第4次酸性雨対策調査の取りまとめについて
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 1.酸性雨対策調査の経緯
 

 環境庁(当時)においては、昭和58(1983)年度から、我が国の酸性雨の実態及びその影響を明らかにするため、大気汚染、土壌・植生、陸水等の専門家等から成る「酸性雨対策検討会」を設置するとともに、酸性雨対策調査を実施してきた。
 この酸性雨対策調査は、これまで、第1次(昭和58(1983)〜昭和62(1987)年度)、第2次(昭和63(1988)〜平成4(1992)年度)、第3次(平成5(1993)〜平成9(1997)年度)にわたって実施されてきた。
 
 
 2.調査の目的及び内容
 
 (1) モニタリング調査
 酸性沈着の状況を把握するため湿性沈着モニタリング及び乾性沈着モニタリングを、また、酸性雨による生態系への影響を把握するため土壌・植生モニタリング及び陸水モニタリングをそれぞれ実施した。
 試料の捕集及び分析は原則として関係地方自治体が行い、その結果を酸性雨研究センターで集約した後、酸性雨対策検討会(大気分科会及び生態影響分科会)でデータが確定された。
(2) 関連調査研究
   酸性雨の状況及び酸性雨による影響をより適切に把握するため、モニタリング手法の改善や生態系への影響を把握する手法等に関する調査研究を実施した。また、モニタリングの精度保証・精度管理(QA/QC)のため、各分析機関に模擬試料を送付しその結果を比較する調査(測定分析精度管理調査)を行った。
 
 
 3.モニタリング調査結果の概要
 
 (1) 湿性沈着モニタリング調査
[1]  全国48地点(平成10年度は47地点、11年度は年度途中に2地点で測定所を移設。)において湿性沈着モニタリング調査を実施した。第4次調査期間における降水のpHの年平均値は、4.47〜6.15の範囲にあり(図1)、全地点平均値は4.82であった。この値は、第3次調査と比較してほぼ同じレベルであったが、平成12年度の全地点平均値は4.72とやや低い傾向が見られた。また、これまで、降水の酸性化に対して硝酸イオンの寄与が大きくなる傾向が見られていたが、平成12年度には低下し、非海塩性硫酸イオンの寄与が増加した。
[2]  第2次、第3次及び第4次調査における湿性沈着量の経年変化を見ると、非海塩性硫酸イオン沈着量は、三宅島の噴火のあった平成12年度を除けば、全体的に減少傾向の地点が多く、硝酸イオン沈着量では増加傾向の地点が多かった。一方、湿性沈着量の季節変化では、非海塩性硫酸イオン及び硝酸イオン沈着量は冬季から春季にかけて増加する傾向が見られた。また、春季には全地域で非海塩性カルシウムイオン沈着量が増加する傾向が見られた。
 
(2) 乾性沈着モニタリング調査
[1]  湿性沈着モニタリング調査地点の一部において二酸化硫黄(SO2)等の大気濃度の測定を実施した。SO2濃度の年間中央値は、全測定局において1ppb未満であった。一方、オゾン(O3)濃度は年平均値で40ppbを越す濃度レベルが各地で観測された。窒素酸化物濃度は汚染源から離れた遠隔地域で低く、都市又は田園地域で高い傾向が見られた。粒子状物質は3〜4月にピークが現れた。
[2]  第4次調査の期間中の平成12年8月以降、関東地方をはじめとする日本各地で、環境基準を越える高濃度のSO2が観測された(図2)。これには、平成12年8月から活発化した三宅島雄山の火山ガスの放出が原因していると考えられる。
 
(3) 土壌・植生モニタリング調査
[1]  全国11地点において土壌・植生モニタリング調査を実施した(図3)。第3次調査から第4次調査にかけて継続調査された八幡平、鎌北湖、美女平、伊自良湖、六甲山、蟠竜湖などの調査地域においては、明確な酸性化傾向は見られなかった。現時点においては、酸性沈着との関連性が明確に示唆される土壌酸性化は生じていないと考えられる。
 
[2]  樹木の衰退度調査では、多くの調査地点において、複数の樹木について何らかの異常が報告されたが、そのほとんどは、風(雪)害、周辺の樹木による被圧、落雷、病虫害などによって説明が可能な現象であった。しかし、ぶな平・ぶな坂(富山県美女平)、屋久町(鹿児島県屋久島)、西おたふく山・新穂高(神戸市六甲山)等で見られた衰退木の原因は必ずしも明らかでなく、原因の特定のためにはさらに検討が必要である。
 
