「地球温暖化の日本への影響2001」
 
概 要

第1章 気候(過去の気候変化の解析及び気候変化の予測)
 地球温暖化の我が国における気候への影響評価に関して,「地球温暖化と日本(JPCC1)」(西岡・原沢, 1997)以降のモデル予測の成果と,温暖化に関係すると考えられる地球規模および日本の19世紀末から現在に至る観測事実をまとめた。

1.日本の異常気象1気候変動2

  • 全国の年平均気温は上昇傾向にあり,都市化の影響を除いて,過去100年あたり約1.0℃上昇した。都市部では,2倍以上の上昇が観測されている。
  • 1901-1930年を基準とした月平均気温の異常高温の発生数は,長期的に増加傾向にある。逆に,異常低温の発生数は減少している。
  • 降水量が過去100年間に5%減少するトレンドが見られるが,統計的有意性は低い。異常多雨には有意なトレンドはない。
  • 相対湿度は減少傾向にある。
  • 日本上空の成層圏上部の気温には下降する傾向が見られる。
2.全球気候モデルによる気候変化予測
  • 全球平均値が全球気候モデルによる応答値と同じようになるように調整された簡易モデルで求められた1990年から2100年までの全球平均地上気温の上昇は,IPCC(2001)によると,1.4℃-5.8℃である。この値はIPCC(1996)による1.0℃-3.5℃よりも大きいが,これは主として,IPCC(2001)で採用したシナリオで,冷却効果を持つ硫黄酸化物の予測排出量が減少したこと及び温室効果ガスが増加する高成長シナリオを含んだことによる。
  • 最近行われた全球気候モデルによる種々の温室効果気体およびエーロゾルの増加シナリオに対する応答実験に共通する特徴として,全球平均気温の昇温,全球平均降水量の増加,陸上気温の昇温が海上より大きいこと,高緯度の昇温が低緯度より大きいこと,北半球の昇温が南半球より大きいこと,エーロゾルを考慮すると昇温が抑えられることが挙げられるが,気温・降水量変化の地理的分布についてはモデル間の差が大きい。これらの特徴はIPCC(1996)やJPCC1(西岡・原沢, 1997)と変わっていない。
  • 二酸化炭素1%/年(複利)増加又はIS92aシナリオを用いた11の気候モデルによる温暖化実験の結果から,日本付近では北ほど,かつ大陸に近い西ほど,昇温量が大きい特徴が見られた。今後100年間の全球年平均地上気温の昇温量は+3.6℃であるが,日本付近での年平均地上気温の昇温量は全球平均よりやや大きく,南日本で+4℃,北日本で+5℃であった。日本付近の昇温量のモデル間のばらつきは約2℃である。
  • アジアの冬のモンスーン強度は有意に減少するが,降水量の変化についてはその符号を含めてモデル間の違いが大きい。
  • インドの夏季モンスーン降水量は増加するとするモデルが多い。東アジアでの夏季の降水量変化は,温室効果気体の増加のみを考慮した場合には増加するモデルが多いが,エーロゾルの効果も含めた場合にはモデル間の一致は得られていない。
  • 温暖化による台風の気候変化の予測に関しては不確実性が大きいが,台風の数は減少し,最大到達可能な強さは少し強くなると考えられる。台風にともなう降水については,同じ強さの台風なら温暖化時の方が降水量が10-30%多くなる可能性が指摘されている。
3.地域気候モデルによる気候変化予測 
 日本を含む東アジア域だけを高分解能で計算する地域気候モデルは国内3機関(気象庁気象研究所,電力中央研究所,国立環境研究所)で開発されている。これらを用いて,現在気候の再現性,および,二酸化炭素倍増時の日本列島周辺域の冬,夏の気候変化を予測した結果の相互比較から,以下の点が明らかになった。
  • 観測値を境界条件として与える場合,地域気候モデルは,モデルの分解能に応じた現在の気候を再現できる。
  • 境界条件を与える全球気候モデルの温暖化予測の差が,地域気候モデルが与える地域予測のモデル間の大きな違いとなって現れる。現時点では,境界条件のモデル間の違いが大きく,地域的に共通な日本付近の気候変化の情報を得ることは困難である。

