかる。

 単位面積当たり負荷量で見ると、PCDD+PCDF+コプラナーPCBの場合、ピーク時で 4.2pg-TEQ/cm2/年(1986年)、最近では3.3pg-TEQ/cm2/年程度となっており、 その経年変化は層別・年代別濃度レベルと概ね同様である。これは東京湾と比較して 1桁近く小さいレベルである。

(3)まとめ

 採取した各コアについては、遡れることの出来た期間が異なるものの、PCDD+PCDFや コプラナーPCBの経年的な変化が把握できた。

 また、個々の海域や湖沼ではダイオキシン類の濃度が増加しピークを迎える時期が 若干異なることや、東京湾では他の水域よりダイオキシン類の単位面積当たり負荷量が 大きいこと等が解った。

2今後の予定

 今回得られた調査結果については、ダイオキシン類の経年的な発生源の変化の関係を 究明する等の課題が残されており、専門家の意見を聞く等により引き続き検討を進めて いく。本調査は、かつてない規模で実施されたコアサンプリング調査であり、当該調査 結果が各方面で幅広く利用され、今後のダイオキシン類対策の一層の推進に資する よう、とりあえずの調査結果を公表したものである。

 また、環境庁としても、この結果を活用して、引き続き、ダイオキシン類の環境中 での挙動や人への暴露状況に関する知見の収集を進めていく所存である。

(*1)ここでは、ポリ塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシン(以下、「PCDD」という。) 及びポリ塩化ジベンゾフラン(以下、「PCDF」という。)にコプラナーポリ 塩化ビフェニル(以下、「コプラナーPCB」という。)を含めて 「ダイオキシン類」という。

連絡先
環境庁企画調整局環境保健部環境リスク評価室
室  長:金井 雅 利(内6340 )
室長補佐:荒木 真 一(内6341 )
担  当:黒野 健 司(内6345 )

ページ先頭へ