(4) 陸水モニタリング調査
[1]  全国の湖沼(H10年度13湖沼、H11年度及びH12年度各14湖沼)において陸水モニタリング調査を実施した(図4)。調査対象湖沼の湖心表層pHの範囲は、5.54〜7.87であった。期間中に年平均値が特に高くなる傾向又は低くなる傾向を見せた湖沼はなかった。
[2]  第3次調査では、双子池(雌池)、夜叉ケ池及び今神御池の3湖沼が酸性雨による影響が生じている可能性があり、今後とも調査を継続し経年的な変化に注意する必要があると指摘されたが、これらの湖沼に関する第4次調査の結果からは特に顕著な変化は見られなかった。
 
 
 4.モニタリング調査以外の調査研究の概要
 
 (1) 酸性沈着関係
[1]  降水の捕集装置の設置高度と捕集効率との関係を検討した結果、測定所建物屋上に設置した雨量計では風による影響を考慮する必要のあることが確認された。
[2]  フィルターパック法とデニューダ法との比較を行った結果、粒子状の硫酸塩及び硝酸塩等については両手法間でよく一致したが、HNO3については両手法間で差が生じた。
[3]  湿性沈着モニタリングを実施する自治体の測定分析機関に模擬試料を配布して、各機関の分析精度管理を調査した結果、精度管理目標値内に収まったデータが90%以上であった。
 
(2) 土壌・植生関係
[1]  土壌臨界負荷量について検討した結果、臨界負荷量マップは、今後監視を強化すべき地点選定のためのスクリーニングに活用できる可能性があると判断された。また、生態系への酸性沈着の影響を総合的に評価する手法としてのキャッチメント解析の有効性が指摘された。
[2]  土壌モニタリングを実施する自治体の測定分析機関に土壌試料を配布し、各機関の分析精度管理を調査した結果、室内精度(同一分析機関内の精度)は標準偏差で10%以内にあった。しかし、室間精度(異なる分析機関間の精度)はしばしば30%近くかそれ以上でありあまり高くなかった。
 
(3) 陸水関係
[1]  酸性雨による陸水への影響を予測するモデルの改善に資する科学的知見を得るため、国内外の文献を調査した。
[2]  湖水への酸性雨の影響を総合的に評価するための生物種を用いた調査に関して、特に珪藻を指標として湖沼水のpHを推定する手法の我が国への適用のあり方を検討するため、文献調査を実施した。
[3]  陸水モニタリングを実施する自治体の測定分析機関に模擬陸水試料を配布し、各機関の分析精度管理を調査した結果、EANETの精度管理目標値以内に収まったデータが80%以上であった。
 
(4) 総合的調査研究
[1]  酸性雨等の原因物質の発生に関する予測調査等を奥日光地域で実施した。その結果、オゾン濃度に対するバックグラウンドオゾンの寄与は北関東の山岳地域の方が都市域より大きいこと、同地域の山岳地域の高オゾン濃度を低減するためには非メタン炭化水素と窒素酸化物の同時削減の必要性が示唆された。
[2]  奥日光大真名子山中腹の森林を対象として、斜面の方位による沈着特性と土壌化学性や葉面付着物質の差異を検討した。その結果、沈着量を左右する気象要素が斜面方位によって異なっており、大気濃度に差がない場合でも沈着量が大きく異なることが示唆された。
 
(5) EANETに関連する調査研究
[1]  東アジア酸性雨シミュレーションモデルの開発に着手した。モデルによる計算結果と実測値とを比較した結果、第4次調査の段階では、降水中の非海塩性硫酸イオン及び硝酸イオンに関し比較した結果、濃度レベルは同程度であったが、良い相関性は得られなかった。
[2]  国内における地域汚染研究等に資することを目的とし、窒素酸化物、二酸化硫黄及び非メタン炭化水素に係る排出源インベントリーの整備を行った。
[3]  乾性沈着モニタリングのための乾性沈着量の観測及び沈着量推定手法の確立を目指し、野外調査を実施した。その結果、例えば9〜11月の日中における二酸化硫黄の沈着速度が1cm/秒程度と推測された。
[4]  陸水モニタリングのサイト選定基準を明確化するために、平成12年度に陸水モニタリング手法検討ワーキンググループを設置し、サイト選定のより具体的な考え方を取りまとめた。
 