第2章 陸上生態系への影響

1.高山生態系への影響
  • 多くの高山植物種の開花時期を規定する主要な要因の一つは消雪時期である。今のところ温暖化による降雪量の変化は明確でないものの、融雪期の気温が上昇すれば開花時期への影響が予測される。
  • 最近、中部山岳を中心に北海道においてもハイマツの枝先が春先に枯れる現象が認められる。この原因の一つとして、積雪深の減少により雪の保護効果が小さくなっている可能性が示唆される。
  • 白山でのオコジョの分布下限地域は、現在標高700~800m程度である。温暖化により、標高差で400m程度に相当する気温の上昇がみられた場合に消滅すると思われる分布地を具体的に示した。
  • ライチョウの分布を取り上げ、温暖化により標高差で200m程度に相当する気温の上昇がみられた場合に消滅すると思われる分布地を具体的に示した。
2.森林生態系への影響
  • 冷温帯の代表的な森林であるブナ林は、冷温帯の中でも湿潤または多雪と考えられる場所に多く、乾燥地または寡雪と考えられる場所ではミズナラ林の方が多かった。温暖化によってブナ林分布下限域が照葉樹林などに移行するだけでなく、温度的には冷温帯域に残った場所であっても高温化による乾燥化や積雪の減少などでブナ林からミズナラ林などに移行する可能性がある。
  • 気温上昇により、現在ブナ帯に成林しているスギ・ヒノキ造林地の多くが、ブナ帯からシイ・カシ帯で生育することになる。造林地での競争樹種が常緑樹となることから保育作業は現在より多くなるであろう。最も造林面積の多いスギは水分の要求度が高いので成長量の低下を引き起こす。高緯度地域では高い気温と長い日照時間が有利に働く。
  • 温暖化によると考えられる、昆虫類の高緯度、高標高地域への進出の報告が、我が国でも相次いでいる。ただ、餌となる植物等や天敵生物も気温上昇の影響を受けることに予測研究の困難さがある。
  • そのなかで、環境破壊や植物の移動が比較的困難であることから、高山のような特殊な環境の昆虫類の絶滅と、気温で分布が制限される種、たとえばマツノマダラカミキリの進出によるマツ材線虫病被害拡大が危惧される。
  • 近年、ニホンジカ、ニホンザル、イノシシなどの大型哺乳動物が生息分布を拡大しているのは、気候変化による積雪量・積雪期間の減少による影響が大きいと考えられる。寡雪状況は、野生動物の生残率を高め、個体数や分布を拡大し、作物被害を多発させる。
3.草原への影響
  • 日本の自然草原は、その大半が何らかの自然的あるいは人為的プレッシャーのもとに成立しているので、今まで草原植生と気候要因との関係は不明確であった。このため、植生帯区分を気候要因との関係から検討し直し、その結果を温度と降雪量により基準化した。その基準をもとに作成した温暖化時点での植生帯の変動予測図を示した。
  • この予測によると、50年後には亜寒帯植生が石狩低地以南から消滅し、冷温帯植生も九州・四国・紀伊半島から消滅し、亜熱帯植生が九州南端に出現する。100年後には、亜寒帯植生は、北海道の山地を除いて消滅し、冷温帯植生も本州では山地帯に縮小し、暖温帯植生が、本州の大半を占め、亜熱帯植生が九州・四国・本州南部の低平地に拡大する。
  • 適応策としては、自然・半自然草原は、現状でも急激に減少しているので、自然・半自然草原の現地保全(in site conservation)と管理保全(management conservation)が必要である。これは自然・半自然草原の多様性及び景観の保護・遺伝資源の保護・次世代に対する低コスト食糧生産地域の確保の3点の立場から、政策的に各植生帯に多様な保護地区を設定し現地保全し、場合によっては管理保全することが必要である。
4.生物多様性への影響
  • 温暖化の影響が危惧される種とは、自然選択を可能にする遺伝子プールが小さいか、あるいは繁殖システムが新しい組合せをもつ遺伝子型の生産に制約となるような種であり、これを日本産野生植物について探索し特定した。
  • その結果として、1)地理的に分布が限定されている種、2)遺存的とされ、かつ生存力の低下した種、3)特殊な生育地にのみ適応して特殊化した種、4)わずかしか散布体をつくらない種、5)寿命が長いか、繁殖が極端に遅い種、6)一年生の草本種、の多くがこれに該当すると考えられた。なかでも重要なのは、1)地理的に分布が限定されている種である。日本には屋久島・種子島にのみに分布するヤクタネゴヨウなど、これに当たる種が多く、その大半は生存力の低い種である。
  • 影響を受け易い立地として、山岳や高山、島嶼や分断された磯海岸や砂浜、市街地内の樹林等をあげることができる。これらの立地は、面積が限定的で、他の類似の立地から隔離されているため、そこに生存する植物にとって大きな遺伝子プールを保持しにくい。
  • 南西諸島の温帯域や小さな島嶼に固有な植物群落は温暖化で危機に直面する可能性の大きいことが指摘される。

