報道発表資料本文

ツシマヤマネコ再導入基本構想


平成16年8月
環境省自然環境局


はじめに

 平成7年にツシマヤマネコ保護増殖事業計画が策定され、国、地方自治体、専門家、地域住民等により各種取組が進められている。しかし、生息環境の変化に伴う生息区域の減少、交通事故の発生、イエネコの持つ感染症への感染等、生息域内における状況は一層厳しさを増している。一方、生息域外の取組として平成8年から福岡市動物園で開始された飼育下繁殖事業は、関係者の熱心な取組により成果を上げている。
 野生個体群の危機的状況が一層厳しさを増し、飼育下繁殖事業が一定の成果を上げている状況を鑑みると、現存の野生個体群の維持のための取組を着実に進めるとともに、今後の繁殖及び再導入の方向性を整理し、保護増殖事業の効果的な推進を図る必要がある。このため、ツシマヤマネコ再導入基本構想分科会を設置し、再導入の基本的考え方を整理するとともに、再導入の実施に向けて必要な項目及び飼育下個体集団づくりについて検討を行い、現時点での方向性を取りまとめた。
 なお、再導入の取組が進められるとしても、現存する野生個体群維持の取組は依然として重要であり、生息地における生息環境の維持・改善、飼育下での繁殖及び繁殖個体の再導入による野外個体群の回復を総合的に取り組むことにより、ツシマヤマネコが自然状態で安定的に存続できる状態になるという保護増殖事業計画の目標を達成する必要がある。


I 再導入の基本的考え

 今後、再導入に関連する計画を立案する際には、以下に示す基本的考え方を念頭に置くこととする。

1 再導入の目的

 ツシマヤマネコは、1960年代に全島に300頭程度生息していたと推定されているが、生息適地の減少等により急速に減少し、1997年の推定生息数は全島で70~90頭となり、またその後の調査により下島において絶滅の可能性があるなど、現在の野生個体群は非常に危機的な状況におかれている。ツシマヤマネコ保護増殖事業の目標は、「ツシマヤマネコが自然状態で安定的に存続できる状態になること」である。よって、再導入は、この目標達成の手段の一つであること及び危機的条件下で現存する野生個体群の維持のための取組を相互に補完するものであることを認識し、多様な主体の協力の下で地域の自然を再生し、ツシマヤマネコと共存できる地域社会を形成することを目的として実施する。

2 再導入にあたって留意する事項

(1) 再導入のリスク
再導入個体群を形成するに当たっては、現存する野生個体群及び再導入する地域の自然環境に与えるリスクを検証し、リスク回避等再導入によるマイナスの影響を最小限にするよう努める。
  そのためには、事前のリスク検証とともに、実施する際に十分なモニターを行い、その結果を迅速に次期計画に反映させていくことが重要である。

(2) 地域との協働
再導入を効果的に進めるためには、地域住民の理解と協力が不可欠である。そのためには、計画策定や施設整備等の全ての段階において、地域住民の参画を得て検討し、実施に移すことが重要である。
  また、経済的なインセンティブを与えることなどにより、地域住民が参加しやすい環境を整えることが重要である。それにより、地域が活性化し、更なるヤマネコ保護の推進につながる。

(3) 野生個体群維持のための取組とのバランス
対馬にはツシマヤマネコの野生個体群が存在しており、再導入は、安定した野生個体群の維持を図るという保護増殖事業の目標達成の一手段である。再導入の取組が始まっても、現存する野生個体群維持の重要性に変わりはないことを強く認識し、高い優先順位をもってその維持に取り組む必要がある。
  また、新たなファウンダを導入する必要が生じたときには、野生個体群への影響が最小限になるよう十分留意する。

(4) 新たな試み
小型肉食哺乳類の再導入は、日本では経験はなく、海外においても事例は少ない。そのため、ツシマヤマネコの再導入は、従来の枠にとらわれることなく、新たな試みとして進めることが重要である。また、新たな試みである以上、再導入個体の死亡その他の不測の事態が多く起こってくると考えられるが、これらのリスクを織り込み、その原因究明と次期計画への反映を十分行うことが重要である。


II 再導入の実施に必要な事項の検討

1 再導入の実施に向けて必要な項目

(1) 再導入施設の整備
 再導入を実施に移す上では、対馬に再導入のための施設を整備する必要がある。再導入施設に必要な要件(現時点で考えられるもの)を以下に示す。
・繁殖するための機能
・野外復帰訓練をするための機能
・調査研究をするための機能
・文化的機能(資料収集等の博物館的機能)
・教育機能(地域住民や来島者への普及啓発やボランティア育成等)
・生息環境改善のための実験林的な機能
 機能によって適切な場所に設置する必要があるが、必ずしも全ての機能が同所に存在する必要はない。設置主体についても、機能ごとに柔軟に検討すべきである。
 また、再導入施設を管理運営していくためには、幅広い関係者の連携協力が必要であるとともに、施設内に各分野の専門知識及び経験を持つスタッフが必要である。