 
 5.今後の課題
  
 酸性雨による影響は長期継続的なモニタリング結果によらなければ把握しにくいこと、湖沼や土壌の緩衝能力が低い場合には一定量以上の酸性物質の負荷がかかった段階で急激に影響が発現する可能性があること等から、今後とも酸性雨モニタリングを適切に実施していく必要がある。また、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)の活動が進められているが、酸性雨問題の防止のための地域協力に向けてその更なる発展が期待される。このような状況を踏まえ、今後の酸性雨対策を進めるに当たっては、主に以下の取組を推進していくことが重要と考えられる。
 
 (1) 国内における酸性雨対策の推進
[1]  長期モニタリング体制に基づくモニタリングの実施
 平成13年度に策定した「酸性雨長期モニタリング計画」に基づくモニタリングの実施(平成15年度から)。
[2]  酸性雨対策調査結果の総合的取りまとめ
 昭和58年度に開始された酸性雨対策調査の結果(平成14年度までで20年間)の総合的な取りまとめ。
[3]  QA/QC活動の推進
 測定分析精度の向上のための精度保証・精度管理(QA/QC)活動の推進。
[4]  調査研究等の推進
 乾性沈着量を適正に評価するための調査研究の推進、酸性雨による生態影響を早期に発見するための手法の改善、数値モデルによる酸性雨の総合的な解析評価等の推進、簡易測定手法を含め新たなモニタリング手法の開発・実用化(モニタリング活動への市民の参加)。
[5]  酸性雨問題への取組体制の強化
 EANETの中核的役割を担う酸性雨研究センターにおける着実な業務遂行。また、国や地方公共団体、大学等の研究者、NGO等多様な主体の参加の推進。
(2) 東アジア地域における国際的な酸性雨対策の推進
 
[1]  基盤の強化
 精度保証・精度管理(QA/QC)活動の一層の強化、測定分析担当者の技術レベルの向上等。モニタリング活動の拡充強化。EANET参加国の合意に基づく確固とした資金確保システムの確立。
[2]  参加国の拡大
 東アジア地域全体をカバーできるよう参加国の更なる拡大。
[3]  防止対策の推進に向けた取組
 排出源目録、予測モデル等のEANETにおける議論に有効な科学的知見の集積。将来における地域協力の強化に向けた検討。
[4]  総合的な越境大気汚染対策への取組
   今後の汚染物質の排出見込みを踏まえ、窒素酸化物に関する検討の強化。更に、将来的には微量重金属等を含めた大気経由の汚染物質の越境汚染により総合的に取り組むようなスコープの拡大。また、他の地球環境問題、特に気候変動との関係(例えば、生態系への影響に対する相乗作用)に留意。
 
 

[備考1]酸性雨
 
 酸性雨については、当初は専ら酸性の強い(pHの低い)雨のことのみに関心が寄せられていた。しかしながら、現在では、より幅広い捉え方がなされている。
 二酸化硫黄、窒素酸化物等の大気汚染物質は、大気中で硫酸、硝酸等に変化し、再び地上に戻ってくる(沈着)。それには2種類あり、一つは、雲を作っている水滴に溶け込んで雨や雪などの形で沈着する場合(「湿性沈着」と呼ばれる。)であり、他の一つは、ガスや粒子の形で沈着する場合(「乾性沈着」と呼ばれる。)である。現在、「酸性雨」は、湿性沈着及び乾性沈着を併せたものとして捉えられている。(したがって、より科学的には「酸性沈着」という用語が使用される。)
 酸性雨による影響としては、土壌の酸性化等による森林の衰退、湖沼の酸性化による陸水生態系の被害、銅像等の文化財や建造物の損傷等が指摘されている。
 酸性雨による影響は、湿性沈着及び乾性沈着の量によって決まると考えられている。このため、例えば雨の場合、雨のpHの値のみならず、そのときの雨の量も考慮した沈着量に着目する必要がある。
 
 
[備考2]東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)
 
 東アジア地域においては、経済発展に伴い、硫黄酸化物及び窒素酸化物の排出量が増大し、酸性雨問題が現実のものとなりつつあるため、酸性雨による悪影響の未然防止のための国際的取組を進めることが急務となっている。このため、我が国の提唱を契機として、東アジアの10か国が参加し、平成10(1998)年4月から、「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク」(EANET)の試行稼働が開始された。(試行稼働の成功を踏まえ、平成13(2001)年1月から本格活動を開始。現在は11か国が参加。)



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