第3章 農林水産業への影響

1.土壌環境への影響
  • 海水面上昇により東北・北陸部の低海岸地域では農業土壌の地下水位上昇、塩類化が進行、気温上昇による土壌呼吸増加により土壌有機物質の無機化が早まり、土壌微生物相は単純化する。
2.水稲栽培への影響
  • 日本のコメは,約200万haの水田で約1000万トン生産されている。一般に温暖化により,比較的高緯度地域では生産量の増加が,低緯度地域では高温による生育障害が起こるだろう。また現在と同程度の収量を維持するためには,東北・北海道地方で栽培期間を早める一方,これ以外の地方では栽培期間を遅くする必要が生じるだろう。
  • 最近では,CO2の上昇の効果を評価する研究が進み,2×CO2時には到穂日数が約5%短縮すること,乾物重や収量が約25%増加することが明らかになった。しかし,高温による不稔の発生が高CO2濃度条件下で増加するなど,複合的にみると負の効果が予測されるため,緊急に解決すべき課題が多い。これらの研究は,圃場試験などの実験的方法や作物生長モデルを用いた方法で精力的に研究が進んでいる。そのなかで,全国的にコメ生産量を維持するためには,高温耐性品種の開発などが有効であることが指摘されている。
3.水稲以外の作物栽培への影響
  • コムギ,オオムギ,ダイズ,トウモロコシの国内生産量は,それぞれ約58万トン,20万トン,19万トン,18万トンである。一方輸入量は,麦類については国内生産量の7培-10倍,ダイズは約25倍,トウモロコシに至っては約90倍である。温暖化などによる輸入相手国の生産量変動がわが国の食料事情に間接的に影響する状況は,食料安全保障に対する重大な懸念要素といえよう。
  • 高温条件でコムギを栽培した場合,出穂時期が早まる。冬コムギの場合には,出穂の早期化によって登熟期が春先の気温変動が激しい時期になるため,低温に遭遇する危険性が増すと考えられる。このことは,気温上昇のみならず低温発生率の変動といった観点で影響予測を行う重要性を意味している。ダイズについては,根圏の地温が上昇すると生育が抑制される可能性が,トウモロコシについては,生育後期に高温に遭遇すると不稔障害が生じる危険性が認められている。
  • CO2の上昇はこれらの作物の乾物重を増大させる。一般に畑作物へ影響予測には,降水量や土壌水分量の要素に関して気候変化シナリオの精度を向上させる点が望まれる。水稲栽培については,気温上昇とCO2濃度上昇との複合効果の研究に着手されているが,ムギ類,ダイズ,トウモロコシに関しては未着手の部分が多い。
4.害虫への影響
  • 主に冬季の気温が上昇することにより,昆虫の越冬可能地域が北へ広がり,昆虫分布が北上すると予想されている。しかし害虫の分布の変化は薬剤による防除の影響を強く受けるため,必ずしも気温上昇を反映しない場合もある。また,一般に昆虫は複雑な食物連鎖の中に位置しており,その発生量は競争種や天敵などとの相互作用の結果に支配されている。例えば,イネの主要な害虫であるメイガなどの世代交代数とこれらの天敵昆虫類の世代交代数を比較すると,クモ以外の天敵類の世代交代数が相対的に多くなる点が指摘されている。従って,水田昆虫群集については,温暖化による害虫の個体数の増加と天敵の個体数の増加との関係を定量的に明らかにする必要があるだろう。
5.雑草への影響
  • わが国の雑草種は総数で78科417種といわれる。雑草が自然植生と異なる点は,気温やCO2濃度に対する生理生態的応答性の違いと同時に,作物栽培の時期や水田や畑といった栽培法の違いによって大きな制約を受ける点である。温度変化の影響のほか,最近では高CO2濃度条件での影響の解明が行われるに至っているが,まだ研究例は少ない。
  • 一般にC4植物は熱帯に起源をもち,高温乾燥条件でC3植物より活発な生長を示す。わが国のような温暖地帯では,両者のバイオマスに季節的な交代が現れる。最近の研究によると,積算温度1578℃日でC3植物からC4植物へ優占種が移ることが明らかになった。温暖化により2℃気温が上昇すると,C4種へ交代する時期は全国的に3週間程度早まることなどが示されている。
6.林業への影響
  • 従来わが国では,スギ,ヒノキ,マツが主要造林樹種であったが,最近では変わりつつある。これら樹林の生産力の指標として温量指数が用いられる。温暖化時の環境条件として,もし降水量が一定で気温のみ上昇すれば水分条件が悪化するため,同一の温量指数でも生産力は低下するだろう。この効果は,平均伐採期齢の延長とそれに合わせた森林計画の策定,苗木生産計画の変更などを求めることになる。同時に,法律によって規定されている苗木の配布区域や指定母樹の変更,育種区の見直しなども必要になると考えられる。
7.食料安全保障への影響
  • コメの国際貿易量は生産量の5%程度にすぎず,日本や中国など一国での生産変動が国際市場での価格の変動を増加することがこれまでの例からも予測される。大豆,小麦,トウモロコシなど輸入に頼る作物は,国内生産変動より,輸入先国の降水量変動影響を大きく受ける。アジア地域での食料必要量は2050年までに現在の2倍に達するため,ここでの食糧生産変動は地域の政治・経済に大きな影響を持つ。

