報告書参考3 調査対象者への案内文(例)

神通川流域住民健康調査の対象となった方へ
1.調査の目的

この調査は、神通川流域のカドミウム汚染地域に長期間居住し、カドミウム曝露のおそれのある50歳以上の方を対象に行うものです。これまでのさまざまな研究から、カドミウム汚染地域の住民では、腎臓の一部である近位尿細管機能の検査で異常を示す人の割合が他の地域より高いといわれています。
この検査で高い値がみられたことをもってただちに治療が必要とされるものではありませんが、イタイイタイ病の重要な所見である骨軟化症に関連するような骨の代謝異常がないかどうかを検査する必要があります。
住民健康調査では、このような観点を中心に検査を進めます。検査結果はそれぞれの健康管理に役立てていただくために、ご本人に通知いたします。また同時に、住民全体の健康状態の傾向を知るための学術的な資料として活用するため、お名前など個人の秘密が漏れないようにしたうえで結果を集計することとしています。


2.調査の内容

1次検診−問診表の記入、尿検査
↓スクリーニング基準に該当した場合
2次検診−尿検査、血液検査により、腎臓の機能(近位尿細管機能・ろ過機能)、骨の代謝状態を調べる
↓ スクリーニング基準に該当した場合
3次検診−診察、尿検査、血液検査、レントゲン撮影により、腎臓の機能、骨の状態 などを調べる。

1次検診でスクリーニング基準に該当しなかった方については5年後に、2次又は3次検診の対象となった方については1年後に、経過観察のために再度、住民健康調査を受けていただくこととしています。また、3次検診の結果、腎臓や骨などの異常が疑われた場合、その原因についてはさまざまなものが考えられますので、それぞれ病院などでさらに検査を受けるようお勧めするお知らせをします。


3.その他

住民健康調査は、市町や職場で実施する健康診査(老人健診や成人病検診)のように、広く全身の健康状態を把握しようするものではありませんので、市町や職場の健康診査の対象となっている方は、そちらも併せて受診してください。




報告書参考4 1次検診結果通知に添付する文書(例)

β2-マイクログロブリン(β2-MG)と近位尿細管機能異常について
1. 尿中β2-MG測定の目的

神通川流域住民健康調査では、1次検診で尿中β2-MGの測定を行っています。
β2-MGは、血中にある分子量の小さい蛋白質で、腎の糸球体でろ過されますが、通常はほとんど完全に近位尿細管で再吸収され、尿中にはごくわずか(通常は0.3mg/gCr程度)しか排泄されません。しかし、種々の原因によって近位尿細管での再吸収が低下すると、尿中への排泄量が増加します。このような特徴により、尿中β2-MGは近位尿細管機能異常のスクリーニング検査として広く用いられており、神通川流域住民健康調査でもこの検査を実施しています。


2. 尿中β2-MGの値の意味

上述のように、尿中β2-MGは近位尿細管における低分子量蛋白質の再吸収能をみる検査として行っているもので、β2-MGの排泄が増加することそのものにより、身体に必要な栄養が失われるというような問題が生じることはありません。
尿中β2-MGの値が高いことだけでは、ただちに「病気」だというわけでも、治療が必要であるというわけでもありません。
(1) 尿中β2-MGが5.0mg/gCr未満の場合
β2-MGの尿中への排泄増加による検査値異常がみられますが、当面、精密検査や治療の必要はなく、また検査値異常が急激に進行するおそれもないと考えられますので、5年後に再び住民健康調査を受けていただくこととしています。ただし、尿中β2-MGが5.0mg/gCr未満でも尿蛋白が(±)以上の場合には、念のため2次検診を受けていただくことにしています。
(2) 尿中β2-MGが5.0mg/gCr以上の場合
近位尿細管機能異常を生じている疑いがあり、これに関連して骨の代謝異常、酸塩基平衡異常が起こる可能性がありますので、2次検診を受けていただくこととしています。2次あるいは3次検診の結果、異常がみられた場合は医療機関を受診するようお勧めするお知らせをいたします。また、異常がなかった場合には、当面、近位尿細管機能についての精密検査や治療は特に必要なく、次に述べるような事項に留意して生活していただけば結構です。どちらの場合でも、経過観察のために1年後に再び住民健康調査を受けていただくこととしています。
なお、尿中β2-MGが高値であるほど近位尿細管機能異常が重症だということではありません。