(2) 生息環境の改善(地域づくり含む)
 ツシマヤマネコの野生下での個体数が減少しているということは、総合的な生息環境が悪化していると考えるのが妥当である。その状況のまま再導入を進めることは、増やした個体を無駄にしてしまうことになるため、減少要因を解明し、可能な限り生息環境を改善した後に再導入を行わなければならない。特に、再導入施設周辺は、初期の実験的な再導入を行う場となることが想定されるため、施設整備と併せ、良好な環境を有する森林整備等の生息環境整備を優先的かつ実験的に行う。
 なお、民有地が9割を占める対馬では、生息環境の改善が地域振興及び経済活動と結びつく形でなければ、効率的な環境改善は望めないと考えられる。そのため、ツシマヤマネコ保護に関わる活動に対して何らかの経済的インセンティブを与える方策を検討する必要がある。生息環境の改善のための具体的な行動についてのメニューリストを作成し、リスト中の民間の行動に対して経済的なインセンティブを与える方法が望ましい。
 メニューリストは、ツシマヤマネコの減少要因の解明を進める中で作成し、それぞれの項目の実施前後の評価に努めることとする。その上で、リストを適宜見直していくことが重要である。
<現時点で想定されるメニューリスト>
・森づくり(荒廃植林地の改善、広葉樹林化、複層林化等)
・生きものの豊かな農村環境づくり
・交通事故の少ない道路整備
・ノラネコ、ノネコを減少させる
・イノシシ、ツシマジカ及びツシマテンそれぞれの影響の評価及び対策
・とらばさみ使用の自粛

(3) 生態等の解明(野生下及び飼育下)
 再導入を進めるためには、ツシマヤマネコの生態を十分に把握する必要がある。これまでの野生個体群での調査研究の中で明らかになっている内容も多いが、再導入という観点から情報を見直し、必要とされる生態調査を補足的に行う。また、減少要因解明のための調査も併せて行う。野生個体群維持のための調査と再導入のための調査は別個のものではなく、相互に補完しあうものであり、十分な連携をとって行うものとする。

(4) 国民及び地域住民の理解を得る
 再導入事業には、多額の予算と多大な労力が必要となる。予算を獲得するためには国民の理解が、地域住民の労力を期待するには地域住民の理解が不可欠であり、国民及び地域住民のコンセンサスを得ることは、事業推進の必要条件である。
 地域でのシンポジウムや住民対話集会のみならず、全国向けの広報についても検討し、実施していく必要がある。

(5) 幅広い関係者の連携・協力体制をつくる
 再導入に必要な取組は、幅広い分野にまたがっており、自然保護分野の関係者のみでは実現不可能である。国、地方自治体の連携とともに、土木、農林業、衛生、地域振興等の関係者が一体となって進める体制づくりが必要である。
 また、野外での生態調査研究と飼育下での繁殖に携わる関係者の連携が重要である。

(6) 海外事例の調査
 海外では、少ないながらも再導入の事例があり、参考になる部分も多いと考えられるため、施設、技術及びプロセス等についての事例収集を行い参考にする必要がある。

2 実施体制

 幅広い関係者が参加できる「再導入推進委員会(仮称)」を設置することを検討する。推進委員会では、再導入における各主体の役割、事業内容、スケジュール等を確認し、その議論の内容に基づいて、それぞれの主体が事業を推進する。
 推進委員会には、国、地方自治体、NPO、地元各種団体などの参加が望まれる。環境省は、参加者の連絡調整を行いながら、再導入の方向性を随時確認する。また、国及び地方自治体の参加者は、自らが実施主体となるのみでなく、民間の活動をサポートし、促進することが重要である。


III 飼育下集団づくりについて

 安定的な飼育下集団をつくることは、再導入を実施に移すための前提条件である。関係者、特に(社)日本動物園水族館協会との連携を図りながら進めていくことが重要である。
 なお、飼育下集団づくりの目的は、飼育下で種の存続を図るとともに、再導入個体を供給することであるため、再導入の準備作業との十分な連絡調整を行いながら実施する。

1 飼育下集団づくりの目標

 再導入を実施する際には、個体の死亡その他の不測の事態が起こることが想定され、十分な個体のストックを維持しておく必要があるため、遺伝的多様性に配慮しながら、最終的には100頭前後の個体 数を目指す。なお、感染症の蔓延等の危険分散を図るため、対馬、福岡市動物園及び他の協力園での飼育繁殖が望ましい。
 また、当面(平成19年(2007年)ごろまで)は、協力園(ケージ及び人員)の確保、飼育繁殖手法の確立、繁殖委員会(仮称)の設置など、個体数を順調に増加させるためのシステムづくりを重点的に行う。その間の個体数は、ケージの確保等の進捗にもよるが、30頭程度を維持する。

2 実施体制

(1) 協力動物園の確保
 ツシマヤマネコは単独飼育が基本であるため、繁殖可能頭数はケージ数によって制限される。
 最終的に100頭規模の個体数を維持するためには、現在の福岡市動物園と対馬を中心とした体制では不十分であり、また、危険分散の観点からも、福岡市動物園以外に複数園の協力動物園を確保することが必要である。このため、(社)日本動物園水族館協会を通じて受け入れ園館と協議をしながら、適切な形での協力体制を整えることとする。

(2) ツシマヤマネコ繁殖委員会(仮称)の設置
 複数園での飼育繁殖を始める際には、再導入事業と十分連絡調整を行いながら効率のよい繁殖事業を実施するため、繁殖計画を年次ごとに検討するツシマヤマネコ繁殖委員会(仮称)を設置する。
 委員会では、血統管理、ペアリング計画、個体移動計画、飼育管理方針を立案する。




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