第4章 水文・水資源と水環境への影響

1.水資源への影響
  • 気候変化のシナリオを何段階か設定し,降った雨が河川に流れ出る過程を表わすモデルと組み合わせたシミュレーションは多数なされている。わが国のいろいろな流域の試算結果を見ると,3℃の気温上昇による流量減少と10%の降水量の増加による流量増加は,渇水時についてはほぼ相殺されるが,洪水の恐れは増大すること,積雪地帯では1-3月の河川流量が増え,4-6月は減少することが示されている。
  • 水資源に与える影響を考えるときには,さまざまな人間活動に起因する水の需要と,自然の水資源システム,ダムのような人工的な水資源システムの間の関係が重要である。従来から渇水問題では,どの程度安定に水を利用できるかという「利水安全度」が評価の指標になっているが,気候変化の影響もこの利水安全度で評価でき,また対策も,いかに利水安全度を高めるかという既存の対策と基本的には同じである。上水道の需要は3℃の気温上昇によって1.2-3.2%程度増加すると考えられる。
2.水資源の適応策
  • 気候変化によって生じる水資源不足に対する適応策としては,水資源の新規開発,下水の再利用,海水淡水化,地盤沈下を伴わない地下水開発,人工降雨・降雪,用途間の水利権の転用,節水・需要調整があるが,これらの対策を実施するにあたっては,利水安全度の向上と共に,費用,エネルギー消費,市民の支持を総合的に考慮することが必要である。
  • 1994年の渇水によって,西日本を中心に最高で1,176万人が水道の減圧給水あるいは時間給水の影響を受けた。容易に金銭に換算できるものだけでも被害は1,409億円に達した。公共用水域の水質は8割以上の地点で例年より悪化した。
3.水質、水環境への影響
  • 気候変化により生じる河川や湖沼の水質や生態系に対する影響の第一段階は,水温の変化によるものである。水温の変化は水質を変化させ,また魚類などの水生生物の生存に直接的に影響する。国内の河川の水温と気温の統計的解析の結果からは,気温の1℃上昇に対して水温が1℃以上上昇していることがわかった。浅い湖沼では,気温と同程度の水温上昇が見られた。深い湖沼では,水温の季節変化によって生じる成層と循環の回数が年2回から1回になる湖沼が出現すると予測されている。
  • 水質への気候変化の影響は非常に複雑である。過去の河川水質の統計解析によれば,気温1℃の上昇に対して,BODは1.01倍,SSは1.05倍,DOは-0.15mg/l,pHは+0.014の変化が予想されている。また,降水量10%の増加に対して,BODは0.97倍,SSは1.04倍,DOは+0.019mg/l,pHは-0.017程度の変化が予想されている。浅い湖沼の水質に対しては,霞ヶ浦では気温の1℃の上昇に対して,CODが0.8-2.0mg/lの上昇,透明度が9-17cmの低下と水質汚濁の激化が予測されている。また,1mm/dの降水量の増加に対しては,全窒素は0.1-0.3mg/l,硝酸態窒素は0.2-0.3mg/lの濃度増加が予測されている。

第5章 海洋環境への影響

1.海水温度、海面上昇の影響
  • 海水温度の上昇に関しては,近年日本海深層での水温上昇が顕著である。しかし,日本近海表層では黒潮・親潮などの海流の変動に伴う水温変動は見られるものの,長期的な昇温傾向は顕著ではない。一方,海水温度の変動に大きく影響されるオホーツク海の海氷面積は1980年以降減少しつつある。海面変化に関してはここ100年程度,三陸沿岸で海面上昇,日本海沿岸で海面下降という傾向を示している。これは世界的な海面上昇の影響より,日本近傍のプレートテクトニクスによる地盤の上昇・下降の影響が大きいためである。将来海面上昇が顕著になれば,東京湾など沿岸海域の容積が増大し,湾の固有振動周期が短くなるため,潮汐振幅は減少し,閉鎖的内湾と外洋の海水交換は悪化することが予測される。黒潮や親潮など日本近海の海流が地球温暖化によりどのように変動するかは,高分解能で精度の良い数値モデルの登場を待たなければならない。

2.植物プランクトンへの影響

  • 植物プランクトンに関しては海水温度上昇により,これまで低緯度に生息していた種が日本近海に出現するようになることが予測される。実際1988年までは出現しなかった南方の渦鞭毛藻類の一種であるHeterocapsa circularisquamaが近年日本南西海域に出現し,カキなどの貝類を特異的に死滅させるという社会問題を引き起こすようになった。また海水温度の上昇により成層が強化され,底層からの栄養塩が供給されにくくなると,大型の珪藻から小型の鞭毛藻への遷移が起こることも予想される。さらに海氷面積の減少により,海氷に付着したアイスアルジーが減少するため,オホーツク海の生産力は低下するだろう。
3.動物プランクトンへの影響
  • 動物プランクトンに関しては海水温度の上昇は小型化をもたらす。また海水温度上昇により暖冬傾向が続くと,越冬可能なクラゲの個体数が増大し,食物連鎖の栄養段階でライバルになるイワシ類に打ち勝つため,沿岸海域の漁場価値が低下する可能性もある。このような低次生態系の変化は,食物段階の最高位者である北極海のシロクマ個体数の近年の減少に代表されるように,大型哺乳類など高次生態系の変化につながる。
4.サンゴ礁への影響
  • 過去のサンゴ礁の最大上方成長速度は4m/1000年程度なので,今後の海面上昇率が40cm/100年を超えると,サンゴ礁は海面の上昇に追いつくことが出来ないで,沈水してしまう可能性がある。また,造床サンゴの生育最適水温は18-28度なので,30度以上の高水温が続くとサンゴは白化して死滅する。1997-98年のエルニーニョ前後には,琉球列島を含む地球上のほとんどの海域のサンゴ礁で,大規模な白化現象が発生した。今後このような白化現象が発生する頻度は多くなるであろう。
5.マングローブへの影響
  • 鹿児島県の喜入を北限とするマングローブ生態系は陸と海の境界に位置し,それぞれの作用を緩和する役割を果たしているが,海面上昇率が50cm/100年以下であれば,自らの腐蝕物などを堆積して,その生態系を維持できる。また潮差が2m以上あるような感潮域の場合は50cm/100年程度の海面上昇があっても,立地の大半は平均海面上に維持されるので,マングローブ林は維持される。西表島の大規模なマングローブ林は近未来の海面上昇に対して,その分布域は移動し,森林内部の植生分布は変化することが予想される。
6.河口、干潟域への影響
  • 河口・干潟域は豊かな生物群集の生息地であるばかりでなく,様々な生物の産卵・保育場としても重要である。海面上昇により前浜干潟・河口干潟など後背地が堤防などにより遮断されている干潟ではその面積が減少する。わが国の干潟の平均勾配は1/300なので,40cmの海面上昇により,沖だし120mの干潟が消失することになる。このような干潟の消失によりシギやチドリなど干潟に飛来する渡り鳥の生態も大きく影響されるだろう。また海水温度の上昇は付着珪藻やベントスなど干潟の生物の生産力を高めるだろう。