3. 日常生活上の留意事項

近位尿細管機能異常の経過についてはまだ十分わかっていませんが、尿細管障害を生じさせたり悪化させたりする新たな要因を避けるため、次のような点に留意してください。
(1) 薬などの中には、例に示すように腎臓の機能に影響を与える可能性のあるものがあります。かかりつけの病院・診療所に検診結果を持参し、担当医師に結果を知らせておきましょう。
<例>
消炎鎮痛剤(腰痛症などに対して処方される痛み止め)を長期連用する場合
造影剤(血管造影や尿路造影などの検査に使用される薬)
金製剤(慢性関節リウマチに対して処方される薬)
炭酸リチウム製剤(躁病、躁鬱病に対して処方される薬)
抗生物質、抗がん剤の一部
ゲルマニウム製剤
(2)激しい筋肉運動や高度の脱水を避けましょう。
(3)丈夫な骨を保つため、カルシウムやビタミンDを摂取し、日光によく当たり、ラジオ体操や散歩などの軽い運動を定期的にするよう心がけましょう。
(4)その他、栄養、運動、休養という健康づくりの3要素のバランスのとれた健康的な生活を心がけましょう。


<参考>近位尿細管の機能とその異常
腎臓は身体に不要となった老廃物を尿にする器官です。まず、腎臓の中の糸球体という部分で、血液がろ過され尿のもと(原尿)ができます。原尿はついで腎臓の中の尿細管という管を通り、その間に、原尿から糖、蛋白質、電解質など必要な物質が再吸収されます。
この尿細管の最初の部分(近位尿細管)の機能に異常があると、これらの物質の排泄量が増加しますが、軽度であれば体内で必要な物質が足りなくなることはなく、特に問題は生じないので治療の対象となりません。しかし、異常の程度が強い場合には、骨の代謝異常、酸塩基平衡異常(血液の酸性・アルカリ性のバランスの異常)が起こることがあり、その程度によっては治療が必要となることがあります。




報告書参考5 3次検診対象者への案内文(例)

神通川流域住民健康調査 3次検診の対象となった方へ
1. 2次検診の結果の意味

このご案内は、神通川流域住民健康調査の2次検診の結果、腎臓の近位尿細管機能(尿細管リン再吸収率)、尿ろ過機能(クレアチニンクリアランス等)、骨の代謝状態(ALP等)のうち、いずれかの検査値に異常がみられた方にお送りしています。
これらの検査値に異常があるということが、直ちに、腎臓や骨の異常があるということではありません。しかし、腎臓や骨の状態についてさらに詳しく調べる必要があります。
2. 3次検診の内容

3次検診では、一般状態の診察、腎臓の機能の検査、血液の酸性度の検査、骨のレントゲン撮影を行い、腎臓や骨の状態を中心に調べます。


<参考>骨軟化症と骨粗鬆症
神通川流域にみられるイタイイタイ病では、骨軟化症が重要な所見となっています。骨軟化症というのは、骨の成分に異常が生じて正常な骨が作られなくなり、骨が軟らかくなる病気です。閉経以後の女性では、骨粗鬆症という状態になることがよくありますが、骨粗鬆症は骨の量が減るだけで骨の成分は正常です。骨軟化症と骨粗鬆症は別の病気です。
神通川流域住民健康調査は、骨粗鬆症を発見するための検診ではありませんが、レントゲン撮影の結果骨粗鬆症の所見がみられた方には、その旨をお知らせすることにしています。




報告書参考6 受診者への保健指導の参考として用いる資料 (例)