第6章 社会基盤施設と社会経済への影響

1.我が国の沿岸域の特性と影響
  • わが国の海岸線延長は35,236kmで,国土面積の割には非常に長く,多様な地形で形成されている。
  • わが国の沿岸域は,台風による高潮,津波,高波,侵食など,激しい自然災害にさらされている。そのため,海岸線の46%が防護の必要な要保全海岸に指定され,26%には既に海岸堤防や護岸等の海岸構造物が建設されている。
  • 海に面する市町村には,人口の46%,工業出荷額の47%,商業販売額の77%が集中しており,1,094の港湾と2,937の漁港があるなど,海岸域は社会・経済活動にとっても重要な地域である。
  • 海面上昇によって海岸保全施設(防災施設)の機能と安定性が低下する。堤防や護岸に打ち上げる波が高くなり,越波量も増加する。現状と同じ安全性を確保しようとすると,1mの海面上昇に対して,外洋に面した堤防では2.8mの嵩上げが必要になり,内湾の岸壁では3.5mの嵩上げが必要である。この他に,港湾・漁港施設,人工島,埋め立て地,内水排除・下水道システムなど,沿岸域にあるあらゆる種類のインフラ施設に対して影響が及ぶと懸念される。
  • 海面上昇の結果,地下水位の上昇や塩水化が生じ,基礎地盤の支持力と液状化強度の低下をもたらす。海岸部の軟弱地盤上には,多くのインフラ施設やビルが集積しているため,地震時における支持力低下や液状化の危険性の増大は,都市の地震安全性の確保にとって重大な問題である。
2.沿岸域とインフラ施設に対する影響の経済評価
  • 経済評価に関する研究には,1)直接的な被害費用および対策費用の算定,2)市場型の影響(市場が存在する財やサービスの生産・消費への影響)を考慮した被害費用の算定,3)非市場型の影響(市場が存在しない財やサービスの生産・消費への影響)を考慮した被害費用の算定,の3つがある。
  • 全国規模で,港湾施設と隣接する海岸構造物(港湾海岸)の対策費用の算定が行われた。1mの海面上昇に対して,港湾施設の対策に7.8兆円,海岸構造物の対策に3.6兆円必要であり,対策費用の合計は,11.5兆円にのぼる。
  • 濃尾平野を対象にして,費用便益分析によって市場型の影響評価が行われた。海面上昇に対する対策の便益は,0.65mおよび1mの海面上昇に対してそれぞれ4,700億円,8,400億円であり,費用便益比は,それぞれ3.6と2.7になる。一般均衡理論の枠組みに基づいたこうした分析では,効果の二重計測や計測漏れの問題が解決されている。
  • 仮想市場法CVMを用いた被害算定の結果によれば,0.5mおよび1mの海面上昇に対する対策の便益は,それぞれ約5,000億円/年と17,200億円/年である。0.5m上昇の場合の対策便益を現在価値換算すると,約10兆円になる(社会的割引率5%)。この値は,直接的な対策費用の算定結果とほぼ同じオーダーになっている。
3.沿岸域とインフラ施設の適応策
  • 適応策には,IPCCが提案したように,計画的撤退,順応,防御の3つがある。沿岸域の土地利用密度の高いわが国では,脆弱な地域の継続的な利用を前提とした順応や防護が主体とならざるを得ない。適応策には,計画面,制度面の対応からハードな構造物まで幅広い方策があるので,影響の回避のために予見的な検討を進める必要がある。
  • 現在の海岸防護方式として,複数の施設によって外力を分散して受け止める面的防護方式がとられている。この方式は,砂浜の保全や復元の機能が重視され,防護だけでなく,海岸利用や環境保全からも効果的になることが期待されている。また,海岸侵食の対策工法としては,人工的に砂を供給する養浜工が有効である。
  • 実際の適応は,気候変動の進行に応じて繰り返し行われることになる。また,沿岸域には,気候変動以外のストレスも作用している。こうした長期的で複合的な課題の解決のための枠組みとしては,総合的沿岸域管理が有効である。地球サミットをはじめ,多くの国際フォーラムで実施が勧告されているが,将来の脅威に備えるためにも,わが国における総合的沿岸域管理の仕組みを構築すべきである。
4.産業・エネルギーへの影響
  • 6-8月の平均気温が1℃上昇すると,夏物商品の消費が約5%増加する。このように,気候変化すれば消費構造が変化し,ひいては産業構造の変化に波及するのは避けられない。高温期が長くなると,エアコン,ビール,清涼飲料水,冷菓などの消費が増え,電機・食品メーカーは季節商品の生産体制を強化することになるであろう。
  • 温暖化によって積雲(雷雲)が形成されやすくなるため,IT社会の到来や自然エネルギーの普及に備えて,関連業界は耐雷製品の開発が求められる。
  • 夏季の電力需要の40%は冷房需要であり,気温が1℃上昇すると電力需要は約500万kW(一般家庭の160万世帯分)増加する。都市部での冷房需要の増加や夏物商品増産による工場稼働率の上昇によって,温暖化によって夏季の電力需要は増加すると予想される。
  • 家庭用エネルギー消費では,平均気温が上がると冷房・暖房・動力の和は低下する(全国11都市のデータ)。そのため,温暖化によって都市部の年間エネルギー消費量は減少するという指摘がある一方,気温上昇によって暖房負荷が減少し,冷房負荷が増えるため,家庭におけるエネルギー消費の将来動向には地域差がある。
  • サービス経済化の進展,情報通信社会の形成,快適指向の高まり,電力料金の値下げなどを反映して,エネルギーの電力シフトは今後も続くと考えられる。省エネとともに非化石エネルギーが増えない限り,発電に伴うCO2排出量は増加する。
  • 温暖化は,電力供給にも様々な影響を及ぼす。降水量や積雪量の変化は,水力発電に大きな影響を与える。火力・原子力発電所の発電効率は冷却水温度に依存し,1℃冷却水温が上昇すると火力で0.2-0.4%,原子力で1-2%発電出力が低下する。雷,雪氷,塩害などの架空送電線に対する影響も考えられる。
5.産業・エネルギーの適応策
  • わが国のエネルギー・産業分野は,ハード・ソフト両面で安全係数の考慮やセーフティネットにより,一般には気候平均値の変化であれば影響は軽微であると考えられる。他方,異常高温や異常気象が増加すれば,経済的なリスクの増加が懸念されるが,現状では予測が困難である。こうしたリスクの評価とリスク克服のための長期戦略の研究が必要である。
  • 近年,天候デリバティブ(金融派生商品)を取り扱う金融機関が現れた。産業界では,市場メカニズムの中でこのようなリスクを分散させる保険システムも温暖化への対応策としてさらに検討されるであろう。

第7章 健康への影響

1.直接的な影響

  • 暑熱への適応力が低い高齢者(65歳以上)について、リスクの高い疾患と日最高気温、大気汚染との関係から、夏季に熱中症や肺炎の罹患率が日最高気温の上昇につれて増加することがわかった。
  • 日最高気温と高齢者の死亡率についてはV字型の関連があることがわかっているが、気候が温暖になるにつれてV字型は高温方向にシフトすることがわかった。
2.間接的な影響
  • 北上するコガタハマダラカによるマラリア,ネッタイシマカによるデング熱など,媒介動物感染症の増加が予想される。

第8章 気候変動の経済影響評価:政策決定からみた日本とアジア途上国への示唆
 本章は気候変動による損害費用に関する経済分析の現状を検討した上で,温室効果ガスの削減費用や持続可能な発展と衡平性に関する論点を紹介し,日本とアジア途上国に対する示唆を得ることを目的としている。

1.気候変動による損害費用

  • 日本について損害費用の推定に関する総合的な研究はまだ行われていない。ただ,農業への影響と海面上昇による影響についての研究は比較的蓄積されている。農業については,日本の自給率は約30%と世界の先進国と比較しても非常に低いことから,世界全体の生産量の変動による国際価格の影響を大きく受けやすいことに注目する必要がある。また,日本の海岸線は延長が非常に長く,また人口や経済活動が臨海都市に集中していることもあって,この分野の研究は他の分野よりも早くから行われてきた。上記以外には,特に日本にとって海面上昇以外に影響が大きいと考えられるのは生態系及び人命に対する影響である。生態系に関する影響はその測定の困難さから評価の不確実性がきわめて大きい。途上国への影響の評価に関連して重要なことは,途上国の適応能力は,財源不足や制度の整備などで先進国と比べて著しく低いと考えられていることである。
2.温室効果ガスの削減費用
  • 二酸化炭素排出削減費用に関しての研究は,気候変動の損害費用に関する研究とは対照的に,数多くの研究がなされてきたが,その結果は対GDP比で数パーセントの厚生損失を予測しているものから,そもそも厚生損失自体を疑問視するものまで様々である。このように推計値に大きな開きがでる主要な原因は,各研究において採用されている方法論,諸前提条件,排出シナリオ,政策手段,対象年など諸要素の相違にある。モデル分析の結果は,それ自体有益な情報を提供するが,政策立案への指針としては現時点ではまだ限定的な意味合いしか持たない。今後こうした分析を積み重ね,それぞれの結果を突き合わせて比較検討を進めていくことが,諸研究の結果の幅を狭め,推計値の大きな開きの原因を解明することになり,気候変動への対応策の立案に対してより多くの有益な情報を提供することになろう。
     削減費用推計の方法論上の問題としては,推計方法の限界,ベースラインの設定の問題,経済変数の設定方法の問題などが指摘されている。また,南北間・世代間の衡平性の問題,カーボンリーケージや汚染逃避など貿易を通じた他国への影響,いわゆる二重の配当問題など環境税や排出許可証による収入の還流方法による影響なども十分考慮しなければならない。
3.日本とアジア途上国に対する示唆
  • 結論をまとめると,以下のようである。
    (1) 気候変動に伴う,アジアと日本の損害の社会・経済的評価が必要であるし,損害費用の計測には,より緻密な検討を要する。
    (2) 損害費用の評価における信頼性の問題及び倫理的な問題への考慮が必要である。
    (3) 第1,第2の点とも関連するが,アジア地域は気候変動に対する脆弱性が高く,また対応能力の点でも問題があるという特徴を踏まえた対応が必要である。
    (4) 政策論上では持続可能性や衡平性に配慮しつつ温室効果ガスをどうやって削減していくかということを具体化することが重要である。
    (5) 日本の削減費用についてはばらつきが大きいが,いくつかの研究結果がすでに報告されている。したがって,その幅を縮小し,削減政策の導入の意思決定に有用なより確かな情報になるような方向への研究が必要である。
    (6) 途上国の成長経路,人口成長率,エネルギーなどのシナリオの変化可能性に留意する必要がある。日本のこれまでの発展パターンを分析することによって,途上国に有用な情報を提供することも大切である。
    (7) 気候変動の損害を最も受けるのはアジア地域であることからも,日本における対策に加えて,アジア地域の国々への協力が重要となってくる。各国がそれぞれの持続可能な発展をできるような協力体制を築くことが望まれる。
     