尿中β2-MGの診断的意義と受診者に対する保健指導について
1.尿中β2-MGの診断的意義

尿中β2-MGの上昇は、糸球体からろ過されたβ2-MGの近位尿細管での再吸収障害の結果生じる。カドミウム汚染地域住民では非汚染地域に比べ、尿中β2-MGが上昇している例が多い傾向にあることが報告されている。
しかし、尿中β2-MGの上昇は、低分子量蛋白質の近位尿細管における再吸収障害を示す検査指標であって、重炭酸イオンの再吸収能や%TRPなどの尿細管固有の機能異常の程度とは必ずしも相関しないこと、また、近位尿細管機能異常はさまざまな原因により生じ得る症候群であることに注意が必要である。
尿中β2-MGが5.0mg/gCr未満の場合は、骨代謝異常や酸塩基平衡異常を引き起こす可能性は低く、当面、精密検査や治療を必要としない。尿中β2-MGの上昇が急激に進行するおそれもないと考えられるため、5年後に再び住民健康調査を実施することとしている。
尿中β2-MGが5.0mg/gCr以上の場合は、近位尿細管機能異常を生じている疑いがあり、これに関連して骨代謝異常、酸塩基平衡異常が起こる可能性があるため、2次検診を行うこととしている。2次又は3次検診の結果、所見があった場合には医療機関を受診するよう指導することとし、特に所見がなかった場合には、当面、精密検査や治療の必要はないものの次項に述べるような保健指導を行うことが望ましい。いずれの場合にも、経過観察のため1年後に再び住民健康調査を実施することとしている。


2. 近位尿細管機能異常が疑われる者に対する保健指導

近位尿細管機能異常の経過は未だ十分解明されていないが、近位尿細管機能異常が疑われる者の健康管理にあたる医療従事者は、尿細管に障害を生じさせたり悪化させたりする新たな要因を避けるため、以下のような点に配慮する必要がある。
(1) 例に挙げるような腎機能に影響を与える可能性のある薬剤の投与に当たっては、十分注意する。また、使用状況について適宜問診を行う。
<例>
・  消炎鎮痛剤(長期連用する場合)
造影剤(血管造影、尿路造影等)
金製剤
炭酸リチウム製剤
一部の抗生物質、抗がん剤
ゲルマニウム製剤
(2) ミオグロビン尿症を生じる可能性があるような激しい筋肉運動や高度の脱水を避けるように指導する。


3. 尿中β2-MG以外の項目について、所見のみられた者に対する指導方針

検査の結果、基準範囲を外れる項目があった者については、原則として医療機関でさらに詳しい検査を受けるよう勧める。なお、骨軟化症を疑わせる所見、酸塩基平衡異常所見、腎機能低下所見のみられた者については以下のとおりとする。
(1) 骨X線上で骨軟化症を疑わせる所見がみられた者
医療機関において骨代謝異常についての精査および必要に応じて治療を受けるよう指導する。
骨軟化症の診断に当たっては、「骨軟化症の診断に関する研究(骨軟化症研究班:重松逸造班長)報告書(平成5年4月)」等を参考とする。
なお、骨軟化症に対しては、活性型ビタミンDの投与が有効であることが知られてる。い
(2) 酸塩基平衡異常所見がみられた者
動脈血重炭酸イオン濃度23.0mEq/l以下の者でも、動脈血pHが7.35〜7.45に保たれていれば、経過の観察のみでよい。pHが7.35を下回り代謝性アシドーシスが疑われる場合は、骨軟化症をきたす可能性があるので、医療機関においてアシドーシスの原因の精査及び必要に応じて治療(クエン酸あるいは重曹などのアルカリ補充の適応を検討)を受けるよう指導を行う。
(3)腎機能低下所見がみられた者
2次検診において、クレアチニンクリアランス40.0ml/min以下または血清クレアチニン1.5mg/dl以上(いずれも体表面積補正値。クレアチニンはJaffe法による場合。)の者は腎機能低下所見があるものと考えられる。
腎機能は糸球体腎炎、糖尿病性腎症、尿路感染症等のさまざまな腎疾患や加齢により低下するものであるので、医療機関において腎機能低下の原因を精査し、原因および腎機能の程度に応じた治療を受けることが必要である。なお、指導に当たっては「腎疾患患者の生活指導・食事療法に関するガイドライン」(日本腎臓学会、1997年2月)等を参考とする。