第9章 温暖化影響の検出と監視

1.日本ではすでに温暖化の影響がみられるのだろうか?
  • 日本列島でも,経年的なデータからいくつかの変化が観測されている。気象因子については,長期的温度上昇,最近の最小相対湿度出現傾向,多日降水量記録の更新増加などがあげられている(第1章)。比較的長期データが整っている生物季節観測からは,ソメイヨシノ(サクラ)の開花日がここ50年に5日早まっているなどが指摘されている。
  • 個別の生態系の観測では,北海道での高山植物の減少と本木植物分布の拡大,内陸部におけるシラカシなど常緑広葉樹の分布拡大,チョウ・ガ・トンボ・セミの分布域の北上と南限での絶滅増加,本来九州四国が北限のナガサキアゲハが90年代には三重県に上陸,1970年代には西日本でしか見られなかった南方系のスズミグモが80年代には関東地方にも出現,マガンの越冬地が北海道にまで拡大,熱帯産の魚が大阪湾に出現など気候変動と関係するとみられる現象が報告されている。こうした観察結果は,科学的な因果関係からみて,気候変動(温暖化)が進行すれば生じるであろうという現象に合致してはいるから,気候変動影響が現れているといってよいであろう。
2.気候変動影響の検出はなぜ必要か?
  • 気候変動の状況は,当然ながら気候に関連する変数-温度,降雨量,季節パターン,台風や干ばつの頻度など-で直接計測され,検出されるであろう。それなら,他の要因にも左右されやすい水文変化や海水面上昇等の物理的変化,そしてさらに複雑な生態系の変化を観測することの意味はどこにあるのだろうか。
  • 我々が気候変動を問題にするのは,それが水文・生態系の変化を通じて我々の生存基盤である環境資源に影響を与えるからであり,その変化を直接とらえることの意味は大きい。こうした環境資源への気候変動の効き方は,気候の単一因子で効くのではなく,温度・降水量その他の気候因子の複雑な組み合わせと地域地域の気候変動に対する脆弱性によって変わる。気候観測と並行して地域地域での影響観測が必須である。気候因子の変動がどう地域の環境資源に影響するかの研究(脆弱性評価研究)は,本著に見られるように進展しているものの,どの地域にどのような影響が生じるかを,正確に予測できるレベルにはない。気候変動によるその地域の影響の知るには観測しか手はない。
  • 気候変動には大きな慣性が働く。一旦変動が開始されば,対策をうっても気候が再び安定化するには数十年以上かかるとされる。影響検出は,早期警戒(Early Warning)のためにも重要である。
3.気候変動影響検出の方法論は確立しているか?
  • 気候変動の影響を検出するには,これまでの経験や理論からみて気候変動が起こったら必ず生じると推定される事象を,なるべく多くの地点で長期にわたり観測してその変化を見るのことが必要である(IPCC,2001)。気候変動による生態系の変化は,気候変動があるレベルや速さ,極値的現象の増加,閾値を越した場合等に生じ,地域的移動や,開花時期変化・繁殖時期調節・形態変化・種の絶滅など同じ場所での生物生理学的変化で現れる。また気候変化に感度が高い(Sensitiveな)地域,例えば北限南限などエコトーンの変わり目に注目したり,生態相や開花時期や植生・動物の移動,生物の小型化大型化等の形態変化を長期に観測することが有益である。人間影響の少ない雪氷圏や高山などに注目することは他の要因影響をとりのぞいた観測値を得るのに有益である。衛星データも蓄積さされば強力な道具となろう。
  • 日本においては,長期の生態系観察データは十分ではない。もっとも整っているのが,気象庁により1953年以来全国102地点で毎年,植物については開花・紅葉・落葉など12種目16現象,動物については初見・初鳴きなど11種目11現象について規定種目観測を行っている生物季節観測である。このデータと気象観測値及びその複合指標をくみあわせた,気候変動と生物季節現象の関係についての研究が盛んにおこなわれ,地域(緯度・経度)や高度で補正した開花時期推定式等がつくられるようになっている。一般に植物季節は気温との相関がつよいが,動物季節では相関は弱まる。
  • ツバキやサクラは全国どこでも同じような感度を示すため,全国的に観測し易い指標である。ヤマハギは一部の地域では極めて感度の高い指標である。また地域的にみると,高田・浦河・盛岡・金沢等ではこうした植物季節指標の多くが感度良く観測され,早期警戒のための代表観測ポイントとして適切な地点といえる(本章第3節)。
  • この他,環境省(庁)により1973年から行われている生態系や動植物生息状況経年調査である自然環境保全基礎調査(通称:緑の国勢調査),および1994年から開始されている種の多様性分布や重要な生態系構成を観測する生物多様性調査,および1997年に始まった海域の生態系や海洋生物の現状を観測する海域自然環境保全基礎調査等のデータも,蓄積が深まるにつれて,気候変動影響調査のベースになりうるとみられる。
4.今後どのように影響観測・検出を進めていくか?
  • 温暖化影響検出の試みがすでに国単位(例:英国)で開始されている。国際的にも地球規模生物生理学的変化監視ネットワーク(蘭)などでの協力がはじまった。早期の警報発信にむけて,日本でもシステマティクな気候影響監視検出をすすめる時期にきている。必要な手順は以下のようなものであろう。
    (1) 日本列島の脆弱性評価にもとづく,脆弱な生態系等環境資源および地点の同定
    (2) 気候変動に感受性の高い(sensitiveな)指標の開発
    (3) 生物季節観測,自然環境保全基礎調査,生態系多様性地域調査,衛星観測データなど既存調査の利用可能性研究
    (4) 同上調査をベースにした,あるいは新たな全国的調査体制による,影響観測システム網の確立
    (5) IT情報ネットワークを活用した学校・住民参加型監視網を,地方自治体・政府レベルで構築(気候変動110番ネットワーク) 
     

第10章 適応,脆弱性評価

 IPCCは人間活動から排出されたCO2などの温室効果ガスにより温暖化がすでに始まっていることを報告した(IPCC,1996)。最近では温暖化の証拠がさらに見つかり,温暖化の影響と考えられる現象も多く観測され,温暖化は相当深刻化している(IPCC, 2001)。このため日本においても適応策を本格的に検討する必要がある。

1.温暖化緩和策と適応策

  • 温暖化に対する対応としては,原因物質である温室効果ガスの排出量を削減する緩和策(Mitigation)と温暖化しつつある気候へ自然生態系や社会・経済システムを適応させる適応策(Adaptation)がある。国際的には,すでに温暖化は相当進行しているという認識のもとに,適応策の重要性が再確認されるに至っており,例えば,気候変動枠組条約においても国内対策として適応策を検討することを規定している。日本においては,温暖化対策は防止策が中心であるが,今後日本でも温暖化の影響が顕在化すると予想されることから適応策の本格的な検討が必要となっている。
2.自動的適応と計画的適応
  • 適応については,予見的か事後的か,自動的か(例えば,自然生態系が自然に適応する場合),計画的か(例えば,猛暑に対してエアコンを設置する)などの類型化ができる。
3.温暖化の影響を被る分野の適応策
  • 農業,水資源など温暖化の影響を被る分野においては,種々の適応策が考えうる。とくに農業の分野では,従来から異常気象への対応など,適応策を随時とりいれて,農業生産を維持する努力がなされてきた。こうした従来型の適応策も含めて現段階で技術,制度,費用面で評価しておくことが重要であるが,研究論文や報告は少ない。
4.都市における適応策
  • 都市においては,例えば,過去100年で東京の気温が3℃上昇するなど,地球温暖化に加えてヒートアイランドなど都市温暖化が進行している。ヒートアイランド現象などへの対応は,地球温暖化への適応策として有用である。
5.自治体の適応策
  • 温暖化対策を緊急に進めるための法制度が整備されているが,一部の自治体が本格的な対応を始めたに過ぎず,多くの自治体が今後対応を進めることになる。これまで自治体でとられてきた対策は主として温暖化防止策であるが,一部対策は適応策とも呼べるものである。今後は適応策も考慮したうえで対策立案,実施が期待される。
6.適応策の研究
  • 適応に関する研究は一部の分野を除いてほとんどないのが現状である。温暖化が深刻化している現在,各分野における温暖化の脆弱性評価や適応策について研究を推進することが必要である。

 



1  異常気象とは,一般に,過去数十年に経験した気候から大きく外れた気象を意味し,短期的で局所的な現象から,数か月以上の現象まで含まれる。
2  「気候変動」と「気候変化」について
 "climate change"は、気候変動枠組条約等の名称にならい「気候変動」と訳す場合と「気候変化」と訳す場合がある。本報告書では、どちらかに記述を統一することはしていない。一般的な用語として「気候変動」を用いている場合が多いが、特に、variation(変動)とchange(変化)を区別するために「気候変化」を用いている場合もある。
 なお、気候変動枠組条約で用いられる”Climate Change”は、地球の大気の組成を変化させる人間活動に直接、或いは間接に起因する気候の変化であって、比較可能な期間において観測される気候の自然な変動に対して追加的に生じるものを言う(狭義のClimate Change)。一方、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が用いている"Climate Change"は、自然の変動または人間活動の結果のどちらによるものであろうと全ての気候の時間的変化を指しており(広義のClimate Change)、気候変動枠組条約における用法と異なっている。本報告書では、後者のIPCCによる広義のClimate Changeを用いている。